(
――あぁ、ちょうど良い)と、本気でそう思ったんだ。
たった今、いちにのさん! でふたり同時に死ねたなら。
◇
酒と煙草。セックス。葉っぱの燻る甘ったるい香り。大人たちは、現実の輪郭を曖昧にすることに夢中だ。たまたま“デキて”しまった生き物の命など、気にも留めない。
だから、子どもたちは生きるために徒党を組んだ。
日々の糧を得るために、襲い、奪って生きてきた。
――それが当たり前だった。
いつ死んでもおかしくなかったし、いつ死んでも別に構わなかった。事実、たくさんいたはずの仲間達はいつのまにか減っていった。彼らの顔も存在も思い出せないまま、オレ達はいつしか、薄暗いネオンの裏路地でふたりきり、身を寄せあって生きていた。
瞳に映るのは互いの姿だけで、それで全然構わなかった。
あの頃、もう少ししっかりと周りを見ていれば、もしかしたら賢王の差し伸べる救いの手に気付けていたのかもしれない。
だが、社会のセーフティネットからこぼれ落ちたオレ達にとって、その千の手は平和な生活を奪うもので、その千の目は警戒と監視でしかなかった。
ある日、アルカディアのオーナーを名乗る男がやってきた。路地にしゃがみ込んだまま、オレたちは胡乱な目で男を睨む。だが、そんな視線など意にも介さず、男は仰々しく両手を広げ、
理想郷を語った。
つまるところ、セーフティネットだけが救いではない。適した者に適した仕事を与え、その行いを認め、対価を払う。唯一できる仕事が『暴力』ならば、それに見合った仕事を与えてやればいい。
まぁ、いろいろあった結果、オレたちはアルカディアの闘士となり、ようやく一般社会に繋がった。
殴って奪って、見せ物になれば良いだけの、簡単な仕事だ。
オレに関して言えば、おそらく“間に合った”んだろう。なんとか社会性を身につけ、善悪の線引きを知り、取り繕うことができる。
だが、
――弟は“手遅れ”だった。
物事の善悪がわからない。なぜ壊して奪ってはいけないのか。ルールを守らなくてはならないのか。
どれだけ説いても、すぐにまた社会の枠の外にはみ出てしまう。
社会性を身につけてしまったオレにはわかる。この国で、枠組みの外側の人間に待つのは『死』と『忘却』だ。決められた法を守らなければ魂資源の供給が絶たれ、なんてことのない不慮の事故で死ぬ。そして、レギュレーターの機能により、全ての人から忘れられる。
この国の民はみな、政府に命と記憶を握られているのだ。
だからオレは、弟を守るために、詭弁を覚えた。正直な彼の言葉を包みこみ、嘘と冗談に変える術を。
オレはとっくに弟がいなくては生きられないし、弟もまた、オレがいなければ死んでしまう。
死んで奪われるくらいなら。
愛しい者の記憶すら持てないのなら。
“ふたり”を世界から否定されるのならば。
いちにのさんで、たった今。
◇
「
……あぁ。まるで、女神だ」
弟が恍惚とそう呟くのを、信じられない思いで見つめていた。
オーナーが魔物化して三年。正直、もう駄目なんじゃないかと思っていた。
魂蝕症はとっくの昔に発症している。意識の混濁と、それに伴う魔物と自分の境目な曖昧になる酩酊感。
その酔いは非合法の薬よりも甘美で、つい身を委ねたくなってしまう。
だけど、それをしてしまえば、弟を置いてこの世から逃げることになる。それだけはダメだと、歯を食いしばって闘いを続けていた。
機械兵たちの暴走は、突然だった。
リングの外で魔物の魂を使うことが禁じられているオレ達は、一般人と変わらない。
だから、すぐに逃げ出した。誰かを守ることなど微塵も考えない。大事なのは弟だけだ。
路地から路地へ。より暗いところへ。ふたりで身を寄せ合って駆けていく。
(
――ちょうど良いじゃん)
不意に、そんな思いが首をもたげた。
だって、もう限界だ。不毛なリングで闘い続けるのも、現れもしない
英雄を待ち続けるのも。
ここで一緒に、機械兵に殺されてしまえば、世界中から忘れ去られてふたりきりだ。
それは、なんて幸せなのだろう。
行き止まりの暗い路地に追い詰めらる。弟を庇うように前に出たオレの唇は、笑みの形に歪んでいた。
壊れたネオンが不規則に点滅する。
――さぁ早く。早くオレ達を殺してくれ。
いちにのさんで。今すぐに。
機械兵の腕がスローモーションのようにゆっくり上がり、引き金に指がかかるのを見てから、ぎゅっと目を閉じた。
だが、その瞬間は、いつまでも訪れず。
「
――お怪我はありませんか?」
代わりに降り落ちたのは、聞いたこともない柔らかな声だった。
「
……な」
目を開けると、機械兵は音もなく地に伏していた。
その女性は機械兵の身体を踏みつけたまま、油断することなくソレが持っていた銃を取り上げる。そのまま、機械兵の頭と胸に向けて数発、レーザーを撃ち込んだ。
敵が完全に沈黙したことを確認してから、女はようやくオレ達の方へと向き直る。
「このあたりの機械兵は一掃しました。
……立てますか?」
穏やかな問いに、腰が抜けそうになっていたのを見抜かれた気がして、カッと頬に熱が集まった。矜持をかき集めてなんとか立ち上がる。
「大丈夫か、兄者」
「
……ハッ。舐めんなよ」
気遣わしげな弟の声に吐き捨てるように答え、邪魔をした女に向き直った。
「知ってんだろ。オレ達はアルカディアの闘士だぜ? こんな程度の機械兵、なんてことね〜んだよ!」
……嘘だ。リングの上での闘いと、今回の暴走はまったく違う。ルールなどない圧倒的な火力による一方的な蹂躙。正直、膝が震えて立っているのが精一杯だった。今も、弟に腰を支えられている。
女は大きな瞳できょとんと首を傾げた。
「
……とうし?」
「ハ。お前、アルカディアの闘士を知らねェのかよ。エバーキープ外の住人か?」
思わず小馬鹿にする言葉が口をついて出る。ゆっくりとまばたきをした女が、とろりと不可思議な笑みを浮かべた。
「
……エバーキープより、もっと、外かな」
「何、言って」
女は答えず、すっと腕を上げて明るい方を指し示す。
「大通りに避難誘導が出ています。どうぞお気をつけて」
「
……ッチ!」
不機嫌も露わに舌打ちをして見せたが、ビビりもしない。ふわと微笑んだまま、どこか楽しげに囁く。
「邪魔してごめんね。
……死にたがりさん?」
あっという間に身を翻して駆けていくその背を見つめ、眩しそうに目を細めた弟が「女神だ」と呟いた時、オレの心に飛来していた思いは、真逆だった。
――あんなモンが女神だって? 我が弟ながら見る目がないにもほどがある。
機械兵を倒す手際。躊躇の無さ。相手が仮にもヒトの形をしていれば、普通なら多少のブレーキがかかるものだ。それがまったくない事実。
……アレは、おそらくヒトを殺し慣れている。そしてそれはきっと、一人や二人じゃない。
エバーキープの外。ヘリテージファウンドよりもさらに向こう。障壁を越えて、その空の果てから来たソレは、なんなのか。
世界を
壊す美しい女神が、今、降臨したのだ
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