風花莉亜
2026-01-13 09:09:33
11040文字
Public
 

聖なる夜に?

とどち。千早くん視点のクリスマスのお話のつもりで書いた藤堂くん風邪っぴきの話。一応、看病してます

少し早目に切り上げた部活終わりに、部室で行うクリスマスパーティー。
要くん主催で開催されたそれは、いつものメンバーしかいなかった。
先輩達も誘ったのだが丁重に断られたらしい、これは誘いに行った要くんの隣に居た山田くん談だ。

『クリスマスにクリスマスらしい事をしないなんてありえナイツ!』
この一言が全ての始まりで、だけど当然クリスマスなんて関係なく部活のある俺達野球部は、部活が終わった後に一度家に帰って、そこから再び誰かの家に集合してパーティーをするような時間はない。
よって部室での開催を余儀なくされた訳だ。
部室だし何より部活の後なのでケーキなんてないし、オードブルだってない。
ただそれぞれがお菓子を持ち寄り、自販機で調達してきたジュースで食べたり飲んだりして騒ぐだけ。
余談だが五百ミリリットルのペットボトルを一人一本持つ訳ではなく、気分が大事だと言う要くんの案で紙コップへと注いで飲んでいた。
お陰で空のペットボトルがそこら辺に転がっているのだが、誰が捨てに行くのか、後で壮絶なジャンケン大会が始まりそうだ。
正直、ごみ捨てで盛り上がりたくはないのだが。
そんなくだらない事をしつつも、俺にとって気が置けないメンバーしかいない細やかなパーティーは、十分楽しかった。
それはもう、要くんが繰り出すパイ毛に笑ってしまえるくらいには。
しかし、俺の隣りに座っていた山田くんにはそうは見えなかったらしく、寂しい?なんて聞かれてしまった。
寂しい?何故?
口には出さずに目で訴えれば、苦笑で返される。
なんなんだ、一体。
尚も頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、無意識なのかなぁなどと呟いて、やっと俺にもわかるように言葉にしてくれた。

「藤堂くんがいなくて、寂しいのかなって」
「はい?」

飲もうとして口を付けていた紙コップを危うく落としそうになった。
慌ててキャッチして、内心ほっとする。
良かった、セーフ。
口に含んでいたら確実に吹き出していた未来が見えて、これまたセーフだと心の中で呟いた。
それは兎も角として、藤堂くんがいなくて寂しいかと彼は言ったのか?
それはなかなかに衝撃だったらしく、上手く脳が作動しなくて理解するまでに時間がかかってしまった。
藤堂くんが居なくて、寂しい。
そんな訳がない。
確かに毎日の様に隣にいる、あのデカイ図体が傍に居ないと言うのは不思議な感覚ではあったが、寂しいだなんて僅かも思わなかった。
そりゃうっかり藤堂くん、と呼び掛けて、今日は休みで居ないんだったと我に返る事を何回か繰り返してしまったけれど、断じて寂しいだなんて事はない。
そう、断じて。
それなのに、山田くんには俺が寂しがっている様に見えたと言うのだろうか?
否、見えたから言っているのか。
そんな訳、ないのに。
苦虫を噛み潰したような顔をする俺に、山田くんはクスクス笑う。
ジトリ、恨みが増しい視線を送ってみても、何処吹く風で笑みを崩さない。
全く、これだから山田くんには敵わない。
紙コップに残っていた緑茶一気に呷って、はぁぁぁぁ、吸い込んだ息を全て吐き出す様に溜息を吐くと、ペットボトルを傾けられた。

「お茶、飲むよね?」
……いただきます」
「ふふ」

カップに注がれていく緑色の液体を見ながら、
智将は敵に回したくないと思うけれど、山田くんだって敵に回したくないと思う。
山田くんの場合は人が良いので元々敵に回す気もサラサラないのだが、それはそれとして良く人を見ているタイプは面倒臭い。
俺自身ですら欺こうとしているモノを見抜いて、あまつさえ指摘してくるのだから困ったものだ。
あぁもう、自分の心を丸裸にされた気分になって恥ずかしい。
今日一日、それこそ今の今までずっと、俺は俺自身を欺いていた。
藤堂くんが隣に居なくても、寂しくなんてないのだと。
それを山田くんにあっさり指摘されて、逃げ場を失った感情がジリジリと俺の中へと広がる。
あー、もう、降参だ降参。
赤く染まっているであろう頬を隠す様に眼鏡のブリッジを押し上げた所で、要くんによる本日最大のパイ毛が炸裂した。
自然と山田くんの視線も要くんに移って、会話はそこで終了する。
ナイスタイミングです、要くん。

それから後は、最終下校時刻のギリギリまでパーティーを続けた。


──────そこまでは、良かったのだが。
何故俺は今、途中で立ち寄ったコンビニ袋を片手に藤堂くんの住む団地の前に立っているのだろうか……
日が落ちるのが早いのも相まって辺りはもう暗くなっており、あちこち街灯が点いている。
等間隔にあるそれが足下を照らしてくれているが、どうにもこの団地というものは昼間の雰囲気とは違ってどこか寂しい。
カーテンの閉められた部屋の窓から灯りが漏れて人の気配を感じているにも関わらず、なんだかこの場には俺一人しかいないかのような気分になった。
こんな感覚、自分の住むマンションでは味わった事がないのに。

ヒュー、と風が吹き、俺の髪を揺らす。
背筋を走る悪寒に、ぶるりと身震いした。
寒いのは得意ではないのだ、こんな所で立ち止まっているよりも藤堂くんの家へと上がらせもらった方が良いのかもしれない。
けれど今日一日藤堂くんと離れていた為に、今会ってしまえば本人を前にしてついポロッと『寂しかった』などと口走ってしまいそうで、出来れば会いたくないと思う。
風邪で弱っている相手に、そんな醜態は晒したくない。
なのだが、会いたいという気持ちも確かにある訳で。
ここでの選択肢は二つ。
このまま藤堂くんの家に向かうか、何事も無かったように帰るか。
俺としては断然後者がオススメ、と脳内で呟いた所で、ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。
嫌な予感を覚えつつも取り出したスマートフォンを見て、あぁ、やっぱり見るんじゃなかったと肩を落とす。

『瞬ちゃん、恥ずかしいからって逃げちゃダメだからねー』
『藤堂くんによろしくね』
『藤堂は明日来れるのか?』

ポンポンと追加されるメッセージに、ぐっと息を詰める。
帰ってもいいだろうか、そんな事を考えた俺を見透かすかのような要くんのそれに、舌打ちした。
うっかり既読を付けてしまったので、もう後戻りは出来ない。
これを見て尚行かないという選択肢を取った場合、要くんから何を言われるか。
そもそも三人と別れた時点で、俺の運命は決まっていたとでも言うべきか。
別れ際の三者三様を思い出して、時間が巻戻れば良いのに、と非現実的な事を考えた。
元を辿れば、こんな事になったのも全部、藤堂くんが風邪なんか引くからいけないのだ。
なんとやらは風邪をひかないんじゃなかったのか?
風邪を引いていいのは夏だけだろ、ここにはいない藤堂くんに向けて悪態をつくが、当然返事は無い。
また寂しい、なんて言葉が頭をチラついた。

メッセージに返信もしなければ足も動かさない俺をどこかで見ていたのか、と言いたくなるタイミングで要くんから追加のメッセージが送られてきた。
仕方なしに手の中のスマートフォンを見遣って、文字の羅列を読み上げる。

『早く行ってあげないと葵ちゃん寂しいんじゃない?』

いや、知らんがな。
確かに風邪を引くと心細くなるとは言うが、それは藤堂くんにも当て嵌るのだろうか?
……当て嵌るか。
普段一人きりで家にいる事の多い俺とは違い、藤堂くんには誰かが一緒にいるのが当たり前であって、それなのに今日に限って家に一人きりらしい。
お父さんは出張でお姉さん達はお祖母さんの家に行っているのだとか。
そんな最中の体調不良で、当然藤堂くんはお姉さんにもお父さんにもそれを伝えていない。
今朝少しだけ通話した時には寝てれば治るとか何とか言っていたが、果たしてどうだか。

元々、お見舞いには行くつもりではいた。
でもそれは俺一人ではなくて、皆も一緒であったはず。
それがどうしてこうなったのやら、それは要くんの一言が始まりだった様な気がする。

「葵ちゃんのお見舞いさ、皆で行ったら迷惑になっちゃうよね」
「え?」
「皆でワイワイ行ったら葵ちゃん疲れちゃうかもしれないし」

それは要くんが騒がしくしなければ良いだけでは?
そう言うより早く、要くんはウンウンと頷きながら、勝手に結論を出してしまった。

「だから、代表して瞬ちゃんに行ってもらおう!」
「はい?」
「要くんの言う事も一理あるよね」
「山田くん?」
「圭とヤマがそう言うなら」
「清峰くん……
「決定〜」

そんなこんなで、あれよあれよという間に俺一人でのお見舞いが決定してしまった。
元々団結力の高い我が部だが、こんな所でもその能力を遺憾なく発揮させるのは止めてほしい。
乾いた笑いをする俺を尻目に、『じゃあ、解散!』と元気に言い放った要くんの顔は忘れてやるものか。
良い仕事したと言わんばかりの表情しやがって。
三十分程前のやり取りを思い出していると、再び通知が来る。
今度は何だとトーク画面を見て、思わずスマートフォンを取り落としそうになった。

「ばっかじゃないですか!?」

表示された画面には『汗かくと熱下がりやすいみたいだから、えっちなサービスでもしてあげたら?』と書かれていた。
わざわざ個人の方に送ってきたから何事かと思えば、ほんっとバカなんじゃないですか!?
AVに影響されすぎでは!?
お陰でうっかり情事の藤堂くんを思い浮かべてしまって、慌てて頭を振る。
あーもう、要くんの馬鹿野郎。
明日絶対に精神攻撃してやると心に決めて、この場に立ち尽くしても何もならないと、藤堂くんの家へと向かった。


何度か来た事のある藤堂家。
いつもは誰かしらが家にいたり、要くん達がいたりと藤堂くんと二人きりなんて事は今までなかったので少し緊張する。
震えそうになる指を叱咤しながら玄関のチャイムを鳴らすと、暫くしてガチャリとドアが開き、藤堂くんが姿を現した。
額には冷却シートを貼り、マスク姿での登場。
百点満点な病人の格好だ。。
熱が高いのか目は潤んでいて、マスクを着けていてもわかる程に顔も赤い。
これは、かなり重症なのでは?
寝てれば治るとか言ってたのどこのどいつだ、絶対朝より悪化してる。
壁に背を預けてないと立っているのもやっとなのが良い証拠だ。

「千早……何しに来た?」
「お見舞い以外何が?」

何しに来たとは、開口一番に随分な物言いだ。
少しだけ腹が立ってカサリ、と音を立てながらコンビニの袋を突き出すと、パチパチと心底不思議そうな顔で瞬きを繰り返す。
え、何その反応。
俺がお見舞いとか有り得ないとか思われてる?
ムッとしながら「そんな人でなしのつもりはないんですけどね」とトゲトゲしく言えば、「違うそうじゃなくて」とブンブン首を振る。
あ、そんなに首振ったらクラクラするだろ!
案の定藤堂くんの体がフラッと倒れそうになり、慌てて支える。

「馬鹿なんじゃないですか?」
「わり……
「気持ち悪いですか?吐きそう?」
「だい、じょーぶ」
「全くもう。熱、何度あるんです?」
「あ?あー、八度あるかどうか?」

俺に凭れていた体を起こしながら視線をウロウロと彷徨わせ、それからゆっくりとそう言うがどう考えても嘘だ。
八度は確実、それ以上だろこれ。
心配させたくないから嘘をついているのだろうが、そんな見え見えの嘘に騙される俺ではない。
仮にも恋人だと言うのに、そんな嘘はつかないでほしい。
むぅ、自分の頬が膨れるのがわかる。
もしかしたら口も尖らせているかもしれない。
そんな俺の姿をその目に映していない藤堂くんは、俺の機嫌を再び損ねたなどとは気付かないまま。
普段の藤堂くんならば、優しい声音で「どうした?」と聞いてくれるはずなのに。
やはり、本調子ではない。
こんな姿を見せられてしまえば、すぐに帰るという選択肢は木っ端微塵になって消え去った。
こうなったら、とことん看病してやる。

「お邪魔させてもらっても良いですか?」
……風邪移るからやだ」
「そんな事言っても、その調子ではちゃんとした物も食べてないでしょう?」
「うっ」
「薬も飲みました?」
…………
「そんなんじゃ、治るものも治りませんよ。ほら、俺もマスク装着しますから」
「その感じ、帰れって言っても聞かねーンだろ?」
「そうですね」

そう言えば、渋々といった感じで入室の許可を貰った。
病人は寝ててください、と自室へと戻らせて、コンビニの袋を片手に台所へと向かった俺は、シンクに手をついて項垂れる。
あぁ、やっぱり帰れば良かった。
あの時はどうにも藤堂くんを看病しなきゃという使命感が働いたものの、この家は藤堂くんの気配がありすぎるのを失念していた。
気配も何も、本人がいるのだから当たり前なのだが、家族の居ない間に二人きりというのはあまり宜しくない。
相手は病人だと言うのに、恋人っぽい事を強請ってしまいそうになるのだ。
今日一日、藤堂くんの顔が見れないだけで、声を耳にする事も存在を感じる事もなかっただけで、藤堂くん不足に陥っている。
なので今は、顔を見ただけで抱き着いてしまいたくなるくらい、藤堂くんを欲していた。
部室で山田くんに『寂しくない』なんて強がって、心の中でさえ大丈夫だと大口を叩いてみせたものの、寂しくないなんて大嘘だ。
寂しかった。
それを口にしたとしても藤堂くんが目の前に現れるでもないし、と心の奥の方にしまい込んでいたのだが、あの時山田くんによって引き出されてしまって、自分じゃもう手に負えない。
我が物顔で堂々とされても困るだけなんですけどね?
もう一度奥の方へとしまおうとして、だけど上手くいかない。
藤堂くん本人に会ってしまったからだろうか?
だとしたらやっぱり、俺は一人でここに来るべきではなかった。
無理矢理にでも誰かを道連れにするべきだった。
今更そんな事を考えても意味などないし、ここで帰るわけにもいかない。
邪な感情を捨てて、看病に没頭するしかないと心に深く刻む事でやっと動き出す事に成功する。
まずは、食べる物の用意を。
ここはやはり、定番にお粥だろうか。
料理なんて滅多にやらない俺にでも、お粥くらいなら作れるはずだと、スマートフォンを取り出した。
検索したお粥の作り方は簡単に見えて、やってやろうじゃないかと言う気になる。
藤堂くんの様に上手く作れるだろうかと言う不安は拭えないけれど、多分あの人味覚死んでそうだし何とかなるかも、と鍋を片手にお粥作りに専念した。

初めて挑戦したお粥は、まぁ、及第点という所だろう。
冷蔵庫を開ける許可を貰い覗いた冷蔵庫は、料理をする家庭の冷蔵庫という感じで食材が豊富だった。
とは言え俺にはどこうこう出来ないので、お目当ての卵を手に取り、ドアを閉める。
そうしてレシピを見ながら作り上げた玉子がゆは見た目も悪くなく、味見もしてみたが、味も悪くはなかった。
俺もやれば出来るじゃないか、と一人頷きながら、完成させたお粥を持って藤堂くんのいる部屋へと向かう。
開け放たれている部屋を覗き込むと、家主は寝息を立てながら夢の中。
折角作ったけれど起こすのは忍びなくて、とりあえずお盆を布団の隣へと置く。
汗のせいだろうか、おデコに貼り付けた冷却シートが剥がれかけていて、これでは剥がれるのも時間の問題だと思った。
一層のこと新しい物と交換してしまおうとコンビニのついでに寄った薬局の袋を漁り、目当ての物を見付けて封を切る。
起こさないように、慎重に。
そぉっと、藤堂くんの額の冷却シートに手を伸ばした所で、見計らったかのようなタイミングで藤堂くんの閉じられていた瞼が上がった。

「わっ」
「ん、なに……?」

自分に伸ばされた手と俺の顔を交互に見遣って、何故だがそのままキュッと握られる。
いや、何で握った!?
ビクリと肩を揺らして慌てて手を引っ込めようとしたが、こいつ本当に病人か?というレベルの力強さを感じる。
え、まって、本当に引っ込められないんですけど!?
一人脳内でわーわーしていると、藤堂くんは数度瞬いてから手を離した。
俺はその瞬間自分の手を庇うようにして右手を抱きしめる。
掴まれていた手だけ熱を持ったみたいに熱かった。
あまり焦点の合っていない藤堂くんは、しかしとある一点を頻りに見つめていていて、何かと思っていると突然俺へと視線を向けてきて、目が合った。

「それ、作ってくれたんか?」
「?」
「そのお盆のやつ」

それ、と指されて辿ったその先には、俺が自ら作ったお粥。
漸く合点のいった俺がコクコクと頷いてみせると、藤堂くんはグッと腕に力を込めて起き上がろうとするので慌てて手を貸す。
やはり熱のせいで体を動かすのが辛いのだろう、普段の藤堂くんからは想像出来ない程に緩慢な動きであった。
何とか起き上がった藤堂くんは、ふぅ、と一呼吸吐いてもう一度お盆へと視線を移す。

「食いたい」
「へ?」
「千早が作ってくれたんだろ?食いたい」
「あ、はい、ちょっと待っててください」

でもその前に冷却シート変えましょう?
剥がれかけていると指摘すれば、自ら進んでそれを剥がす。
それから前髪を持ち上げて、貼ってくれとアピールしてくるので心を無にして貼り付けてやった。
目を細めて「サンキュ」なんてお礼を言う藤堂くんに撃沈しそうになるが、一緒に持って来たお椀へとお粥をよそってやり、蓮華と一緒に藤堂くんへ手渡す事で何とか乗り切る。

「いただきます」

器と蓮華を受け取った藤堂くんは、両手を合わせた。
こんな時でもしっかりと挨拶をするのは、親御さんの教育の賜物だろう。
見た目がヤンキーなだけで中身は常識的で、しっかりとしている。
そんな所も俺は好ましいと感じているのだ。

それはそうと、味は大丈夫だろうか?
藤堂くんの表情から読み取れないかとじっと観察してみるが、何の変化もみられない。
美味しいのか、不味いのか、教えてくれないとわからないんですけど。
じぃぃぃ、穴が空くんじゃないかって程に見つめてしまって、流石の藤堂くんもその視線には居心地の悪さを感じたらしい。

「んな見られてっと、食いにくい」
「す、すみません。でもあの、味は大丈夫かなと思いまして……
「あー……

ポリポリ、頬を掻きつつも言いにくそうな藤堂くんに首を傾げる。
何だろう、やっぱり不味かったとか?
折角作ってくれた相手に面と向かって不味いは確かに言い難い。
でも誤魔化されるよりは、はっきり言ってもらった方が俺的には良かった。
どこが駄目なのかがわかれば、次に活かせるのだから。

「不味かったらはっきり言ってくれて良いんですよ?」
「いや、その、不味いと言うか……味がしねェ」
「薄味過ぎたって事ですか?」
「じゃなくて、今は何食べても味しないと思う」

あー、そういう。
それならそうと言ってくれればいいものを、言い淀む必要なんて全くないのにこの男は本当に。

「優しいですね、藤堂くん」
「何、突然」
「味がしない事を悪いとでも思ってるのでしょう?」
「そりゃそーだろ。折角作ってくれたんだから、ちゃんと感想言いたいし」
「馬鹿ですねぇ、藤堂くんは」
「あ?今度は喧嘩売ってんのか?」
「いいえ。感想なら、元気な時にください。何か作りますから」
「本当に?」
「えぇ」
「約束だからな!」

心底嬉しそうに笑う藤堂くんに笑い返す。
全く本当に、馬鹿が付く程優しいんだから。
感想が欲しいとは確かに思ったけれど、それは藤堂くんに下手のものを食べさせたくなかったからで、別に褒めて欲しいとかそういうのではないのに。
そりゃ美味しいと言ってもらえたら、作った甲斐があったなと嬉しくなる事は間違いないけれどそれはそれ、これはこれ。

ゆっくりと蓮華を口に運ぶ藤堂くんは、普段の豪快な食べっぷりが也を潜めているのを見る限り、やはり食欲も落ちているのだろう。
これは、全部食べきれないかもしれない。
残すならそれはそれで良い、食べ過ぎて気分が悪くなる方が困る。
けれどこの男は、無理をしてでも頑張って食べ切ってしまいそうな気がして怖かった。
出された物は全部食べる、そういう人なのだ。
だからそうならない為にも、先手を打つことにした。

「食べきれなかったら残してくださいよ?」
「食える」
「全然そうは見えないんですけど?」
「そんな事は、ねェよ?」

どこがだ馬鹿。
最初よりも明らかに食べる速度が落ちてるだろ。

「残される事よりも、そうやって無理して食べ切って、その後で戻さたれ方がショックです」

そう言えば、ピタリと蓮華を運ぶ手が止まる。
それからジッと俺の顔を見て、何とも言えない顔をした。
俺の言う事は一理あるとでも思ったのだろう、しかし作って貰ったのに残すのはやっぱり、などと脳内を駆け巡っているに違いない。
相反する思考にどうしたら良いのかわからない、そんな顔をしていた。
だから気にしなくても良いと言うのに。
これは藤堂くんからお椀を取り上げてしまった方が良いか、という結論に至った俺の行動は早かった。
ひょい、と藤堂くんからお椀と蓮華を取り上げると、何で取るんだという顔をされる。
そんなものは自分が一番わかっているだろうに。
どう見ても、もう満腹なのだ。
少しばかり恨めしそうな顔をする藤堂くんに知らん振りをしつつ、代わりに薬と水の入ったペットボトルを手渡す。

「薬飲んでさっさと寝てくださいね」
「わーったよ」
「ふふっ、偉い偉い」
「ガキ扱いすんなよ」
「頭も撫でてあげましょうか?」
「えっ、それは……ちょっとして欲しいかも」
「っ、やっぱり気が変わりました」
「はぁ?なんなのお前」
「知りません!」

想像では『だからガキ扱いすんなって』なんて突っぱねられると思っていたから、想像とは違う反応にびっくりする。
揶揄ったつもりだったのに逆に揶揄われた気分だ。
ただ本人にはそのつもりはなく、至って本気なのだからタチが悪い。
じわ、熱を持つ頬を見られたくなくて、慌ててお盆を手に片付けて来ると言い残して台所へと避難した。
全くもって、心臓に悪い。
一人きりになった空間で、バクバクと激しい動きをする心臓を宥め賺す。
落ち着け、藤堂くんに他意はないんだ。
ただきっと、ちょっと甘えたになっているだけ、全部全部風邪のせいだ。

暫くその場で深呼吸をしつつ心を無にし続け、やっと落ち着い俺は余ったお粥を皿に移して、ラップを掛けて冷蔵庫へとしまった。
食器も洗ってしまおうと腕捲りした所で、ぬっと伸びてきた腕に手首辺りを掴まれてびっくりする。
いつの間に?まるで気配を感じなかった。
いや、ただ俺がテンパっていたから気付けなかっただけだろうか。
俺の腕を掴んできた主を見上げると赤い頬は健在で、どこからどう見ても無理して来たのがわかる。
寝てろと言ったのにこの男は。
とことん呆れる行動をとってくれる。

「藤堂くん、寝てくださいって言いましたよね?」
「千早がなかなか帰ってこねーから」
「うっ、それはすみませんでした。ほら、手離してください。食器洗ってしまいますから」
「洗い物は後で俺がやるから、そのまんまでいい」
「そういう訳には……
「じゃあ、今俺がやる」
「は?何考えてるんですか?あ、ちょっと!〜〜〜〜っ、いいから寝てろ!」
「え、敬語どうした」
「あーもう、うるさいですよ。病人なんだから早く布団に行ってくださーい」

一旦洗い物は諦めて、グイグイと藤堂くんの背中を押しながら自室へとUターンさせる。
無理してこれ以上熱が上がったらどうするつもりだ、全く。
藤堂くんの部屋へと到着すると、無理矢理その体を布団へと押し込んだ。
熱も高いし動くのだって辛い癖に、何でそんなにも動こうとするのか。
全然、これっぽっちも理解出来ない。
俺の事をお客さんだとでも思っているのだろうか、だとしたら今日はもてなされる側としてやって来てなどいないのに。

「藤堂くん、風邪治す気あります?」
「そりゃ、あるに決まってる」
「その割には大人しく寝るって選択肢がないようですが?」
「そーゆーつもりじゃねェけど、千早に迷惑かけたくねェ」
「迷惑だなんて思ってないので、されるがままでいいんですよ」
「けど」
「けどじゃない」

ピシャリと言い放てば、藤堂くんはぐっと押し黙る。
風邪の時くらい甘えればいいんですよ。
仮にも恋人な訳ですし?
あぁ、そう言えば、じっとしてられない藤堂くんにうってつけのがありましたね。
あまりに藤堂くんが言う事を聞いてくれないので、俺が必死に抑えていた『恋人らしい事がしたい』と言うお願いを聞いてもらってもバチは当たらない気がしてきた。
病人とか知らん知らん。
こんだけ元気なら問題ないでしょ。
まるで誂えたような要くんからのメッセージを思い出して、いそいそと制服のポケットからスマートフォンを取り出し、要くんとのトーク画面を突き付ける。
なに、と少し掠れた声で言いながら画面を見て、藤堂くんは固まった。
それから、赤い顔を更に赤くさせる。
あはは、ちょっと面白い。

「おま、何考えてやがる?」

硬直から復活した藤堂くんは、なんとも形容し難い表情を浮かべていた。
嫌がるような、でも期待しているような、そんな顔。

「風邪って、移すと早く治るんですよねー」
…………
「藤堂くん、大人しく寝てくれませんし、手っ取り早いと思うんです」
「寝る、寝るから」
「残念ですが、俺のスイッチが入ってしまったので付き合ってください♡」
「ま、待て待て待て!話せばわかる!」
「わかりませーん」

布団に顔まで潜り込もうとする藤堂くんから布団を剥いで、腹の辺りに馬乗りになる。
普段だったら意図も簡単に引っくり返されるのだが、今日の藤堂くんは弱っているので俺を退かせずにいた。
あは、良い眺め。
顔を近付けると首を横に向けるので耳へと息を吹き掛けてやると、大きな身体がビクリと揺れる。
普段の藤堂くんは耳が弱いって程でもないので、熱のせいで敏感になっているらしい。
良い事を知った。

「藤堂くん、キスしましょ?」
「やだ」
「我儘ですねぇ。まぁ、嫌と言ってもするんですが」
「ま、んんっ」

静止の声を聞かずに口を塞げば、くぐもった声が藤堂くんから漏れる。
あー吐息、あっつ。
そのまま遠慮なしに舌を差し込んでやると、口の中も普段より熱かった。

……っん、とーどー、くんっ」
…………っは」

唇を離すと、二人の間を銀色の糸が繋いでプツン、と切れる。
呼吸の荒い藤堂くんに妖艶さを意識して微笑みかけながら、スルリ、と頬へと手を滑らせて陥落するであろう言葉を紡いだ。

「因みにですが、熱を下げるには汗を掻くと良いんですよ?」

ゴクリ、と喉仏が上下するのを見て、俺の勝ちだと口角を上げた。


END



えろは書けないのでいつも何も始まらない