エンジェルズシェアでのガイアはうるさい男だ。外国人が想像するモンドの酒飲みの姿そのものと言ってもいいだろう。よく飲み、よく笑い、そしてカウンターで立ち仕事をしているだけのディルックがうんざりするほど、よく喋る。
そんな男なのでもちろん店内では顔が知れている。
扉の隙間からひょっこりと顔を覗かせるだけでざわめきを破ってガイアの名を呼ばう常連がおり、ここに座れ、今日はこのつまみがうまいとその周囲から次々に声が湧く。
満面の笑みでいそいそとテーブル席へ向かう姿を横目で見送り、ディルックはごく小さく鼻を鳴らした。
カウンター席は空いている。ここに客の姿があるとガイアが露骨に不満げな顔をするからだ。今夜もまずディルックよりやや前方の空隙を確認していた様子を見逃してはいない。
「ディルックの旦那! 追加のグラスと、蒲公英酒をボトルで頼むぜ!」
どうせそのボトルを空けたらへらへら笑ってこちらに移って来るのだろう。
ふん、ともう一度鼻から息を抜き、店主ディルックはやかましく厄介な常連客のために軽い口当たりの蒲公英酒をボトルラックから取りあげた。
まったく、と顔を顰めたガイアが、ディルックの正面でワインを水のように叩っている。
「なんであんな軽い酒を出したんだよ。ちっとも飲んだ気になりゃしない」
「どうせ追加でワインを頼むんだ。初めから強い酒を出して潰れられると面倒だからな」
「俺がそんな無様なことになると思ってるのか?」
「……逆に教えてもらいたいんだが、まさか君は先月ここでシスター・ロサリアとカードに興じたときの様子を失態とは思っていないのか?」
ガイアが俯いて横を向いたので安心する。まだ最低限の常識や羞恥心は残っていたらしい。
負け越したガイアの支払いでそれなりの価格帯のワインばかりを何本も、ロサリアはそれだけ飲んでもしっかりとした足取りで店を後にしたし売上にもなりはしたが、あれは本当にひどかった。酒臭い軟体動物のようになったガイアを、よほど広場の噴水に沈めて帰ろうかと思ったほどだ。正体をなくした男ひとりを担いでワイナリーまで辿る帰路はディルックをしみじみとむなしくさせた。
「悪かったよ。ちょっとはしゃぎすぎたんだ、あのときは」
「それで済む話だと思っているのか、あれを」
「おっ? 案外根に持つじゃないか旦那様」
テーブル席はかなり空きが目立つようになってきた。
風がうなるようだった店内もようやく凪いで、落ちついた空気を取り戻しつつある。数時間前にガイアを招いてともにはしゃいでいた客もとっくに会計を済ませて帰って行った。ガイアだけがその後のこのことカウンターへやって来て、ディルックの前で引き続き酒を飲んでいる。
「……今後は自分の限界をわきまえろ。もう君を背負って山道を歩くのはごめんだ」
「上の部屋を貸してくれればそれでよかったんだが」
「酔っ払いを店に置き去りにして、商品を空にされでもしたらたまらないからな」
「ははっ。信用がない」
楽しげに手酌でグラスを満たす男へ鼻を鳴らす。当たり前だ。ディルックは酔漢の話など信じない。
ガイアの手元からボトルを奪い、文句を言われる前にきつくコルクを詰める。カウンターの下へ隠したボトルへ、隻眼の未練がましい視線が追いすがっても、もうどうしようもない。
「限界をわきまえろと言ったのはおまえだろ? 俺はまだまだ飲めるってのに、ひどいな」
「うちに来てからアルコールばかりじゃないか。そのグラスを空けたら水を飲んで、何か腹に入れろ。無謀な飲みかたをするから先日のようなみっともないことになるんだ」
ガイアの、気まずさでにゅうっと突き出た下唇目がけてメニュー表を突きつける。一瞬その上を眺めた目玉がくるっと上がり、窺うようにディルックを見た。
「……ミントの和え物」
オーダーを受けたディルックは極めて慇懃に目を細める。
「うちはモンドのバーだ。璃月料理は出しかねる」
「……メニューに書いてあるようだが、俺の見間違いか?」
「……ミントが在庫切れだ。ムーンパイにしろ」
「すごいな。モンドいちの酒場のオーナーは客から酒を奪ったあげく料理まで押しつけるのか? 選択権が一切ないじゃないか」
ディルックが鼻を鳴らすとガイアはおもしろがるように短く笑った。まだ呂律が回っているし、目線もしっかりしている。本人の言う通りまだ余裕があるからだろう。
もうごめんだ、と腹の中でもう一度呟いた。
うるさいほど回る口をぱたんと閉じてテーブルに突っ伏し、瞼と指先を細かく震わせるガイアの姿など、もう見たくもない。表情が失せ青ざめたおとうとの顔はぞっとするほど他人めいていた。気つけ代わりに噴水に沈めてやりたい気持ちを抑えて、ガイアを担いだディルックは黙々と夜道を急いだのだ。
道中一度だけ、背中からごめんと呟かれたことをまだ覚えている。そんな、屈託のない口調で謝られたくもなかった。
「……悪かったよ。ディルック」
ディルックがパイを温めるために身を翻したタイミングで、見計らったように謝罪が届く。
いかにもガイアらしいやりかたに、ふん、と鼻を鳴らして返事をしてやった。
「二度とするな」
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