紫呉葛
2025-02-28 00:03:50
4256文字
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【オキラス】オキーフと狼になってしまうラスティの小話

オキーフ視点。注意点:ネタバレ含む、捏造設定、流血

オキーフの部屋には一匹の狼がいる。
満月の夜にだけ其奴はやってくる。
鋭い眼差しを隠し持ちながら、人懐こく寄ってくる。抜け目の無い獣。
ルビコンⅢ 特有の特殊体質が存在する。特定の衛星通称『ルビコンの月』の光加減で姿を変える。
同僚がまさにそれだった。
V.Ⅳ ラスティは狼になる。
意識は彼のままで、意思疎通も滞り無く交わせる。
偶然目の当たりにして、放っておけず、匿うことにした。
彼が解放戦線の間諜であることを知っているが故に、今更隠し事が増えたところで大差ない。
ラスティも最初警戒こそしたが、有用と捉えたのだろう、オキーフの提案を素直に受け入れた。
それ以来、満月の日の夕方になると、彼はフィーカに合う菓子や手頃な酒を持って避難しに来るようになった。
満月さえ見なければ狼にならない、だが鏡や硝子、瞳に映るものであれば、視界に入れただけで狼になる。
見られるリスクが高いが故に、他人を凌ぐことの出来る相手の居る場所を選んだのだろう。
「貴方と一杯やる口実ができた」
状況を楽しむように、酒を煽りながらラスティがそんなことを宣う。
「狼に酒もフィーカも飲ませるつもりはない」
グラスの氷をカラリと鳴らしてオキーフが投げやり加減に釘を刺す。
からからとラスティが笑う。
彼は残り半分にも満たないグラスの中身を飲み干した。
オキーフを真っ直ぐ見つめ、軽く目元を緩める。
ラスティは立ち上がり、部屋主に使用を許可されているモニターを点け、数度キーボードを叩いて基地の外を監視するカメラの映像を映す。
少し不鮮明な今夜の空が満月を掲げている。
それを視界に入れた。
瞳が瞬きの間に、月の色に染まる。
骨格から、肉質から、細胞からして根こそぎ変わっていく。
目線が下がる。
前足の爪が床を鳴らし、髪と同じ色の被毛を持った、一匹の狼がそこに居る。
一般的な感覚ならば、にわかに信じ難い光景だろう。
だが、コーラルの変異波形という意志を持った存在と実際接触している身としては、受け入れることに難は無かった。
狼の姿をしているが、此奴はラスティだ。
見上げる瞳も、気さくに傍に寄ってくるのも、人の時と何ら変わりない。
狼のフリして情報を覗き見しようとする。
頼めば必要な書類を咥えて持って来る。
ひと息ついてベッドの上でゆったり寛いで。
時折遠くを、空を鋭い眼差しで見つめている。
狼になっても成し遂げたいものを追い続ける。
この部屋の中で、彼は彼のまま、自由に過ごしている。
オキーフはそんな『同僚』を部屋に匿っていた。


その月の満月の日は、雪と風が冷気を巻き上げて廊下の窓がどこも白く塗りつぶされていた。
常備品用の薬やタオルの補給分を抱えて部屋に戻り、テーブルの上に雑に置いて、一時中断していた作業の為にメインモニター前の椅子に腰をかける。
視線は文字をなぞりながら、思考の一部が違う事を考えている。
今日はまだラスティから部屋に来る連絡が届いていない。来ないという事前の申し出も無い。
予定はオキーフの方で調整を掛け、受理されていたはずだ。緊急を含め、第四隊長の出撃は不可として。
情報として上がって来ないならば、本人に事情があるのかもしれない。
必要ならば来い、という提案だ。ラスティが来ない事を選ぶのならば、それを無理に覆すつもりも無い。
オキーフが一つ息を吐く。
一人の人間を気にかけてしまっている自分に辟易する。
一度は『人間』の未来を奪おうとしてしまった奴が、何を烏滸がましいことを。
「うんざりだ
そう思った矢先、ラスティから通信が入った。
欲しい資料があるとのことだ。
用件のみのやり取りで通信を終えるかと思っていたが、ラスティの方から今夜のことを切り出してきた。
『オキーフ、今夜なんだが
彼にしては珍しく、次の言葉を留めている。
それを、黙して待つ。
一時間後、其方に向かう。貴方に、話しておきたいことがある』
微かに精彩を欠いた声が返された。
了解の一言のみを返して通信を切り、オキーフは複数展開している画面の操作に戻る。
基地の外のカメラは白以外を映せていない。



部屋に訪ねて来た相手に、入室の許可を出す。
ラスティが静かに部屋に入ってきた。
遅くなって済まない」
その声を聞いてオキーフは手を止め、一時間遅れでやってきた彼に半身を向ける。
僅かに目を眇る。
ラスティの瞳の色が満月の色に染まり、少し開けられている口からは鋭い犬歯が覗いている。
監視カメラにさえ月が映らない日だというのに。
ラスティが眉を八の字にして答える。
「年に一度だが、月を見なくても、狼になってしまう日があるんだ」

狼になったラスティは、ベッドの下で丸まり目を閉じている。
オキーフはメインモニターに映る電子情報を眺めている。
人の姿を保てる間に一通り事情を聞いた。
年に一度、『ウルフムーン』と呼ばれるその満月の日は、例え視界に入らずとも月の出ている時間帯は強制的に狼になってしまう。
それも、狼としての本能が人間としての理性を覆いつくし、狼そのものになってしまう時まであるとのことだ。
オキーフの持っていた情報は全て他者の知見による内容でしかなく、また彼と出会ってまだ一年も経っていない。
知らないのであれば、ひとり身を隠しやり過ごそうと思った、とラスティは零した。
今まで彼はそうやって生きてきた。
特異体質のことについて知っている人間は他には居ない。
弱みを握られる訳にはいかないから、と。
だが、アーキバスという組織に部隊長として立つ以上、一人で隠しきる方が難しい。本能のままに動き回る可能性だってある。
悩んだ末、ラスティは選んだ。
オキーフはそれを否定しない。『同僚』である以上利用もしない。
「意図的に悪さをしなければ好きに過ごせば良い」
話を聴いた後もその条件は変えることはなかった。
ラスティは困ったような笑みを見せ、緩やかな笑い声を上げた。

お互いに背を向けることで保たれた静寂は、そう長くはなかった。
微かな雑音がオキーフの耳に届く。
電子音では無い。機械からでも無い。意識を逆撫でるような音。
すぐにそれが、獣の唸り声だと気付く。
訪れて欲しくない状況になったようだ。
オキーフは音を最小限に椅子から立ち上がり、構えもせずにゆるりと振り向く。
ベッドの前に、金の双眸が鋭く光らせて立つ狼。
「ラスティ」
声を掛ける。
だが返ってくるのは、より増した唸り声だけ。
今そこにいるのは、野生の狼だ。
牙を剥き出しに、耳を横に倒し、身を低く狙いを定め、威嚇をしている。
目の前にいる人間すら敵にしか見えていないようだ。
こうなってしまえば、取り押さえ落ち着くのを待つ方が良いのだろう。
だが、オキーフはゆっくりと近付く。
狼がより強く睨み上げてくるのも構わず進んで、手を伸ばせば届く距離で立ち止まる。
しゃがみ、目線の高さを近付ける。
決して良い方法で無いとわかっている。
それでも、オキーフは狼の目を覗き込む。
身を後ろに引いて下方から狙う狼に、理性の一欠片も残っていないのかを探る。
無ければ首根っこを掴んで押さえ込む。
暴れなくなるまで、枷を鎖をその身に課して。
―――何にも捕らわれず、自由に生きろと言うことすら、お前にとって冒涜でしかないのだろう
………
一触即発状態の中で、
ピピピピピ!
間の悪い、通知音が鳴り響く。
驚きによる反射も相まって狼が飛びかかってくる。
「っ……!」
大型犬並の重さがぶつけられ、しゃがんでいたオキーフは腰を床に落とした。
ぼたぼたとシャツに赤色が降り注ぐ。
首を庇った右腕に深々と狼の牙がくい込んでいる。
避けるには相手の方が早く、阻止する為の拳は止めてしまった。
骨から軋む音が響いてくる。
焼けるように痛みが腕に広がる。
だがオキーフは顔色一つ変えず、ギラギラと輝く満月の色を見据える。
「ラスティ」
もう片方の手で、そっと狼の頭を撫でる。
腕が砕けんばかりに噛む力を強められたが、それでも撫でた。
「お前は、厄介な鎖ばかりを抱えているな」
ルビコンを救うために己の全てを犠牲にしているお前が、誰にも言えない狼という姿を持ち、あまつさえ理性すらも奪われる。
どれ程、心を削られているだろうか。
―――時折空を見上げる彼が、美しいと思ってしまった
―――足掻きながらも駆ける姿を、眩しいと思ってしまった
―――『ラスティ』と呼ばれる人間の行く先を、見届けたいと願ってしまった。
たとえ、月の光が満たされる僅かな時間だけであっても。
「それでもお前は駆けるのだろう?」
腕に掛かる力が徐々に緩む。
狼がゆっくりと耳を後ろに倒す。
撫でる手を止めて、オキーフが呼びかける。
「ラスティ、言葉が理解出来るのならば口を離せ」
血液と唾液が混じったものが滴り落ちる中、裂けた皮膚から牙が抜ける。
口周りを赤く汚した狼が、クゥクゥとか細い声を上げている。
オキーフが彼の頭をもう一度撫でる。
「良い子だ」
血の流れっぱなしの腕を抑えて、オキーフは立ち上がる。
顔を追従させる狼を見下ろし、指示を出す。
「タオルと、医療キットを持ってきてくれ」
狼の爪が跳ねて床を鳴らす音を背後に、怠い体を無理やり動かして洗面台に向かった。

ここ数日、時間さえあればラスティがオキーフの横を陣取っている。
何でも、「幼体ミールワームに噛まれて腕を負傷した」オキーフの補助の為とのこと。
上着の袖で隠れてはいるが、腕にはまだ幾重にも包帯が巻かれている。
幸いなことに、大きな血管も神経も骨にも異常は無く、内勤ならば変わらず行うことができる。
だがそれでも、無理はさせられないからと第四隊長が傍に着いていた。
怪我をさせた詫びにとラスティが申し出るのだ。
気にする必要は無いのだが、それでは彼の気が済まないだろうと好きにさせていた。
「他には?私に出来ることがあったら、言ってくれ」
必要な用は既に済んでいる。むしろ早すぎる程に。
「無い」と言えばおとなしく引き下がるだろう。
だが、彼にしか出来ないことがあったことを思い出し、それを頼むことにした。
「髪を撫でさせろ」
オキーフの言葉にラスティが意外と言いたげに目を丸くする。
「構わないがそれでいいのか?」
「あぁ、お前の髪はあの狼に似ている」
『狼』はからからと笑った。

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