guttaru
2026-01-11 19:58:41
8869文字
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蝶ネクタイ

ディオジョナです。

ワンドロ『蝶ネクタイ』をテーマに書かせていただきましたが、余裕で倍の時間かかりました、恐れ入ります><
※面白いかなと思って大学に寮で住んでる設定にしています。



 ふっと熱を感じて、ジョナサンは目を開けた。視界が半分、オレンジのものでぼやけている。それが、顔を出したばかりの太陽の橙色の強い光を、床に落ちたクッションが反射しているせいだと理解できたのは、瞬きを五回はしてからだった。瞼に違和感がある。全身が腫れぼったい。身体の右側を下にしてベッドに沈み込んでいるせいで、右肩が軋むような痛みを訴えている。妙な姿勢になっているのか、四肢があちこちを向いている気がする。
 ジョナサンは反射的に身体を起こそうとして、頭の奥と全身に痛みを覚えた。掠れきってまともに音になっていない呻き声が口から漏れる。痺れた身体がどっと、色んな不満を訴えてくる。ふとんをまともに被っていないせいで身体が冷え、普段と違ってうつぶせに近い体勢のせいで筋肉がこわばっているのだ。そして、こわばって痺れている身体以上に、頭の奥から響くような痛みが存在を主張していた。尾を引く、ずきずきとした痛み。二日酔いだ──いつから寝てた?どうやって自分の部屋に戻ったんだっけ?

 ぎこちなく感じる腕を持ち上げ、ジョナサンは額をこすって痛みをごまかしながらゆっくりと仰向けになった。骨がギシギシと鳴っている気がする。明け方の寒さがちくちくと首を刺してくるようだったが、ふとんは背中の下だ。完全に起き上がってから布団の中に入りなおすことが億劫に感じる。
 手の甲でごしごしと瞼も揉むようにこすると、ジョナサンは昨夜のことを思い出す前に自分がなぜ目が覚めたのかを理解した。寒いから目が覚めたのだと思ったが、体勢を変えたせいで分かる、ひどい尿意だ。
『そうだ、すごい飲んだんだ……
ベッドにダイブすることになった昨晩のパーティを思い出し、ジョナサンは鼻から思い切りため息を吐いた。まだ回らない頭に比べ、いつでも感じやすい胸の方には後悔と羞恥がどっとこみ上げてくる。あんなに飲む予定はなかったのに、どうしてああなったんだっけ?
 ジョナサンは額から腕を下ろした。その動きだけで、下腹部の張りつめた臓器が悲鳴を上げた。背中はふとんにしがみつこうとしているが、いい加減トイレに行かなければならない。仕方なく手を伸ばし、ベッドの木枠を掴んで、なるべく腹部に力を入れないようにしながらジョナサンは寝床の外へと両脚を出した。やや覚醒してきた頭が、向かいのベッドでふとんに包まれたルームメイトが寝息を立てているのを捉えた。本来三人用の寮だが、ジョナサンの部屋は現在二人で、使わないベッドを押しやってそれぞれ広めにスペースを確保している。
 ジョナサンは暗がりに目をこらし、床のどこに靴があるかを探した。ルームメイトのフィリップがジョナサンよりも潔癖なきらいがあるため、いつもは床に物はほとんどない。たまにジョナサンが部活の備品を床に置いていると、端に寄せられたり『躓いて怪我でもしたら優勝が狙えないんじゃないの?』と遠回しに指摘されたりするくらいだ。
 だが今日の床はフィリップの居る部屋とは思えないありさまだ。食べかすやちり紙、誰のか分からないくしゃくしゃのシャツやベルト、靴が散らばっている。昨日のひどいパーティの名残がこの部屋まで到達しているのだ。ジョナサンは靴を片方だけ見つけたが、あいにくもう一つは見つからないので、仕方なしに部活用のシューズに足を通して立ち上がった。重力に従い、身体がますます重くなる。膀胱のなかで酒が揺れている感じがする。情けなさでいっぱいになりながら、かじかむように力の入りづらい脚に鞭を打ってジョナサンはトイレに急いだ。

 トイレを出るまではそんな余裕がなかったが、用を足して落ち着いてみると、朝方の寮は綺麗だった。長い廊下は左右の一方に窓が並び、一方に各相部屋のある扉が間隔をあけて並んでいるため、少し首を傾けるだけで外の様子がありありと見える。今は、窓から射しこんだ桃色まじりのオレンジ色が、窓枠の形のままに床と壁に掛けて光を落としていた。曇りの多いロンドンでは珍しい朝焼けの光だ。
 窓に近寄ると、遠くの山あいの間から光源のオレンジ色が見えた。その光に塗りつぶされるように、却って周囲の山や雑木林は真っ黒に見える。窓の下の方にわが校のグラウンドが広がっている。太陽から遠いところはどこか青く染まっていた。綺麗な光景にほおっと息を吐くと、窓ガラスが吐息でかすかに白く曇った。ジョナサンは寒さを思い出し、なにも羽織らずに出てきたことを後悔した。春とは言え、まだまだ寒い。
 ぶるりと震えた身体を抱きすくめ、無意識に肩を擦りながらジョナサンは部屋へと戻りはじめた。寝間着ではなく、昨日のシャツのままだ。
『しまったな、ジャケットはどこだろ?汚れていたら怒られるぞ』
 昨日は学校の設立記念パーティだった。生徒たちも参列が求められたのだ。公式な衣の着用が求められ、特にジョナサンのような上級生は格式高い衣装をまとうことが通例だった。そのため、みんなどこかそわそわとした。誰かが『馬子にも衣裳』だと言ったが、その通りで、いつもより上品な服装の生徒たちはみんなひどくクールに見えた。
 だから、妙に浮かれたのだろう──式典後の食事会、その後の寮でのパーティの羽目の外し方はすこし異常なほどだった。きっとそれは、卒業が近いせいもあるかもしれない。要するにみんな、まだもう少し先とは言え、この寮生活が終わることが寂しいのだ。それはジョナサンも同じだった。どことなく人ごとのような生活に感じるとはいえ──彼にとっては、およそ七年前からずっとこうだ。いつからか振る舞いを調整することに慣れ、そのために心が感じることも調整されたように思う──、この学校でできた友人らとの生活は青春だと言える。きっと後の人生で、この寮を今よりうんと焦がれるように思うのだろう。そんな予感がある。

 歩くたびに鈍痛の響く頭に顔をしかめたとき、ジョナサンは廊下の先に何かが落ちているのを見つけた。それが何かを理解する前に、その近くの部屋の扉が揺れ、しずかに開いた。ジョナサンは誰かが起きたことに顔を綻ばせ、そして同時に、その扉が“誰”の部屋のものかを思い出した。瞬間、心臓が嫌な感じに鼓動を刻んだ。そうして、そんな反応をした自分にギョッとし、冷たい池に飛び込んだような気がした。

 扉から顔を出したのは、ジョナサンの脳裡が思い描いた通りの顔を持った人物だった。橙色の朝日を浴びて金髪は燃えあがったように見えた。彼がまぶしそうに目を細めて窓を見やった。かすかに眉根が寄り、不快そうに見える。そのわずかな時間の間に、ジョナサンは急いで微笑みを取り戻した。鈍い頭蓋骨の奥で声がする──二日酔いのせいだ、脳に疲れがあるせいだ、それで僕はいつもなら“もう過去のこと”と思えるあれこれを思い出すんだ……
 「脳」というワードが思考に混ざったせいで、屋敷の自室に隠している研究が想起された。あの石仮面ののっぺりとした顔が浮かぶ。あれが作動したことを目撃したキッカケも。
 それらが表情に出るのに怯えたまま、ジョナサンはかるく咳ばらいをした。扉を閉めるためこちらに背を向けた身体が小さく跳ね、さっと振り返ってきた。青白い頬に橙色の光がぶつかった。
「ディ、ゲホ、おは、げほっ、おはよう……
喉の粘膜が傷んで、ジョナサンは浮かべた笑顔を結局しかめ面に変えながら言った。静かな廊下に響かないよう、声を落とした。
「フ……ひどい格好だ、ジョジョ」
扉を閉めきってから、ディオ・ブランドーも声を落として返してきた。頬に当たっている強い朝日がほかの光を吸い取っており、彼の目元を暗くしている。それでも、その目がジョナサンの全身をさっと走ったのが分かった。ジョナサンにはなじみの、ぎくりとする瞬間だ──ディオはこの世で唯一の義兄弟だというのに、いや、それだからこそなのか、ジョナサンの肌を透かして中身を見ているかのような目をする。そう感じることに、いまでこそかすかな自己嫌悪を覚える程度だが、以前はもっと苦痛だった。ディオの視線が、彼の挙動の全てが、ジョナサンにとって自制の鍛錬になっていたのだ。唯一の兄弟のはずなのに──
「そういう君は、まるでパーティに出なかったみたいだ」
近寄ってくるディオを、ジョナサンも負けじと大げさにジロジロ見た。“たわむれ”るように対応する方が自己嫌悪の波は早く引くことをジョナサンは意識しないうちに学んでいた。
「まあな」と肩をすくめるディオは、実際、すでにブラウスにセーター編みのベストやジャケットを着込んだふだんの彼の格好で、昨日のどんちゃん騒ぎなどなかったかのような姿だった。小脇に本を三冊抱えている。
「こんな早くから、もう勉強かい?」
「目が覚めたんだ、飲み過ぎたせいで暑くって。君は?レストルームに駆け込んだのか?ベッドで済ませてないだろうな?」
ニヤニヤと笑うディオの頬にえくぼが刻まれ、目はまだジョナサンを見回している。本当に面白がっているとき、ディオは目を細めない──ああいやだ、“本当に”、だなんて。僕はなんて嫌な奴なんだ。
「からがら、免れたよ」
「あぶなかったな」
ディオの目がジョナサンの喉元を掠めた。ジョナサンは反射的に右手を喉元にやり、手のひらで覆った。
「どうした?」ディオが口の端を持ち上げたまま、目を細めた。
「いや……寒くって」
君の目が刺すようだったから、と、喉元まで出た言葉をのみ込んで、ジョナサンは別の言葉を咄嗟に選んだ。なんだか胃が竦みあがるような心地が走った。その感覚は思考が捉えるより早く消えて、ジョナサンの身体をぶるりと震わせた。言葉は本当だった、廊下に居るにしてはジョナサンは薄着だった。
「そうかい。上着くらい羽織れよ、いくら頑丈な君でも風邪を引くぞ。当てようか?よっぽど急を要したと見た」
「恥ずかしいな。起きた時は、暑いと思ったんだよ……君もそれで起きたんだろ?」
「まだアルコールがいる感じだ。さすがに飲み過ぎたよな?」
ディオは自分の首元に手を当てて言った。ジョナサンもいつもどおりに笑い、「そうだね」と返した。
「寒いから自室に戻って……着替えるよ。部屋も片付けないと、フィリップが怒っちゃうだろうし」
「フィリップ……ああ、そういうところがありそうだよな。なんだ、やっぱり汚したのか?」
「まさか、無事に間に合って……
「わかってるさ。我が親友がベッドで粗相したとなれば、来月の学校新聞はその話題で持ちきりになってしまう」
「新聞部にネタを売らないでくれよ」ジョナサンは冗談らしく憤慨してみせながら、内心、ディオの口にした“親友”という言葉にささくれたものを胸に感じた。
ジョナサンが自分の表情に慎重になると、ディオはふいにジョナサンから目を背け、振り返って廊下を見やった。彼の目が先ほどジョナサンの目も見つけた落とし物に止まった。
「誰のだろうな?」
目を凝らすと、それがくしゃくしゃになった黒い布だと分かる。ディオはさっと前に進み、三歩で落とし物の横まで近づいてそれを拾った。ジョナサンは「どうだろ」と言い、近づきながら、ディオの躊躇いのない動きに少し動揺した。ルームメイトのフィリップなら何か分からない物や、なんの用途で使ったか分からない物は分かるまで触れたりしない。ディオにはこの寮に住む他の人と少し違うところがある。静かに生き物を凍らせる、真冬の強さのようなものだ。
「ボウタイだ。黒は、みんな着けてたから分かりづらいな」
ディオが手にしたそれは、彼が言う通りボウタイだった。くしゃくしゃっと丸まっていたが、引っ張り上げられるとそれがきちんと手の施されたものだと分かる。裏地にかすかな刺繍飾りがあった。ジョナサンのもそっくりなものだった。昨日はまるで指し合わせたかのように黒い蝶ネクタイをした人が多かったのだ。ディオが拾ったものは、寮の広間で行われたパーティから部屋に引き上げる際、誰かが落としたのだろう。
「本当だね。探しておくよ」
ジョナサンが提案すると、ディオは振り返って眉を上げた。口の端に笑みが走る。提案に喜んでくれている様子だ。
「君が?手間なのに、悪いね」
「いいよ」とジョナサンが手を伸ばすと、ディオはタイを持った手を差し出し、ハタと止まった。
「そういや、ジョジョ……昨日の君はキマってたぜ。ビシッとな。サムが夢中になってなかったか?」
「サム……?」
「なんだ、はは、覚えてないのか?君にストリップショーを懇願してた」
ディオの目の端が黄金じみた朝日で光った。頭蓋骨の中を透かそうとするような目。ジョナサンはまた自己嫌悪が胃をちくちくと刺すのを感じながら、動揺する自分の手綱を引きながら言葉を探した。
「なんの……あ、ああ、あれか」
昨晩の記憶が蘇り、ジョナサンは思わず顔をしかめた。あまり嬉しくはない記憶だ。

 昨日のパーティの席で、同級生のサムはずいぶん飲んで、顔を真っ赤にしていた。あの場に居た者はほとんどが顔を赤くしていたが、昨晩、サムは先陣を切って“酔いつぶれたら人間は羞恥心を忘れる”ということを体現してみせた。
 同級生だけのパーティは、式典とは違ってリラックスしたものがあった。もちろん、家の事情という立場があるので、必ずしもすべてがオープンな場とは言えなかっただろう。だが、やはり卒業の足音が近づいてきたことによる落ち着かない寂しい空気や、飲酒ができる魅力には抗えなかった者が多かったに違いない。部屋は人でいっぱいだった。最初こそちりぢりソファのある椅子でよく知ったメンバーが固まっていたが、次第に話す相手は変わっていった。ゆっくりとした流れの川の上を運ばれる落ち葉みたいに、ジョナサンも知らずのうちに動きながら色んな人と話をしていた。
 時間も遅くなってきた頃に、サムがジョナサンの隣に現れた。彼は乗馬が得意な一人で、考古学のことでジョナサンと話をした唯一の同級生だった。だが、それ以外には、あまり思い出を共有したことがない相手だ。
 そんなサムが途中からジョナサンの肩にしなだれかかり、しきりにジョナサンが如何に鍛えられた素晴らしい肉体を持っているかを語って聞かせてきたのだ。あまり覚えてはいないが、たしかに、サムに蝶ネクタイをやたらに引っ張られて解かれた記憶はある。サムが舌をもつれさせて走っているジョナサンのフォームがどうだとかくだを巻きながらそんなことをするので、周囲の何人かは『お前は男が好きなのか?』とサムをはやしたてていた。サムがジョナサンの蝶ネクタイを握りしめたままうずくまって寝息をたてはじめるまで、定期的にそのからかいは続いたように思う。

「サムに返してもらわないとな、僕のタイ……
あれはどこに行ったんだろう、と思いながらまた無意識に喉を手のひらで擦ったとき、ディオが目を細めて笑い、手の中のボウタイを払って埃を落とした。ジョナサンが見ていると、彼はふっと手をジョナサンに伸ばしてきた。思わずぎくりと半歩下がったジョナサンに、ディオが固まる。刹那、沈黙よりも静かな音が走った。
「なんだ、ジョジョ、寒いんだろ?」
ディオは何事もなかったかのように切り出した。ジョナサンは「寝ぼけてるんだ」と、無視されそうな言い訳を並べた。ディオは無視して、「持ってくれ」とジョナサンの腕に本を押し付けて持たせたあと、またジョナサンの首筋に両手を伸ばした。その白い手が、ジョナサンの襟を丁寧に立てていく。ジョナサンは戸惑いを笑いで隠し、先ほどの反応への罪悪感のためにディオの行方の分からない行為を受け入れた。
「正直、あの場に居た何人かは、俺と同じくらいハラハラしてたんじゃないかと思ったよ」
丁寧に折り目に沿って襟を立てた後、ディオはそこに拾ったタイを被せるように通した。彼の手がタイを引っ張り、ジョナサンの胸の上でクロスし、長さを調整する。彼はその手を一度止めると、吐息がまざるほどの距離にあるジョナサンの顔を覗き込み、鼻息だけで笑った。
「分かってないって顔だがね、ジョジョ。サムのあれは、傍から見れば情熱的な告白だった。彼が君にいつ襲い掛かりはじめるか、賭けようかと思ったよ」
ジョナサンは笑ったが、笑ううちに、ディオの目が細まっていくのを見て笑いが引っ込んでいった。ディオのユーモアだと思ったのに──
「や、ゲホ、いや……襲い掛かる?僕のタックルを見ていてそうなら、受けて立つよ」
「フフ……
タイを操るために伏せられたディオの睫毛が揺れる。いまや朝日はジョナサンの頬にぶつかるばかりで、ディオの表情はぼんやりとして見えた。ディオは一度だけタイをくるりと回し、ゆるく留めると、そこでジョナサンの襟を直しはじめた。
「まあ、彼は確かにふざけてたけどね。あんなに酔いつぶれたのは初めて見た。みんなそうだったけど……今日はまともに動けないと思ってたけど、ディオ、君はすごいな」
ジョナサンが言い終わったとき、ディオはもう一度タイを摘まんで、左右にキュッと絞った。かるく喉が締まって、ジョナサンは噎せた。
「おっと」
ディオが目を細めて笑って、ジョナサンの肩を叩いた。ジョナサンの胃の辺りに、ざらついた桃の種で肌を擦られたような心地が走る。それを出さないために、ジョナサンはさっと目を閉じて首元を押さえて苦しむフリをした。いつもの、“たわむれ”の反応。ディオが笑ってさらに肩をタップしてきた。その手で、かるくジョナサンの肩を掴む。
「そんなに締まってないだろ。それにジョジョ、君、酒臭いんじゃないか?湯を浴びろよ」
「ふふ、それはヤダな、浴びてくる」
俯いて自分を嗅ぐ動きをしながら、ジョナサンはかるく身体を引いた。ディオが空いた手を出してきたので、その手に本を渡してやる。
「とにかく、あったかくなったよ、ありがとう。引き留めたね」
水臭いことを言うなよ。あと、ここだけの話だがな、ジョジョ」
肩に置かれたディオの手に力が入る。かるく引き寄せられるのに合わせて顔を傾けると、ディオは声を落として囁いてきた。
「サムと二人きりになるなよ、新聞に飾られるぜ」
「ふ、ハハ……いや、ないよ」
ジョナサンは身体の重心を戻して顔を上げ、それからディオが新聞記者前で見せる完璧な微笑みをしていることに気付いて言葉を足した。
「本当に、大丈夫さ。学校の新聞部もそこまで暇じゃあないからね」
ディオは一瞬眉を上げたあと、笑顔のままため息を吐いた。
「君は自分が何回新聞に掲載されたか、覚えてないんだろ?」
「ええ?」
ジョナサンが半笑いで聞き返すと、ディオは首を横に振った。
「君が学内で恋人をつくったら、ぜったいに新聞に……その前に話に尾ひれはひれついて、現場を押さえようとする連中に追いかけまわされるさ」
ディオの指先がぐっと肩にのめり込んだ。痛みにギョッとする前にその指が離れ、またジョナサンの肩を優しく叩いた。
「自分が思うより見られているものさ。人気者は困るな?“わが校の誇り”」
ジョナサンはディオの言葉よりも指先の動きに気を取られ、まともに言葉が浮かばなかった。中途半端に笑っている間にディオが歩きだしてくれたことに、内心どっと安心した。二日酔いの頭で長く話し込みたいとは思えない──ああ、いやだな、僕って本当にヤな奴だ!
「そ、れいうなら君だろ、ディオ」ジョジョはディオに挨拶代わりに手を挙げながら続けた。「“わが校の誇り”。そう書かれてたのはたしか、君だった。僕も君を誇りに思うよ」
 ディオがピタリと足を止めた。その静かな動きだけで、ジョナサンのなかで混ざり合った感情がこみ上げた。どうしようもなく不安を感じる。あるところから急に足がつかなくなって、凄まじい力でジョナサンを流した川を思い出す。あの一線。あれを越えるまでは穏やかで優しい、澄んだ川だった。あのとき、ダニーが引き戻してくれたから、ジョナサンは助かったのだ。とたんに、ダニーの丸こい頭の形が手のひらに甦った。

 振り返ったディオは微笑んでいた。ほとんど目を閉じて、眩しそうにジョナサンを見た。
「ジョジョ、他の誰でもなく、君にそう言われると嬉しいよ」
えくぼの刻まれた頬に向かって、ジョナサンも自然と笑顔を浮かべていた。手のひらにはまだあの優しさと愛情の詰まったあたたかさがあった。こわばり、不安に縛られたようだった肩から力が抜けていく。
……結んでくれてありがとう。また後で、昼にでも」
「ああ」ディオの返事を皮切りに、ジョナサンは前を向き直した。だが、すぐに、後ろから「ジョジョ」と呼ばれ、肩越しに振り返った。ディオは顎でジョナサンの首元を指しながら言った。
「“たしか”、ってかんじだが……それ、君のだと思うぜ」
え?あ、これ?」
「言ったろ?見られてるもんだって。ま、たしかめてみろよ……じゃ、昼にな」
ディオは手を挙げて笑顔を見せ、ついに背中を見せた。
 ジョナサンは「あ、うん、ありがとう……」と呟くように返しながら、小さくなっていく背中を見た。いつのまにか、ジョナサンの手は、隠すように喉元を押さえていた。


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 不安な時に心の支えとなるものを持っているジョナサンや、彼が経済的に恵まれていることをつよく感じる場面に出会う度に、ディオはジョナサンの凋落する様を思い描いて心の糧にしているのではないかと思っています。甘ったれたジョナサンに対し、紳士の皮を被ったディオの狂暴な面が見え隠れする度に得体のしれない喜びを感じる……