Meguri_sumi
2026-01-07 23:33:47
3911文字
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ふたりで重ねる(おみたす)

二人で初詣に出掛ける話

 びゅうと強く吹きつけた風に、堪らず身震いした。空は雲一つない晴天に恵まれていたが、左右に高い杉の木が並んで植えられている参道はそのほとんどが日陰になっていて、天気予報で確認した気温よりもひんやりと冷たい空気が漂っている。
 首に巻いたマフラーを片手で口元まで引き上げながら自分の隣を歩く丞に視線を向けると、彼も同じように冷たい風に身を縮こまらせていた。

「結構冷えますね」
「ああ、思っていたより風が強いな」

 丞がそう言うのと同時に、また二人の間を冷たい風が通り抜けていく。

「参拝が済んだら何か温かいものでも食いたいですね」
「出店もそれなりにあるしな」

 丞の言うように、参道の両脇にはちらほらといくつかの屋台が店を構えている。たい焼きにたこ焼き、フライドポテトやフランクフルト。正月の三が日を過ぎているため屋台の数はそれほど多くはないが、小腹を満たすには充分なラインナップが揃っていた。

「あ、甘酒なんかもありますね」

 立ち並ぶ屋台に目を走らせていると、甘酒を売っている店が目に入った。素朴な外観は他の屋台に比べるとあまり目立たないが、この寒さだと心惹かれるものがある。

「この時期ならではだよな。俺もこの前初詣に行った時に飲んだ」
「確かに、夏祭りとかでは見かけないですしちょっと特別な感じがしますよね。でも丞さんも甘酒とか飲むんですね。ちょっと意外です」
「兄貴と紬が飲みたがったんだ。俺は別にいいって言ったんだが、せっかくだから一緒にってしつこくてな。でも久々に飲んだら結構美味かった」

 数日前のことを思い浮かべながら、丞はわかりやすく頬を緩ませた。そんな楽しそうな丞の表情を見て、臣は微笑ましさを感じながらもどこか複雑な気持ちを胸の奥で燻らせる。
 今日は臣にとっては本当に今年初めての初詣だが、実は一緒に来ている丞にとってはすでに二回目の初詣だった。年末年始はお互い実家に帰省していたのだが、丞はその時に兄の冬雪と幼馴染の紬と一緒に地元の神社に初詣に行ったのだという。それを聞いた時は今日二人で出掛ける先を変えるべきかと迷ったが、臣がまだ初詣に行っていないと知った丞が一緒に行こうと言ってくれたので、その言葉に甘えて二人で天鵞絨町にある神社に来た。
 始めは純粋に新年から二人で出掛けられることがただ嬉しかったのだが、丞の話を聞いているうちにだんだんと別の感情が芽生えてきてしまった。自分にとっては今年初めてのことが、丞にとってはすでに他の誰かと経験したことであることが、どこか寂しく思えてきてしまったのだ。他の誰かと言っても相手は家族や幼馴染なのだからそんなことを考えても仕方がないことはわかっているが、その時のことを思い出して穏やかな表情をしている丞の様子を目にすると、少し悔しいような気持ちになる。

……良かったですね。俺も後で飲もうかな」

 当たり障りのない返事をして、この場に不釣り合いな感情を押し殺した。「いいんじゃないか」と丞からも無難な言葉が返って来る。
 そんな会話を交わしながら長い参道を歩いているうちに、あっという間に拝殿まで辿り着いた。それほど長い行列ができているわけではないが、賽銭箱の前には数十人の人が並んでいて、臣と丞もその最後尾に並ぶ。ふと周囲を見ると、お守りを売っている社務所が目に入った。おみくじの箱も置かれていて、そこにも列ができている。

「後で買いに行くか?」

 臣がそちらに視線を向けていることに気づいた丞から声が掛かる。どうしても寄りたいというわけでもないが、せっかくなので何か買っていっても良いかもしれない。

「丞さんは何か買いますか?」
「俺はこの前買ったからとりあえずいい」

 丞の返事に「これもか」と思ってしまう。初詣も甘酒もお守りも、ひょっとしたらおみくじだって、丞はもう自分以外の人と新年の思い出を作ってしまっている。自分はただ、それをなぞっているだけ。なんだかすべての先を越されてしまっている気がして虚しくなる。

……俺も今日はやめておきます」

 臣はそう返すと、ふいとそちらから目を逸らした。できるだけ平静を装って言ったつもりだったが、想像していたよりも沈んだ声が出てしまう。

「どうした?」

 しまった、と思った時にはすでに遅く、心配そうな顔をして臣を見つめる丞と目が合った。
 こんな風に気を遣わせるつもりなどなかったのに。何と言って誤魔化せばいいのだろう。必死に思考を巡らせるが、上手く言葉が思い浮かばない。それどころかこちらをじっと見つめる丞の視線を感じて、どんどん取り繕うことが難しくなる。結局、数秒の沈黙の後に臣はゆっくり口を開いた。

「俺、年が明けてこうしてすぐに丞さんと二人で出掛けられるのが嬉しかったんです。新しい年の最初の時間を共有できるみたいで。でも、俺にとっては今年初めてのことも、もう丞さんにとっては初めてじゃないんだと思ったら、少し……寂しくて」

 改めて言葉にしてみると、自分が抱いている感情がひどく幼稚に思えて情けなくなってくる。こんなことを言われて、丞も反応に困るだけだろう。恐る恐るその顔を見ると、丞はほんの少し眉を下げて、やはり困惑したように臣を見つめていた。新年早々、呆れられてしまったに違いない。

「すみません、変なこと言って。今のは忘れて──」

 重たくなってしまった空気に耐えきれず話を終わらせようとするといきなり、冷たい風に晒されて冷え切っていた臣の手を、それよりも温かい丞の手が握った。突然の丞の行動に驚いて、臣は思わず周囲を見回してしまう。どうしていきなり手を握られたのかということよりも、誰かに見られたらまずいのではないかという方が気になった。参拝のために列の最後尾についた二人の後ろには、まだ誰も並んできていない。前にいる女性グループはどうやらおしゃべりに夢中で、丞と臣のやり取りなど一切気にしていない様子だ。他にも周囲にはそれなりに多くの人がいるが、おみくじの結果を確認したりお守りを選んだりと各々のことだけに意識を向けていて、二人に視線が寄せられるようなことはなかった。
 ほっとしながら改めて、緩く繋がれたままの手に視線を落とす。それから丞の顔を見ると、丞はやけに真剣な表情で臣を見つめていた。何か言いたいことがありそうではあるが、さすがにこんな所でいつまでも手を繋いでいるわけにはいかない。臣がやんわりその手を離そうとすると、丞の手にぎゅっと力が籠って臣の動きは引き止められた。

「丞さん?」
……俺は一応、今年初めての──デート、のつもりだったんだが」

 臣が呼び掛けると、手を握ったまま丞がぼそっと呟いた。吹き抜ける風に掻き消されてしまいそうなほどの小さな声だったが、臣の耳にはその声がしっかり届く。唖然として丞の顔を見つめると、その頬がさっきよりも赤みを帯びているように見えた。徐々に恥ずかしさが込み上げてきたのか、丞は臣の視線から逃れるように顔を逸らした。

「な、なんでもない……

 またしても消え入りそうな声で丞が呟き、強く握られていた手がするりと離れていく。反射的にその手を追いかけようとしたが、タイミング悪く、二人の後ろにカップルと思われる男女の二人組が並んできて、臣はすぐに自分の手を引っ込めた。
 今年初めての、デート。丞の言葉を何度も頭の中で反芻してしまう。ちらりと丞の横顔を覗き見ると、その頬はほのかに赤く染まったままだった。だんだんと、丞が言った言葉と見せる表情の意味を理解してきて、臣も自分の顔が熱くなるのを感じた。それから、握られた手の温度を思い出して、じわじわと胸の内が温かくなる。
 自分以外の誰かに、丞にとっての今年初めての思い出を先に作られてしまうのが悔しかった。同じことをしても自分がただそれをなぞっているだけのような気がして虚しく感じた。でも、本当に大切なのは“初めて”だとか“一番”だとか、そんなことではなかったのだ。友人や仲間、家族など、色々な思い出を作っていく相手は丞にも臣にもそれぞれたくさんいる。その人たちとしか経験できないことだって山ほどあって、それはどうしようもない事実だ。でも、それと同じようにきっと、臣と丞の二人でしか重ねることができない唯一の思い出があるはずだった。丞が冬雪と紬と行った初詣と、今日臣と二人で来ている初詣。同じ出来事のように思えても、そこにはちゃんと違う意味が含まれている。丞の言葉はそんなことを教えてくれているようだった。

「丞さん」

 そっぽを向いてしまった丞の名前を呼んで、その手にそっと触れる。さすがにもう堂々と手を繋ぐことはできないが、それだけでもちゃんと、ぬくもりを分け合える気がした。丞がゆっくりと、まだわずかに赤くなったままの顔を臣に向ける。

「今年もたくさん、“デート”しましょうね」

 にこやかな笑みを浮かべて、わざとその言葉を強調するように伝えると、丞はまた、ふいと目を逸らした。しかし、「ああ」とまた小さな声ではあるが律儀に返事を返してくる。そのままファスナーを一番上まで上げたダウンジャケットの襟元に顎先を埋めて寒さから逃れるような仕草をするが、それが照れ隠しであることは明白だった。頬だけではなく耳の先まで赤くなっているのが見てとれる。
 隣にいる大切な人と、今年も自分たちだけの特別な思い出を積み重ねられるように。臣は、これから参拝する神様相手ではなく自分たちの未来に向かって密かにそう祈った。