風花莉亜
2026-01-13 09:03:55
3841文字
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恋人の特権。

第2回とどち版ワンドロワンライ参加作品。お題【バックハグ、だから言ったんだ、階段】

最近の藤堂くんは、俺の事を後ろから抱き締めるのがお気に入りらしい。
今日も今日とて俺の家に入り浸っている藤堂くんは、俺を自分の足の間に座らせてその長い腕を俺の腹の前で組んでいる。
ファッション雑誌のページを捲るのを後ろから一緒に見ているのか、いないのか。
肩に顎を乗せて、微動だにしない。

「藤堂くん」
「ん?」
「そろそろ肩痛いんですけど」
「あー、わりぃ」

そう言ってはいるが、肩から退く気配はない。
一応の配慮として乗っかっていた重さは幾分か軽減されてはいるけど、確かに痛くはないけれども。
そうじゃない。

「藤堂くん、紅茶淹れてきたいんですけど」
「お?おー」

生返事。
わかってるのか、と怪しんでみたものの、ゆっくりと腕が解かれて、拘束されていた体が解放された。
なんだ、ちゃんと聞いているではないか。
少し前に体をズラして立ち上がると、なぜか藤堂くんまでも立ち上がる。
少し疑問に思ったけれどトイレだろうか、そう当たりをつけてキッチンへと向かう事にした。
ドアを開けて廊下に出る俺の、その後を雛鳥よろしく付いて来る健気な藤堂くん。
まぁ、健気とか言ってるけど別に俺の後を追い掛けてる訳ではないから、健気でも何でもないか。
そう思ったのに、何故か藤堂くんはトイレの前を通り過ぎても俺の後を付いて来る。
なんだろう。
ここまで付いて来たって事は、もしかして手伝ってくれる、とか?
藤堂くんの行動の意図はわからないけれど、手伝ってくれると言うのなら甘んじて受けよう。
藤堂くん、お湯沸かしてください、そう言おうとした所で、ぬっと伸びてきた腕に後ろから抱き込まれてしまった。
えー、なにこの状況。
動けないし、ほんとなにこれ。

「あの、藤堂くん?」
「んー?」
「いや、んー?じゃなくて。動けないんですけど」
「そーだなァ」
「おい」
「ふっ、口悪ぃーの」
「誰のせいだと」
「俺だな」

わかってるなら離せ。
藤堂くんの腕をペシペシと叩いてみるが、拘束は外れなかった。
本当に今日はなんなんだ?
普段から後ろから抱き締めるのが好きなのか何なのか、二人きりになるとこうしてくるけど、今日はまた一段としつこい。
甘えてる?
それはそれで可愛いなんて心がフワフワするが、紅茶を淹れると言う使命がある俺としては邪魔一択だ。

「藤堂くん、ハウス」
「おい、犬じゃねーぞ?」
「この状況、大型犬に懐かれてる気分なんですよねー」
「恋人に向かってその言い草」
「人でありたいのなら、離れてください。邪魔です」
「しゃーねーな」

そう言って離れていく体温が少し寂しいなんて、長い時間その温度を感じていたからなのか。
人と触れ合う事なんて得意じゃなかった筈なのに、藤堂くん相手だと寧ろ触れ合っていたいだなんて、どれだけ藤堂くんの事が好きなのだろう。
ベタ惚れじゃないか、こんなものは。
その事実にひとつ溜息をこぼして、気持ちを落ち着かせるように湯を沸かす。
ケトルをセットしてしまえば、お湯が沸くまで手持ち無沙汰なので、仕方なく、そう仕方なく、藤堂くんの好きにさせる事にした。
大人しく待つ大型犬に、ご褒美だ。
後ろからでも前からでも、どっからでも来やがれ。

「藤堂くん」
「どした?」
「お湯が沸くまで、抱き着いてても良いですよ?」

そう言えば、白い歯を見せて嬉しそうに笑うものだから、不覚にもときめいてしまった。
そんな嬉しそうな顔をしないでくれ。
恥ずかしい。
カチャリ、もう完全に癖になっている赤いフレームを押しやって顔を逸らす。
じわじわ熱くなる頬に手をやると、やっぱり熱かった。

「千早、好き」

後ろから抱き着いてきた大型犬は、俺の体をすっぽりと収めてそんな事を宣う。
好き、の言葉にはドキリと心臓が高なったが、それよりも、どうして藤堂くんは後ろから抱き締めてくるのかが気になった。
理由を聞いた事はなかったな、そう気付いたら聞いてみたくなった。

「藤堂くんは、どうして後ろから抱き締めるのが好きなんですか?」
「え、好きに対しては無視?」
「あー、オレモスキデスヨー」
「棒じゃねェか!」
「耳元でキャンキャン喚かないでもらっていいですか?鼓膜が死ぬ」
「それはすまん。けど、」
「聞かなくてもわかるじゃないですか。俺が好きでもない相手に、こんな風に抱き締められるのを許すと思ってます?」
「思わねェな」
「でしょう?」
「そうだけど、聞きたいじゃんか」
「面倒臭いですね、藤堂くん」
「お前なァ、……腹パンしていい?」
「ダメです」

お決まりのやり取り。
腹パンなんて一度たりとも、された事はないけれど。
優しい優しい藤堂くんは、俺には暴力的なスキンシップは図らない。
言葉ではいくらでも言う癖に、本当に一度も腹パンなんてされた事はないし、足蹴りされた事もない。
まぁ、されたいとも思わないので現状維持でお願いします。

「で?何でバックハグが良いんです?」
「なんとなく?」
「なんとなく、ですか」
「おう」

はぐらかされている。
何か理由はあるのだろうけど、言うつもりはないらしい。
まぁ、いいか。
理由なんて、何でも。


───そう言って諦めたのが、ほんの一週間前の事。

本日は晴天、気温も幾分か高くてポカポカ日和。
いつものメンバーでご飯を食べてから、俺と藤堂くんは早めに空き教室を出て皆と別れた。
要くんが背後で『らぶらぶタイム?』などと言っていたが、無視を決め込んで。
残された山田くんには悪いと思ったが、反応すると面倒臭い事はわかっているので、俺も藤堂くんもさっさと教室を後にしたのだった。
山田くんを犠牲にして二人きりの時間を確保する事に、罪悪感を覚えないでもなかったけれど、それでも、二人きりになりたかったのだ。
普段から一緒にいるのに、そもそも今日だって部活が終わったら藤堂くんは家に来る予定で、二人きりの時間は約束されていると言うのに、やっぱりなんとなく、二人きりになりたかった。
お互い自然と足を向けた、人があまり来ないであろう屋上へと続く階段で、手を繋いで他愛ない話をする。
自分より大きな手に包まれて、それこそこの大きさの違いに舌打ちしたくなる時もあるけれど、今は単純にこの手の温度が心地好い。
好きだな、と思う。

「でさ、この間の要の顔!今思い出してもオモロいよな!」

藤堂くんの笑う顔が好き。
くだらない事で笑っている、その横顔を何度盗み見た事か。
今は正面から見てるけど、どこから見てもやっぱり好きだ。
そんな風に藤堂くんの好きを数えていたら時間なんてあっという間で、そろそろ教室へと戻らなければならない時間になってしまった。
名残惜しいな、なんて。
そんな事を考えている自分がむず痒い。

「そろそろ教室戻るか?」

藤堂くんが俺の顔を覗き込むようにして言う。
こくり、とひとつ頷けば、藤堂くんは辺りをキョロキョロと見回して、それからバカみたいに優しい顔をして俺に影を落とす。
ちゅっ、と可愛らしい音を残して離れる唇。
キスだってもう何回だってしてるのに、何だか照れてしまった。
それは藤堂くんも同じだったようで、髪の隙間から見える耳が真っ赤だ。
あは、可愛い。
ここでいつもの様に『真っ赤になって藤堂くんってば可愛いですね〜』なんて揶揄うのははばかられて、無言になってしまう。
お互い照れてしまって無言のまま、何を話すでもなく階段を下りていく。
しかし不意に、前にいた藤堂くんが足を止めた。
あー、だとか、うー、だとか、言葉になっていないうめき声を上げながら、何かを言おうとしている。
だが、その続きが中々出てこない。
普段だったら早くしてくださいとか言ってしまう所だが、仕方ないから待ってやるかと思った。
それにしても、このアングルはなかなか新鮮かもしれない。
階段の段差で藤堂くんよりも俺の方が高い位置にいるので、藤堂くんの旋毛が見えた。
藤堂くんを見下ろすなんて、なかなか出来ないので、やっぱり新鮮だ。
思わず緩む口元を押さえて、そこでふと、気付く。
この位置なら、バックハグしやすいんじゃないだろうか、と。
後ろからギュッと包み込むような、普段藤堂くんにされているようなそれを。
そう思ったら居ても立っても居られなくなって、そっと目の前の大きな背中にくっ付いた。
きゅっ、と藤堂くんの首を抱く様に腕を交差させると、藤堂くんの金色の髪が頬を擽る。
ふわり、と香るのは嗅ぎなれた好きな匂い。
なるほど、これはなかなかどうして。

「え、なに、どした?」

状況が掴めない藤堂くんは、俺に抱き締められたままアタフタしていた。
それにふふ、と笑って口を開く。

「藤堂くん」
「な、なに?」
「結構良いものですね」
「なにが?」
「バックハグ」
「あ?あー、だから言ったんだ、『良い』って」
「言ってはないですよね?」
……言ってなかったか?」
「ないですね」
「そっか。でも、わかったろ?」
「そうですねぇ」

悪くは無い、所かだいぶ良い。

「後ろから抱き締めるなんざ、恋人の特権だよな」

そう言ってクルリとこちらを振り返った藤堂くんは、白い歯を見せながら笑った。
まぁ、それはそう。


こうして俺は、今後も恋人の特権とやらを受け入れるのだろう。
多分きっと、ずっとその先も。

END