2026-01-07 19:53:55
8475文字
Public 宵愁の手記
 

はじまりの青の日

10年前の話

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 お空は明るく澄み渡った青色で、流れる雲は穏やかで、浮かぶ太陽は満面の笑みで。
 あたしの心をあざ笑うように、憎たらしいくらいによく晴れた日でした。
 これがきっと最期にみる景色。
 きつく縄で縛られた足は、あたしの短い翼ではヒトの手のようにそれを解くことも、飛んで逃げることだって叶いません。
 ぱちぱちと、焚火の炎が躍ります。目の前にいるヒトは、せっせと仕留めたヴァルチャーをお肉にしています。
 これからあたしも、ヒトのおひるごはんになる。息の根を止められたあと、羽をむしられて、おなかを裂かれて、はらわたを引きずりだされてしまう。目の前で捌かれていくヴァルチャーの末路が、あたしの姿に重なって見えました。
 もがけどまな板を転がるだけと悟れば、諦観の溜息も漏れるというものです。
 とても短い生涯でした。一度でいいから、ほんとうのパパとママと兄弟に会いたかった。目を閉じれば浮かび上がる、決してしあわせだったとは言い難い思い出たち。きっとこれが、走馬灯と呼ばれるものなのでしょう。


 あたしが生まれたのは、黒衣森の奥深く、人知れずひっそりとチョコボたちが暮らす場所です。
 一緒に卵から孵った兄弟たちとはどこか違った風貌をしていて、ママからは、あたしはきっと、モーグリの雛かもしれないと言われました。まっしろな毛並みにまんまるな身体は、その妖精ととてもよく似ていたのですって。
 そのせいか、兄弟たちにはよくいじめられていました。ごはんの輪に入れてもらえなかったりしたことも、つっつかれて羽をむしられたことも、水の中に蹴落とされたりしたことも。日に日にそれは激しくなっていき、このままではきっと死んでしまうと思うようなことも、たくさんありました。

 だからあたしは、家出をしたんです。だってあたしは本当の家族じゃないから。だからいじめられるんだ。きっと本当の家族はどこか別のところにいて、あたしをあたたかく迎えてくれるはずだと思って。
 誰かがあたしによく似てるといっていた、モーグリたちが棲んでいるという森の東のほうへと行くことにしました。
 獣たちのごはんにされてしまわないようにこっそりこっそり草むらを歩いて。道行くヒトたちの言葉を物陰で聞きながら、"茨の森"を目指します。おなかがすいたら木の実や虫さんやネズミさんをつつきました。ごはんの取り合いになったチゴーと喧嘩になったけど、おもいきり目玉をつついてやったらチゴーは逃げていきました。
 何度目か橋を渡るときは、流れ落ちる水に浮かぶ七色の光を見ました。それはとってもとっても綺麗な色をしていて、よくよく見ようと身を乗り出したら、橋から川に転げ落ちてしまいました。川からあがって水を弾き飛ばした頃には、綺麗な七色は、元々そこにはなかったかのように綺麗さっぱり消えてなくなってしまっていました。
 歩いて、歩いて、いくつかの夜をこえました。穴の開いた木のトンネルをくぐりぬけて、茨のある森の深くまでいけば、やっとの思いで、あたしはモーグリたちが輪をつくって踊っている姿をみつけることができました。

「きゅっきゅぅ!」

 "仲間にいれて"とあたしは声をあげました。けれども聞こえていないのか、モーグリたちは無邪気に飛び回っているばかり。
 彼らの姿をよくよく見れば、あたしにはモーグリのようにふわふわ浮く羽も、色とりどりのぽんぽんもありません。飛べないあたしを置き去りに、モーグリたちはどこかへ飛んでいってしまいました。
 あてが外れてしまったあたしは、途方に暮れてしまいました。沈んだ気持ちで森を彷徨っていたら、くさいくさいモルボルに食べられそうになって、慌てて逃げ出しました。

 それからあたしは森のどこを彷徨っているのか、さっぱりわからなくなりました。これが迷子というものです。
 ただ道標のようにムントゥイ豆が点々と落ちていて、おなかが空いたあたしはそれを一粒一粒食べながら辿って歩きました。そんなときでした。ばさっ!という音がして、目の前が真っ暗になり、身動きが取れなくなってしまったのは。

 そうして気付いたときには、今の状況です。
 あたしの目の前では、ヴァルチャーを綺麗に綺麗に捌いているヒトの頭が揺れています。楽しげに耳をぴょこんと立てて。その頭は、あたしたちを照らす太陽そっくりに明るい金の髪をしていました。
 不意に、ヴァルチャーを肉にしたヒトが立ち上がります。ヴァルチャーだった肉塊は二度と動くことはなく、丁寧に布のようなものに包み込まれていきました。いよいよ次はあたしの番なのでしょう。覚悟を決めようと深呼吸をしようとしたときです。
 聞こえてきたのは、足音ひとつ。「おかえり」と呼ぶ声がして。
 顔を上げるとそこには、もうひとりのヒト。こちらを見ている月のような赤い瞳と、目が合った気がしました。
 そのヒトは、コドモと呼ぶにはとても淡々と落ち着いていて。オトナと呼ぶには幼さを残した顔立ちをしていました。宵闇のような暮れた空の髪の色は、陽のような明るい髪をしたヒトと対照的に映ります。

「何。これ」

 夜の髪のヒトはあたしを見て、眉に皺を寄せて目を細くしました。これとはあたしのこと差したのでしょう。
 それにつられて陽の髪のヒトもあたしを振り返りました。グラスの奥の瞳がじっとあたしを見つめます。並んだふたりは、同じ歳の頃のようにもみえました。

「盗まれたムントゥイ豆食ってたから、一応捕まえたんだけどな。ここら辺じゃ見ない種だろ。チョコボかな?」
「チョコボ?これが?でぶじゃん」
「でぶチョコボ」

 でぶではありません。失礼なヒトたちです。

「どうすんの、これ」
「食ってみるか?」

 陽の髪のヒトがあたしの足を掴んで持ち上げます。実際にそれを言葉にされてしまうと、羽が逆立つような寒気を感じました。やめてくださいと必死で伝えたつもりでしたが、きっとヒトには喧しく鳴いているだけに聞こえていることでしょう。やだやだと、精一杯身体を揺らして抵抗していたら、夜の髪のヒトが、

……やめといたら。希少な種かもしんないし」

 そういって、陽の髪のヒトの手からあたしの身体を取り上げてくれました。ひんやりとした、夜の風みたいに冷たい両手でした。

「ま、そうだよな。逃がしてやっか」

 陽の髪のヒトは冗談めかして笑いました。
 かくしてあたしは、夜の髪のヒトによって縄を解かれ、自由の身となりました。このヒトたちの気が変わらないうちに逃げなければいけないとも思いましたが、しかしずっと縛られていた足は痺れてしまってすぐには動けそうもありません。おなかもすきました。あたしはひとまず、物陰に隠れてこのヒトたちの会話を黙って聞いていることにしました。

「で、ムントゥイ豆は?」
「ん」

 夜の髪のヒトは陽の髪のヒトに、破れた袋を差し出しました。陽の髪のヒトは、受け取った袋の中身を覗いて「これだけかぁ」とため息を漏らしました。もしかして、あたしが食べたムントゥイ豆は、このヒトたちの持ち物だったのでしょうか。だとしたら、悪いことをしてしまった気がします。……でもでも、知らなかったんです。あたしがごめんなさいを伝えようか迷っていると、夜の髪のヒトが、

「こっちは?食えんの?」

 といって指差したところには、息絶えたキキルンたちが転がっていて、あたしは思わず悲鳴が漏れそうになりました。

「食えるわけねーだろアホか。……あー、まぁ、どっか森の奥にでも放っといてやれ。肥やしにはなんだろ」

 話によればここ最近、このあたりの集落近辺では、農作物被害が多発しているのだと言っていました。それは増えすぎたヴァルチャーや、流れ着いたキキルンたちによるものだそうです。だからこのヒトたちは、ヒトの集落と森の平和を守るために、狩りをしていたそうです。それがカリュウドの仕事だそうです。それがいいヒトなのかわるいヒトなのかは、あたしにはよくわかりませんが、自然界は弱肉強食であるということはあたしにもわかります。とはいえ、殺したり、助けたり、ヒトビトの営みの仕方は、なんだか小難しいです。
 陽の髪のヒトは、ヴァルチャーの肉が入った袋と、それとは別のチャリンと音がする小さな袋を夜の髪のヒトに渡しました。

「悪ィな、出立前に付き合わせて。もう行くのか?」
「ん」
「あんたも旅を続けんなら、チョコボの一羽くらい借りるなりしたらどうだ。不便だろ」

 夜の髪のヒトはものを受け取るが否やせっせと荷造りをしはじめて、その言葉に返事を返しませんでした。鞄を肩に提げて、剣を腰に下げ、短剣をベルトに差して、弓を背負って。どうやら夜の髪のヒトは、あたしと同じ、旅のヒトのようでした。陽の髪のヒトはせっせと焚火を消して、こちらも荷造りのようです。

「まあ……元気でな。たまには顔出せよ、ジジイも待ってるし。まだ教え足んねえってさ」
「気が向いたら」
「ったく……

 それがお別れの挨拶でしょうか、ふたりはお互いに片手を上げて、それぞれの方向へと歩いて行きました。
 あたしはどうしましょう。もとよりあてもなくして迷子の身です。行き先を決めなければいけません。旅慣れたヒトなら道にはきっと詳しいことでしょう。あたしはひとまず、夜の髪のヒトについていってみることにしました。
 ところが夜の髪のヒトは歩みがはやくて、ついて行くのでせいいっぱい。やっとの思いでくちばしが届きそうになったかと思いきや、そのたびに夜の髪のヒトは駆け足気味に離れてゆくのです。見失いそうになりながら、夜の髪のヒトの長いしっぽを目印にして追いかけます。
 そうしてどこまで歩いた頃でしょうか、木の葉の天井から差し込むお空の光は紅く、影を伸ばしはじめました。不意に夜の髪のヒトが立ち止まり、あたしはその足にぶつかってしまいました。転んだあたしは地面をころころ転がります。夜の髪のヒトは、一瞬だけ、そんなあたしのほうに視線を向けました。

「ついてこないでくんない」
「きゅ」
「邪魔」
……きぅ」

 そうは言われても、あたしもどこへいけばいいのかわからないのです。あたしの道標が見つかるまで、ご一緒させてはもらえませんか。夜の髪のヒトは、ヒトが使う手帳と呼ばれるものを取り出して、それをまじまじと見ているようです。それはあなたの道標でしょうか。何が書いてあるのかは、足元からはよく見えません。
 お空にはひとつふたつ星が瞬き、太陽が瞼を閉じる頃、夜の髪のヒトは森の中の少し開けた大きな木のちかくで火を焚きはじめました。今日はきっとここで眠るのでしょう。ヒトはその場所に留まるときには必ず火を焚きます。それは灯りをともすだけでなく、暖を取るためだったり、獣避けだったり、ごはんを食べるためだったりと、とても大切で色々な意味があるそうです。
 夜の髪のヒトは、間もなく焚火をつかってお肉を焼きはじめました。陽の髪のヒトにもらったヴァルチャーのお肉です。
 あたしはそういえば、今日は落ちてたムントゥイ豆しか食べていないことに気がつきました。そこに気がつくと、途端におなかがすく感覚がよみがえってきます。お肉を焼くというのは、美味しいことなのでしょうか。お肉は生のネズミさんくらいしか食べたことがありません。

……きゅ」

 それは美味しいですか?あたしは夜の髪のヒトをじっと見上げます。夜の髪のヒトはあたしをちらっと見ただけで、焼いたお肉をもくもくと頬張っていました。その顔は変わらぬ無表情です。

……
「きゅきゅ」

 それをひとくち食べさせてはもらえませんか?あたしがそう問いかけると、あたしの言葉が伝わったのか夜の髪のヒトは言いました。

……人に恵んでもらうことを期待するのはやめときなよ」

 それはどうしてですか?

「野生に戻れなくなるから」

 そういうものなのでしょうか。そうだ、ヒトはなにかを恵んでもらうとき、対価になるものを渡す約束があると、あたしは知っています。それでは、そこで拾ったこのどんぐりと交換しましょう。あたしは夜の髪のヒトの足元に、どんぐりを置きました。

「きゅぅ!」

 これでどうでしょうか。ひとくち分の対価になりませんか?
 夜の髪のヒトはじっとあたしを見下ろします。そして、あたしの渡したどんぐりを拾い上げました。やがて観念したように大きなため息をついて、どんぐりを腰元の袋に入れて、あたしにお肉を千切って渡してくれました。「熱いよ」と夜の髪のヒトが言います。あたしはお肉をくちばしでつんつん突っついて転がしてよく冷ましてから、ぱくりと一口頬張りました。

「きゅふ……

 まだちょっと熱かったです。はふはふと口の中で転がして食べました。こんなに熱いものをヒトは平気で食べるのですね。でも、ちょっと美味しいような気がします。静かで、穏やかで、そんなごはんのひと時は、とても身体の中があたたまるような気がしました。
 やがてごはんを食べ終えた夜の髪のヒトは、毛布にくるまり木にもたれて瞼を閉じます。あたしもその近くで眠ることにしました。焚火の炎がゆらゆら揺れて、それが眠気を誘います。思えば今までの夜は、真っ暗闇の寒さや夜の獣の唸り声がこわくて不安でいっぱいで、今日ははじめて穏やかな気持ちで眠れる気がしました。

 そして、お空は月が真上に昇る頃。肌寒さを感じて目を覚ましたあたしは、近くにいたはずの姿が見つからないことに気が付きました。そこには毛布が一枚落ちていて、焚火もいくつかの荷物もそのままだったので、旅立ってしまったわけではないことはわかります。
 どこへ行ってしまったのでしょうか。お散歩でしょうか。夜の獣は恐ろしいものです、迂闊に出歩いては危ないです。あたしは心配になって、その姿を探すことにしました。

「きゅー!」

 どこにいるのですか?あたしは夜の髪のヒトへ呼びかけながら進みます。きっとあの夜の髪は暗闇に紛れてしまうことでしょう、じっと鳥目を凝らしながら歩きます。夜の静寂には、かさりかさりと草を踏む音がよく響きました。
 歩けど探せど気配はなく、気付けば焚火の灯りは遥か遠く、あたりは闇に包まれていました。どこまで行ってしまったのでしょうか。あたしもだんだん心細くなってきました。もしかしたら入れ違いになってしまったのかもしれません。来た道を戻ろうと振りかえる、その時でした。
がさがさ!と、茂みを掻き分ける音がしたのです。あたしはあの人だと思って音がした方へと駆け出しました。辺り一面は、真っ暗闇です。

「きゅきゅー!」

 でも、少し近付いてみると、それは間違いだったことに気付きます。そこから聞こえるのはヒトではない、獣の唸り声で、木葉から差し込む月明かりに微かに浮かび上がる輪郭は、餌を求めて彷徨うウルフそのものでした。
 あたしを睨みつけたまま狙いを定めて近付いてくるウルフから、あたしは一歩一歩後退ることしかできません。

……きゅ、ぅ」

 ウルフはあたしを餌にしようとしているのです。まんまるふくよかな鳥はさぞ美味しそうなご馳走に見えることでしょう。ウルフがあたしに飛びかかる姿がやけにゆっくりと感じられます。けれど、怖くてあたしの足はちっとも動きません。ただ迫りくる恐怖に、あたしはぎゅっと目を閉じました。
 せめて痛くしないでくださいね。あたしは覚悟を決めました。……けれど、まるで時間が止まったように、いつまで待ってもその牙があたしに食い込むことはありませんでした。
 恐る恐る目を開くと、眼前には口を大きく開けたウルフの顔がぴくりとも動かず横たわっていて、口から小さな悲鳴が漏れました。その頭には棒のようなものが突き刺さっており、よくよく見るとそれが矢だと気づきました。

……。何してんの」

 そのとき、少し奥から夜の髪のヒトの声が聞こえました。呆れたように、ため息をついて。その手には弓が握られていました。闇の中からその姿が鮮明になってきたとき、急速にうるさかった心臓の音がおとなしくなっていくのを感じました。

「きゅー!」
「うるさい」

 どこにいっていたのですか。心配したのですよ。こわかった。助けてくれてありがとう。あたしはその足に擦り寄って、こころを渦巻く色んな気持ちを伝えました。伝わったのかは、わかりません。夜の髪のヒトは、そんなあたしを置いてまた、すたすたとどこかへ歩き出してしまったから。
 待って待ってとあたしは追いかけます。夜の森は危ないです。どこへいくのですか。置いて行かないで。
 暗い夜道でもカンテラひとつで迷わず歩くその姿を見失わないように頑張ってついていくと、やがて坂道になり、ごろごろ岩の坂になり、そこに手をかけながら更に高いところへと上りはじめました。あたしにはヒトのように長い手足はありません。ぴょんぴょん飛び跳ねてそれに続きましたが、距離は離されていくばかりです。

「きゅー……

 置いてかないで。そろそろ暗闇に紛れてしまいそうなそのヒトに呼びかけました。そうすると、夜の髪のヒトは、ひときわ大きなため息をついて、戻ってきてはあたしを掴んで引っ張り上げてくれました。
 ほどなくしててあたしたちは、岩の坂のてっぺんまで辿り着きます。

 そうして上りきった先にみえたその景色は。
 真っ暗な夜の空に、散りばめられたたくさんの星は振り出しそうなほど、青白く光を発してキラキラと輝いていて。夜空の静寂に包まれた森の中に、ぽつりぽつりとヒトビトの灯すあかりが浮かんでいます。あたしが想像していたよりもずっとずっと、森だけじゃない、セカイはこんなに広くて、いきものたちはこんなに小さくて。星空は等しく眠りについたそれらを抱くゆりかごのように、穏やかで。それはとても、幻想的な光景でした。思わず食い入るように見つめてしまって、その先にあった崖に気づかずに転げ落ちそうになるくらいに。
 ……でも。このヒトの目は、そんな幻想的な景色を少しも映してはいませんでした。もっと、どこか近くて遠いところを見ているような。寂しくて、つらそうで、ひとりぼっちの目。それは、水面越しに何度も見たことのあるものでした。
 だからあたしは気付いてしまったのです。このヒトは……このヒトも、きっと自分のかえる場所を探しているんだって。ここからならそれが見えると思って、きっと上ってきたんだって。

 あたしは、そんな瞳で座り込んでしまったそのヒトの足に、そっと寄り添いました。
 ねえ、きっとあなたとあたしはおんなじなんだ。きっとこの世界のどこかに、自分も知らないどこかで自分を待ってる人がいて。いつか迎えてくれる宵の果てがあると信じてるから、そうして旅をしているんだよね。
 だったら、ふたりがいつか帰れる故郷を夢みて、一緒に旅をしようよ。一緒ならきっと、寂しさも紛れるはずだから。
 あたしたちはその夜、いつまでも、星空に包まれたセカイを見下ろしていました。

 ごそごそという音がした気がして、あたしはゆっくりと目を覚ましました。瞼を開いたときに差し込む陽の光が眩しくて、何度も瞬きをします。夜の髪のヒトが焚いた火は燃え尽きて、真っ黒になった薪は湿って地面に散らばっていました。あたしはまんまるな身体で伸びをすると、夜の髪のヒトの姿を探しました。
 ……でも、あたりにその姿はなく、焚火の跡以外にそこにいた形跡はひとつもありませんでした。

「きゅっ……きゅきゅぅ!きゅー!」

 慌てたあたしは、あたりを走って探しまわりました。どこへいってしまったのでしょう。そこには足跡ひとつ、ありません。
 やっぱり置いていかれてしまったのでしょうか。あなたには伝えられなかったのでしょうか。わかりあえないのでしょうか。一緒にいっては、いけないのでしょうか。飛び出した木の根っこに躓いて、あたしの丸い身体はころころ転がります。痛くて、かなしくて、寂しくて、あたしはもう、そこから起き上がることもできませんでした。

 そんなとき、聞こえてきたのは、大きなため息ひとつ。
 転んだあたしを抱き上げたのは、覚えのある、ヒトにしては冷たい両手でした。
 歩みを進める夜の髪のヒトは、ただ淡々と森の道の先を見据えていて。あたしはその腕の中で運ばれていきます。いつの間にか森は開けて、少しだけ違う景色が広がっていました。

 見上げたお空は今日も明るく澄み渡った青色で、流れる雲は穏やかで、浮かぶ太陽は満面の笑みで。
 それは、あたしとご主人の、長くて短い旅のはじまりの日でした。