ある日のこと、いつもどおりmisskeyを見ていたところ、日経クロストレンドの記事が流れてきた【
1】。内容はトレンド展望についてであり、2026年に来そうな概念の紹介記事であった。内容の良し悪しは別として、今回このエッセイで考えていくのは脱コスパ・タイパについてである。なお、元記事内では脱タイパ・コスパという書き方をしているが、このエッセイ内では脱コスパ・タイパという書き方をすることとする。
さて、社会のありとあらゆる効率化の中でコスパ(コストパフォーマンス)、タイパ(タイムパフォーマンス)という概念が生み出され社会に伝播していったのだが、一体いつ頃から社会に認知されていたのだろうか。
まずはそこから考えていきたい。
ある概念がいつから認知されてきたがということを調べるために使うツールはGoogleトレンド検索である。検索ワードに出現した時期を社会に認知された時期と擬制してもあまり差し支えない。調べてみると、コスパという語が検索されているのは主に2013年以降である【
2】。一方、タイパという語は2022年以降に頻度が増している【
3】。記事内ではコスパとタイパは並列で示されていたが、時期が明らかに違うのであり、並列関係で使用することは厳密には怪しい。
ここまで、コスパとタイパという語そのものの成立時期について分析してきたが、そもそも元記事について何が言いたいかといえば、
コスパやタイパという評価軸を個々人の生活に組み込むのはやめた方がいい、ということである。このことについて考えていくのであるが、コスパ、タイパという言葉が何を指しているのかを示していく。
言葉をそのまま解釈してみよう。コスパはコストパフォーマンスの略語であり、コストに対するパフォーマンスを示す語である。タイパについても同様の枠組みで、タイムに対するパフォーマンスを示す語である。コストは費用、タイムは時間であるから、コスパは費用に対するパフォーマンスであり、タイパは時間に対するパフォーマンスになるだろう。
ここで問題になるのはパフォーマンスの訳語である。現代社会においてパフォーマンスという語はかなり曖昧な使い方をされている。なにせ日本語にされずにパフォーマンスとして使われていることからも明らかであろう。Weblioで調べてみると成績、実績という約語にあたった。これをそのままあてはめると、コスパは費用に対する成績・実績、タイパは時間に対する成績・実績ということになる。
ではこの費用や時間に対する成績・実績で測定されるものは何だろうか?個々人の満足度最大化という文脈は読み取れるだろうか。その文脈よりは、生産物に対する評価と考えた方が自然ではなかろうか。
ここで、あなたは工場の経営者であり、工場で何か物を生産している、と考えてみてほしい。生産する物はなんでもいい、自動車の半製品でもいいし、ケーキでもいい。あなたの想像しやすいもので構わない。
企業は利潤(≒利益)の最大化に向けて、意思決定を下す、と経済学では仮定して話を進めていくのだが、どのようにして利益を上げていけば良いだろうか?製品の価格を上げてしまえばいい。製品の価格を5%上げて売上数量が5%以上落ちなければ利益は上がる。
対して、製品のコストの面で考えていくやり方もある。価格が同じであっても製品の生産コストが下がればそれだけ製品1個あたりの利益は上がる。ではどうやってコストを下げればよいだろうか?その分析をするために、コスパ・タイパという概念が出てくるのである。
経営者側の費用(=従業員の給料)に対して物をどれくらいの数量生み出せているのか、単位時間あたりに従業員はどれだけ物を生み出せているのか、という文脈である。
ここまで、工場の例を使用して考えてきたが、別にオフィスワークでも構わない。しかし、従業員の評価という面では、工場の方が単純である。生産物で測定してしまえばいいからである。
結局、コスパ・タイパという概念は経営者側にとって都合のいい評価軸なのである。本質的に個々人の生活に対する評価軸としてはいけないのである。では、なぜ個々人はなぜ満足度最大化の評価軸としてコスパ・タイパを採用してしまったのだろうか。鍵はコスパとタイパという概念が社会に広まった時期が少しずれていることである。よって、経済指標を見ながら当時の環境を比較していくと何か見えてくるかもしれない。今回見ていくのは物価こと消費者物価指数である。以後、簡単に物価として進める。
この物価こと消費者物価指数は総務省統計局で公開されている【
4】。今回使用するデータは2024年(令和6年)平均消費者物価指数の動向という資料である。まず、物価そのものについて言うと、コスパという言葉が出てきた2013年以降2021年まで物価はプラスマイナス1%の間に収まるような横ばいである。なお、2014年は消費税の増税があったため、その分を差し引くと物価はマイナス1%にも満たない。
一方、タイパという言葉が出てきた2022年以降は年率2%以上のインフレである。このように物価という軸を追加するとコスパは急激なインフレもデフレもないような安定した物価のもとで広まっており、タイパはインフレ下で広まった、とみなせる。
さて、ここで再び経営者側が利潤最大化をするためにどういう行動を起こすのか考えてみよう。物価が安定している状況においては、従業員に対してありとあらゆる選択肢が費用を減らし、コスパを良くするものとなる。
一方、インフレ下ではどのような行動を取るだろうか?少なくとも物価が安定している状況に比べて一つ制約が生じていることがわかるだろうか?物価の上昇によって従業員は同じ給料では購入できるものが減ってしまっている。よって、少なくとも物価上昇分は給料を上げる、という無言の圧力が生じているのである【
5】。仮に給料をすんなり上げたとしよう。そうなると従業員に対する費用を減らす方法は労働時間を削るしかない。そうやってタイパという評価軸がにじみ出てくるのである。
ここまで、経営者側の立場に立つことでコスパやタイパがどのように経営者側の行動に影響を与えているのかというところが説明できてしまった。しかし、労働時間を短縮され、考える時間ができたがゆえに、コスパ・タイパという概念が自分たちに関係がないと悟った結果の脱コスパ・タイパの流れであろう。なんとも皮肉な話である。
参考文献
[1]
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/01290/00012/
[2]
https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%91&hl=ja
[3]
https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%91&hl=ja
[4]
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200573&tstat=000001150147&cycle=7&year=20240&month=0&tclass1=000001150150&result_back=1&tclass2val=0
[5]
特に製造業の大企業では春闘での給料のベースアップ要求がニュースとなる。大体は労働組合側の要求額が満額通る。非常に景気のいいニュースに見えるものの、中小企業においてはあまりに隔世の感がある。
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