紫呉葛
2024-10-07 01:07:50
3183文字
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【オキとラス】紫の香雪蘭を携えて【現パロ】

現パロ教師シチュの小話。CPでは無い。オキーフ→教師。担当科目は歴史。ラスティ→教育実習生。

その日は教育実習生達が最後の実習をした日だった。
夕日が差し込む、下校時刻後の教室。
教育実習生のラスティが一人、生徒の机に視線を落としている。
それを、片手を白衣のポケットに入れ、腕で教科書を挟み、もう片方の手にフィーカの入ったカップを持ちながら廊下を歩いていた教員のオキーフが見かけた。
片足でガラリと音を立てて扉を開ける。
「忘れ物か?」
音と声に気付いて、ラスティは振り向く。
「オキーフ先生今日は実習最終日なので、思い返しているんです。至らないことばかりだったので」
ラスティは、机をそっと撫でる。
「実習程度で思い詰める必要は無い。お前は優秀だ。授業の進め方は程良く、生徒にも好かれている。指摘した具体的な物言いも出来るようになっている。教員になってもやっていけるだろう」
オキーフは無愛想な表情を崩すことなく、真っ直ぐラスティの目を見て個人的な感想を伝える。
「先生にそう言って貰えると自信が持てます」
ラスティが照れた笑顔を見せる。
「だが、敬語はやめておけ。合わん」
オキーフの真っ向の指摘にラスティは思わず笑い声を上げる。
実習初日、指導担当役のオキーフ相手に普段の口調で話しかけてしまい、それ以来2人でいる時は敬語無しのラスティらしい話し方をしていた。
10歳近くの歳の差ながら、気さくに話しかけるラスティに、主に聞き手に回るオキーフは相性が良かったらしく、短い期間ながらも共に飲みに行く程度には気を許しあっていた。
それもあって、オキーフはラスティの様子の小さな違いを読み取れた。
彼は最終日だからや合否についてなどに憂うような男では無い。
「言いたいことがあるなら言え。今なら指導をしてやれる」
オキーフのその言葉に、ラスティはグッと奥歯を噛み締め拳を握った。
そして、何かを決めたように、真剣な眼差しで口を開く。
「私は貴方の授業を受けたい」
予想外の言葉ではあったが、動じることなくオキーフは一度警告する。
「見本には向いてないぞ」
オキーフの行う授業は保護者からは不評をいただき、校長からはやんわりと改善を指摘される程のものだ。
生徒は授業中に寝ていたり、好き勝手にペンを走らせている。
良くも悪くも普通の学校にいる不真面目な教員にすぎない。
それを考えれば、ラスティは真逆。
距離の近い先生にわかりやすくなった授業を受けられて、生徒達が今日を酷く惜しむ程だ。
教えられることは教えたはずだ。
だが、ラスティは首を横に振る。
「そうではなくて、私は一人の生徒として貴方の授業を受けたいんだ」
冗談でこんな目をする奴ではないとオキーフは理解している。
だからこそ問う。
「理由はなんだ?」
夕日はラスティの表情を暗く隠している。


ラスティは語る。
「私の地元には、とある教師が居たんだ。不良に混じってタバコを吸いながら、学校になんか行く必要無いと言いのけた、地元で有名な不良教師」
その教師はとても教壇に立つ者としては相応しくない、いつも草臥れた様相の人。
親からは不評で、生徒にはそれなりに慕われていた。
実は裏で学校に行けない子ども達に勉強を教えていた、面倒見の良い先生。
先生の授業を受けた不良が消える。たむろしていた場所からやりたい未来を目指して巣立って行く。

「ちなみに、その教師は昔「『アイランド・フォー/強豪四校』の動乱」と呼ばれる生徒たちの抗争で活躍した情報の収集や操作に長けた男として有名だったらしい」
ラスティのその言葉にオキーフは聴きながら飲んでいたフィーカを吹きそうになった。
吹きはしなかったが噎せた。
ラスティの心配を片手で制して、落ち着いた後に先を促した。

それだけ度胸も聡明さもある人だった。
不良達が先生の話を聞いているんだ。それも、歴史や方程式を話しに出して。
「私は、それが羨ましかった」
楽しそうに笑いながら学んでいる彼らが。
押し付けでない勉強を受けられる生徒達が。
だが、ラスティには接点が無かった。
親には充分以上の教育を受けさせて貰っていた。勉強自体は嫌いじゃなかった。期待に応えるために必要だと分かっていたから。
そもそも、先生が彼らに教えていたのは初歩の初歩。世界史なのにまず漢字の読み書きから教えていた。
差が大きすぎた。先生の授業を受ける必要が無かった。そんな時間があるのならば、辞書を開く方が有意義だ。
ラスティはそう言い聞かせていた。
「実は、一度だけ私は先生に助けられてね」
親に従うのも、勉強をすることも、期待に応えることも、何もかもが苦しくて逃げ出したい時に、先生が声を掛けてくれた。
『楽になりたいだけなら止めておけ』
何気無い言葉、誰にでも掛ける言葉だっただろう。
だけど、その一言で救われた。
不良でもなく、学校に行けない子どもでも無いのに。
傍から見れば、誰も気にしないであろう事をしていただけなのに。
「こんな私にも気にかけてくれる、優しい人なんだと思った」
一度だけでも先生の授業を受けてみたかった。
しかしラスティが進学した時には学校が閉校。それにあたって、先生は地元を去った。
「私が教員を目指したのは、実は不純な動機なんだ。『先生と同じ場所に居たい』。その為に、教師を目指した」


ラスティが言い終えると、オキーフは冷めたフィーカを一口喉に流し込む。
揺れる泥水色の液体を眺めながら、
「学ばせてやりたい気持ちは本心だろ」
と小声で零す。
聞き取りきれなかったラスティが「何か言ったか」という前に。
「そんな奴を目標にするのはやめておけ」
かき消すようにオキーフが否定の言葉を投げる。
「もう遅いさ」
ラスティが笑いながら打ち返す。
「私は教員の道を選んだ。貴方を目指してね」
まるで獲物に狙いを定めた狼のように鋭い眼差しを向けて。
そんな彼を見て、オキーフは心底呆れたと言わんばかりき大きなため息を吐いた。

「あのガキがこんな所まで来るとはな」

オキーフのその言葉にラスティが目を丸くする。
驚かしたはずの狼が、逆に驚かされた。
「貴方は貴方は知っていたのか!?」
10年近くも前のすれ違いのようなやり取りを覚えていた相手にラスティは食いつくように身を乗り出す。
「当たり前だ。お前みたいな危なっかしいガキ、目を離す訳にはいかんだろう」
オキーフは来校する教育実習生の書類に目を通した時から気付いていた。
あの時、羨ましそうに此方を見ていて、全てをかなぐり捨てそうになっていた一人の少年。
生徒たちのツテで通う学校も家庭環境も把握していた。
自分を押し隠して『良い子』を努める危なっかしい奴。
そんな子どもが、まさか教師を目指し、あまつさえ本校に実習に来るとは。
思わずタバコの煙を真上に吐き出した程だ。
言ってくれないなんて、酷いな」
ラスティが唸るような声を絞り出す。
感情の整理が間に合っていないようだ。
「言うつもりはなかったからな。優等生が不良なんて目指すものではない」
あっさりとオキーフが言い切る。何せ正論なのだから。
それでも」
ラスティが眉先を下げて、今にも雫が落ちそうな笑顔を向ける。
「それでもだ。……私は貴方に憧れているんだ」
オキーフは表情一つ変えない。
だが、何も響かなかった訳じゃない。
あの時の少年が追いついて来た。
気さくな実習生に未来を期待できた。
肩を並べられる男が本心を晒した。
「どれだけ歴史を学んでも、人間というのは欲しいものを求めて動くものだ」
ラスティの前を通り過ぎ、カップと教科書を教卓に置く。
窓の外には月が浮かんでいる。
オキーフが教壇に立つ。
「ラスティ」
今なら指導してやれる、と言ったんだ。

だから、これは特別だ。
「席に着け、授業を始めるぞ」

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