どうしてこうなってしまったのか。こんなのはおかしい。だって、自分は──Domのはずなのに。欲求を満たしたときと同じような幸福感が、同じDomである火流によって与えられているなんてあり得ないのだ。
*
煙上火流とは高校生の頃に出会ってから腐れ縁のようなものだ。行く先々で現れては理由もなく突っかかってくる面倒な男。そして今日もまた、なぜかこの男と二人きりになっていた。他の面々が買い出しに行くと言うから留守番を買って出たらちょうど残ったのが自分と火流だけだったのだ。
特にこちらから話すこともなく、静かに彼らの帰りを待っていた。こういう時に限って時間というものは永遠のように長く感じる。SNSを眺めるのにも飽きてきた頃、火流が退屈そうに口を開いた。
「……なぁ、もしDomとDomがコマンドを出し合ったらどうなるんだろうな」
「はぁ。普通に考えたら何も起きないと思いますが。DomとSubは互いに作用しますが、Dom同士でプレイなんて無意味でしょう」
そんな社会常識もわからないのか、と呆れた視線を遣る。
「でも、強いDomのコマンドを受けたNeutralがSubになったって事例もあるだろ。ならDom同士だってあり得なくはねえと思うけど」
「あまり現実的ではありませんね」
「ふぅん……」
含みのあるような火流の返答が気になったが、これ以上話すことはないと会話を切り上げた。火流と実りのない会話をする時間が無駄に思えて仕方なかった。皆が帰ってくるまでの間、インターネットで虚無の時間を過ごしている方がマシだとすら思う。
火流に背を向け再びスマートフォンを手に取ったその時、
「Look(こっち見ろ)」
火流から発せられたその言葉が、命令となって脳に伝わる。ぞくり、と背筋が粟立つような奇妙な感覚に襲われる。命令だと認識したその言葉に抗えない。思わずそちらを見遣る。あり得ない、そんなはずはないのに。
顔を向けるとコマンドを発した本人である火流も驚いている様子だった。まさか自分が本当に従うとは思わなかったのだろう。自分は今、どんな顔をしているのだろうか。
「……いい子だな」
従ったら素直に褒められた。瞬間、ぶわっと何かが込み上げてくる。欲求が満たされるような心地良さ。幸福感。火流相手にそんなことを思うはずがない。であればこの現象は一体なんだ。どうしてDomである自分に火流のコマンドが効くんだ。おかしい。気持ちいい。
「……ちが、これは……な、んで……」
「Kneel(おすわり)」
火流の明瞭な声が脳に響く。その痺れるような快感に、従いたいと思わされてしまう。気づけば自分は彼の前で次の命令を待つように跪いていた。
顔を上げると火流も興奮したように頬を上気させている。
「よし、Good」
顎を持ち上げられ、見下ろされる。ぞくぞくする。もっとその目で見つめられたい、そんな願望が芽生えてしまう。DomとDomであり得ないことだと、おかしいことだとわかっているのに互いに何も言わなかった。気持ちが良いから。満たされるから。理由はそれだけで充分だった。──命令が、ほしい。
「火流……次は──」
ガチャリ。玄関の鍵が開く音と複数人の話し声が聞こえてきてハッと我に返る。皆が帰ってきたのだ。慌てて彼と距離を取る。何事もなかったかのように取り繕う。あの時は正気ではなかったのだ、自分も、火流も。それなのに──あの快感を、しばらく忘れられそうにない。
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