ながひさありか
2026-01-15 00:46:19
5339文字
Public STR-Phaidei
 

とけたアイスクリーム3 - 星座のあとで / 余談の日々

映画館デートをする話

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 結局、「追加スケジュール」はモーディスが何かメッセージを残すまで実行しない、と約束させられてしまったので、あと十日程は「暴挙」に出てはいけないらしい。それでも未練がましく、と言うか諦め悪く迫ってみたが、「溜まっているのなら自慰でもしていろ」と無慈悲な言葉が返ってきただけだった。今日だけで二回もしたのに、とちょっとだけさみしくなったので、それならそういうプレイってことにしようかな、と考えた。
「そういうプレイが好きだったのかい? まぁ君が見たいなら全然いいけど……でも少し恥ずかしいな……
「は?」
「いや、そんなに僕のオナニーが見たいだなんて知らなかった。今までそんなこと教えてくれなかったじゃないか」
「っ、HKSこの馬鹿! 俺の言葉を曲解するのはやめろ!」
 顔に似合わず初心な反応を返すモーディスが可愛すぎたので余計に揶揄ってしまったが、今のところはこの程度でやめておくことにした。
 そういうわけで、当然のように機嫌を急降下させたモーディスをなんとか宥めて、デートに連れ出すことに成功したのはお昼を少し回った頃だった。
 助手席に座ったモーディスは「しないぞ」とジト目で僕を睨み、いかにも脱がし辛そうな、タイトでベルトだのボタンだのが沢山ついた服を着ている。体のラインがはっきり出る服を着るなんて逆効果すぎるのに、君ってそういうところは本当に学習しないな。……とは、言わずに黙っておく。上半身の厚みに反してきゅっとくびれた腰が、少し短めのジャケットから見えている。そういう色っぽい恰好が見られなくなるのは世界の損失だからだ。
 勿論、これはモーディスが僕以外の誰かに目移りしないとわかっているから落ち着いていられる事実だが、これでモーディスが見た目通り恋愛も百戦錬磨だったら、わざと人を挑発しているとしか思えず、猜疑心で頭がおかしくなっていたかもしれない。
 カーセックスは燃えるなんて言うけど、掃除のことを考えると僕は反対だ。それに、他人に痴態を見られるヒリヒリ感なんてやつにも興味はない。モーディスのよがる姿なんて僕だけが知っていればいいんだから。
「車が汚れるのは僕もさすがに」
 ジト目で睨みつけたままのモーディスに苦笑し、ナビに目的地を設定する。今日はナントカ賞を取ったとかいう流行の映画を見て、夜パフェをやっているお店にパフェを食べに行くことにした。
「映画館で映画を見るのって、もしかしてかなり久々じゃないか?」
「お前とは一年前に見たきりだ」
 僕の顔を見つめたままのモーディスの声が穏やかで、耳に心地がいい。
 今日は映画を見たいと言ったのはモーディスで、だけど、見たい映画は別段なかったらしい。なので、今日は到着と上映時間が合いそうな映画を見ることにした。付き合う前は結構こういうことしてたっけな、となんだか懐かしく思う。
「そんなに行ってなかったっけか。君は一人で行ったりしてたんだっけ?」
「いや」モーディスが首を振り、窓の外へ顔を向ける。「お前がいなければつまらない」
……誘ってくれればどんな映画だって見るのに」
「休みが合わなかった」
 モーディスの声に僕を詰るような色は別段混ざっていなかったが、思ったよりも気まずい気分になる。あー、とか、意味のない言葉を吐こうとして、なんとなく、それもやめたほうがいいような気がした。何を言っても言い訳になるだろうと思ったからだ。
 こういう時、あまり責められないほうが余計に応えるんだよな。この間みたいに、むしろ責められた方が気が楽だ。そんな事態には発展しないほうがいいけれど。

 映画館に到着し、「あらすじって見た?」とモーディスに尋ねれば、「いや」と首を振る。
「レビューは悪くなかった。それで十分だろう」
「まぁ面白くなくても悪いのは今回は僕じゃないしな」
 いつのデートだったか、とんでもなくつまらない映画を引き当てた際、モーディスに「お前のセンスが悪い」とちくちく言われたことを唐突に思い出した。あの頃は週に一度は映画館に通っていたけれど、今になって、それほど映画って僕たちの共通の趣味じゃないよな、と思う。どちらかと言えばご飯やスイーツを食べに行ったり、モーディスとどこかへ出かける方が好きだ。それか本か。僕とモーディスの読む本の趣味も別に合わないが、それでもまだ「自分では興味がないけれど、薦められたので読む」と言うことはたまにする。
 あの頃の僕たちがよく映画館デート(と言っても、付き合う前のほうが回数が多いので、それをデートと言っていいのかはちょっと微妙かもしれない)をしていたのは、お互いのことを逆にそれほど知らなかったからだろう。映画が好きな君と合法的に一緒にいるためには、映画を見るのを口実にするのが一番いい。理由はそれだけだった。
「ポップコーンはどうする?」
「一番大きいサイズでいい」
「そっちじゃなくてフレーバー。えーと……、今はチョコがけがおすすめらしい」
 ドリンクとポップコーンを買って座席に座ると、「なんか本当にこういうの久しぶりだな」と口にしながらポップコーンを摘まんで口に放り込む。手を伸ばしてきたモーディスと手が触れ合い、だけどモーディスは得にそれには反応せず、「そうだな」と同じようにポップコーンを口の中に放り込んだ。
 ナントカ賞を五冠取ったとかいう映画は時間のわりにかなり混んでいて、僕たち以外にもカップルの姿が見えるので、デートムービーには向いているらしい。まぁ、僕たちのようにミーハー心で選んだだけで、上映後にそろって気まずくなる可能性もなくはないが。
「今さっき思ったんだけど、君っていつから僕のことが好きだったんだ?」
 上映前のCMを聞きながら、モーディスの耳許に唇を近づけてそっと尋ねる。
……なんだ、今更」
 モーディスが眉を寄せながらポップコーンを摘まみ、口の中に放り込む。くしゃ、と小さな音がした。
「そう言えば聞いたことがないかもと思って。僕は君が好きだと思ってから結構すぐに告白したつもりなんだけど、君はどうだったのかそう言えば知らない。ほら、最初の頃はカフェによく顔を出す僕に『暇なのか?』って呆れてたじゃないか」
「あれは呆れていたわけではない。それほど多忙なのかと思っていただけだ。……もう始まるから、後で教えてやる」
 さくっと答えてくれることを期待したわけではなかったけれど、教えてくれるつもりはあるらしい。それはちょっとだけ意外だった。
「そういうことはそもそも、結婚する前に聞くようなことではないのか?」
「え? そうかな。あんまり関係ない気もするけど……
 好きになったきっかけを知らなきゃ結婚しないというわけでもないだろ、と思ったが、モーディスはそうでもなかったのかもしれない。確か僕は「何度か君と映画を見ているうちに気づいたんだけど」、みたいな言い方を当時はしていた筈なので、モーディスの方はきっかけを把握している。
 今までなんで気にならなかったんだっけ? まじまじ考えてみると、気にならなかったというより、気にしないようにしていたというのが正しいのかもしれない。何しろ、付き合った当初の僕はまさかモーディスにとってはじめての恋人が僕だとは思わなかったし、なんでも全部経験済みだと思い込んでいた。あまり細かいことを気にすると昔の恋人の片鱗が見えるかも、と思ってあまりつつかないようにしていたのかもしれない。好きだと思ってくれているのなら、ならそれでいいじゃないか。それで満足しておいた方が「安全」に決まっている。

「まぁ、つまらなくはなかったが、デートムービーではなかったな」
……久々に映画館で見て思ったけど、やっぱりデートムービーは慎重に選んだ方がいい。オチまで書いてあるレビューを読んだら楽しめなくなってしまう可能性もあるけど」
「音楽はよかった。序盤がかなり冗長だったのはあまり趣味ではない」
「それは同意」
 結論から言うと、付き合いたてのカップルが見ると結構気まずくなるタイプの映画だった。主人公とその恋人は最初は互いの夢を応援しながら生活を共にしていたが、途中で決定的に決別するというか、お互いの夢のために分かれる決意をするという流れだ。最終的にはお互い夢を叶えたけれど、隣には違う人がいるという内容で、人生ってそういうこともあるよねと言われた気分だった。僕たちは付き合いたてではないし、結婚もしているし、同じ夢を持っているわけでもないのであまり刺さるような場面はなかったけれど、と考えたところで、いや、それは僕の感想だな、と感じた。
「モーディスは、あーその……ちょっと刺さったシーンとかなかったか?」
「オーブン料理を失敗しているシーンが一番気まずい気分になった」
 焦げを落とすのは大変だからな、と予想の斜め上のコメントが出てきたことにずっこけそうになる。
「そういうことじゃなかったんだけど、……なんか君らしい着眼点だな」
「? 刺さったシーンの話だろう」
「いや、普通こういう話だったら例えば喧嘩してるシーンで昔のことを思い出したとか、そういうことを考えるだろ? それか別れないで一緒になって欲しかったとかさ」
「他人の人生に口を出す気はない。フィクションであろうと俺のものではないからな。それにお前との喧嘩は――まぁ、あそこまで拗れることはないだろう」
…………………………
…………………………
 しまった、と思ったのは多分お互い様だろう。
 デートに来てはいるけれど、僕たちは一応喧嘩中、と言うかモーディスは拗ねているし、僕は許してもらおうとしているフクザツな時期だったからだ。
「あー、っ、その、ちょっとパフェの店まで時間が空くだろ? どうする、どこかカフェに入って軽食にでもするかい。夕食をどうするか決めてなかった」
「ファイノン」
 空になったポップコーンバスケットを映画館の規定の場所に置くモーディスの背を見つめ、うん、と小さく返す。振り返ったモーディスの表情は感情の分かりづらい凪いだもので、僕に対して今、どんなことを思っているのかすぐにはわからない。
 激情型のように見えて、案外穏やかなモーディスと一緒にいると、落ち着くのと同時に、時々不安になることがあった。君が僕になにも感情が動かなくなる日が来たらどうしよう。そんなことはないと信じているけれど、本当に時々、そう考えてしまうことがあった。
 つい先日、君ってそんな風に拗ねることがあったのか、と慌てるのと同時に、少しだけ嬉しくなってしまった。僕がどんなにだめでも情けなくてもカッコ悪い姿を見せても、基本的にモーディスはそれをつつくようなことは言わない(まあ、代わりにかっこいいと言ってくれることも滅多にないわけだけれど)。それが諦念なのか、僕に対する深すぎる愛情から来るのか、まだ測りかねているからだ。
「少しは俺との生活を顧みろと考えただけで、別段、お前のことが嫌になったわけではない。ほんの少しもな。アグライアの功績はよくわかっている。お前があのアグライアに頼られていると言うのは――まぁ、使いやすい手足としてかもしれんが――純粋に誇らしいと感じることもある」
……………………
 叱られるのを待つようにモーディスの隣に並ぶと、モーディスはふい、と僕から視線を反らし、映画館の出口へと歩を進めてしまう。慌ててその背中を追いかけ、モーディス、と左の手首を掴んだ。勝手にいなくなるようなことはないと分かっているけれど、手を繋ぎたい気分だったからだ。
 モーディスは繋がれた、と言うか僕が掴んだ手首に視線をちらっと落としてから、真っ直ぐに僕を見つめ返した。モーディスの頬と金色の瞳に綺麗に陽が差して、表情と瞳を明るく照らす。
 きらきらとモーディスの瞳が眩しく輝いている。出会った時からずっと、綺麗な目をしている男だと思っていた。
「お前の伴侶は俺だろう」
……うん」
 掴んだ手首をするりと返されて、モーディスの手が手の中から抜けていく。それにちょっと動揺するよりも先に、モーディスの指が僕の指に絡む方が早かった。
「なら、お前が最終的に優先すべきは、仕事でもなく、俺との暮らしのことだと思わないか?」
 顔に似合わないし、そんなことを言うなんて全然君らしくない。君は「仕事は大事だ」と言って、君と数週間も離れる出張に行くのを嫌がる僕の背中を押すようなタイプだったじゃないか。
 モーディスは自分で言っておいて、らしくないと感じているのか、ちょっと気まずそうに視線を伏せた。言葉のすべてが本心からではないとでも言いたそうに、押し黙ってしまったモーディスの目許が少しだけ赤くなっている。
 なのに、僕の指に絡めた手は離れて行かないし、むしろぎゅっと力が込められていた。
 指先でモーディスの薬指にはまっている指輪を撫でて、その感触を確かめる。
「そうだよ、君の言うとおりだ」



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