来羅
2026-01-10 23:03:22
2248文字
Public トワウォ
 

宴の後(風信)

ワンドロライ第26回。




「プレゼント、何が欲しい?」
 期待に満ちた瞳を煌めかせて、信一が言った。
 この養い子が笑顔でいるだけで、龍捲風の世界がぱっと色づくのを知ってか知らずか、ふたりきりになるなり走り寄ってきた信一の笑みに何度でも愛おしさを募らせて龍捲風は目を瞬く。
「なんだ、サプライズは諦めたのか?」
「え、なんで知ってるの」
 笑って返せば、一瞬きょとんとした顔がさっと赤らんだ。
 その顔もまた愛らしい。
「あれだけあちこちで聞き回っていれば、嫌でも耳に入る」
「黙っててって言ったのに!」
 不服そうに尖らせた口を摘まんでその誰もが告げ口はしてないと言えば、ますます寄せられた眉が困ったようにへにゃりと垂れる。信一も本当にバレずに済むとは思っていなかっただろう。
『大佬が最近欲しがってるもの知らない?』
 知人という知人に聞き回った信一だが、皆一様に信一の知らないことを知るはずがないと返していた、のを目撃した住人たちからの密告くらいは把握しているはずだ。
 今日だとて入れ替わり立ち代わり、理容室と冰室に訪れる住人たちが祝いのついでにこっそりと信一に結局プレゼントは何にしたのかを問う声は龍捲風にまで届いていた。
「なんだよそれ~~、俺、めちゃめちゃ恥ずかしいじゃん」
「そんなことはない。どんなものでも嬉しいもんだ」
「それ! それだよ、本当に困るんだって!」
 本当は、粋なプレゼントで驚かせたかったのだ。
 毎年毎年、この時期になるとプレゼント選びに頭を悩ませる信一は前年度を超えようと必死だ。なにせ、龍捲風は何をあげても大喜びしてくれる。親馬鹿ここに極まれり、と揶揄したのは虎だったか秋だったか。
 かつては信一が学校で書いた絵手紙ですら額に飾ろうとしてひと悶着あったほどで、たとえば今同じものをあげたとしても同じことが起きるだろうことも想像に難くない。けれども、裏を返せば何をあげても一緒だということだった。真実、欲しいものだったかどうか、わからない。
「大佬、何あげても喜ぶだろ。これっていうの、ないの?」
「そう言われてもな」
「俺があげるものなら、何でも嬉しいって言うし」
「わかってるじゃないか」
「わかってるけど! そうじゃなくて!」
 年に一度の特別な日なのだ。
 真に欲しいものをあげて、心の底から喜んでほしい。そう思うのは息子としても右腕としても想い人としても当たり前の感情だろう。
「だから、何が欲しい?」
 キラキラとした瞳は、なんでも言ってくれと頼もしい限りだった。思わず頭を撫でれば、首を竦めた信一がふうわりと笑うものだから、いけない。
「そうだな……
「服? 車?」
「いや、それは」
 正直に言って、龍捲風には物欲というものはさほどない。
 欲しいものを、と言われると今度は困るのは龍捲風の方だった。
 そもそも龍捲風が心底願う信一の幸せは、目の前でその答えを待つわくわくした顔を見れば十分に叶えられている。この香港一の愛息子は、龍捲風が何より欲した未来だ。
 龍頭としてはささやかすぎる誕生祝いと称した宴が冰室で開かれたのも、住民たちが日頃の感謝を込めたちょっとした贈り物を代わる代わる贈ったのも、平時は顔を合わせることの少ない龍城幫の部下たちまでもが照れくさそうに挨拶に訪れたのも、すべては信一がいてこそのことだった。これ以上に何を欲するというのか。
「信一……
「駄目、何でも欲しいもの言って!」
 困ったように呼べば、甘えるように信一が腕に絡みつく。
 わかっていないのは本人ばかりだ。
 こんなにも龍捲風を満たす存在は他にはないというのに。
…………何でも、か?」
「何でも!」
 安請け合いする愛し子を見やって片眉を上げる。
 神妙に頷く顔にぐっと近づき、龍捲風は囁くように口を開いた。
「俺が欲しいものはひとつだけなんだが」
「何?」
「わからないか?」
「わからなかったから聞いてんの」
「本当に?」
「だから」
「本当に、わからないか?」
 すうっと細めた瞳が信一を射抜く。
 その目、は知っていた。
 色を刷いたぞくりとする瞳。
……あー、……大佬、」
「悲しいな。お前だけは知っていると思ってたんだが」
「いや、だって、えええ」
「信一?」
 酒気のせいだけじゃない、赤くなった頬を軽く引っ張ればその手を捉えられて指が絡んだ。
 期待に笑うのは、今度は龍捲風だった。
「大佬」
「わかったか?」
………もう、……………『俺』?」
 当たりだ、と言う代わりに浚った口付けは甘い。
 思う存分に口内を味わってから唇を離した龍捲風に、信一が口元をむずむずとさせて照れ笑った。
「俺はとっくに大佬のものなのに」
「それじゃあ、今からのお前の時間を俺にくれ」
 腰を抱いて、額をくっつける。
 この先ずっと、とは言ってはやれない自分に目を瞑り、今だけはと年甲斐もなく縋る自分に苦く笑う。
 けれどもぼやけるくらいに近い距離でほどける笑みは、龍捲風を甘やかすときのそれだ。
「明日の仕事は?」
「休みだ」
「ワルイ店主だなぁ」
「店主だから、な。自由だ」
 にたりと笑えば、吹き出した信一から口付けが返された。
「返品不可だからな!」
「誰がそんな惜しいことをするもんか」
「大佬」
「ん?」
「おめでと」
 リボンの代わりにネクタイをほどく。
 今日何度も貰ったその言葉。
 これ以上の贈り物はないと、龍捲風は目を細めた。