望月 鏡翠
2026-01-14 02:34:55
960文字
Public 日課
 

#1958 泥の味を知るものたち8

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作


 ジョアンが用もないのに話しかけてくるのは珍しい。しかし、トルガはこの会話を楽しむほど、時間の余裕がない。こめかみに手を当てる。
 親しくしようなどと口では言うが、実際のところ雑談するほどの興味は目の前の男に抱いていないと言うのが正直なところだ。
「察しが悪くてすまんな。お前はどう口説き落としたら良い」
「せめてそれらしく大義でも掲げておいた方がいいのでは?」
 これはまた思いもよらぬ方向に話が進むものだ。
「大義」
 耳慣れぬ言葉を鸚鵡返しにする。貴族や騎士が掲げるその言葉を見下したことはあれど、自分が携えたことはない。
「エリセオのようなものは単純です。捻くれていないものにも飲み込みやすい、従うべき理由を与えてやらなければいけません。あなたにはそれが欠けていると申し上げております。嘘でも良いですから、何か一つでも掲げてみては?」
 なるほど、それは持ちえぬ視点だった。トルガは従うことに利があれば従うはずだという考えで生きている。しかし確かに、ジョアンはプライドのために一度はトルガを殺そうとしたし、エリセオは貴族になりたいと言う割に、それがなんなのかわかっていない。
 戦場に駆り出される者たちが握りしめるのは今世の自分の利益ではなく、死後の安寧や名誉。意味のわからぬもののために命を投げ出しているように思えてくる。彼らを動かす方法というのを考えたことがなかった。
 ジョアンはレシーの貴族だが、人生の大半をバンデイアで過ごしている。その心は本人の思う以上にバンデイア風なのかもしれない。
 リュネストでは武力の多くは傭兵だ。彼らは選択の余地のない奴隷か金目当てで自ら戦う道を選んでいる。つまり求めるものは生存の欲求か利益である。つまりは自分への利のあるなしが行動原理になる。名誉ではない。
(この国の人間は案外、泥の味を知らないのだな)
 泥の味を知っているのは悪いことではない。清い水を求めるのは、本能であって大義ではない。生きるために生きるではいけないのか。
 駄目なのだろうな。
「あなたは腹の中が読めない。それは悪いことではありませんがもっと味方を増やすなら考えてもよろしいかと」
「なるほど、考えておこう」
 それは、ただ生きる可能性を模索してここまできたものにはわからぬ考えだった。