フリンズさんに料理を作ってもらう話


「今日は何だか、晩ご飯が作りたくない日です」
「おやおや、……また突然ですね」

 誰しもあると思うのだが、やる気出ないなぁって日が今日だったのだ。しかし、ここは夜明かしの墓である。デリバリーなんて届けてもらうことは出来ない。
「と言うわけで、今日はフリンズごはんの日、ね?」
「僕は貴女の料理の方が好きなのですが……まぁ、たまには良いでしょう」
 くぅ……そう言われると「やっぱり頑張って作ろうかな」と思い直す日もあるのだが、今日は彼が作ってくれると言うので、お任せしちゃいましょう。
「それでは、僕は釣りに行ってきますね」
――今から?」
「はい。やると決めたからには、僕が食べたい物を作ろうかと」
 そうね、料理作る人が決めて良いルールだからね。でも……間に合うのかな?もう昼過ぎなんだけど。ちょっと気になる。
「私も釣りするところ、見に行ってもいい?」
「いえ、今日は部屋でゆっくりしていてください。今の貴女は、水に落ちてしまいそうです」
……そう見えるんだ」
 無言で頷くフリンズに「お疲れの様子ですからね」と言われてしまう。そうかぁ、それなら……ゆっくり待っていましょうか。


 ***


 ――カチャ。
 キッチンの扉が開く音が聞こえた。この夜明かしの墓は、静かにしていると本当に物音が聞こえやすいのだ。普段はあまり気にならないが、広げた雑誌の内容が、目が滑って読めないぐらい今は彼の帰りが待ち遠しいと思っていたところなので、自然と耳を澄ましていたようだ。
「フリンズ、おかえり」
「えぇ戻りました。今日は釣れましたよ」
 少しだけ自慢気にニコリと笑うフリンズが、バケツの中の魚を見せてくれた。大きい魚が、二匹もいる。すごい!
「それでは調理していくので、部屋で待っていて下さいね」
「ううん、見てても良い?」
「構いませんが、それほど面白いことはないかと」
「それでいいんだよ」
「ふむ、そうですか?それなら、貴女のお好きなように」
 私はキッチン近くにあった椅子を引き寄せ、彼の手元が見えやすい位置に移動した。

 すでにコートは脱いでいたフリンズが、キッチン横にかけてあるエプロンを付ける。彼のサイズに合うエプロンを探すのに苦労したことを思い出し笑いして「ふふっ」と笑う。顔を上げて私の方を見たフリンズだったが、私が片手を振って「何でもないよ」と伝えると、「そうですか」と返してくれる。
 手につけていた手袋を、フリンズがゆっくり外していくのを眺める。普段は見えない、けれども私は見慣れている綺麗な指が見えてきた。
「魚さばくときは、さすがに手袋とるんだねぇ」
「貴女は……僕の手袋を何だと思ってるんですか?」
「んーと、体の一部とか?」
「おやおや」
 そう言いながら、呆れたように小さなため息を吐くフリンズ。雑な冗談に対して彼が返してくれる反応が、何の変哲もない会話を彼とするのが、今日の私は楽しいのだ。
 華麗な手捌きで、魚が身と骨に分かれていく。魚料理に関しては、私よりも絶対彼の方が得意だと思う。

 戸棚から燻製器が取り出され、受け皿にスモークチップがセットされる。そして、綺麗な魚の切り身が台に乗せられた。
「あとは、こうですね」
 彼が手のひらを上にして、現れた炎にフゥっと息を吹きかけると、燻製器に見慣れた蒼い火が付く。
「いつも思うけど、料理にフリンズの尊い蒼い火を使うのは……問題ないの?」
「そうですねぇ。昔なら考えなかった事でしょうけど、コンロの火よりも扱いやすいので」
 そんな単純な理由だったのか、と私はそれを聞いて目を丸くしてしまった。昔のお貴族様たちが知ったら、卒倒してしまうのでは?
「誰も見てないからこそ、出来ることもありますね」
「私が見てますけど?」
「ふふっ、貴女なら僕を咎めたりしないでしょう?」
「それはそう」
 フリンズ自身が良いなら、いいか……と思っちゃうもんね。
 

 ***


「さて、もうすぐ出来ますよ」
「待ってました!」
 燻製後の魚の切り身を綺麗に切り分け、盛り付けていくフリンズを眺めながら、お腹が減っていたことを自覚してしまった。今か今かと隣で見つめていたら、魚の切れ端を顔の前に差し出される。彼の意図を把握して口を開けると、スッと口の中に差し込まれる。
「そんなに見つめられては、手元が狂いそうですので。お味見ですよ」
「めちゃくちゃ美味しい!」
「ふふふそれは良かったです」
 飲み込んでから急いで感想を言うと、彼は指の背を口元に当てて笑っていた。私、そんなに面白い顔してたかな。
「さて、今日は白ワインが良さそうですね。お願い出来ますか?」
「任されました!」
 食糧庫の奥に向かいながら、フリンズのとっておきを勝手に持ってこよう、と心に決めた。


「そういえば、さ」
「はい」
「何で、この料理を選んだの?」
「そうですね……僕が食べたいものをと言いましたが、今思い返せば『僕が貴女に食べてもらいたい物』を選んだ気がしますね」
「へへっ、そうなんだ。とってもおいしかったよ、ごちそうさまでした」
「どういたしまして」



『貴女のための、この一皿を』