彼方理路
1564文字
Public #BL_華組
 

〈secret honey time〉

SS/結人×縁
資料室の逢瀬と密事

放課後の資料室は、埃と古紙の匂いが重く漂っていた。
期末テストを終えた校舎は、まるで息をひそめたように静まり返っている。生徒たちの喧騒が消えたあと、残るのは紙の擦れる音と、自分の足音だけだった。

椎名 縁しいな ゆかりは書架の前でファイルを整理しながら、ふとため息をついた。
やっと落ち着いて資料に向き合える──そう思った矢先、不意に背後から声がかかった。

「椎名先生、お疲れ様です」

体が一瞬跳ねる。振り返ると、そこには篁 結人たかむら ゆうとの姿があった。
同僚であり、恋人でもある男が、爽やかな笑顔を浮かべて立っている。

彼はゆっくりと中へ足を踏み入れ、扉を閉めた。視線はまっすぐ縁に据えたまま、後ろ手に回した鍵がカチャリと鳴る。その音を合図に、胸の奥を小さな緊張が走った。

……篁先生。なぜ、鍵を?」
「不用心ですからね。大事な資料も多いですし」

白々しい言い訳とともに、足音を忍ばせてじわじわと間合いを詰めてくる。思わず縁がジリと後退ると、背中が棚に当たった。逃げ場はない。
そのまま両腕を棚に突かれ、縁はあっという間に結人の腕の中に閉じ込められた。

「ちょ、離れ……っ」
「寂しかったんですよ。ここ最近、ずっと二人きりになれなかったじゃないですか」

結人は縁の肩口に顔を埋めると、駄々をこねる子供のようにぐりぐりと額を押し付けてくる。だが、いつの間にか腰に回された手は「逃がさない」と言わんばかりに力がこもっていた。
重心をかけられ、その場にずるずると崩れ落ちそうになる。押し倒されるのも時間の問題だった。

「テ、テスト期間中は何かと忙しいんだから、仕方ないでしょう……!」
「分かっています。ですから、今まで我慢していたんですよ」

反論も虚しく、シャツの裾から侵入してくる結人の手が肌に触れる。

「ここでするつもりか!? 冗談じゃないぞ!」
「誰も来ませんよ。それに、僕を放置した先生が悪いです」
「そういう問題じゃ……っ待ちなさい、篁先生……!」

語気を強めて制止しても、結人は聞く耳を持たない。首筋に熱い吐息がかかり、甘噛みされる感触に背筋が粟立つ。
無理に押し返そうとするものの、力の差は歴然だ。まずい、このままでは本当に流される──焦燥感に駆られた縁は、必死の思いで声を張り上げた。

「──っ、結人!」

瞬間、室内の時間が止まったように感じられた。

首筋を這っていた唇が離れる。
結人はゆっくりと顔を上げると、先ほどまでの押しの強さが嘘のようにスッと目を細め、蕩けるような甘い声で応えた。

……何? 縁さん」

そのあまりの態度の変わりように、縁は毒気を抜かれたように脱力する。
(計算か……最初から、全部)
この男には敵わない。縁は深くため息をつくと、観念したように結人の頬に手を添えた。

……今日は君の部屋に行く。だから、学校でこういうのはやめてくれ」

上目遣いでそう告げると、結人の顔がパァッと綻んだ。

「本当? わかった。じゃあ、今はおとなしく戻るね」

あれほどの勢いはどこへ消えたのか。結人は嬉しそうに尻尾を振る幻覚が見えそうなほど、従順な表情に戻る。
あっさりと身を引く彼は、去り際にしっかりと縁の唇を奪うことだけは忘れなかった。

「んっ……!」
「それでは、また後で。椎名先生」

そう言って満足げに微笑むと、軽やかに踵を返す。まるで何事もなかったかのように鍵を開け、涼しい顔で資料室を出て行った。

パタン、と扉が閉まる音だけが残される。

縁はその場にへたり込み、膝を抱え込んだ。熱を持った顔をぎゅう、と腕に埋めて。

(まったく……甘やかしすぎているな、俺……


薄暗い部屋の中。自分の心臓の音だけが、やけに煩く鳴り響いていた。