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Public 煙錦
 

📘【煙錦】桜は人を狂わせる

友達って何だろう?みたいな話(3,752文字)

白い桜が眉難高校の校舎を包み込むように、美しく咲き誇っていた。春の夕暮れに柔らかな風が吹き、花びらがひらひらと舞い落ちる。
錦史郎は生徒会の書類を鞄にまとめ、部活動で残っている生徒の声や、吹奏楽の音色を聴きながら中庭を横切る。

「お、草津。今帰り?」
気の抜けた低い声に振り返ると、そこに由布院がだらっと立っていた。癖のある栗色の髪が夕陽に透けて、金色のように光って見えた。
「そのだらしのない制服を何とかしろ」
「はいはい」
何度言えばわかるんだと注意を入れたが、由布院も言われ慣れてしまって、まるで動じない。
「服装の乱れは心の乱れ。規律を守れない人間は、眉難高校の生徒として相応しくない」
「んな堅苦しいもん、俺にはゴメンだね」
由布院はワイシャツの襟を掴んでパタつかせた。
「ほら、とっとと行くぞ」
「話を聞け!それに、一緒に帰るとは言ってない!」
吠える錦史郎などお構いなしに、由布院は先を行く。

桜並木は、まるで絨毯のようにアスファルトを白く染め上げる。錦史郎は由布院の半歩後ろに並び、(なぜこんな阿呆と一緒に……)と内心苛立つ。由布院が炭酸飲料を飲みながら歩く姿を横目で睨みつける。
「草津、なんか静かだな。生徒会の仕事忙しかった?」
由布院が視線を前に向けたまま口を開く。静かなのは、特に話題も無ければ、由布院と話す気も起きないからだ。
「心配は無用だ。それに、いつも疲れたような顔をした君には言われたくない」
「え、そう見える?」
由布院は、毎日しっかり寝てるのに、やっぱり俺って老け顔なのか?と少し落ち込んだ。
気を紛らわせるように炭酸飲料を一口飲み、それを錦史郎に差し出す。
「桜味、飲む?」
「桜?どんな味なんだそれは」
怪訝な顔でペットボトルを見つめると、由布院が「だから」と言って更に押しつけた。
「回し飲みなど、下品極まりない」
「あーお前潔癖症?んだよ、つまんねぇの」
由布院は差し出した手を引っ込めると、蓋を閉めて鞄に突っ込んだ。なぜそこまで言われないといけないのか。
「60円で安売りされてたから試しに買ってみたんだが、理由がわかった。フツーにクソ不味いからだ」
この男は本当にどうしようもなく、くだらない。
「そんな物を飲ませようとするな!」

突然、閑静な道にバイクのエンジン音が轟く。二人は、勢いよくこちらに近づいてくる音に思わず振り返る。
「危ねえ!」
由布院が錦史郎の手を握り、路肩に引き寄せた。細い指が大きな掌にすっぽりと包まれる。錦史郎はバランスを崩して転びそうになったが、由布院に抱き止められてなんとか耐えた。
由布院はバイクが通り過ぎるとぱっと手を離し、「草津、大丈夫か」と声を掛けた。
貴様に守られずとも、私は大丈夫だ」
錦史郎はそう吐き捨てると、制服を払って皺を伸ばした。
「顔が強張ってるけど」
由布院は、俯き掛けの錦史郎を見つめる。どうせまた強がって、などと思っているんだろう。この男は何も考えていないようで、妙に察しが良い。
あまりに突然の出来事で体が動かなかった。正直、恐怖心よりも、由布院の咄嗟な行動に対する驚きの方が強かった。
「あんな急に引っ張られたら、誰だってびっくりする」
「そか、そりゃ悪かった。怪我してないなら良かった」
由布院は表情を変えず、何事も無かったかのように歩き出す。錦史郎は不本意ながら結果的に助けられた形となり、感謝の一言でも伝えた方が良いのではと思ったが、今更こちらが下手に出るのも癪で、何も言わなかった。握られた手がまだジンジンする。

二人は先ほどよりもコンパクトに並び、抜き過ぎていた気を引き締めて歩く。風に乗って舞う花びらに風情を感じながら、あと一週間は見頃だろうか、などと考えていた。冬がようやく終わりを迎えたとは言え、日が落ちるとまだ肌寒さを感じる。

錦史郎は、こちらに向けられた視線を感じてふっと見上げる。
「草津、頭に桜ついてるぞ」
由布院に指摘されて、「どこに」と自身の頭をぱしぱしと払った。由布院が「全然取れてない」と言いながら、草津の前髪に触れ、そっと花びらを摘む。指先が髪をなぞり、由布院は無意識に錦史郎の髪を軽く撫でる。
「ん、草津の髪、やわらかいな」
声は低く、優しい。手から伝わる体温に包まれて、頭がじんわりと熱くなる。近い。息が止まるほど近い。
「ほら、草津、桜」
由布院は、笑みを浮かべながら花びらを差し出す。
「いっ、いらない!不用意に触るな!」
叫ぶ声が震え、熱くなった顔を逸らす。
「なに照れてんの。こっち向けよ」
由布院の顔が、錦史郎を覗き込むようにして近づく。声の調子からして、完全にこの状況を面白がっているのだとわかった。絶対に見せてやるものか。
「調子に乗るな!!」
「なんでそういつもツンケンしてんだか。可愛くないなー」
由布院は錦史郎から離れると、頭の後ろで両手を組んで、ふぅと息を吐いた。

錦史郎は、由布院との距離感を、いまだによく掴めていない。防衛部と生徒会は、物理的にいつも隣にいるけれど、友達と呼ぶにはあまりに噛み合わない関係だ。友達の友達だからと言って、一辺倒に友達とは呼べないだろう。……いや、この男に限らず、「友達」の定義が曖昧な私には考えるだけ無駄かもしれない。

錦史郎が思考を放棄した瞬間、昭和歌謡のような、懐かしさを感じる着信音が流れた。その音源は、由布院の携帯だった。「電話が掛かってくる事なんかねぇのに」とぼやきながら鞄を漁るが、その弾みで携帯を地面に落としてしまった。由布院は「やっべ!」としゃがんで慌てて拾い上げ、状態を確認する。
「お、画面は無事だ。良かった」
安堵の表情で携帯に頬擦りする由布院を、錦史郎は呆れた顔で見下ろす。
「君ってやつはそれより、電話はいいのか」
「おう、なんか海外の番号っぽい。ビビったー」

ふと、錦史郎は由布院の髪に桜の花びらが付いているのに気づく。
「由布院、頭に桜が」
「え、マジで」
由布院は、髪をわしわしと掻き上げる。
「取れた?」
「立ち上がったら見えんだろうが」
そう言うと、無駄に長身の男は屈むようにして、素直に頭を下げた。錦史郎は躊躇いながら手を伸ばす。指が由布院の髪に触れ、そっと花びらを取る。
「まったく……寝癖くらい直してこい」
「え、今それ言う?直毛サラサラのお前にはわからんだろうが、このナチュラルスタイルが良いんだよ」
どうせ面倒だからと自然乾燥させてるのだろうが、将来ハゲやすくなるぞ。そう思いながら、錦史郎はスキンヘッドの由布院を想像して、フッと目を細める。
「うん、悪くないかもな」
そんな想像をされているとは露知らず、ドヤ顔で「だろ?」と返す由布院に、錦史郎は思わず肩を震わせる。何がそんなにウケたのかは謎だが、草津ってこんな風に笑うんだな、と由布院にとっては思わぬ収穫だった。

「いつもそれくらい笑えばいいのに」
由布院の真剣な眼差しと穏やかな口調に、錦史郎ははっとして口を押さえる。
……
「あ、戻った」
抑えきれなくて、つい口元が緩んでしまった。コイツ相手に、笑うなど
「草津、お前やっぱ面白い奴だな。見どころしかねぇよ」
「バカにしてるのか?人をオモチャみたいに」
「なぁ、これから映画観に行かね?」
本当に人の話を聞かない奴だ。
「行かない。今日はもう疲れた」
「やっぱり疲れてんじゃねぇか」
「誰のせいだと!ほら、映画館はあっちだろ。それじゃ」

錦史郎は逃げるようにその場を去ろうとしたが、「じゃあ黒玉湯行こうぜ。奢ってやるよ」と引き止められた。
「しつこいな君は!」
「えー、だってつまんねぇじゃん。帰っても寝るだけだし、放課後くらいパァーッと行こうぜ」
寝るのが本文の男だと思っていたから、そんな台詞が飛び出るとは思わなかった。寝てられれば良いわけではないのか。
「とにかく、私はもう帰る。どうせまた明日学校で会うのだから」
「そりゃそうだけどさ、それとこれとはまた別じゃん。あー、真面目な会長さんにはわからないか」
また試すように軽く煽られたが、ムキになっては相手の思う壺だ。錦史郎がグッと堪えると、由布院も諦めがついたようで、お互いに違う意味で肩を下ろした。
「仕方ない、今日はまっすぐ帰るか」
一人で行けばいいのに。そう言うとまた面倒なやり取りが始まってしまうから、余計なことは言わずに、由布院と別れた。

錦史郎の立場や性格上、本人の意思とは裏腹に、距離を置かれる事がほとんどで、こんなに熱心に誘ってくる人間は稀、というより初めてだった。

由布院は、どうやら私のことを友達だと思っている。直接そう言われた訳ではないが、「友達になろう」と言わずとも、友達にはなれるらしい。作るものではなく、自然に成るものなんだと。
この歳になって今更こんな事に気づいたなんて知ったら、間違いなくあいつ"ら"にバカにされる。

春は人を狂わせる。もし勘違いであれば、彼がただの人たらしか、極度の寂しがりやというだけのこと。私がかつて追い求め、思い描いた景色を、由布院、君がいとも簡単に実現させようとしているのだから。




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