ichib29
2026-01-10 08:41:35
1410文字
Public 《 文章 》
 

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迷路のように入り組んだ、薄暗い裏路地を進む。そこに一人の青年が立っていた。
/堂玄



 迷路のように入り組んだ、日中でも薄暗い裏路地を進む。ここへ来た当初は、人一人やっと通れる狭さや複雑な構造に手間取っていたが、今では慣れたものだ。割れた飲料の瓶を踏まないように避けながら、雑に設置されせり出している配管をくぐる。
 わずかに広くなった所で周囲を確認する。目立った変化はない。ここにある裏口扉は、常に鍵が壊れている。今日も問題なく開いたため、「非常用ルート」として機能する。

 そこから数メートル進んだ所に、一人の青年が立っていた。注意を欠いたつもりはなかったが、あまりにも突然現れたように感じ身構える。そもそも、こんなところに人がいることなんて無いに等しいのだ。
 青年はこちらに気づくと「お」という顔をして、自分の足元を指さし「ねずみ」と言った。間延びした子供のような話し方。語尾が上がるのは方言だろうか。足元には鼠の死骸があった。意味ありげにも無邪気にも見える笑みを浮かべている青年と、鼠の死骸を思わず交互に見比べてしまう。
 青年はしゃがみ込み「動かんなぁ」と鼠を観察し始めた。確かに、鼠には外傷があるわけではない。しかし、ぐったりと腹を見せ倒れている姿は、一目見て死んでいるとわからないものだろうか。
 その場を立ち去ろうと踵を返しかけた時、青年は「ねずみって、魚のミイラ食べる?」と声を発した。青年はこちらを見ており、どうやら自分に質問しているようなのだが、まず「魚のミイラ」が何かわからず返答のしようがない。そもそも関わらない方が良いかもしれない。しかし、下手に無視をすれば状況を悪化させるかもしれない。黙っていると青年はまた「魚のミイラ」と言う。数秒迷った末に、会話を試みることにした。

「魚……の、ミイラ……?」

「うん」

 確か、魚を好んで食べる種とそうでない種がいたはずだが、雑食性であるという点では食べると答えた方が簡潔だろう。「ミイラ」が何を指しているのかはわからないが。

……魚、であれば」

「デアレバ」

 青年は鸚鵡返しに言うと、おもむろにパンツのポケットから袋を取り出した。よく見ると、袋に入っているのは煮干しのようだ。

「あ……魚のミイラ」

 そう形容するのに合点がいった。青年は袋から煮干しを取り出し、フフンと笑みを浮かべながら掲げるようにしてこちらに見せたあと、足元の鼠の前に持っていく。

「サカナ、デアレバ」

 どこか楽しそうにつぶやきながら、鼠の死骸に煮干しをやろうとしている。

「それは……死んでるから食べない」

 思わず声をかけたが、顔を上げた青年はわずかに笑みを浮かべたような顔のままで、理解しているのかしていないのか判断しかねる。

「死んでる鼠は、何も食べない」

「しんでるねずみ」

 また鸚鵡返しをした青年は、数秒間を開け「そうかぁ」と煮干しを鼠の前に出すのをやめ、立ち上がった。

「じゃあしんでるねずみじゃないねずみにあげる」

 青年はそう言って、踵を返し路地を進んでいく。手慣れた軽やかな足取りで、あっという間に見えなくなってしまった。
 青年が去った複雑な路地を、しばらくの間見つめていた。攻撃性は感じられなかったが、彼のことは気に留めておくべきかもしれない。あの特徴なら、もしtagリストに記録があればみつかるだろう。左右で青と黒に分かれた髪色と、腕には蝮という漢字のように見えるタトゥー。