あんなバケモノ、もう二度と会いたくない。裏路地で生き抜いてきた嗅覚が囁く。アレは、碌な奴じゃない。
だが、すぐにその姿を嫌というほどに見るハメになる。オーナーが、新たな闘士にその女をスカウトしたのだ。
圧倒的な生身の強さに、整った外見。興行娯楽を理解する聡明さ。ベビーフェイスもヒールも演じ分けることができる柔軟さ。
――イラつくほどに、完璧だった。
弟はといえば、あっという間に彼女のファンになっていた。アーカイブ視聴だけでは飽き足らず、ハニーB戦では闘士用の裏口からリングを観に行くほどの入れ込み具合だった。
――一緒に観戦したが、確かに圧巻だ。
普通の対戦者なら、強力な精神攻撃で魅了された時点で終わりだ。だが、彼女はハニーBラブリーの得意技をもろに受け、魅了にとろりと瞳を蕩かせたまま、それでも闘志が失われない。むしろ増した殺意で、ハニーBは、どんどん追い詰められていく。
ハニーBの毒針が掠った瞬間。宙を舞った血飛沫から、
――甘い香りがぶわりと広がった。とろりと熟した果実の香り。
ハニーBがまとう蜂蜜の香水をかき消して、会場中を満たしていく。思わず、口元を強くおさえる。
この闘いが、無観客なのは賢明な判断だ。ハニーBの精神攻撃はもちろん、よっぽど強く意識を保っていなくては、挑戦者に心を飲まれてしまう。
――はっと気づき、弟を見上げるが、すでに遅い。
「薫風
……」
外でそう呼ばれているらしい彼女の二つ名。甘く吹き荒れる異国の風だ。
ニヤリと開かれた口に八重歯が覗き、前髪で隠された眼が獰猛に光る。
「
……齧ったら、甘いと思うか? 兄者」
「あー。
……ふつーに血の味がすると思うぜ」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.