2026-01-07 19:49:09
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Public 宵愁の手記
 

宵愁の手記07

ケナガウシ解体メモ

#宵愁の手記

揺蕩うように旅をしていた頃は、食べ物の味など気にしたことはなかったし、腹に入れば何でもいいとすら思っていた。
いつからだっただろうか。沸かした湯に干し肉と塩を入れただけのスープに、味の変化が欲しいと感じるようになったのは。辿り着いた集落の郷土料理を、またいつか食べようとそのレシピを記録するようになったのは。――自らの好物の味を知ったのは。
料理の名前なんて殆ど知らなかった。人に食わせるようなものを作るようになったのだって、思えばつい最近の話だ。
これは変化だろうか。いいや、きっと忘れていたものをどこかで掬っていたことに、気がついただけだ。余計な思考を払うように、頭を振って、眼前を見据える。
雄大な草原の緑の中で、野生のケナガウシたちが草を食んでいる。ふと、顔を上げて振り返ったその一頭に、引き絞った弓を放った。

眉間に深々と矢を突き立てて、ケナガウシが横たわっている。ピクリとも動かないが鼓動は続けており、仮死状態になっているだけのようだ。捌くのには最も適した状態である。なかなかに体格のいい、雄のウシだ。3歳くらいだろう。
依頼人はハンバーグを作るのだという。――いや、半分自分から提案したようなものだが。ならば納品すべき部位は自ずと決まってくる。
ケナガウシをキャリッジに引っ張りあげて河辺まで運び、血抜きの最中に動き出すことがないよう、手足をロープでしっかりと固定する。
そうしているうちに、合流する予定だった知り合いのララフェルが到着したようだった。
解体現場を見たいと言い出したので、丁度依頼も入っていたことだし、手伝うならと承諾した。真面目なもので、何でも、食卓に並ぶ過程を見ておきたいのだそうだ。
それならばと、血抜き用のナイフを彼女に手渡した。命を頂くという工程を、自らの手で経験しておいても損はないだろう。
彼女が獲物の首を切っている間、ロープを掴み全身で獲物の身体を抑える。怪我をしない為でもあるし、手元が誤って余計な部位を切らない為でもある。気絶や仮死状態の獲物を捌く時、目が覚めた獲物が鳴いて暴れ出すことがあるのだ。
幸い、放血の最中いくらか痙攣こそしたものの、目を覚ますことはなく、ケナガウシは終始眠ったまま絶命したようだった。

放血が止まったケナガウシから、縛っていたロープを外し、足を広げて仰向けにする。そうしている間に偶然にも通りがかった知り合いのアウラも交えて、三人で解体を進めることとなった。ロールポーチには予備のナイフも多く収められているが、その殆どは普段日の目を見ることはない。共に初陣なら丁度いい、と手入れをしたままの新しいスキナーナイフを二人に貸すことにした。
スキナーナイフの切れ味は悪い。それは敢えてそのように手入れをしている。鋭い刃で肉や内臓に傷をつけてしまうのを防ぐために、皮を剥ぐためだけに特化させているのだ。
まずは皮を剥ぐ。足首のまわりにぐるりと切れ込みを入れた後、腹に向かって一直線に引いていき、首から腹の下まで線を引いて繋ぐ。
そこで入れた切れ込みから少しずつ肉を切らないように背中に向かって剥していく。この作業が慣れないうちは皮に穴をあけたり肉を余分に切ってしまいがちなものだが、存外綺麗な一枚皮になっている。これを背中まで剥したら、地面に広げて下敷きにしておけば、肉を汚すことなく解体作業をすることができる。

剝皮作業は牛の左右に分かれて二人に反対側を任せた。向こうの作業を待つ間、頭の解体をすることにする。
血抜きのために切除した部分から肉を割いていき、ナイフが骨に当たるようになったら、首の骨の関節部分を断つように手斧で割っていく。下手に関節以外の場所を叩けば、刃が欠けるか食い込んで取れなくなる。
手斧で幾度か関節を叩き割り、捩じり切るように頭を回していくと、ようやく頭と胴体が分離する。
取り外した頭は顎を上にする。スキナーナイフに持ち替えて、切断した部分から顎に向かって切れ込みを入れ、胴体と同じように左右に開くように皮を剥いでいく。
少し小ぶりのケーパーナイフに持ち替え、顎の骨に沿ってナイフを入れて繰り抜いていく。骨から肉をすべて切り離すと、タンが喉からずるりと落ちてきた。
口周りの肉と頬肉を骨に沿って削いで切り離す。頬の上、コメカミ肉も繰り抜くようにとる。この部位は頬肉に近い味わいだが、より柔らかく濃厚な、非常に稀少な部位だ。取れる量も大人のミコッテの手の平程度で、市場には滅多に出回らない。コメカミ肉が端肉と混ざらないよう、分けて置く。
頭部は可食部位は少なく端肉も多いが、端肉こそひき肉料理には重宝するというものだ。削いだ細かい肉を納品用の桶にまとめておいた。

頭部の処理が終わる頃には、任せていた剝皮作業も完了していた。ここからは腹を割いて内臓を抜いていく。
首から腹の下にかけて、一直線に肉を割き、内臓を露出させていく。胸部は骨に覆われているが、腹のあたりは慎重に表面だけを切り開くようにしないと、内臓に傷をつけかねない。胸骨は中心を手斧を使って切り開く。肋骨が左右に開いて内臓が露出したら、筋を切りながら取り出していく。切り離した内臓は、腎臓以外の部位はすべて一塊になっている。取り出したものはまとめて新しい桶に移し、背側についている腎臓も切り外して、同じ桶に入れた。

毛皮を剥ぎ頭を外して内臓を取り出せば、あとは市場でも見慣れた枝肉の形だ。一度横に倒して、中に溜まった血を掻きだしてから、ブッチャーナイフに持ち替えて、いくつかの部位に分けていく。
まずは後脚を切り外す。もものあたりを骨盤のあたりからまとめて切り離すように、筋に沿って肉を割いていく。ナイフが骨に当たるようになってきたら、関節を探し、手斧で割りながらへし折り、脚を丸ごと取り外す。
納品する予定のものは、この脚。ひき肉に適しているのは特に赤身の強い首や肩、もも肉のあたりとされているが、その中でも最も美味とされるのは、すね肉だ。
噛み切れないほどに非常に硬く、基本的には煮込み料理などに使われることが多い部位だが、ひき肉のいいところは、この硬さが問題にならなくなることだ。細かく切る、ひく、すり潰すといった作業によって、硬さの問題が解決される。
肉の硬さは、その部位の筋肉が鍛えられているかどうかに関係する。牛や豚は筋トレをするわけではないが、体の構造と行動様式によって、おのずと鍛えられる部位が出てくる。
彼らの生活の中心は食事と移動。そのために使われるのは、足や首、肩の筋肉だ。特に足のすねの部分は常に使っている状態にあり、細い筋繊維ひとつひとつを包み込んでいる筋膜が厚い。このために肉が硬くなるわけだが、この膜があるおかげで、内部の水分が流出しにくいのだ。
もちろんひいてしまうと、これらの線維も細かく断ち切られるが、細かくなっても筋繊維の外周部は筋膜に覆われている。それ故に、肉の旨味をふくんだ水分がさほど逃げ出すことなく、肉の内部に保持されるのだろう。
反対に、適さないのは背側の筋肉にあたるサーロインやロース、ヒレの部分。これをひき肉にすると、柔らかすぎて食感はボソボソとパサつく上に、味わいも淡白なものとなってしまう。そのまま焼いて食べたときには最も柔らかく美味であるとされる部位が、ひき肉にした途端にそれらが逆転するというのも面白いものだ。
――因みに、ロースという名称は、ロースト――炙り焼きに最も適した肉の部位であることからそう呼ばれるようになった、と、卸先の肉屋の店主に聞いた覚えがある。それが事実かどうかまでは知らないけれど、実際ローストにしたときに一番美味いというのは確かだ。
取り外した後脚は、そのまま頭部の端肉を入れた納品用の桶に入れる。反対側の脚を二人に任せ、前脚のほうも取り外す。これも腕肉を丸ごと切り離すように筋に沿って肉を割いていき、関節を割って取り外す。こちらも納品用の桶に一緒に入れた。

すべての脚を取り外した後は、持ち帰りやすいよう適度に部位ごとに骨や筋に沿って切り分けていく。
料理を嗜むものにとってはここから先の作業は手馴れたもののようで、雑談を交えながらも作業は順調に進んでいった。
先に腹や首の骨のない部位を大きく切り分ける。肋骨は背骨との継ぎ目を手斧で割って外したら、背側の肉を残して切り離していく。肋骨の上にある膜と内脂を剥ぎ、肋骨のつなぎ目を割って包みやすい大きさにする。
肋骨を取り外して背骨と背側の肉だけが残ったら、腰の関節を手斧で断ち、上半身を裏返して背骨から削ぐようにしながら背側の肉を大きく部位ごとに切り取っていく。同じように、下半身も裏返して尻側の肉を削ぐ。その時に繋がっている尻尾を切り外した。
ある程度持ち運びやすいよう大まかに解体しているが、実際はもっと細かな部位にわけられ、またそれぞれに名称がある。この状態から更に脂や筋を切り取ったり、トリミングをしてからはじめて食用になるものだが、その先の処理は肉屋や調理人の領分だ。基本的にはこういった大まかに分けた枝肉を取引することにしている。手間の問題も大きいが、一番の理由としては自分は肉屋ではなく狩人であり、自然から頂いた命を無駄にせず、敬意を払って扱うことのできる客だけを相手にしているのだ。尤も、生態系を乱さない為に狩猟では一度に獲れる量も地域によって定められており、量産することはできない。一頭から取れる特定の部位なんて、どれもごく僅かだ。細かな部位に拘りたい客とは少々姿勢が合わないだろう。

骨に残った端肉も削ぎ落し終えたら、下敷きにしていた皮をめくりあげて残った骨と溜まっていた血を地面に落とす。
皮は流水で丹念に洗い、付着している泥汚れや脂を落としていく。これの処遇については、状態のいい骨と一緒に付近の市で買い取ってもらい、取り分を分けることとなった。
一人に交渉に行ってもらっている間に、残っている内臓の方も洗っていく。この状態のままではすべて繋がっている為、それらを部位ごとに切り外してから洗うことになる。
腸類や胃などの白物は任せることにした。胃はどれも表面を割き、内容物を取り出して洗い流す。これらはそのままでは内容物の臭いがきつく食べにくいが、丹念に水洗いをした後に沸騰しない程度の湯にくぐらせ、白くなるまで内面をこすり落とす。一晩冷水につけて水を切れば、臭いはほとんど気にならなくなるだろう。腸は適度な大きさに切り分けてから、中身を絞り出すようにしながら流水でよく洗い流せばいい。
牛の肺はクセのない淡泊な味わいの部位だ。肉そのものの味よりも弾力のある食感が印象的で、口当たりはやわらかく、よくソーセージなどに混ぜられる。まとわりついている脂をつまんで切り取っていき、よく洗う。
心臓は大動脈を切除して切り開き、余分な脂や血の汚れを洗う。大動脈は淡泊な味わいの部位だ。弾力があり、こりこりとした食感が楽しめる。
食道は表面にナイフを入れて開き、中を通る筋をつまんでナイフで引いて切除してから、表面に付着している脂や血の汚れを落として洗う。気管は骨のような見た目をしているが、中は空洞となっている。周囲にまとわりついている脂の筋などを、筒に沿ってナイフを入れながら、汚れをつまんで切り取っていく。これは小さく切り分け、更に包丁で叩いて細かくしないと硬くて噛み切ることもできない。
肝臓は胆嚢を傷つけないように切り外し、まとわりついている脂を削ぎ落しながら洗う。レバーは一般には色が赤黒く濃いもののほうが良いものとされているが、好みにもよる。色が濃いものほど味がまろやかで生食に向いており、色の浅いものはあっさりしていて少々パサつくこともあり、これは焼いたほうが美味である。
腎臓は大きな脂に覆われている。慎重に白い脂を割いて剥していくと、赤黒いぶどうの房状のものが見えてくる。ここの脂はケンネ脂とも呼ばれ、牛脂の中でも最も美味とされる部位である。肉を焼くときに使う油としても重宝するものだが、ハンバーグを作るのにも欠かせないものだ。赤身肉だけで作られたものも肉本来の味わいや食感を感じることが出来て満足感も強く美味なものであるが、脂分を足すことで更に柔らかさと肉汁の溢れる旨味が増す。そこでこのケンネ脂を細かく刻んで混ぜると口当たりがやわらかくなり、味にコクが出る。食感や旨味を調節する為にバラ肉や豚の肉を混ぜたり、つなぎとして卵やパン粉が混ぜられたりすることもあるが、そういった塩梅は好みによって左右されるところもあるのだろう。作り手によって十人十色の味わいになるのもまた面白いところだ。切り取った脂は納品用の桶に入れた。

内臓の処理を一通り終えた後は、解体した肉も血などの汚れを落としてよく水気を切り、それぞれを包んでいく。納品する部位は別途包んで木箱に入れ、使った道具を片付ければ作業は完了だ。
作業の後は、解体を終えた肉を焼いてもらうこととなった。ステーキにするというので、焼く部位はこめかみ肉を勧めた。彼女の手持ちの食材も併せ、仕上がったのはズッキーニとカロット、ポポトを付け合わせにしたパイナップルステーキと、想定していたよりずっと豪勢な食事になったものだ。
果物をソースやサラダに使うというレシピは記憶にはあったが、あまり馴染みはないものだ。パインは肉を柔らかくするという効果もあるらしい。食べてみると、コメカミ肉の柔らかさと濃厚な旨味、そこにパインの酸味が加わることで後味が引き締まり、なかなかどうしてくどくない味わいとなっている。
焼く時に引いたバターの風味も交わって肉汁自体がソースとなっており、そこに付け合わせの野菜を絡める。肉の柔らかさに対してよく焼いた野菜の程よい歯ごたえが丁度いい食事のメリハリにもなる。というような感想をアウラの方が口にしていたが、概ね同感であった。
良い食材は良い調理人の手に渡ることで、引き出された旨味が幾重にも増幅されるものなのだろう。非常に満足感のある食事となった。捌いたばかりの肉を調理してもらうというのは、悪くないものだ。

食事を済ませ、片付けを終え、肉を取り分けて解散する。荷物をキャリッジに詰め込み、散歩に出ていたきゅーちゃんを呼び戻してハーネスを取り付ける。
次は鹿だとか何だと言っていたが、調子がいいものだ。そちらは追々、考えておくことにしよう。どうせなら美味い時期のほうがいい。
別れを告げて、帰路につく。しかし、満足感はあるが、やはり些か量は少ない。土産も大量にあることだ、腹の足しついでにあの店にもっていってみることにしよう。