フリンズさんと灯台に登る話


「うわ、今日はちょっと風強いな」

 夜明かしの墓には大きな灯台がある。ずっと昔は、周辺を行き来する商船やライトキーパーさん達の道標だったとフリンズから聞いた。今はその役目は終えているのだが、少し前に旅人さんが灯台を灯してくれてからは、定期的に燃料を追加して明かりを灯し続けているのだ。
 以前はフリンズが担当していたが、私が担当してみたいと申し出てみて、今では一人でも任されるようになった。燃料を背負って、少し不安定な梯子を登り切ると、私の好きな景色が見える場所へと辿り着く。今日の上空はいつもより少し風が強いようだが、許容範囲内である。

「南のレンポ島方面も、北のピラミダ方面も、いつも通りっと」
 登り切ってから灯台周りを一周するのが日課になりつつある。たまにある天気が良い日なんて、スメール方面のすごく遠くまで見えるんだよね。今日は少し薄曇りなので、ちょっと残念。
 いつも通り給油口を開けて、持ってきた追加分の燃料を流し込む。これでまた一定期間は明かりが灯るはずだ。灯台が薄暗いと、遊びに来てくれる旅人さん、特にパイモンちゃんが怖がっちゃうからねぇ。私はこの環境に慣れてしまったけど……と、眼下の亡霊達を見下ろす。みんな気の良い仲間という気持ちだ。残念ながら私は意思疎通はできないんだけどね。
 ぐるっと裏側に移動して、今度はピラミダ方面を眺める。足場に腰掛けて、足をぷらぷら揺らしながらぼーっとするこの時間が、結構お気に入りなのだ。

――風邪をひきますよ」
「ひゃあ!」

 背後から突然フリンズの声がして、驚いて飛び上がりかけた。「おっと」と、背中を支えてくれる。
「落ちたら大変ですよ」
……今のはフリンズが悪くない?なんで気配消して来るのよ」
「おやおや、それは失礼しました。貴女の反応が毎回面白いので、つい」
 つい、じゃないんですよ。一応落ちたことは無いし、落ちたら落ちたで、これでも元冒険者の端くれなので何とかするけどさぁ……。ひとまず胡乱な目で彼を睨み、抗議しておくことにする。しかし抗議の視線は流され、その反応すらも含めて楽しんでいるのか、彼はクスクス笑っている。
 
「こちら側は柵が無くなってしまっているので、気を付けてくださいね」
「もう慣れちゃったよ、平気平気」
「その油断が……まぁ、いいでしょう」
 ――クシュン、と私がくしゃみをしたおかげで、フリンズのお小言は短めに終わった。彼は私と同じように隣に腰掛けて、ひょいっと私を持ち上げて膝に乗せてしまう。
……このぐらいの寒さはもう慣れたから、平気なのに」
「くっついてた方が温かいでしょう?」
「それはそう」
「灯台から下りるように提案をしても、貴女はまだ下りないって言うでしょう?」
「それもそう」
 お腹に回されたフリンズの手と、くっついている背中が温かくなってきた。耳元で大好きな声が聞こえるので、少しくすぐったい気持ちになる。

「今日はピラミダを見てたのですか」
「灯台登るたびに、毎回見てるよ」
「おや、そうだったのですね。気になりますか?」
「うーん……でも、一回ぐらい行ってみたいかも」
 まだ一度も足を踏み入れたことがない土地というのは、心躍るよね。行ってなかった理由は特に無くて、ただ先延ばししてるだけなのですが。
「では、今度二人で行きましょうか」
「いいの?!」
「旅行というほどの距離でもありませんが、たまには足を伸ばしても良いかと」
 二人でお出かけってだけで、ちょっと楽しみになっちゃうね。あそれと、もう一つの楽しみを思い出した。
「イルーガやニキータさんにも久々に会えるね」
……そうですね」
「何その反応。直近で何か後ろめたい事情があるの?」
……
「あるのね……
 背後にいるフリンズの顔は見えないけれど、頭の上に彼の顎が無言で乗ってきて、少し笑ってしまった。

 
「さて、そろそろ下りましょう。本当に風邪を引いてしまいますよ」
「はーい」
 私を膝から下ろし立たせてから、彼自身も立ち上がる。梯子の方に向かうフリンズを見ながら、私は少し後ろで立ち止まる。
……下りないのですか?――はっ、まさか」
 彼が少し離れた隙をついてニヤリと笑うと、私はすぐ下の足場に飛び下りた。後ろから「こら!」と声が聞こえるけど気にしない。この下り方がお気に入りなのだ。そのままベンチの近くまでトントンと飛び下りていく。
 到着した先には、先回りしたフリンズがすでに居た……ご機嫌斜めの顔で。



『未知なる土地に、想いを馳せて』