書き下ろし後日談のサンプルです。
5/6に発行する本の予約を開始しております。
https://sela.booth.pm/items/8150390
「年下の神様」とセットの場合、BOOTHとイベントでのみおまけの小冊子が付きます(数量限定)。
おまけの小冊子は予定数を終了次第、おまけなしのセットに切り替えます(商品名でわかるようにしております)
#章# 後日談1・コーチ
「僕は、司のジャンプのコーチになる。練習拠点は名古屋で、毎日最低でも二枠は貸切を確保するから」
俺と同じく匠先生のクラブに入る、と言って入会申込書を書いたその場で、夜鷹さんが俺に宣言してきた。
「
……っ、夜鷹さんが、俺のコーチ
……でも、金メダリストのコーチ代も貸切代も、そんなに払えないですよ」
ずっと昔に、
狼嵜選手を羨んだことがある。毎日、夜鷹さんのスケートとジャンプを見られるって、なんて贅沢なんだろう、と。俺にとっては、完成形のジャンプを見せてもらうのが、何より上達への近道になるとわかっている。
でも、実績のある人の個人レッスンの相場がどんなものかは知っていた。毎晩の貸切代も。
夜鷹さんに言った通り、今後もう身体を売るつもりはないから、俺の貯蓄で到底賄えるような額じゃない。
「司のジャンプのコーチの座は誰にも譲らないよ。だから君も、僕のコーチとトレーナーと振付師になって」
「え、
……ええっ!?」
「選手としての活動を、邪魔するつもりはない。その分、君がひとりで活動するより余計なことに時間が取られないようにするから。君が僕に現役復帰を選ばせたんだ。引き受けてくれるよね」
「いや、でもコーチは匠先生が
……、それに振付師はレオニード氏がいますよね?」
「純が俺の指導を素直に聞いたことなんてねぇぞ」
匠先生は『コイツに何を言っても無駄だな』というような顔をしている。
「司は、僕の振り付け、したくないの?」
「ふぁ
……っ!?」
ずい、と迫られて変な声を上げてしまう。
俺が夜鷹さんのコーチで振付師なら、俺の好きな曲を好きな振り付けで夜鷹さんが踊ってくれるということに
……。
俺の考える最強にかっこいい夜鷹純が現実のものに
……?
すごい夢展開過ぎて、心臓がおかしくなってきた。
いやっ、でも、俺の振り付けでいいのか
……?
「僕は、君の振り付けで踊りたい」
「うぐぅ
……っ、よ、よろしくお願いします
……」
とんでもない殺し文句にやられた俺は、承諾するしかなかった。妖精の曲の振り付けは俺が作って、夜鷹さんが色々と細部の調整をするよう言ってきたから直して
……そうやって、二人で振り付けを作り上げるのは、すごく楽しかったんだ。
「正式なコーチになるには規定の年齢に満たないけど、振付師としてなら、司もキスクラで僕の隣に座れる」
熱くなった頬を夜鷹さんのひんやりした手で撫でられる。夜鷹さんの隣で、一緒に点数の発表を待って、一緒に喜べるんだ。
「お前ら
……キスクラではイチャつくなよ?」
「そんなつもりは
……っ!」
「司は僕のものだ、って見せつけるのにいい機会かもね」
「夜鷹さん!」
開き直った金メダリストは怖い。
(後略)
#章# 後日談2・誤算
夜鷹さんは俺の隣のベッドでこちらに背を向けてすやすやと眠っていた。正直なところ、俺は夜鷹さんとの新生活がどうなるかを正確には想像できていなかったんだ。
スケート選手としての生活は大変に充実していた。バッジテストも受けられるようになったから、ミスなく滑り切れればブロック大会のエントリーまでに必要な級の取得が十分間に合う見込みだ。
夜鷹さんのトレーニングメニューを作るのは楽しいし、ホームジムで毎日心置きなく一緒にトレーニングができるのはありがたいし、着実に成果が出ているのを一番近くで見られるのも幸せだった。
夜鷹さんは本当に毎晩、二十二時から二枠か三枠の貸切枠を確保してくれていた。話を聞いたところによると『現役復帰すると言ったら喜んで枠を空けてくれた』というから驚きだ。夜鷹さんの熱心な支援者がここのスケートリンクのオーナーと関わりが深いらしい。横浜のスケートリンクではそんな無茶は通らなかったはずだから、名古屋を拠点にしたのは正解だろう。
俺はかつてないほど氷の上で自由に滑れる時間が増えて、スケーティングスキルの上達を実感していた。十六歳の身体はとんでもなく学習能力が高く、技術の吸収力がすごい。毎晩、世界最高のジャンプを目の前で見せてもらっているから尚更だ。
しかし、十六歳の身体には問題点もあった。
ムラムラして眠れねぇぇ!のである。
一緒に暮らすようになって、ベッドルームにはベッドがひとつ追加された。元々クイーンサイズのベッドがあった部屋に、ダブルロングのベッドを追加したからぎゅうぎゅうだ。
子供部屋に男四人兄弟を詰め込まれて育った俺からすると、ベッドを増やさなくとも一緒のベッドで寝ればいいのでは?と思っていたのだけど、『君が同じベッドにいたら、我慢できなくなるから』と言われて初めて、夜鷹さんは俺を抱く気がないのだと知った。
そうは言っても性欲の強い夜鷹さんのことだし、しばらくしたらそんな雰囲気になったりするのでは?と思っていたけれど、まったくえっちなイベントは発生しなかった。
(後略)
#章# 後日談3・オリンピック
夜鷹純、二十八歳。明浦路司、二十歳。それは、司にとって初めての、夜鷹にとっては二回目のオリンピック出場だった。
フィギュアスケート男子シングル日本代表三名の内もう一人は、怪我を克服し代表の座を勝ち取った鴗鳥慎一郎だ。
二十四歳で現役に復帰しフィギュアスケート界を沸かせた夜鷹は、復帰してから現在まで、出場した大会ではすべて金メダルを取り、無敗の記録を更新し続けていた。
かたや、十六歳という年齢で大会に初出場した司は、初めての全日本選手権で夜鷹に次ぐ銀メダルを獲得し、実質的には夜鷹と相互にコーチを務めているということで、毎回大きな話題を呼んでいた。夜鷹とは別の国に派遣されるグランプリシリーズでは必ず金メダルを獲得していたが、グランプリファイナルや全日本、世界選手権では未だに夜鷹を破れず総合二位に終わっていた。
オリンピックでのみ開催される、フィギュアスケート団体戦。
団体戦の男子ショートには司が、男子フリーには夜鷹がエントリーしている。
そしてアイスダンスには高峰瞳が三年前に組んだパートナーと共にエントリーしていた。高峰瞳は早くからアイスダンスの選手を志してきたが、実力に見合う相手がなかなか見つからず苦労していた。しかし、三年前に司がとあるシングルの男子選手をスカウトして説得し、アイスダンスに転向させたのだ。瞳はその男子選手と組んだことで、今シーズンの全日本で優勝し、オリンピックへの切符を手にしていた。
クラブから三組のオリンピック選手が出場することになった高峰匠は大忙しだ。
◆ ◆ ◆
何度も夢に見た、オリンピックの舞台。
ここに、男子シングルの選手として、夜鷹さんと共に立てている。
団体戦の男子ショートでの俺の滑走順は一番だった。
ここまでの日程で既に滑り終えているアイスダンスRDとペアショートと女子のショートの日本勢は上位の結果を出していた。
俺が失敗しても決勝には出られる見込みだけど、ここで半端な結果は出せないし、出したくない。夜鷹さんとチームで戦える、最初で最後の機会かもしれないから。
(後略)
#章# 後日談4・司の恋人
司は、ものすごくモテる。
年下からは慕われ、年上からは可愛がられ、男女問わずに人を惹き付ける。人当たりが良くてあしらい方も上手いから、彼の人気は上がる一方だ。
司にそれを言うと『夜鷹さんの方がモテますよ』と返されるが、片端から切り捨てている僕とは比較にならない。
僕も、人を夢中にさせて人生を狂わせるオム・ファタールだとか雑誌の煽り文で書かれたことがあるが、それはまさに司のことだと思う。
僕という恋人が常に隣にいても、お構いなしに次々と寄ってくるのだから。
何せ、四歳になったばかりの理凰ですら、司が大好きで、慎一郎くんの家に行くとべったりくっついて離れないほどなんだ。僕は司を連れて帰るから敵視されている。
なので、断りきれないしがらみや人間関係がある現役選手を引退して僕と籍を入れてくれるというのは、僕にとって願ってもない状況だった。司が傍にいて一緒にスケートをしてくれるのなら、立場や場所が変わっても構わない。
オリンピックでメダルを取った夜には広報担当に連絡を送って、今後の進退と二人のことを公式発表させたから、僕たちが眠っている間に大騒ぎだったらしい。
翌日のスタジオインタビューには、団体と個人、二つのメダルに加えて、左手の薬指には揃いの金色の指輪を嵌めて行き、熱愛ぶりを見せつけてきた。
(後略)
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