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@husui_parashi @
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「うーむ
……」
灯りも必要ないほど月の明るい夜。湖のほとりを歩きながら、あたしは唸っていた。
いつものように盗賊のアジトを襲って、悪党をこらしめるついでに、ちょっとばかしのお小遣いを調達しようかなと思い足を運ぶと
……
そこにあったのは、死だけだった。
賊たちが拠点として使っていたであろうテントらしきものは、わずかな布と棒切れを残して全焼。焼死体や、よく分からない殺され方をした死体がごろごろ転がり、盗品と思われる金貨や装飾品が無造作に散らばっていた。
あたしが近付くまで火災の気配を感じなかったのは、既にほぼ鎮火していたからだ。魔法による引火なのは疑いようもなく、瞬間的に燃やし尽くしたので煙もほとんど出なかっただろう。
物品に引火するのも構わずの襲撃。人間がやったにしては、容赦がなさすぎる。あたしはこのやり口に既視感があった。
火事場泥棒をする気にもなれず、その場を離れることにしたわけだが
……やっぱりまだ近くにいるのだろう、『彼』は。
会いたくないなら魔法で飛んで宿に帰るのが正解かも知れない。そう思いながらも、徒歩を選んだ。
果たして予感は的中し、突如、前途を黒い影が塞いだ。精神世界面≪アストラルサイド≫からの空間移動である。
「いい夜ですね、リナさん」
いつもの笑顔で、そんなことを言いながら。黒い男が立っていた。
「
……ゼロス」
あたしとこの男
……ゼロスという魔族とは色々あり過ぎた。一言で表すのは難しい関係だが、ハッキリしているのは、今度会う時は敵かも知れない、という事実。
「リナさんが僕に気付いてるのに、こちらから挨拶も無し、というのもどうかと思いまして。
——ところでリナさん」
月を指すように、杖を掲げるゼロス。
「こんな夜はぴったりだと思いませんか?」
「デートに?」
「おっと
……」
空気を読まず放ったあたしの合の手に、辺りに満ちていた緊張感はどこかへと消えた。
「そう来ましたか
……」
ゼロスは本気で困った様子で頰をかく。薄く漂っていた戦意が霧散していった。
……弁明させて欲しいのだが。
あたしとしては、『今は戦う気はない』ということを冗談めかして伝えただけで、例えは別にデートでも散歩でも何でもよかった。
彼はどうせ『決着をつけるのに』などと続けようとしたのだろうが、あの惨状を見たからといって『盗賊の仇っっ!』とか言い出すほどのノリのよさはあたしにはない。そもそもゼロスほど徹底的ではないにしろ、痛めつけてお宝を徴収しようとしていたのは同じである。彼の場合はお宝の徴収というより、異界黙示録≪クレアバイブル≫の写本の処分だろうが。
普段のゼロスなら
……一体何が楽しいのか知らないが、あたしのピッタリ背後に出現して無意味に驚かせることが多かった。それをせず、視界に現れた上で戦意を煽るようなことを言う。それはあたしの抱いた嫌悪感、恐怖、わずかな怒りに対応して、適切な距離感での邂逅を選んだに過ぎない。そういうのが彼なりの気遣い
——けして良い意味ではないが
——なのである。いちいち真に受けては命がいくつあっても足りない。
……ゼロスがあたしと戦いたくないことは知っている。特別な命令でも受けていない限り、少し話を逸らしてやれば、簡単に戦闘を回避できると判断したのだ。
それを、そこまで動揺されると、こっちも反応に困るというか
……。
「をわっ」
唐突に視界がゼロスの法衣に占領されて驚く。瞬きの間に、今度は本当の至近距離に、空間を渡って来たのだ。
「リナさん」
などと言いながら手を差し出す彼。近過ぎて何をしてるのかわからなかったので、あたしは一歩引いてやっと彼の手に気付いた。
「
……なに、この手は」
「デート、ですよね?」
…………。
そりゃあ、最初に言い出したのはあたしだけど。
えらく場違いな誘いだった。頭の中が真っ白になりかける。
差し出された手と、彼の顔を何度も見比べて、思わずこう言った。
「何考えてるの?」
ゼロスはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべながら
「フられたら恥ずかしいなぁ、と思ってます」
何やら表情と全く合わない情けないセリフを言った。
魔族というのはプライドが非常に高い生き物である。向こうからの誘いを、もしあたしのような人間ごときが断れば、まあそれなりにプライドを傷つけることになるのかも知れない。だからこれは、断られたら怒るぞという脅しのようなもの
……だろうか?
ゼロスなら、断られようが、そーですか、で手を引っ込めそうなものだが
……何も気にせず
……いや、ちょっとは拗ねるか
……。
真面目に考えると、多分だが、あたしを脅して無理矢理付き合わせた風にしたいのかも知れない。理由は不明だが。それもまたプライド的な問題だろうか。
「
……」
彼の手を見つめて考える。
今夜、あたしはゼロスに会うべきかも知れないと思っていた。
盗賊たちが『人を傷つけず活動しましょう』なんてポリシーを待っていたわけもなく、彼らの哀れな末路は自業自得とも言える。あたしもそれなりに人を殺してきた身であり、正当防衛の時もあれば、そうでない時もあった。だから義憤に燃えるほどではない。
しかしだからと言って、あれを見て何も感じないほど常識を棄ててもいない。
更に言うと、他の魔族の仕業ならいざ知らず、こいつだけは気になってしまう。とある村での出来事がどうしても頭に浮かぶのだ。
邪教を信仰する村人たち百人近くに敵意を向けられたことがある。ろくに戦闘力も持たない彼らを、ゼロスは当然のように、一方的に殺して排除しようとした。魔族である彼からすれば、人間の命など百奪ったところで何でもない。それをあたしの制止でとどまったのである。
あたしのしたことは、別に正しくはないかも知れない。結果的に村人たちを痛めつけて道を開けさせることになり、ゼロスにとっては苦しめずに殺すことこそが『善行』だったのかも知れない。
あの時制止を聞き入れたのは、彼の妙にノリのいい性格のせいだけだったかも知れない。だから、いのちのおもさ、なんてわからせようとは思わない。あたしもよくわからないし。
それでも、殺しても殺さなくてもどっちでもいいなら、今夜あの場にあたしがいれば、交渉の余地ぐらいは、いや、何人か生かすことぐらいはできたのではないかと思ってしまう。
この辺りにまだ彼の仕事が残っているのなら、その機会があるかも知れない、と思ったのだ。
これは正義のためなどではなく、あたしのわがままだ。
彼に人を殺して欲しくない、という気持ちがどこから来るのかは、考えないことにした。
……などという考えを一瞬でまとめ、あたしは彼の手を取った。
その瞬間、突然手をぎゅ、と強く握られ、ひゃっ、と声を上げそうになったところを引き寄せられる。
するとあまりにもゼロスの顔が近い。彼はあたしの身長に合わせてかがんで、顔を覗き込んでいた。
あまりにも無遠慮に見つめられて、警戒心よりも居心地の悪さを感じる。心臓に悪い。何がしたいのかわからない。
どうしたいのよ? と彼の瞳を睨むと、何とまあ、向こうも難しい表情をしていた。『どうしたものか』なんて顔に書いてある。困ってるのはあたしなんだけど?
「デートでリナさんにしたいことは色々あるんですけど
……」
微妙に嫌な予感のすることを言いつつ
「したら終わっちゃいそうなので。後で、ですね
……」
首を傾げて微笑みながら、顔を離した。
何がしたいのか、聞かない方がいい気がしたので聞けなかった。
深夜である。
宿のある村に戻っても、寄るような店も無い。
結果として、ゼロスとあたしは手を繋いで湖の周りを歩くぐらいしかすることがなかった。
まあ、月も明るいし、湖面も煌めいて綺麗だから、ムードが無い
……わけでもない。
不思議と気まずさはなく、ふわふわするような、妙な気分だった。
「時にリナさん」
「なに?」
腰を下ろして二人で湖面を眺めていると、思いついたように話しかけられる。
「リナさんって、デートの時もそういう服で来るタイプですか?」
「んなわけないじゃない」
彼が言っているのはあたしの、戦闘に適したいつもの黒マント魔道士スタイルのことである。
好きな人に見せるなら、もっとかわいい服装にするに決まっている。相手を落とすための、ある意味、デートのための戦闘服に。
……まあデートとか、したことないけど。
「む?」
もしかして、これがリナ=インバース初のデートになるのか?
「今日は急な思いつきでしたからねぇ。
ああ、じゃあ今回は不完全デートってことで。次はちゃんと、それ用の服で来てくださいよ」
「
……え?」
驚くべきことを言われた気がする。
「僕は何でもいいと思ってましたけど
……リナさんが考える、僕好みの服で来てくださるってことですよね? それって興味ありますから」
「ちょ、ちょっと
……」
勝手なことをのたまう彼に、つい声を上げた。
「またする気? こういう、ことを
……」
「はい。来週でいいですか?」
もう完全にゼロスの中では決定事項のようで、約束まで取り付けようとする。「今度はお昼がいいですねぇ。行き先の選択肢も増えますし」などと能天気な呟きまで聞こえた。
「
……もう、わかったわよ
……。
あんた好みの服、ねぇ
……」
あまりにも珍しい申し出に、折れてみた。こいつの好みなんて考えても疲れるだけだと思うけど
……。
「それならあんただって服装考えんのよ。あたし好みの服を」
こっちだけ悩むのも不公平だ。同じ難題をゼロスにも突きつける。
「僕はこの姿が一番格好良く見えませんか?」
わざわざ立ち上がって、いつもの神官姿を見せつけるゼロスくん。
……まあ、気に入ってるんだろうなとは思っていたが。
「服は知らないけど、あたしを守ってる時のあんたが一番格好よかったわね」
ポロッと本音を出してみる。
すると彼は固まった後
「
…………。
じゃあ、もうお見せできないじゃないですかぁ
……」
妙に残念そうに、拗ねた口調で言うのだった。
あたしの隣に戻ったゼロスと、肩が触れ合った。何となく落ち着かなくて、距離を取ろうと腰を浮かす。
……が、彼の腕に止められた。
肩を抱かれていた。
「ゼロス
……?」
謎の焦りを感じて、彼の顔を見る。
「リナさん。そろそろお戻りになった方がいいですね」
そう帰りを促す言葉と、行動が一致していない。背中に回された腕が上にずらされ、何故だかあたしの頭を優しく撫でてきたので、落ち着かない気持ちが加速する。
つい視線を地面に落とした。
「そうそう。今日は随分気が散っておられたようなので、次回は仕事帰りに行くのはやめておきますね。
……それでいいですか?」
「
……! あんた、それって
……」
思わず再度彼を見ると、あたしの顔を覗き込んできた目とばっちり視線が合う。
この近さは覚えがあった。さっき体験したばかりだ。
反射的に後ろに逃げようとしたが、頭を撫でていた手が後頭部を支える形に変わり、退路を塞がれる。
「
————」
……それはもう、言い逃れもできないほど、普通に完璧なキスだった。
「僕としては、この後もしたいんですけど
……リナさんのお部屋に行っても?」
「ダメ」
今自分が何をされたのか、何を言われたのか、理解を脳が拒む。前後不覚の酩酊感に襲われながらも、本能が警鐘を鳴らすまま、にべもなく断った。
けれどゼロスは気にした様子もなく、至近距離で笑う。
「やはり今日はここまでで終わりですね。
続きは次回、ちゃんとしたデートの時のお楽しみということで」
「
……しないわよ」
続きなんて。
顔が熱くて、頭がぼーっとして、上手く言葉が出ない間に、彼はまた影になって消えてしまった。
……あんにゃろう、断りの言葉を聞かずに帰るとか、都合がいいにもほどがある。
「
……」
まだ動けそうにない。脱力したあたしは座り込んだまま、火照った顔を夜風に晒す。
「
……男の趣味悪いわよね、あたし
……」
そう呟きながら、キラキラ光る静かな湖面を見つめていた。
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