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Public 熱草
 

📘【熱草】恋のはじまり

熱史が恋心を自覚する話(2,755文字)

図書室に寄ってから部室に行くと煙ちゃんに伝え、教室を出た。昼休みに本を読み終えてしまい、放課後のお供を新たに調達する必要があったのだ。

図書室に到着すると、そのまま真っ直ぐ日本文学のコーナーに向かった。この学校は蔵書数がかなり多く、読書好きの自分にとって、まさに宝の山だ。
背の高い本棚の森を抜けていくと、目当ての場所に先客がいた。驚いた俺は思わず踏み止まって本棚の影に隠れた。
白の制服を身に纏い、凛とした立ち姿で、手元に開かれた本をじっくりと吟味している。俯き加減の端正な横顔にさらりと流れる滑らかな髪が妙に色っぽい。
(きんちゃん………)

中学時代の些細な出来事がきっかけで、俺たちは数年間口を聞いていなかった。なんやかんやあり無事にわだかまりは解けたが、まだ以前のような関係には戻っていない。
子供の頃は二人でいるのが当たり前で、何をするというより、ただ一緒に過ごす時間が楽しかった。いつもぴったり着いてきて、無邪気な笑顔を見せてくれるのが嬉しかった。
大人になった今、ぽっかりと空いてしまった距離を縮めるのは簡単なことではないけれど、笑顔を奪い、悲しい思いをさせてしまった責任から目を背けるのは絶対にダメだ。
はぁ、俺が有基や立みたいに、ノリと勢いで押せるタイプだったらなぁ……

声を掛けずにこの場を離れてしまおうかと一瞬ためらったが、それでは今までと何も変わらない。
意を決して近づいて行くと、きんちゃんは誰かが後ろを通ると思ったのか、本に目を落としたまま半歩前に詰めた。
きんちゃんの斜め上あたりにある本に手を伸ばすと、こちらに顔を向けたのがわかった。肩が小さく跳ねたのも。

「あっちゃん……
「あ、きんちゃん。奇遇だね」
気づかないはずないのに、白々しい返事をしてしまった。落ち着け、平常心だ。
「何読んでるの?」
「えっと、これ……
読みかけていた本を閉じて、表紙を見せてくれた。
「あー!それ面白かったよ。読み始めたら止まらなくて、一晩で読んじゃった」
少し読んだだけでも面白かった。借りてみる」
「きんちゃんも好きだと思うなぁ。読み終わったら感想聞かせて」
「うん読んだら教える」
ぎこちなさはあるけど、今こうしてきんちゃんと普通に話せていることが嬉しい。
切れ長の瞳でシュッとした顔つきに、低く落ち着きのある声が歳月を感じさせる。
大人っぽくなったなぁ
……って、俺はきんちゃんの親戚か。

図書室を包む静寂が、二人の世界を際立たせる。
やばい、何か話さないと……
それより、さっきから全く目が合わない。まだ避けられてるのか……
伏し目がちな表情は謎めいていて、きんちゃんが何を考えているのか読み取れない。

「じゃあ
「今日

そろそろ部室に行くと言おうとした瞬間に言葉が重なり、はっとした目が一瞬かち合う。
「あっ、ごめん。今日……なに?」
「いや……今日、一緒に帰れないかな……って」
そわそわしていたのは、そういうことか。避けられていたわけではないことがわかってほっとする。
「もちろん大丈夫だよ。生徒会の仕事が終わったら連絡してくれる?あ、隣だから直接来てもらってもいいけど」
冗談めかしく言うと、少しだけきんちゃんの顔が和らいだ。
「やっと笑ったね」
「え?」
「俺なんかに緊張することないのに」
「べ、別に……
一世一代の大勝負くらいの気迫で、小学生みたいな約束をした。俺たちはあの頃と何も変わっていなくて、ほんの少し勇気が足りていないだけなんだ。
耳を赤くして健気に笑うきんちゃんを見ていると、だんだん胸の鼓動が早まって、体が熱くなる。なんだろう、この気持ち……

「それじゃ……また後で連絡する」
「待って」
思わず手を取って引き止めたが、完全に勢いで、この先は何も考えていない。
「あ、あっちゃん……?」
「そんな顔見せられて、このまま帰せると思う……?」
「えっ……
掴んだ手は薄く、少し骨ばっていて、小さく柔らかかった手が懐かしい。……だから、俺はどうして親みたいな目線になっちゃうんだ。
「ちょ、ちょっと……!」
たまらず後ろから抱きしめて、ぎゅっと腕に力を込める。
「俺……ずっと寂しかった」
「だ、誰かに見られたら……
「誰もいないところなら良いの?」
「ち、違う!そういう意味じゃなくて」
「ねぇきんちゃん。……キスしたい」
「へ……や、やだっ」
「どうして?」
「だって、恥ずかしい………
「きんちゃんが可愛いから、したいんだけど」
「り、理由になってない!」
………お願い」
………もう、わかってて聞いてるんでしょ………
観念したような声。きんちゃんが押しに弱いことをわかってて、少し意地悪しすぎたかもしれない。
でも口では嫌だと言いながら、顔を真っ赤にさせて俺の腕の中に大人しく収まっているんだから、思わせぶりなきんちゃんも大概だと思う。俺は、そんな素直じゃないところも可愛いなと思ってしまっている。こんな姿、他の誰にも見せたくない。
華奢な薄い肩に手を添えて体をこちらに向かせると、一瞬ちらっと目が合ってすぐに逸らされる。 きゅっと結んだへの字気味の薄い唇が、この甘ったるい雰囲気に耐えているようでいじらしい。どきどきして心臓が口から飛び出そうだけど、全身をガチガチにして俺以上に緊張している様が可笑しくて、愛おしく思う。なんて本人に言ったら怒られそうだけど。
おでこを合わせ、瞼を閉じて待っているきんちゃんの顔をしばらく堪能していると、痺れを切らした眼差しが向けられた。
ごめん、そう笑って優しく唇に口付ける。気恥ずかしくて、誤魔化すように抱きしめると、そっと背中に回された手が抱きしめ返す。やわらかな体温に溶かされて、ひとつになっていく。
……今日、うち来る?」
「へっ……?」
「きんちゃんと一緒にいたい気分なんだけど……ダメかな……
………ダメじゃ、ない……
俺の胸の中で口ごもる声がくすぐったい。きんちゃん、今どんな顔してるんだろう。
恥ずかしがり屋で、実は子供っぽいきんちゃんを、存分に甘やかしてあげたい。
「そろそろ、人が来ちゃうかも……
………うん」
名残惜しく腕を解いて離れると、帰宅していく生徒の声が外から聞こえ、現実に引き戻される。
俺は学校で、なんてことを………
いつも厳格な生徒会長がしおらしくされるがままの姿なんて、誰にも見せてはいけない。そんなものは俺だけが知っていればいい。

途中まで一緒に行こうかと提案すると、頭を冷やしてから生徒会室に向かうと言うので、俺は一人で図書室を後にした。
別れ際の恍惚とした表情に煽られて、この胸のほとぼりも冷めそうにない。




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