ortensia
2026-01-14 19:14:59
2922文字
Public 傭リ
 

傭リ+通りすがりの庭

(,,✾︿⊗,,)×ひまわりっぱー。え?冬虫夏草?なんのことなの?エマは何も知らないの!

 閉ざされた地域にも、稀に物好きな旅人が立ち寄ることはある。先日はその部外者が絵描きの名文で、まんまと教団を解体させてしまったが。それでもこの地に残る根強い者達はいた。寧ろ、こんなところでしか生きられないような人間達だ。
 教祖もその中の一人に過ぎない。そもそもメメントモリの筆頭だ。だからこそ教祖なんぞに祀り上げられてしまった。ただ人々を救いたかっただけなのに。本当に救われたかったのは、自分自身だ。
 今はだいぶ縮小してしまった集落だが、きっとこれで良かったのだろう。だから知る由もない、そんなところに訪れる旅人が、今度こそ赤服の人物を救うことになるなんて。
「こんな辺鄙に寄ろうだなんて、変な旅人。」
「旅人とはそういうものなの。」
 集落は旅人を歓待こそしなかったが、赤服はそれが最低限の自分の役目として出迎えた。
「しかもあんたは植物を調べる旅をしている。」
 赤服は旅人に対して、疑問を持って首を傾げた。
「こんなところに生えてるもんなんて、大したもんじゃないだろ。」
 ずっとこの集落にいる赤服の人物は言う。
「ここは常に薄暗く、湿っていて、どんな生き物からしても、例え何処にでも顔を見せる植物でも、居心地が悪いだろう。」
 集落のある辺りは、赤服の言う通り常に霧が出て暗く、湿気がありじめじめとしていた。
「そういう環境にはそういう環境にしかいない植物がいるものなの。」
 しかし旅人はそう言った。
「勿論、植物だけじゃなく。ね。」
 旅人と赤服は対峙した。赤服は旅人を見て、なら好きにしろ、と言って、旅人への詰問から離れた。
 旅人は赤服の言葉に甘えて、道端の草を取ったり、植木や鉢植えの家主に話を聞いたりと、色々と調査していたようだが、やがてそれを終えたと報告して来た。
 そして目的が済んだ旅人は、次の目的地へ行くために、集落を出ると言った。
「あっさりしたものだな。」
「旅人とはそういうものなの。」
 しかし旅人は、赤服の人物に一つの贈り物を渡して来た。
「これは?おれはあんたを世話した覚えなんかないが?」
「あなたに必要だと思ったから渡すの。」
 それは一つの小さな種だった。
「ここで何処か別の地の植物が育つとは思えないな。」
「そりゃ、野放しにしては育たないの。でも、手を差し伸べてあげれば、そんなことはないの。」
「手を?」
 旅人は頷いた。
「放っておいてはこの種が得られないものを、あなたが。」
「それはなんだ?」
 旅人は笑った。
「愛を、注いであげて。」
 種の育て方をそれだけ教えると、旅人は去って行った。
「愛……?」
 赤服は笑い話かと思った、お伽話かと思った。神話かと、思った。
 赤服の人物にとって、否、この地にいた者にとって、神から与えられる素晴らしきものとは、死だった。ならばそれが愛だった。だからそれを受け取った者達は、もういない。他のこの地を去った者達は、それを受け取る前にここを出て行った。たぶん、ここ以外の場所で、それを受け取るのだろう。そうなれば、きっと意味が変わって来る。だったら、ここ以外の場所、外から来たこの種にとって、愛とはなんだろう。種は、これから生きる者だ、死とは程遠い、まだ。だからこの小さな種が、死なないようにしなければ。
 死に抗うことは、メメントモリからは反した行動とされていた。しかし赤服は日常的に種を持ち歩いた。種にとっての愛を見付けるように、この薄暗い土地で。
 こんなところで本当に咲けると言うのだろうか。咲けるものなら咲いてみろ。おまえの言う愛があるというなら、教えてくれ。ここでは花が咲くことは死の象徴だったが、この花は、どうだろうか。
 相変わらず赤服は一つの種を、布に包んで肌身離さず持ち歩いた。そして、やはりこんな場所では咲く気にはならんだろうと皮肉った。その度に、種は面白くなさそうにむずがっている気がした。
 そしてある朝、赤服は自分の胴の上に、何かがのしかかっているように感じながら、目覚めた。すわ漸く死神の迎えかと思って開けた目の前では、薄暗い朝が差し込む窓を向いて、花が咲いていた。教祖が咲かせられる花は、死だけだったはずだ。だけど咲いた。この赤と黒の地に似つかわしくない、黄金の輝きの花だった。
「おまえが、向日葵、なのか?」
 赤服は旅人に教えられた花の名前を呼んだ。
 ゆっくりとこちらを向いて見下ろした花は、屈んで赤服に口付けることで答えた。死の口付けかと思った。赤服はまだ生きている。目の前が眩しい。この土地に生まれ、こんなふうに思うのは赤服は初めてだった。この土地で咲いたはずなのに、こんなにも眩しい花が咲くなんて信じられない心地だった。
 赤服は向日葵を抱えながら身を起こした。赤服は腕の中の光をまじまじと見た。本当にこんな輝きが咲いたのが、信じられない。その視線を浴びた花は居心地悪そうにみじろいだ。そのせいで光の角度が変わり、よけい輝いて見える。反射的に、みじろぎが腕から抜け出そうとしているように思えた赤服は、咄嗟に向日葵を一層抱き締めた。だから向日葵は耳元で笑った。
「まさか本当に、この地にも愛が?」
 驚きがありありと滲んだ赤服の声に、向日葵は更に笑った。
「ずぅっとわたしのことを考えて、ずぅっとわたしを連れていたら、それは。」
 それはもう、愛では。
 花は揶揄うように赤服に囁いた。左耳だ。人外の囁きは左耳から聞こえる。言葉だって、人を惑わす悪魔だ。
 咲いたところで、餌は遣り続けなければならないだろう。赤服は相変わらず向日葵を連れ歩いた。向日葵はどうやら赤服と繋がっており、そこからなんらかの、愛情と呼ぶ何かを、受け取っているらしい。
 赤服は自分の右目から白い糸が伸びて、媚びるように花の体にはいっているのが、かろうじて分かった。自分に根付いて栄養を摂っているのは花の方のはずなのに、可笑しな光景だった。
 ただ、自分がこの美しい向日葵を育てているのだと思うと、それだけで赤服は恍惚とした。それは、彼が教祖をやっていた時の、彼の教徒達がしていた顔だった。
 赤服の体と花を繋ぐ糸は、日に日に増えているようだった。右目から始まった供給は、右上半身に及んでいる。
「ほら、もうここまで、わたしのものですよ。」
 もっと絡むように、花は糸を悪戯に指先で弄び、自ら絡まるように身をよじった。糸の中で踊っているようだった。
 向日葵は毎日美しい。もっと与えたくて、花を強引に掻き抱いたこともあった。向日葵はそれでも、美しく笑いながら全部受け取った。
「もっと。もっと奥。おまえの奥からわたしの奥まで。全部ください。」
 もっと、もっと注ぎたい。ぐちゃぐちゃにするから、もっと綺麗になってくれ。
 倒錯している。相反するはずの言葉が、さも通づるように結び付けられる。死は救済だなんてのは可笑しい、前に青服の旅人が放った言葉だった。死は救い、救いは死、汚いは綺麗、綺麗は汚い。でも愛は倒錯したものだから、また左耳から聞こえる。
 赤服の人物と、その傍で幽霊のように咲く向日葵、どちらが人外の亡霊か。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。