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ニイナ
2026-01-12 19:08:52
10598文字
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真っ直ぐな子供は大人の真似をする
転生パロのロドフ続き。若様視点はこのあたりで終わりかも知れない。距離がちゃんと近くなる二人。
大人と子供が逆転してるローと若様が良いなと思います。
ローの部屋に押し込められるようにして過ごした次の日、目覚めたドフラミンゴが見たのはローが寝ていただろう形跡だけだった。当の本人は仕事でいないらしく、食事の用意だけがローテーブルに置かれている。昨日の残りのおにぎりがひとつとまた別のサラダがひとつあり、傍には書き置きが雑に置き去りにされていた。
『食べられるなら食べろ。味噌汁はインスタントがある』
その文言を見て、また同じことを、と呆れつつも無碍にはしないことにする。食べ物に罪はないのだ。電子レンジでおにぎりをすこし温め、わずかに考えてからインスタントの味噌汁を作る。それらをテーブルに運んでラグに座り込むと知らずのうちにほっと息がこぼれた。ドフラミンゴしかいない部屋はとても静かで、けれども元の部屋よりもはるかに居心地が良かった。それはきっと、この部屋に暮らしているのがローだからだ。そのことを考えてしまうと
ゆるりと首を振って箸を手に取り、ドフラミンゴはしずかに食事を始めた。カーテンの引かれたガラス戸からうっすらと射し込む光に、もう陽が高いことを知る。おそらく天気も良いのだろう空を思いながらドフラミンゴは手と口を動かした。おにぎりを齧って味噌汁を飲むと、心がやわらかくほどけていく気がする。数日前まで美味しいという感覚も鈍っていたというのに、それが確かにわかるようになっていた。
「
…………
美味い」
ぽつん、とちいさく呟いてドフラミンゴはゆっくりと黙々と食事を摂っていく。身体に取り込まれる米や野菜がドフラミンゴを生かそうとしているのが感じられ、これが本来の食事だろうなと納得してしまった。ローが食べたいと言ったおそらく好物が腹に収まり、なおかつ美味しいと思えることにドフラミンゴは笑いたくなっていた。
時間をかけて気付けば置かれていた食事を完食し、ドフラミンゴはそっと息を吐く。食べ切った、という目視でわかる事実は満たされた腹をすこし重たくさせた。胃に取り込まれた栄養が急速に身体へ回っていく感覚がする。そのことに目が回りそうになりつつドフラミンゴは腰を上げて食器の片付けをした。
やることも終えてしまい、他にすることも思いつかずこれからどうしようか、と考える。眠りにつけるはずもないので起きることになるのだが、とにかく手持ち無沙汰だった。元の部屋に戻ったところで暇を潰すものがあるはずもなく、ドフラミンゴは本当に興味本位でローの部屋にある段ボールを開けようと思い立った。ドフラミンゴ用だと言われた段ボールは三箱あり、その中身の一部が服であることはすでにわかっている。ただ服だけで段ボールが埋まるとは思えなかったのだ。
立ち上がって段ボール箱に近付き、ドフラミンゴは封の切られたひとつを開いた。そこに入っていたのは、やはり真新しい子供服の数々で、自分から開けたもののドフラミンゴは眉を寄せてしまった。あたたかそうな冬の衣服と下着を何とも言えない気持ちで見下ろし、それを閉める。もうひとつの段ボール箱を開くと、今度は季節違いの子供服があり、ドフラミンゴは唖然として固まった。この冬すら越えて春まで過ごせそうな衣服たちは、当然ぴかぴかの真新しさである。いくらなんでも用意しすぎではないのか、いつまで傍に置いておくつもりなのか、と様々な考えが過ったものの、脳が理解することを拒んだので早々に蓋を閉じていた。
残る一つには、何が入っているのか見当もつかない。衣服以外のもの、で思いつくものがなかったのだ。食器やカトラリーは不便なく使えていたし、毛布やタオルケットのような季節物もローのもので事足りているだろう。そうなると何も考えが及ばず、ドフラミンゴは顔をしかめたままで最後の段ボールを開いた。
そこに入っていたのは、書籍の数々だった。使い古された辞書や参考書や小説といったものが、ひとつの段ボールに詰められている。それにドフラミンゴは目をぱちりと瞬き、そっとひとつの辞書に手を伸ばした。ローが使っていたのだろう辞書は表紙がよれていて、小口にはうっすらと汚れがついており、時どき折れたページがあった。参考書の他にはロー自身の教科書も見かけられ、ドフラミンゴはそれにも手を伸ばしてみる。ページをめくるごとローが努力した跡がいくつも残る教科書に、ドフラミンゴはちいさく息を吐いた。ローの丁寧とは言えない筆跡や、細かく独自のメモを書き記すものを見ると、あのちいさかった子供が大人になったとやけに実感できてしまう。このローの努力が今に確かに繋がっているのだと、ドフラミンゴは理解した。その痕跡をひとつずつなぞってはページをめくっていくことをくり返していれば、時間はあっという間に過ぎていった。
「ドフラミンゴ?」
「ロー、おかえり」
「
……
ただいま。何やってんだ」
知らぬ間に帰宅していたローに声をかけられるのに顔を上げて迎えてみせれば、なんとも妙な顔をされてドフラミンゴは首を傾げるしかない。まさか挨拶もせずにいるとでも思っていたのだろうかと訝りつつ問いかけに端的に答えるとローの眉間にシワが寄った。
「お前のを見てた」
「べつに楽しくもねェだろ」
「そうでもないぞ。ローの勤勉さがわかって面白かった」
手にした教科書を見えるように開けてみせるのに、ローが何が楽しいのだと言わんばかりの顔をする。けれどもドフラミンゴにしてれみれば実に面白い時間であり、楽しんですらいた。それこそ時間を忘れるほど、だったのだ。そのことをドフラミンゴは笑みとともに率直にローに伝えてみせる。
「
…………
お前は、ほんとに、そういうとこだぞ」
「はァ?」
「いやもういい。なんでもねェ」
長いため息が吐き出されたかと思えば意味が分からないことをこぼされ、ドフラミンゴは眉を顰めてローを見上げた。視線の先で、ローがどうにも複雑な顔をしているのがわかる。喜びと苛立ちの交じったそれに首を傾げて開いていた教科書を閉じた。ローの知識が積み重ねられる経過が伝わってくるものを、楽しんで何が悪いというのか、ドフラミンゴにはわからない。ローが言わんとしていることも理解できず、ローのなんでもない、をそのまま受け止めることにした。
「それにしてもなんでこんなもんまで」
「お前、まともに学校に通えてねェだろ。これはそれの補完だ」
「あァ、なるほどな
……
」
やや呆れをにじませてローに疑問を伝えれば、あまりに真っ当なことが返されてドフラミンゴは頷くしかなかった。初めのうちは通えていたものの、転校をくり返すうちにそれもまた難しくなっていたのだ。そのため、ドフラミンゴの学力はおそらく同世代とはそこそこの差があるに違いない。読むことはできても書けず、頭の回転が良くても問題を解くことが難しいのだ。ローの言い分を正しく理解して、ドフラミンゴは暇な時間は教科書を読んだり参考書を解いたりしてみよう、と決めた。
「それより、食事はとったか?」
「お前が置いていったのは食べたぞ」
「全部、食ったのか?」
「まァ、そうだ
……
」
「なら、良い」
ローの問いかけにするりと返してみせると、ローがかるく目を瞠る。驚きを見せたローから更に問われてドフラミンゴは面倒になりつつも短く答えた。それにローがほっとしたように安堵の息を吐き、満足そうに目を細めた。よくできた、と子供を褒める手付きでローに頭を撫でられ、どうにも落ち着かない気持ちになる。女にも男にも同じようなことをされた記憶があるのに、そのどちらよりもローの手のほうがやさしくあたたかく、そうして甘かった。
「腹は減ってるか?」
「そこまでじゃねェな」
「ならちょっとは食べろ。何が良い?いや、何なら食べられる?」
「
……
スープくらいなら」
特別空腹を感じるわけでもないので食べようという気にもならなかったのだが、ローがドフラミンゴに何かしら与えようとするので、無難なものを返しておく。ローの生活を見るにそんな物があるのかは怪しいところではあったものの、無ければそれでドフラミンゴは構わなかった。スープ、とその単語をオウム返しにしたローがキッチンに向かって冷蔵庫などを漁る。そしてひとつ、冷凍庫から何かしらを取り出してみせた。
「これならいけそうだな。お前、魚介は好きだっただろ?」
「何を見つけたんだ
……
」
「オマールのビスクだ。前になんかでもらったやつを仕舞い込んでた」
「
……
それなりの値段がするやつだぞ、そういうのは」
ローからの返答にドフラミンゴは目を見開き、ついで呆れ返った。そういったものに興味がなさそうだなと感じはするものの、高価なものを蔑ろにしていることには眉が寄る。しかもそれをドフラミンゴにと寄越そうとしているのがすこしだけ腹立たしかった。
「そうだろうな。まァ、おれに食われるよりお前に食われたほうがいいだろ」
「
……
なんの基準なんだそれは」
「味がわかるやつに食われる方が良いって話だ」
ローの言葉に眉を寄せてドフラミンゴは結局口を閉じてしまう。前世ならともかく、今の現状ではドフラミンゴの舌よりもローの舌のほうが肥えているに決まっているのだ。そんな当たり前のことを考えるまでもなくドフラミンゴの味覚を信頼しているのが、おかしかった。
温められたオマールのビスクは香りからして高級そうで、ドフラミンゴはわずかに顔をしかめたものの、やはり食事に罪はないと手を付けた。そうしてその味の確かな美味しさに目を丸めて、黙々とスープを口に運ぶことになる。記憶の中にあるどのスープよりもはるかに味が感じられるのに首を傾げながら、ドフラミンゴはスープを完食してしまった。そんなドフラミンゴを見つめるローのやわらかい眼差しには目を瞑ることにした。
その後にドフラミンゴの食事はスープとパンというものが増えていった。おそらくローの好みとは違うものだろうに、ドフラミンゴのためにスープが用意されている。パンも種類が毎回変わっていて、ドフラミンゴの好みを気にかけているようだった。味が良くドフラミンゴの舌にも合うものを口にしていくうち、食欲が正しく戻ってきた気がした。
ローが仕事に行く間はドフラミンゴにとっての自由な時間であった。学校に通うこともなくローの部屋で短くない一日を過ごすには、やることが限られている。それでもローが用意した参考書や小説といったもので退屈はせずにすんでいた。とはいえ、気が乗らない日もあるし急に飽きがきて読む手を止めてしまうこともある。そしてドフラミンゴは読んでいた本を閉じていた。
やることがない、とは言わないものの、なんとなくやろうと言う気がしない。洗濯や掃除も嫌いではないが、今はすこしばかり面倒な気分だった。閉じた本をローテーブルの上に置いて、ドフラミンゴは一度ごろりとラグへ横になる。相変わらず暖房が効いた部屋は暖かく、やわらかなラグは心地良かった。手が届くところにはドフラミンゴ用のうさぎ柄のブランケットがあり、もう少し寒くなると出番になるだろう。そのブランケットの隣にはローの毛布が雑に置かれていた。ぐちゃ、とシワになって横に寄せられているだけの毛布が気になり、ドフラミンゴは起き上がってそれを畳むことにした。
身体を起こすと、なんとなく動こうという気持ちがすこしだけ湧いて、ドフラミンゴは不意に閃いたのだ。料理をしよう、と。火を使うなとは言われていないし、料理を禁止されているわけでもない。それなら、特に気にもせず何かしらを作ろうと思ってしまった。もちろん今世で料理をしたことはない。前世では当然したことはあり、そういった記憶もあるのだが、同じようにはいかないだろう。そう考えてドフラミンゴは文明の利器であるスマホを使うことにした。
制限がかけられていないスマホは、自由に使えているので検索するのも楽だった。子供でも作れるレシピ、というのも多様にあり、それを見ているだけで面白くなってくる。何かを作ろう、の前に何が作れるのか、を確かめなければとドフラミンゴは立ち上がってキッチンに向かい、冷蔵庫を開けて固まってしまった。
「
…………
よくこれで生活してたな」
開いた冷蔵庫の中には、食材になるものがかなり乏しかった。少し一緒に過ごしただけでもローが食事を作りそうではないということがわかったものの、ろくに物が入っていない冷蔵庫には呆れるしかない。ローの部屋には生活感がそれなりにあると思っていたのだが、こういうところは大分抜けているらしかった。そもそも食事に重きを置いている気もせず、食事も効率を優先していそうだった。だというのにドフラミンゴには食べろというのだから、すこしばかり厄介だなと思う。ただ、ドフラミンゴがいることでローの食事が改善されていくのだとすればそれは良いことなのかもしれなかった。
冷蔵庫の乏しい食材を一通り眺め、卵と冷凍の魚は使えそうだなとドフラミンゴはひとり頷いてみせた。野菜もわずかなキャベツの残りとじゃがいもがひとつあったので、味噌汁にでもしてやるか、と決めた。あまり口にすることはないのだが、印象としては何を入れても良いという感覚である。今世では初めての料理を始める前に作り方の確認をスマホでして、ドフラミンゴはキッチンに立った。キッチンの高さが思うよりも高いことに眉を寄せつつ、野菜を洗って皮を剥き、わずかに考えてキャベツは手で千切ることにした。じゃがいもだけはそういうわけにもいかないので、ドフラミンゴは引き出しに仕舞われていた包丁を手に取った。手入れがされているのかよくわからない包丁をしげしげと眺め、ドフラミンゴにとっては料理よりも傷付けるためのもの、もしくは人を脅しつけるもの、がこんなふうに無防備に置かれているのが不思議な気分だった。
おぼつかない手付きで苦戦しながらじゃがいもをちいさめに切り、それを電子レンジで温める。やわらかくするために煮なくてもいい、というのは実に楽なことだった。便利になった様々なものに感心しながらドフラミンゴはキッチンの引き出しを探って鍋を出し、使ったものは先に洗っておく。包丁の柄を握りつつこの重さも全く慣れないものだなと思ってしまった。
鍋に水を入れて火にかけ、顆粒の出汁を入れてとかしてから、いびつになったじゃがいもを加えてキャベツを入れた。火が通っただろうタイミングで火を止め、味噌をとかす。一応味をみたものの、これが美味しいのかはいまいちわからなかった。卵を適当な食器で割りほぐしてから、ドフラミンゴははたりとこの部屋に卵を焼くフライパンがないだろうことに思い至る。それに眉を寄せ、といてしまったものは仕方ないと諦め、スクランブルエッグを作ることにした。切り身だった魚は塩を振ってフライパンで焼くだけでこと足りたので、それはよしとする。
彩りなどは考えられてもいないし、特別凝ったものではなかったし、出来が良いわけでもなく味も良いかはわからないのだが、料理を作った、という達成感はおおきく、ドフラミンゴは妙に誇らしい気分だった。ちいさなものでも、作りきった、という実感がやけに胸を占めていた。それは言うならば今世でのドフラミンゴにとって初めてともいえる成功体験だった。満足感で胸を張りたい気持ちになりつつ、ドフラミンゴは料理を食器に盛り付け、写真を撮った。
せっかくなのでローと一緒に食事にしよう、と決めてドフラミンゴはローの帰りを待つことにする。勝手に火や包丁を使ったので小言をもらうかもしれないと思いつつ、今はそんなものも気にならなかった。些細なことでも成し遂げたという高揚でローのうるさい文句も聞き流せそうだったのだ。驚くだろうなとぼんやり思いながらドフラミンゴはローが帰ってくるのを待っていた。
律儀なローから、もうすぐ帰る、とメッセージが届き、ドフラミンゴは冷めてしまった食事を温め直す。それらを食器に盛り付け、ご飯を電子レンジで温めて茶わんに移し、ローテーブルへと運んだ。そうしてしばらく経って玄関のドアが開く音が聞こえ、ドフラミンゴは顔を上げた。靴を脱いで洗面所に寄っている音がする。ローの驚愕を想像すると笑えてしまって、ドフラミンゴは顔を緩めたままローの姿がリビングに入ってくるのを見つめた。
「ただい、ま
……
」
「おかえり」
「お前、これ、どう、した
……
?」
「暇だったから作った」
帰宅を告げたローの目が、ぱちりと瞬いて大きく見開かれた。この上ないほど驚きを露わにするローの月をとかした眸が、こぼれ落ちそうだった。呆然とドフラミンゴに問いかけるローに端的に答えてみせれば、ふらふらと覚束ない足取りでローがドフラミンゴの傍へと近付いてくる。
「
……
っ、ぅ
……
」
「
……
は?」
まるで月が湖面で揺れるようにローの眸がゆらいだかと思えば、そこからぼた、と涙が溢れた。そのことに今度はドフラミンゴがぎょっと目を剥くことになった。ゆらゆらと揺れた眸から、涙が落ちてくる。立ち尽くしていたローが糸が切れた人形のようにずるりとラグの上に座り込み、泣いた。
「
……
ひぐ、」
「おいロー、泣くな」
「うるせェ」
「そもそもなんでそうなった?」
「お前が、そんなこと、するから、だろっ」
ひ、と息を呑んでローがまた涙をこぼしていく。堰を切ったように泣くローが嗚咽の合間に声を上げて、ドフラミンゴは混乱する。ここまでローに何かしらの影響を与えるとは、露ほども思っていなかった。
「ロー、泣くな。勝手に悪かった」
「べつに、怒って、ねェ。いま、噛み締めてんだよ」
「はァ?」
「嬉しいに決まってるだろ!」
それは子供の駄々のような叫びだった。どうしてわかってくれないんだ、と訴える子供にも似ていた。声を詰まらせて泣きじゃくるローを見て、ドフラミンゴは不意にローのこれまでのことがすとんと腑に落ちた。ローという青年は、再会してからずっと、ただただ真っすぐだったのだ。いつだってドフラミンゴに対して素直で気丈で強引だった。それはドフラミンゴをひたすらまっすぐに見つめ続けているからだ。
「ロー
……
」
「ぅ゛
……
ふ、ぇ
……
」
「とにかく顔を拭け」
頑是ない子供になってしまったローに呼びかけてひとまずティッシュを数枚取って押し付ければ、ローがぐしゅ、と鼻を啜って涙を拭いた。それでもすぐに止まる様子はなく、拭いたそばから眸が潤んで濡れていく。瞬きで弾かれる涙を呆れとともに見つめて、ドフラミンゴは埒が明かないとタオルを取った。
「ドフラミンゴ
……
」
「いい加減泣き止め。食事も不味くなる」
「もう、ちょっと、待ってくれ」
潰れた声で返すローの目は真っ赤になっていて、明日は腫れてしまうだろうなと思う。冷やせばすこしはマシだと思うが、保冷剤や氷があの冷凍庫にあるとは考えにくかった。タオルを冷やして当てるだけでも多少の軽減にはなるかも知れない、と考えつつドフラミンゴはローが泣き止むのを待つしかなかった。
どうにか泣き止もうとしているのかローが鼻をすすってタオルで涙を拭う。それでも涙はあとから後から際限を知らずほろほろと溢れていて、座り込んだローの食事は始まりそうもない。いつまでもその場で動きを止めているローに呆れ果て、ドフラミンゴは目の前にいる、どうしようもないほど真っ直ぐな大人の皮を被った子供にそっと手を伸ばした。
「もう泣くな」
「〜〜ッ」
身体を前に出してローの頭を撫でていく。ぐずる幼子をあやす手付きで髪を梳いて撫でつければ、ローが息を呑んだ気配がした。そして、どういうわけか、涙の勢いが増した。ぼろぼろと眸から涙があふれてローの頬を伝い落ちる。幾筋も増えていくそれに、ドフラミンゴは唖然として思わず叫んだ。
「なんでそうなった!?」
「うるせェ!お前のせいだっ」
「意味が分からねェ
……
」
「お前がっ、そんなだから、おれは
……
!」
顔をくしゃくしゃにして歪な声を出して泣き続けるローに、ドフラミンゴはいい加減に痺れを切らした。泣き止め、と伸ばした手で余計に泣かれて多少なりともショックだった、ということもおそらくあるだろうが、泣き止む気配がなさすぎるローにドフラミンゴは無性に腹が立っていた。
「いいから食え!」
「んぐ!?」
スクランブルエッグをすこし掴んでローの口の中へと押し込んでやる。問答無用で食べ物を口に入れられたローが目を見張り、一瞬涙を引っ込めた。月をとかした眸が見開かれて涙をぼたりと落とし、呆然と咀嚼していく様を眺めて、ドフラミンゴは息を吐いた。
「食べてさっさと寝ろ」
「
…………
ドフラミンゴ」
「なんだ」
「美味い」
「そうか」
ようやく泣くことを止めたローが、しずかにドフラミンゴを呼んで、スクランブルエッグの感想を口にする。短いほんの一言だというのに、それはあまりに誠実にドフラミンゴの胸に響いた。嘘偽りのない素直な言葉に、やっぱり、とドフラミンゴは納得する。ローという青年は、これまでも、今この瞬間も、ずっと真っ直ぐだったのだ。感情に任せているともいえるその真っ直ぐさが、ドフラミンゴにはほんのすこし、眩しい。
ドフラミンゴがスクランブルエッグを口に放り込んだあと、ローが箸を手にして黙々と食事を進めていく。時折、噛みしめるように美味いと呟くローを見つめ、ドフラミンゴは心のどこかが満たされていくのを感じた。それはドフラミンゴも知らなかった、心の空洞だった。心が満たされるということに胸があたためられて、喜びが湧いてくる感覚がする。そのことに動揺しつつ首を振り、ドフラミンゴも食事を始めた。
絶賛するというわけでもないが、本当に思うままにドフラミンゴの料理を褒めたローとの食事を終え、ドフラミンゴは感情の揺らぎを持て余しながら入浴をすませた。ローの部屋にきてからというもの、バスタブであたたまることも日常になりつつあり、その事実もドフラミンゴを落ち着かない気分にさせた。むずむずするような感覚に眉を寄せて髪を乾かし、ドフラミンゴは洗面所から出た。夜になって急激に冷えてきたせいで、暖房が入れられている室内でもすこし寒いなと思ってしまう。ただそれもわずかの間だけで、ベッドに入ってしまえば寒さも無くなるはずだった。
「ロー、風呂空いたぞ」
「すぐ入る」
ドフラミンゴの声かけに本を読んでいたローが顔を上げて立ち上がる。ぐずぐずすることなく動いているローを見ると、本当に先ほどの子供と同じなのかと疑いたくなった。ドフラミンゴの髪に触れて乾いていることを確認したあとでひとり頷いたローが風呂へ向かうのを見て、ドフラミンゴはそっと息を吐いた。体温が伝わったわけでもないのに、ローの手のぬくもりを感じた気がして、ますます眉を寄せた。
そのままベッドに潜り込み、ドフラミンゴは毛布を肩まで引き上げる。寝室も適度に暖められていて、毛布がすこし冷たいこと以外は寒さはほとんど感じられなかった。それでも、ドフラミンゴはこのベッドが、寒くて広い気がしてしまう。そんなわけもないのに、感じる違和感のようなものに首を振り、ドフラミンゴは頭まですっぽりと毛布を被ってみた。身体を丸めて毛布に閉じこもってみても、どこかもやもやとして、ドフラミンゴはのそりとベッドから出ることにした。
「ロー」
「どうした?眠れないのか?」
「寒い」
リビングへと足を向けて呼びかければ、さっさと入浴を済ませたローが首を傾げてドフラミンゴを見つめて問いかける。それに首を振って短く答えれば、ローがぱちりと目を瞬かせた。
「寒い?だったら暖房の温度を上げるか
……
それか服を変える方が良いかもな」
「そうじゃねェ」
ローの提案をどれも跳ね除けて、ドフラミンゴは息を吐く。大人の顔をした子供のくせに、子供の感情には実に鈍くできているらしい。そのことにちいさく苛立ちながら、ドフラミンゴはローをまっすぐに見つめた。
「じゃあなんだ。もう一枚毛布でも出すか?」
「だから、違う。子供が寝る時に寒いと言う理由なんてひとつだろう」
「ドフラミンゴ?」
「一緒に寝ろ」
「
………………
は?」
全くドフラミンゴの言いたいことを理解せず汲み取りもしないローに腹立たしさを覚えてドフラミンゴはさっさと正解を出してやる。ローが答えにたどり着くのを待っていたら、いつまで経っても眠れそうになかった。ドフラミンゴの言葉を受けたローが、あんぐりと口を開けて固まるのを無視して、ドフラミンゴはローの手を引く。そのかすかな力にも抗わずに立ち上がってしまうローがおかしくてすこしだけ苛立ちが引いた。
「早くしろ。寒い」
「は、え?お前、なに言って
……
」
頭の上に疑問符をこれでもかと浮かべていそうなローに思わず笑みをこぼして、ドフラミンゴは寝室へと足を向けた。それにもなすがままドフラミンゴから逃れようとも距離を取ろうともしないローがおかしくてたまらなくなる。抵抗されないのを良いことにローをベッドまで引き込んで、ドフラミンゴは満足して目を閉じた。
「ドフラミンゴ?」
「おやすみ、ロー」
「
…………
おやすみ」
困惑しきりのローが、それでも寝る前の挨拶には律儀に答えてドフラミンゴに背を向けて身体を少し丸めた。広くはないベッドでドフラミンゴに触れないようにしているらしいローにまた苛立ちが湧いてドフラミンゴはローとの距離を詰め、思いの外広いローの背中へと額をくっつけた。ドフラミンゴの挙動にビクリと身体を強張らせたローには素知らぬフリをして、ドフラミンゴはローのぬくもりを確かめる。あたたかい熱が心地よくて、ドフラミンゴの瞼はゆるやかに下り、とろとろと眠りに誘われていく。
「ドフラミンゴ」
揺らぐ声に名前を呼ばれたものの、眠りの波がどんどんと押し寄せてドフラミンゴは応えることができなかった。それでも何かしらを返したくて、幼い手でローの身体を後ろから抱きしめた。そのことでローの熱が上がった錯覚をうっすらと感じながら、ドフラミンゴは眠りの淵に沈んでいった。
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