kurotera
2026-01-13 23:57:16
9149文字
Public
 

1/25 TOKYO FES Jan.2026 朝ラビ朝新刊サンプル 

東京ビックサイト
1/25 TOKYO FES Jan.2026
マジカル☆プロデュース 2
スペースNo. 西3ホール H11b
サークル名:カノコソウ

My Defeat by Affection

シャッフルユニット/ウォーロック、TOYBOX
朝陽×ラビ×朝陽
小説 全年齢
文庫176頁

朝陽×ラビ×朝陽のシャッフルユニットパロディ本です。
公式絵師様の心を奪ったら宝石に変えるという非公式設定を拝見しめっちゃヘキにド刺さり申したので採用していますが公式様、ご本人様とは一切関係がございませんのでご了承ください。
設定の九割程がねつ造のわたしのかんがえたさいきょうの朝ラビ朝本なのでよろしくおねがいします

いつも通り好き勝手やっています。なんでも許せる人向け。

ハッピーエンドです!!!!!!!!!!!!!大丈夫!!!!!!!!!!!!!!!!!!

Overture


 色とりどりのコンフェッティが舞い散り、バルーンが幸せそうにふわふわと浮いていく。まるで手品のように現れたカラフルな箱から、動物や妖精が飛び出すたびに祝福の声があがった。
 城下町の大通りを、パレードは進む。
 さながらおもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさの中、一角獣がひく真っ白な馬車に揺られながら妖精王と女王が手を振り、群衆に応えていた。やがてパレードは終着点、街の広場に辿り着いた。女王が軽やかに馬車から降り、舞台を駆け上る。そして己を慕い集まった民たちを見渡しては、満足げな笑みを浮かべた。
「今回のパレードも大成功! ココロもすっごく楽しかったわ! みんなはどうかしら?」
 妖精の女王――ココロが彼らに呼びかければ、すぐさま歓声が返ってくる。彼女を見上げる妖精や動物たちは皆、目を輝かせながら愛らしい女王を仰ぎ見ていた。
 皆の興奮が収まるのを見計らい、ココロは言葉を続けた。
「おもちゃ箱から新しい仲間が、このワンダーランドにやってきたわよ! この世界に住むみんなが望むまま、幸せに暮らせますように!」
 女王の言葉は民衆を歓喜させるには充分だった。偉大な妖精女王陛下、ばんざい!誇り高き妖精王陛下、ばんざい! 四つの園の近衛兵、ばんざい!
 ワンダーランドよ、永遠に!
 無邪気な喝采にココロは応え、その隣では妖精王――エヴァが民衆へ慈愛の眼差しを向けている。その二人の後ろには、四人の近衛兵たちが立っていた。ある者はおもちゃ箱から生まれたばかりの妖精犬を抱え、ある者は興奮冷めやらぬ民たちを呆気にとられながら見ている。
 歓声はしばらく続き、それを静まらせるのに女王は少しばかり、苦労をした。

「ほらほら! はぐれちゃ駄目だからね、僕についてこないと知らないんだから!」
 近衛兵の一人である少年が、小さな動物たちを引き連れていくのを横目に、青年は伸びをした。パレードも終わり力のいる片付けも済んだので、城へと帰ろうと決めれば、不意に足元に影がよぎり、驚いて足を止めた。 
「ん?」
 視線を下に向けると、そこにいたのは小さなオオカミだ。ピンク色をした、お世辞にも愛らしい目つきとはいえない小さなオオカミが、自分の足元をうろついている。
「どうした? 君もおもちゃ箱から生まれたばかり?」
 青年がしゃがんで獣の頭を撫でると、オオカミは尾をぶんぶんと振り回す。お世話係のミオとはぐれちゃったのかな、と辺りを見回してみるが、彼はもう既に出発してしまったらしい。どうしようかと考える青年に、わふ、と一声吠えたかと思えばオオカミは己の肩に飛び乗ってきた。ふんふんと鼻息が頬に当たってこそばゆい。
「わっ……しょうがないな……
 やれやれと小さなため息を吐いて、青年は立ち上がる。再び馬車に乗り込もうとする女王たちのあとへとついていこうとすると。
「あ、あのっ……
 今度は誰かに呼び止められた。声の方を向けば、花束を抱えた小さな妖精がこちらを見上げている。 
……オレに用?」
 青年が青い目を眼差せば、妖精は微かに息を呑んだ。しかし、意を決したように、腕の中の花束を差し出してきた。
「あ、あの、雪の妖精さん、これ……!」
 雪の妖精と呼ばれた青年が微かに目を見開き差し出された花束を見つめた。紫混じりの白い花を束ねた、素朴な贈り物は妖精の手の中で誇らしげに揺れている。
「これを?」
 青年の問いに小さく頷いた妖精に、戸惑いながらも雪の妖精は恐る恐る手を伸ばした。花の一つに指先が触れる。すると瞬く間にその花びらに白い霜がついたのを見て、は、と彼は我に返り手を引っ込めた。
……可愛らしい妖精さん、素敵な花束をありがとう。さあ、一緒に女王様へ献上しに行こうよ。きっと彼女は大喜びするから。おいで……花束を落としちゃ駄目だよ」
 雪の妖精は微笑み、無垢な妖精を促した。彼女はきょとん、と首を傾げたのだが、慕っている妖精の女王に己が作った花束を捧げられる栄誉にすぐさま目を輝かせた。
 妖精を女王の御前へと導く青年の背には、あらゆる視線が突き刺さっていた。

 ――あれが冬の園を管理する雪の妖精……
 ――近寄らないほうがいいよ。怒れば魂まで凍らされるって、聞いたよ。
 ――ああ、それは怖いね。

 耳に張り付くような声が聞こえてくるのを、雪の妖精は沈黙でやりすごした。今、そばにいる妖精は何も知らないのだから、下手に怖がらせてはいけない。
「女王陛下、この子が君に花束を。受け取ってあげてくれるかい?」
 雪の妖精に呼びかけられ、ココロがこちらを向けばその愛らしいかんばせをぱっと明るくさせた。やってきた妖精に恭しく一礼をし、小さく首を傾げて青年を見上げる。
「ラビってば、この子を案内してあげたのね? 中々気が利くじゃない?」
「はは……この花束、凄く可愛いだろ。ココロに似合うんじゃないかな」
 ココロの言葉にラビが笑う。ほら、女王陛下に渡してあげて。小さな妖精を促せば、彼女は蝶の羽根を羽ばたかせた。
 ココロ様、花束をどうぞ。無邪気に花束を差し出す妖精の額に、ココロは親愛のベーゼを施す。ラビは、二人の様子を微笑ましく見守っている。
 足元に、凍った花びらが落ちていく。地面につくまでにそよ風に吹かれて消えたそれに、ラビは気づかないふりをしていた。

Ⅰ ビスキュイを盗んだのは誰か

 
 城に戻ると、四人の近衛兵たちはさっそく女王に謁見の間へと召集された。
……今日はなんの日であるか、知っているか?」
 重々しく口を開いたのは、妖精王エヴァだ。
 その容姿は幼く見えるが、彼の身には確かな威厳が備わっている。人間が彼を見たならば、まさしく彼こそあまねく妖精を統べる王であると誉めそやすだろう。そして今、彼の整ったかんばせは、強ばっていた。
「ええっと……女王陛下主催のお茶会、ですよね?」
 いつもとは違うただならぬ雰囲気に戸惑いながら、近衛兵の一人――カナタが答える。彼は四人の中では一番の古株で、近衛兵たちのまとめ役だった。そういえばそんな予定だったな、とラビが暢気に構えていると、エヴァもひとつ頷いた。
「そうだ」
「お茶会用のビスキュイが無くなったの!」
 もう我慢ならないといった勢いで、ココロがいきり立つ。その姿にラビはああ、と納得した。つまり――これは大事件だ。彼女の剣幕に、ラビの隣に立っていた二人、ミオとモモイもお互いに顔を見合わせて青ざめている。女王陛下のビスキュイを盗むだなんて、なんて大胆なと言いたげであった。
 エヴァ曰く。
 女王陛下のお茶会のために用意されていたビスキュイが、キッチンから忽然と消えた。現場には準備にいそしむ料理人が何人もいたはずなのに、まるでビスキュイに足が生えたか羽がはえたか、誰も気づかぬうちにきれいさっぱり無くなったのだ。消えた瞬間も、盗んだ者も、誰も見ていないという。
「妖精の女王であるココロちゃんのビスキュイを盗むだなんて、良い度胸だわ!」
 そういうわけで、女王陛下はおかんむりなのだ。エヴァは彼女を宥めることを、諦めたようだった。
「あ、あの……それに関して、だと思うんですけど……
 恐る恐る手を上げて切り出したのはモモイだった。ココロの剣幕にたじたじになっているにしても、顔色がすこぶる悪い。その隣ではミオが難しい顔をさせている。慕っている王に報告することすら腹立たしいと言いたげに。
「? モモイよ、申してみよ」
「そのう……インク瓶が消えてしまいました……半ダースほど……
「なんだと」
「エヴァ様、僕もやられたんです! 大事にとっておいた薬草が盗まれたんだ!」
 モモイとミオの報告に、四人は目を丸くさせた。しかしすぐに、カナタがちょっと待って、と声を上げる。
「ええっと、ミオ君の薬草はこの前みたいに歩いて行った……とかじゃなくて?」
「アレを乾かして細かく切って、瓶に入れていたんだ! まさか瓶が足を生やして歩き出すとか言わないよね!?」
「うーん……モモイ、は流石にうっかりインクを半ダース飲んだ……とかは無いよな……徹夜明けで間違ってとか……
「ラビくん、インクは独特の味がするんです! 一口飲めば流石に僕だって気がつきます!」
「そ、そうか……
 うっかり飲んだことがあるんだな、という言葉を飲み込みつつ、ラビは王座の二人に視線を向けた。
 思わぬ報告に眉間に皺を寄せ、腕を組んでいたココロは大きなため息をつく。
「つまり……城じゅうの色んなものが消えたか、盗まれたってワケね」
「いたずら妖精のイタズラ……ってわけでもなさそうだ。だって、イタズラがあいつらの役割といっても、いくらなんでも女王陛下のビスキュイに手を出すのは流石に命知らずだよ」
「どういう意味かしら、ラビ?」
「みんな女王陛下を慕ってるってことさ」
 慌てて言い繕うラビをじとり、とココロが軽く睨み付けた。しかしすぐに背筋を伸ばして、四人の近衛兵たちを見渡した。
「というわけで。命令よ、ビスキュイ泥棒を捕まえなさい!」
「ココロちゃん、そうしたいのは僕たちもだけど……手がかりとかはないかな……
「あら、そんなものあったら苦労しないわ」
「ですよねえ……
 カナタの言葉に肩を竦めるココロを見て、モモイががっくりと項垂れる。せめてインク瓶にヒビでも入っていればとぼやいてみるものの、どうやら犯人は完全犯罪を成し遂げたらしい。
 手がかりゼロの状態で犯人を捜す難しさに唸る四人を見て、エヴァが口を開いた。
「この事件のしわざが、いたずら妖精であるのならば、よい。……我は少々、気がかりなのだ」
「エヴァ様、どういうことですか?」
 ミオが眉尻を下げて問えば、エヴァは物憂げな顔をさせ、うむ、と口ごもる。その姿に何かを感じ取ったのか、近衛兵たちは真剣な眼差しで彼の言葉を待つ。
「王国の外……魔の領域の存在は、皆も知るところであろう。つい先日、見回りの兵から王国に忍び込もうとした者がいると報告があった」
……それって、魔の者……ですか?」
 魔の領域――
 ワンダーランドの〝外側〟のことを、妖精たちはそう呼んでいた。暗く鬱蒼とした森が点在するほかは、寂寥たる荒野や吹雪の絶えない雪原しかない荒れ果てた土地だという。そこには魔の者と呼ばれる存在が潜んでおり、魔の領域に迷い込んだ人間や妖精たちの心を惑わし魂を奪う。そんな噂が、まことしやかに語られていた。
……今までそんなことって、あったんですか?」
「僕が近衛兵になってからは聞いたことがないよ。たまに境界付近で見かけたって報告ぐらいで」
 モモイの質問にカナタが首を振って否定すれば、ふうん、とミオが首を傾げる。
「その魔の者ってのが、ビスキュイ泥棒を?」
「確証は持てぬ。あの者たちがこちら側に来ようとするなど、考えられぬことでな。もし件のビスキュイ泥棒が魔の者であるのならば、些(いささ)か困った事になるかもしれぬ」
「だからあんた達の出番ってわけ!」
 重くなりつつある空気に、ココロがぱん、と手を叩く。四の五の言わずにさっさと捕まえてきなさい、と言いたげな表情をさせていたが、ふと何かを思いついたのか、彼女の顔がぱっと明るくなった。
「そうね、ココロちゃんに良い考えがあるわ!」


 目の前に置かれたケーキスタンドとティーセットを眺めつつ、ラビはひとつ欠伸を漏らした。スタンドに置かれた皿には全て、ビスキュイが摘まれている。
 そう、三段とも全てがビスキュイである。

 ――見張ってさえいれば通りすがりの誰かさんがつまみ食いをしようとしても、ビスキュイに足が生えて歩いて行っても、羽が生えて飛んでいっても、捕まえられるでしょ?

 名案だわ! と満足げなココロの顔を思い出す。その隣ではエヴァが何かを言いたげに片眉を上げていたが、ついぞ何も言わずじまいだった。
「少しぐらいキッシュとか、サンドイッチとかがあってもよかったんじゃないかな」
 紅茶は飲んでもいいけど、ビスキュイは食べちゃ駄目だからね! と作戦の考案者に念を押されつつ用意されたのは、少人数のお茶会で使う為の小さな一室だった。パステルカラーの調度品は行儀良く並んでいて、ラビにとっては妙にくすぐったいものに感じる。
 テーブルに置かれた〝お茶会のビスキュイと紅茶〟を一人眺める任務を受けたラビの足元では、パレードで懐いてきた小さなオオカミが退屈そうに丸まって眠りこけていた。窓からの柔らかな風は、薄く白いカーテンをひらめかせている。平和な昼下がりという言葉がぴったりの午後だ。
 ちく、たく、と時計の針が行進する音を聞き、スプーンで掬ったストロベリー・ジャムを舐めては紅茶を味わう。積み上げられたビスキュイを眺めて、どれほど経っただろうか。今のところそれらには、足も羽も生える気配は無かった。
「わざとらしすぎるよ、これ」
 口にすることの出来ない焼き菓子を前に、いよいようんざりしてきたラビが虚空に呟く。時計の針は雪の妖精の呻きにも我関せずと、無情を刻んでいる。
 さて、いつまでこんなことを――
……
 目の前でビスキュイが浮いている。
 足も、羽も生えていない。それは重力を無視してふわふわと浮いていた。
 突然の出来事にラビは目を丸くさせ、ぽかんとした顔でそれを凝視した。
 ほんとに浮いてる。いや、そんなわけ……
 ビスキュイもこちらの視線に気がついたのか、ぴたりと動きを止めた。
 数秒、沈黙が訪れて。
 ぽとり、と落ちた。
「ッ……!」
 ラビが勢いよく椅子から立ち上がったのは同時だった。その弾みでティーカップが倒れ、少しばかり残っていた紅茶が白いテーブルクロスを染める。目の前、何も無いはずの虚空へと手を伸ばせば指先に触れたそれを掴んだ。
「わっ……!?」
 驚いた声と共に、がしゃんとケーキスタンドが倒れた。山のように積み上げられていたビスキュイがテーブルや床へと散らばって、砕けたり跳ねたりと大騒ぎだ。足元でオオカミが吠え、ラビの手は透明な何かを逃すまいと、しっかりと握っている。
 冬の青空にも似た色の瞳がそこをきっと睨み付ければ、手套に包まれた指先から霜が纏わり付いていく。白く冷たい輪郭は、瞬く間に人の腕を形作った。
「や、いやです……!」
 悲鳴に似た叫び声と共に、それは正体を現した。
 濃い焦げ茶色の外套、そのフードを目深く被った少年。胸元に大きな宝石をつけた、見慣れない奴。端的に言えば、ビスキュイ泥棒。
 
 フードの奥から覗く琥珀色の瞳には怯えが滲み、ごめんなさい、もうしませんと連呼するビスキュイ泥棒をラビはまじまじと見つめて――否、目が離せずにいた。
 鼓動が早まる。心臓をきゅ、と掴まれたような感覚。
 奇妙だ。
「あ、あの……?」
 ビスキュイ泥棒は己の腕を掴んだまま、何もしないこちらを怪訝そうに窺っている。真っ白な霜に覆われてしまった腕と、ラビを交互に見つめてかたかたと身体を震わせていた。ラビはというと、冷気を纏わせた指先が妙に熱くなり、そこから溶けてしまいそうになる感覚に我に返って、慌てて手を離した。
……えっと。駄目だよ、盗っちゃ。インク瓶とか、薬草瓶とか、女王陛下のビスキュイを盗ったのは、君? ……君は、いたずら妖精?」
 ラビの質問に、少年は何も答えない。腕を凍らせようとしたから、怖がらせてしまったのだろう。恐らく、質問の答えは全て肯定。もしかするとこの前のパレードでおもちゃ箱から生まれてきた〝新入り〟なのかもしれない。
 それにしては、度胸がありすぎるが。 
 沈黙を守り、琥珀色の目をそらすビスキュイ泥棒をラビは困惑しながら見下ろしていた。女王の前に突き出すべきなのは分かっているけど、とラビが考えていると、不意に、きゅるる、と可愛らしい音が聞こえてきた。
……
……
 その音の発生源は彼の腹からだった。顔を真っ赤にさせて少年が俯く。胸の前で手を握りしめ、自分よりも背丈の高い近衛兵に捕まってしまったという恐怖と、腹を空かせすぎて鳴らしてしまった音への恥ずかしさをない交ぜにしたような、複雑な表情をさせている。
(しょうがないなあ……)
 ラビは、今日何度目かも分からないため息を零した。かろうじて皿に残ったビスキュイをちらりと見やり、そして使われないままテーブルに置かれていたテーブルナプキンでそれを包めば、ずい、と差し出す。
「皆には秘密」
 ラビが差し出してきたビスキュイを見て、少年は目を見開いた。
 おずおずと顔を上げた彼の、琥珀色の双眸はきらきらと輝いている。それを見て、僅かに照れくさくなったラビがふいと目をそらせば、少年はビスキュイを受け取り、後ずさる。外套が翻り、少年の姿はぱっと消え去った。
「さて、と……なんて言い訳をしようかなあ……
 小さな足音が遠ざかっていく。ラビは部屋の惨状を見渡し、頬を掻いた。しかしふと、ある事を思い出して、あっ、と声を上げた。
「インク瓶と薬草瓶!」
 返してもらってない、と扉の外に出る。しかし既に彼の気配は無い。

(中略)

 目を覚ましたんですね、とプリズムが微笑めば、ラビは目を見開き勢いよく起き上がった。力の入らない身体を庇うようにすれば、動いちゃだめです、とプリズムの手が制する。
「触るな!」
 叫び拒むラビの身が冷気を纏う。プリズムの指先が白く染まると同時、ラビの顔は苦痛に歪んだ。胸を押さえ、耐えがたい苦しみに呻き、蹲(うずくま)る。
 その姿をプリズムは憐れみの眼差しで見つめていた。
……なに、を……した……
……オレ、ラビさんの魂を奪いました」
 プリズムが差し出したのは、真っ白な宝石だった。手のひらで輝くものに、胸の内が溶け落ちたような喪失感を強く抱き、ラビは言葉を失いそれを凝視した。
「これでラビさんはオレのものです。だから持ち主のオレを傷つけようとしたら、罰が与えられる……それがこの世界の掟。でもオレ、もうラビさんに酷いことをしません! だから、怖がらないでください……それに……
 ラビの魂で出来た宝石を大切にポーチにしまい、プリズムはラビの隣に腰掛けた。苦痛が尾を引いているのか、動けないラビの身体は身構えるように小さく跳ねる。
 その背を優しく撫でながら、プリズムは言葉を続けた。
「まだオレはあなたの魂を完全に奪えていない……だから、ラビさんはそのままの姿でいるんです」
……どういうことだ……魂を奪われたら、宝石になるんだろ?」
「オレたちが魂を完全に奪って宝石にするには、〝魂を奪われたいと願うこと〟が必要なんです。ラビさんがオレに魂を奪って欲しいと願ってさえくれれば……その時、オレはあなたの魂を本当に奪うことが出来る。……これも、世界が定めた掟のひとつなんです」
 誰もそんな馬鹿なことを願うわけがない。ラビの目はそう言いたげだった。力尽くで攫って自由を奪った挙げ句、抵抗すれば苦痛を与えてくる存在に奪われたいだなんて。もし、そう願ったとしてもそれは偽りの願いに違いないだろう。――そもそも。
「どうしてこんなことを? ……オレがワンダーランドの妖精で、城の近衛兵だから? お前達の目的はなんだ? オレの魂を奪って、そんな石ころに変えたとしてもあの場所がどうにかなるわけじゃない。……せいぜい、冬の園の管理人が変わるぐらいだ。それとも……オレが憎いとか」
 嘲るようなラビの問いに、プリズムは軽く目を見開いた。困惑したようにラビを見つめて、それから寂しげに眉尻を下げ首を振った。ラビの言葉は全て、見当違いだと。
「オレは、あなたの事を奪いたいと思った。ただそれだけです」
「は……?」
 プリズムの瞳に、偽りの影は見えない。それが余計にラビを混乱させた。何故、奪いたいなんて思うのか、理解できない。奇妙なものを見るようにプリズムを見つめるラビに、少年は身を乗り出す。
 どうして理解してくれないのだろう。それなら、言葉を尽くすしか無い、と。
「オレ、ずっと言っています。あなたの魂を奪って、オレのものにしたいんです」
「なんだ……それ……
「オレのものにして、あなたを永遠のコレクションにしたい……だって、ラビさんは綺麗で、強くて、雪のようにまっしろな――
「やめてくれ!」
 プリズムの言葉を遮り、ラビは彼から顔を背けた。ムーングレイの髪が影をつくり、プリズムからはその表情は窺えない。
 それでも、彼からは明らかな拒絶の意思が発せられているのは理解できた。
 己の〝持ち主〟の言葉を拒み、これ以上奪われないように心を閉ざそうとしている。
「もし、それがお前の本心だったとしても……オレは、……プリズムが思っているようなものじゃない。それに……
「いいえ、ラビさん」
………………
「オレはあなたの魂に魅入られた。必ず、あなたを奪ってみせます」
 シーツを握りしめるラビの手を、プリズムはすくい上げた。白い手套越しでも冷たさが伝わる彼の手を両手で包めば、ラビははっと、目の前の少年を見た。
 琥珀色の双眸が真っ直ぐにこちらを見つめて、どこか凶暴な輝きを孕んでいる。
「あなたが、いつかオレのものになりたいって願えるようにすると決めているんです。……オレは、諦めません」
……そんなの」
 勝手だ。オレの魂のほとんどを無理やり奪って、あんな石ころに変えてなお、そんな戯言を言うだなんて。
 ラビの胸には怒りが渦巻いていた。しかし同時に、別の感情――プリズムの真っ直ぐな眼差しに、その輝きに、心臓が揺れて泣きそうになるような――苦いものが、ラビの心を侵し始めていた。どうすればいいのか、分からない。知らない。
……卑怯だよ、お前」
 せいぜい、彼の振る舞いの身勝手さを言い捨てるしか出来ない。プリズムの手から逃れるように、ラビはベッドの隅へと身体を引きずり、沈黙を守った。その姿にプリズムも黙るほかなかった。今日はこれ以上、何もする気はない。
 薄暗い闇の中で、ラビは喪ったはずの左手を見つめた。これからどうなるのか。
 どうすれば自分の魂を奪い返すことが出来るのか。
 ……それとも、その前に狂って石ころになり果てるか。
 欠落した胸の内が疼く。そこを埋めるものを求めて、ラビを苛み続けていた。