Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
冬暁
2026-01-07 23:00:55
4917文字
Public
鳴保
Clear cache
理性の帯を解いて
着物姿で初詣に出かける鳴保。
ゆらゆら。ゆらゆら。
それはヘリで感じる揺れよりも柔らかい。なのに、ハンモックのような優しい揺らぎでもない。
まだ微睡んでいたいのに、揺れのせいで意識が強制的に引き上げられていく。
「ん、ゔ〜〜
……
っ」
何時に寝たと思ってるんだ。昨日は、きのう? いや、日付は変わっていたな。
「弦くん、起きて」
「お、まえ。なんでそんな元気なんだ
……
」
寝起きの掠れた声を上げる。薄らと目を開ければ、機嫌が良さそうな宗四郎がいた。普段はまぁるい頭がいつもよりふわふわで跳ねている。シャワーを浴びて乾かす間もなく寝たからかもしれない。ボクと違って癖のない髪も、こういう時はぴょんぴょんと無防備に跳ねる。
その髪を撫でつけると、葡萄染色の瞳がパチリと開いた。
「起きたん? 初詣行こうや!」
「初詣ェ?」
健康や厄除け、縁結びやら何やらの祈願の行列。御守りやおみくじ、出店の数々。今日は元旦、兎にも角にも人の多い日だ。注目を浴びるのは嫌いじゃないが、朝から人混みの中で参拝する気にもなれん。
ふぁ、と欠伸をして宗四郎に背中を向けた。
「ボクは行かん」
「弦くんと行きたいねん。お年玉もあるんやで?」
「んなもんガキじゃないんだから要らないな」
ポチ袋に入った五百円玉は、確かに子供の頃には大金ではあった。好きなお菓子を買うこともちょっとしたおもちゃを買うこともできる。ただ、「いいなぁ」と羨ましそうに見る奴が必ずいるから、それはいつも大袋のお菓子になった。駄菓子やおもちゃだとあぶれる奴がいたからな。
今では五百円どころか一万買うことすらできる。自分で稼いだ金で衣食住賄える大人だ。
宗四郎から貰ったところで財布は同じ。一緒に暮らすようになって財布の紐が硬くなったおかげで金に困ることも無くなった。
だからそれよりも、もう少しダラダラしていたい。寒い中外を出歩くのも億劫だ。
布団に包まっていれば、体温に馴染んだ柔らかな感触にまた眠気が戻ってくる。意識がふわふわと雲のように漂う。
「へぇ。ホンマに要らんの? なら、弦くんの分も僕が貰お」
ガサッ。
乾いた紙を弄る音がした。
「幾つになっても嬉しいもんやな。今年は二人分やし」
二人分?
「オカンやオトンはちょっと悲しむかもしれへんけど、まぁしゃあないな」
「
……
はぁ!?」
勢いよく振り返れば、朱色のポチ袋を二つ持った宗四郎がいる。唯一の白い枠に達筆な字で「宗四郎」「弦」と書かれていた。宗四郎の方はすでに封が開けられている。
「それ、お義母さんとお義父さんから?」
「せやで」
「は? なんで?」
「大人になってもくれんねん」
「いや、まぁ、それは良いとしても。なんでボク?」
書かれてる字をじっと見つめた。自分の字とも、宗四郎の字とも違う字。
「何でって、息子やからやろ」
はい、と手渡されたそれは断る隙もなかった。胸に押しつけられたお年玉を落ちないように押さえる。
宗四郎と一緒になって、それを二人に受け入れてもらって、彼らを父と母と呼ぶようになった。まだそう呼ぶことすら慣れてはいないけど、ボクにとっては新しい家族。宗四郎のパートナーとして受け入れてもらえたことは理解はしていた。
——
していたけど、こんな、子供扱いされるとは思ってなかった。
ボクがお義母さんと、お義父さんの息子になったから。だから、宗四郎と一緒にお年玉をくれる。
ひどくむず痒い感覚だ。ボクは子供じゃないのに、子供として扱われることが不思議だった。うまく言語化は出来ない感情に満たされる。でも、悪い気持ちではなかった。
「ちなみに着物もあるで」
「着物??」
「一緒に送られてきてん。帰って来れへんなら、せめて写真くれって」
「
…………
??」
ぽふん、と置かれたのは高そうな風呂敷で。それを開くとこれまた高そうな着物が一色揃っていた。保科家から送られてきたものがレンタル品のわけもないだろう。
「なんで??」
「僕と弦くんの着物姿見たいんやて」
「はぁ、なるほど
……
? そういう
…………
?」
「ちなみにわざわざ仕立てたらしいで」
「したてた??」
仕立てた。着物を。わざわざ??
——
仕立てた????
困惑しきるボクに宗四郎が耐えきれないとばかりに笑い声を上げる。いや、笑い事じゃないんだが?
職人が数を減らしている現代では、着物一着仕立てるのはそこそこ値段がすることぐらい知ってる。それを、見たいから仕立てた?
頭を抱えたボクに腹を抱えるほどに笑った宗四郎は、ひぃひぃ言いながら目尻を拭う。
「早よ慣れた方がええで。うちはこんな感じやから。甘やかす時はとことん甘やかしてくんねん」
「勘弁してくれ
……
」
どんな反応したら良いのかわからない。困る。挨拶に行った時もひたすらもてなされたから座りが悪かった。
「ほら起きて! 着替えんで」
のそりと体を起こす。ここに来て拒否権なんてあるはずない。
朝食やら歯磨きやらを済ませれば、いよいよ着付けだった。
流石というべきか、宗四郎は手慣れている。
「表と裏で色違うな
……
」
「
袷
あわせ
やからな。冬は寒いから裏地あんねん。浴衣とちゃうから意外とあったかいで」
ボクの着物はベージュを主体にした暖色系でまとめられていた。帯や羽織りは深い紅色で、華やかさもありながら落ち着いた組み合わせだ。
対して宗四郎は紺を主体にした着物にグレーの帯や羽織り。いや、紺というよりも紫よりだろうか? 赤みを帯びた色で、凛としていて綺麗だ。
ナンバーズスーツを着る時とは真逆の組み合わせだな、とふと気づく。
「うん、かっこええわ」
自慢げな宗四郎の眼差しに、ニヤリと笑い返してやる。
「ボクだからな。宗四郎もよく似合ってる」
「せやろ?」
ニコニコと花を飛ばすように笑うのが可愛い。そんな姿を見れただけで「まぁ、いいか」という気持ちにもなる。
「神社行く前にも一枚撮ろうや」
スマホを片手に袂を押さえる。袖を捲るのとはまた違っていていい。なんか色っぽい。
「弦くん?」
「ん。撮るか」
シャッター音と共にアルバムに新しい写真が収められる。それを開いて確認した宗四郎は満足げに頷いた。
「ええ感じ」
スマホをポケットにしまうと、一礼して鳥居を越える。
討伐者たちを祀った神社というだけあって人の数は多い。着物姿のボクたちは当然人目を引いていた。
「あれ鳴海?」
「保科副隊長もいる」
「なんかの撮影?」
「写真撮ってたしそうかも?」
ひそひそ。こそこそ。誰かが囁き合う声が聞こえる。まぁ、ボクらが揃っていれば仕方ないとも言えた。
それはそうと誰だボクを呼び捨てた奴。
「弦くん、列進んどる」
「やっぱり人多いな」
「元旦やしこんなもんやろ」
冬の冷涼な空気と、線香のような煙の匂い。チャリン、と遠くで小銭の音がした。
二礼二拍手一礼だったか。突き刺さる視線の中でチラリと隣を見れば、凛と背を伸ばした宗四郎がいる。節くれ立ち、薄く傷痕の残る手を合わせて目を閉じていた。
——
宗四郎と無事に一年を過ごせますように
……
。そのための努力を怠らないから、どうか見守っていてほしい。
今年もボクは強くあり続ける。
祈りというよりも誓いに近いものを立てて、目を開けた。
白い吐息がふわりと広がる。眼前に構える本殿には先達の討伐者たち
——
、保科家の者たちも祀られている。宗四郎のパートナーとしても、一討伐者としても、情けない戦いをするわけにはいかない。
「御守り何にする? やっぱり健康祈願が安定やろか」
身動ぎに合わせて袖が揺れる。周りにいた奴らが見惚れてるのに気づいて、じとりと視線を向けた。無邪気な笑顔に光る八重歯が可愛い。着物もそれはそれは似合ってて、一挙手一投足に惹かれるのは道理だ。
でも、宗四郎はボクの宗四郎だ。笑いかけてるのは
ボク
にだし、可愛い可愛い宗四郎に触れられるのは
ボク
だけだから。
袖が擦れ合う距離まで近づくと、無防備な手を繋ぎ止める。ピクリと震えた手と共に視線を投げられたが、無視して御守りへと目を向けた。
「健康祈願でいいんじゃないか。病気怪我なく、が一番だろ」
朱色と紫色に、金糸の刺繍がされている御守りを手に取る。龍の鱗のような模様が特徴的だ。
「弦くん
……
」
「ん?」
「ごっつ見られとる」
「構うな。ほっとけ」
「視線が突き刺さんねん。穴だらけになりそうやわ」
「そん時は埋めてやるから安心しろ」
御守りを授かったところで手を引いた。きゅっと握り返されて口角をあげる。風船のように気分がふわりと浮いて、自然と足が軽くなった。
「次はおみくじ引くか。どっちが運勢いいか勝負だ」
「僕、結構運ええですよ?」
「ボクだって負けんが??」
「僕の方がええみたいや」
「くッ
……
! よりにもよって凶が出るんだ
……
!!」
宗四郎が小吉を引いた時点でほぼボクの勝ちだと思ったのに!
「いやぁ、今年はあかんかなぁ思うたけど、案外ええかもしれへんな?」
快哉な笑い声を上げたその横顔に悔しさが募る。特に賭けはしてないが! していないが!
「待って、弦くんっ、ふふ
……
ッ、仕事運のとこっ、
……
!」
「真面目にやるべし。さすれば問題はない。
……
なんで仕事運が一番良いんだよ」
「ッははははは! 今年は仕事の年かもしれんな??」
ヒィッ! と引き攣るように息を吸い込んだ宗四郎は、大声を殺しつつも笑いが止まらんらしい。器用だな。
「お前はどうなんだよ!」
宗四郎のおみくじを抜き取る。小吉とあって可もなく不可もなく
————
。
「恋愛運
……
、縁がない。潔く諦めるべし。
……
ハァッ!? これ以上ない良縁やろがい!!」
「アッハハハっ! 反応良すぎや
……
ッ! あかん笑い止まらへんッ」
口元を押さえて蹲ってるから、その丸い頭をぺしりを叩いた。静かになった代わりに肩がめちゃくちゃ震えてる。
新年早々楽しそうで何よりだな。
「おみくじはあくまでもおみくじだからな。仕方ない」
個人の運勢をピンポイントで当てることは流石にできないもんだ。ボクは一つ頷いて二枚のおみくじを折った。
「これでよし」
結び所に結ばれたおみくじに息を吐くと、ようやく復活した宗四郎が頬を赤くしながら隣に並んだ。
「はー、笑ったわ」
「よくもそんなに笑ってくれたな?」
「おみくじの結果で一喜一憂するんがおもろすぎてなぁ。あ、一緒に結んだん?」
重ねられたまま結ばれたおみくじを指先ですくう。
「これなら離れられないだろ」
「弦くんのそういうとこ、好きやで」
「
……
なんだよ。急に」
宗四郎は横から手を伸ばすと、おみくじをキュッと固く結ぶ。簡単には解けそうにない。
「僕も願掛けたろ」
二人で結んだせいでピンと張っていたおみくじはくしゃくしゃだ。結び目を確認した宗四郎は満足そうに腰に手を当てた。
「終わったなら帰るぞ」
「もう帰るん? 他には見ぃひんの?」
「お前が気にしないなら別に良いが?」
手を掠め取って繋ぐ。周りから再び「きゃぁ」だの「わぁ」だの声が上がった。
「いっそ見せつけてもええんちゃう?」
繋いだ手を徐ろに持ち上げると、ボクの拳に吐息が触れた。上目遣いにボクを見上げたその瞳が楽しそうに光っている。
「やっぱりダメだ。帰るぞ」
「っふふ、弦くんの方が気にしいやん」
「気にする? ボクは全世界に言ったって構わない。ただ、こんなところじゃ碌に触れんだろう」
宗四郎から手を取り返して、ボクも拳にキスをする。ちゅぅ、と軽く吸うと仄かに甘く感じるのは気のせいだろうか。
「元旦早々に煩悩だらけな人やな」
「ボクだけか?」
視線を流して宗四郎に問いかけると、答えるように力がこもる。
「僕はな、弦くんを僕の手で着付けとるんやで? ただでさえかっこええのに、着物姿がよう決まっとって
——
」
艶然とした笑みを浮かべた宗四郎が一歩踏み込んで囁いた。
「気ぃ起こさんよう必死やったわ」
Posted by 冬暁/
薄明
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内