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紫呉葛
2025-05-04 21:37:53
5030文字
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【オキラス】狼になってしまうラスティの小話
ラスティ視点とオキーフ視点の混合。ネタバレ含む。一部の情報については勝手な設定になり実際とは異なるかもしれないのでご注意ください。
人間が狼になる。
おとぎ話のような、しかし実際この星には存在していた不可思議な性質。
ルビコニアンの特異体質。
V.Ⅳ ラスティはその体質持っている。
満月の夜に、月を見ることで赤錆色の狼になる。
ここでは同僚であるオキーフだけが知っていて、満月の日には彼に匿ってもらいながらやり過ごしていた。
しかし、
今回ばかりは一人で乗り切るしかなかった。
オキーフは出撃が入ってしまい、今夜は居ない。
狼になってしまえば、機体の操縦や電子機器の操作が出来ないだけでなく、他の人間に『ラスティ』という一個人としての意思を受け取ってもらえなくなる。
突如現れた獣を、誰が人間だと信じようか。
敵勢力による兵器と思われれば呆気なく殺されるだろう。
たとえ外部から侵入した生き物と思われたところで、生態調べるために或いは兵器にするために捌かれる可能性が高い。
狼であるこの姿を、見られる訳にはいかない。
ラスティは独り、部屋に籠った。
オキーフの助力もあって、特定の時間まで連絡を受けられなくても怪しまれない状況を用意できた。
あとは朝を待つだけだ。
月が沈むのを静かに目を閉じて待っていたんだ。
目覚ましが鳴る前に体は朝に反応する。
顔を上げ、上半身を起こし、伸びをする。
両腕を上げて、しかし、腕は上がっていない。
ベッドに着いて手先を広げて伸ばしただけだった。
視線がいやに低い。
嫌な予感がして、己の手を見た。
月に一度のペースで目にする、鋭い爪を備えた毛むくじゃらの獣の前脚がそこにあった。
後ろを見れば、ふさふさの尻尾が視界に入るよう前に向いていた。
真っ暗な画面の端末に顔を寄せれば、そこには一匹の狼が薄暗い硝子の向こうからラスティを見ている。
血の気がサーッと引いた。
元に戻っていない。
いつもなら月が沈み朝が来れば人間の姿を取り戻していたのに。
狼化に合わせて予定を前後に割り振っていた。後に回していたものの時間が迫ってくる。
それに早い者ならば、あと十分もしないうちに基地の中を歩き出すだろう。
何とかしてオキーフに連絡を取ろうと端末を触る。
しかし、生体認証は人の姿で行っているが故に、狼の肉球や鼻を押し付けても操作を受け付けず画面は起動しない。
こうなっては、たとえオキーフから連絡を貰ってもこちらから受けることも出来ない。
耳を後ろ向きに伏せて、目を八の字に、困り顔。
このまま戻るまで部屋で身を潜めるか、しかし、連絡の取れないラスティを探しに誰かが部屋に入ってくるかもしれない。
居ない事を怪しまれ、部屋やスティールヘイズを調べられるのは好ましくない。
一か八かで、オキーフの部屋に行くか。
朝までには戻るだろうと彼も予測していた。それに賭けるしかない。
基地の中のカメラの位置は把握している。人の時よりは小さい身、避けて進むことは出来るだろう。
廊下を歩く人間が居ないうちに向かおう。
赤錆色の狼が、ラスティの部屋からそっと出た。
扉の前に座り込んだ狼が、見上げていた。
後ろに伏せた耳、今にも鳴き声を上げそうな寂しげな背、力無く床に落とされる尻尾。
オキーフはまだ戻っていなかった。
扉を軽く引っ掻いたが反応は無い。
ラスティは俯きとぼとぼと部屋から離れた。
だが、落ち込んではいられない。顔をブルブルと振って気持ちを思考を切り替える。
次の策を考えなければならない。
自室に隠れ籠城を決め込むか
…
?
それにしても、運が悪い。こうも立て続けに不運が重なるとは。
例えば、こうしてアーキバスの社員に見つかってしまう、など。
赤錆色の見慣れぬ獣は狭い鉄の檻に投げ込まれた。
群がる人の手をするすると避けた。突き立てんばかりの捕獲に使用する道具を跳ねて躱した。
机の下、操作盤の横、書類をひっくり返し、コップの中身をぶちまけ、ひたすら逃げた。
それでも、警備システムを掻い潜りきることは出来ず、人間用のスタンガンを叩き込まれて狼姿のラスティは捕まってしまった。
痺れて動けない間でも、耳は機能している。
周りの話し声が混乱とざわめきから、次第に物騒な内容に切り替わる。
やはり、生き物としての尊厳すら認めてくれはしないようだ。
少しして体が動くようになり、どうにかして逃げる手段を探す。
鉄の檻の柱は頑丈で体当たりや噛み付きでは傷一つ付かない。
このまま一度も開けられることなく他所へ運ばれるだろう。
出した結果は、動けないフリ。
油断して檻の中に入れて来る手に噛み付いて、何とか檻の扉を開けさせた。
痺れの残る体を意地で奮い立たせ、隙をついて飛び出す。
隠れて、走って、手の届かない所へ。
排気口に入り込み、あちこちに体が擦れながらも外に出た。
強く吹雪く、空と大地の境目が曖昧になったルビコンの景色。
真っ白な中に付けた足跡は瞬く間に白く上塗りされる。
今この場所を離れれば、もう『ラスティという名の人間』には戻れないかもしれない。
そびえ立つ、人の手によって作られた壁を見上げる。
そうして、狼は吹雪の中に姿を消した。
ラスティと連絡が繋がらない。
バレンフラワーの中で、オキーフは口を固く結ぶ。
思った以上に手こずって、帰投が予定より大幅に遅くなった。
時刻は朝、太陽どころか目先すら見え辛い吹雪だ。月は、もちろん見えない。
念の為ラスティに連絡を入れた。だが返事はおろか電源が入っていないようだ。
「
………
」
胸騒ぎがする。
指は自然と通信を繋ぐためにパネルを叩いていた。
基地で待機している部下に連絡を入れ、状況を尋ねた。
ちょうど連絡をしようとしていたらしい。なんでも第四隊長からの応答が無いとのことだ。
そして同時に、赤錆色の獣の捕獲の報告も付けてくる。
フロイトとスネイルが居ない状況で、本来なら基地内に居る第四隊長に報告すべきだが、当の隊長が音信不通。
帰投予定の第三隊長の判断を仰ごうという部下の判断をオキーフは褒めつつ、捕獲した対象は戻るまで触れないように指示を出す。
通信を終了し、オキーフはため息を、吐かなかった。代わりに眉間に深い皺を刻む。
部下の言う赤錆色の獣は十中八九、狼の姿のラスティだろう。
人間に戻れなかった上に、捕らえられるとは、彼奴にしては珍しく運が悪い。
檻の中の狼を想像して、オキーフは舌打ちする。
バレンフラワーをフルスロットルで駆けさせる。
帰投して、コアから出ると手渡された上着を受け取り、歩きながら各所からの報告を聞き指示を飛ばす。
赤錆色の獣の事を聞くと、脱走したとの言葉に、オキーフは頭が痛くなった。
大人しく捕まっているような奴ではないとわかってはいたが、もう抜け出したか。
パイロットスーツのままに上着を着て、報告書類を片手に逃走経路を辿る。
基地の中の排気口を確認し、予測した場所に向かう。
外は雪。何もかもを白く塗りつぶしている。
排気口を覗き込めば、赤みのある獣毛が数本落ちていた。此処から出たのは間違いない。
オキーフはそのまま向かったであろう先に顔を向ける。
口からは吐き出される白い息が吹雪に流されることも風が髪を乱し目の前をちらつくのも気にすることもなく。
ただ白の奥を見ようと目を細めた。
少し出ると言い放ち、
バレンフラワーに乗り込んだ。
着っぱなしだった上着に気付いて、座席の隅に投げ込んだ。
考えろ、想定しろ、推測しろ。
狼の生態を、ラスティの思考を。
今の彼奴は狼の習性が大きく出るはずだ。
半日足らずで数十kmを移動出来る、持続力のある生き物。報告による脱走した時間から距離を想定。
奴はルビコンの地形、特に基地周辺をよく知っている。逃げ込める位置も把握しているだろう。マップ内から該当箇所を選定。
この吹雪でも動けるともなると、相当広い範囲。その上、生体反応センサーは狼を感知しない。ラスティという人間とは別の認識をされており、そして、対象が小さすぎる。
基地から出る時に使った経路から大凡の方角を、オオカミの習性から向かうだろう候補を、ラスティという人間が選ぶだろうという道を。
絞り込む。
外せば、二度と届かなくなるかもしれない。
それでも良かったはずだ。本来なら、追いかける必要も無かった。
彼はいずれ道を違えることになるだろう人間で、傍に居ることを望むべきではない相手で。
オキーフは一つ息を吐く。
納得できなかった。こんな形であの狼を見送るのは。
この真っ白な世界で、砂粒のように僅かな赤錆色を探す。
吹雪が緩まり、しかしまだ灰色の空から白が降りしきる中。
赤錆色の狼はとぼとぼと歩いていた。
長い時間進み続けてきた。疲れ知らずな体は赴くままに雪に脚を沈めてきた。
これからどうしようかと考えた。
人間に戻ることなく、狼として生きることになったら。
ラスティという存在が消えたことにより、アーキバスも解放戦線も混乱が生じるだろう。特に後者は大打撃ものだ。
ルビコンを救うことは出来ず、人間としてすら生きられない。
大声で吠えたくなる程の怒りはある。理不尽に牙を突き立てたくなる。
だが、そんな気持ちが揺らぎそうになるほど、心身が開放感に溢れている。
このまま何処までも駆け抜けたい。その衝動に駆られる。
『ラスティ』という人間を自ら手放したくなる。
だが、それを許さない。そういう存在が居てくれることを思い出した。
頭上が陰り、顔を空に向ける。
音も無く、しかし高速で、鉄の塊が急降下して来る。
反射的に狼が体をその向きに変える。戦闘態勢だ。
だいぶ離れた位置に巨木のような二本の前脚が着地する。
その衝撃で揺れ、風が吹きすさび、雪を巻い上げて、狼は耳を伏せ顔を下げて踏ん張る。
長引く着地音が完全に通り過ぎた頃、高い所から一人の人間が降りてきた。
「ラスティ」
オキーフが狼の姿を見て名を呼ぶ。
ザクッザクッと雪を数本踏みしめて、見下ろす目を彼は眩しそうに細めた。
それ以上、お互い近づかない。
一人の人間と一匹の狼が白い息だけを吐き出している。
「戻るか?」
オキーフはラスティに問う。お前の望む方を選べと。
今のお前は自由なのだと彼は言う。
元に戻れないまま、オキーフの元に身を寄せて彼の傍に居る事も、狼として自然の中で生きることも、望んで良いと。
だから、狼はオキーフに背を向けた。
これ以上彼に頼る訳にはいかない。優しいこの男のことだ、寝る間を惜しんで戻る方法を調べようとするだろう。
それに何処まで自我を保てるかわからない。
いつしかルビコン解放のことも忘れ、オキーフのことを同僚として認識出来なくなるかもしれない。ならば、外で一人で生きる方が気楽だ。
共にいれば元に戻れる方法を見つけられるかもしれない、その可能性を捨てることを選んだ。
彼には『ラスティという人間』を覚えておいて欲しい。
狼に身をやつしてしまうならば、最後にそれを望ませてくれ。
オキーフは何も言わなかった。
一匹の狼が白の中に歩いて行く。
それを、一人の人間は見えなくなるまでそのまま見送った。
くしゅん
くしゃみの音が二人の耳に入った。
ラスティは立ち止まった。
手で口元を覆う。
違和感を感じて脚を見る。
そこには見慣れた人間の手があって。
視界がいつの間にか高くなっていて。
見下ろすと足元まで肌色が広がっていて。
自覚すると次第に全身に冷えが回る。
人間の姿に戻っていた。
寒さの耐性も人間の時と同じ。故に雪に沈む素足から熱が抜けていく。
ザクザクと早足の音が聞こえてきてラスティは振り返る。
オキーフが駆け寄って来た。
ラスティの顔を見て、その目に安堵の色を乗せている。
「さすがに
…
寒いな」
ラスティが堪えるように笑顔を作って向ける。
「全くお前は、世話の焼ける狼だ」
オキーフが顎で後ろにあるバレンフラワーを指し示す。
「乗れ、帰るぞ」
その言葉に、ラスティは目を三日月のように緩ませ、口角を上げる。
「あぁ、感謝するよ、オキーフ」
バレンフラワーの座席にオキーフが収まる。
上着を借りたラスティが無理やり詰め込まれる。
密着して、お互いの顔の位置がとても近いが文句は言えない。
帰投まではもう少しだけ時間がある。
もう少しだけ、狼でいさせてくれ、と。
ラスティはオキーフに鼻を擦り付けた。
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