camellia57
2026-01-06 12:11:28
4048文字
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黄色の薔薇

エンド後の川玉SS。バレあり。
川瀬の不貞を疑う玉森くんの話。
シリアス1割程度のラブコメです。
捏造多め。

 川瀬と共に暮らすように――池田邸の居候に――なって二年が過ぎた。
 ……近頃、川瀬の様子がおかしい。
 川瀬にいわせれば鈍感な私ではあるが違和感を覚えてからは疑惑が深まるばかりである。
 まず一つ目、川瀬の帰りが遅くなった。
 帝大から真っ直ぐ帰ってくるはずの川瀬が、ここ半月ほどは一時間以上遅い。
 講義が大変なのかと聞いてはみたものの図書館で調べ物をしていると言われては「そうか」と答えるしかない。
 二つ目、帝大にしばらく来ないように釘を刺された。なぜかと問えば最近は構内の警備が厳しくなったからだと言う。嫌な思いをさせたくないと言われては「わかった」と頷くしかない。
 三つ目、相も変わらず共寝をしているが、その、何と言うか……、並んで眠るだけなのである。
 一つの寝台で眠ることが友人の距離感なのかは私にはわからないが、以前のように恋人のような扱いをしなくなった。それが不満なわけではないが。断じて違うが。欲求不満になってもいないが。これに関しては特に尋ねてはいない。

 川瀬は友人に戻ろうとしているのだろうか。いや、戻るもなにもないが。元から友人だが。
 そして別の誰かを『恋人』にしたいのだろうか。私をそう扱ったように、他の人を。
 あの愛しげな瞳が、私以外に向けられてる様子を思い浮かべようとして、やめた。
 それはなんだかとても、落ち着かない心地になったから。

 事情を知っていそうな蛙男を呼び出して問い詰めても『僕はなにも知りません〜』の一点張りで、それ以降姿も見せなくなった。なんと勝手な幻想か。

 と、まあ怪しいことこの上ないが、証拠がない。疑惑の段階では川瀬に言いくるめられてしまうだろう。
 決定的な証拠さえあれば問い詰められるのだが……
 ここはひとつ想像力を働かせて、川瀬の隠し事について考えてみるとしよう。
 川瀬に近づこうとするものは多い。大抵は歯牙にもかけないが、川瀬でも気を遣うような相手、例えば帝大の教授からの頼みであったらどうだろうか。
 川瀬ほど優秀な学生であれば自分の娘の相手に……と考えてもおかしくはない。
 一度だけでも会ってみてはもらえないか? と頼み込まれたご婦人と意気投合して逢瀬を繰り返している……のでは? 私から見れば性格に難があるが、川瀬の風貌を好まない者は滅多にいないだろう。
 帝大に来ないように言ったのも私という存在を知られては困るからで、閨事がなくなったのは痕跡を見せないためでは? または私ではもう満足できなくなってしまった、か……
 うむ、あり得そうな話である。中々悪くない推理ではないだろうか?
 あとは証拠があれば。鞄の中か、制服になにか残っていればいいのだが。
 腕を組んで、う〜ん、と悩んでいると川瀬が帰宅する音がした。
「おかえり」と玄関で出迎える。やはり今日も遅い。
「ただいま。今日も美味しそうな匂いだね」
 もやもやしていても川瀬に褒められると擽ったくなってしまうから困る。
「そ、そうか。まだ温かいぞ。鞄を預かってやるから着替えてこい」
 手を伸ばして川瀬から抱鞄を受け取ると、蓋との隙間に挟まれていたであろう紙がひらりと廊下に落ちた。それは淡い桃色をした封筒で、鈍い私にも恋文であろうことは察しがついた。
 証拠だ。紛れもない証拠だ。拾って中身を確認して、突きつけてやる。そう思うのに動けなくて、
「う、うわきもの!!」
 そう叫んでいた。
 川瀬は動じる様子もない。
「浮気って何の話?」
「これだ! これはお前宛の手紙だろう!?」
「俺の鞄に入ってたからそうなんだろうね」
 白々しい。言い訳くらいしてみせたらどうだ。
「それが浮気だと言うのだ! 私に隠れて逢引をしていた証拠だ!」
 私の言っていることがさっぱりわからないという顔をして川瀬が首を傾げる。
 この余裕はなんなのだ。少しは焦ったらどうなんだ。
「あのさ、玉森くんがなんでそんなに怒ってるのか、俺にはわからないんだけど」
「開き直るつもりかこの野郎!」
「ちょっと……、落ち着いてよ」
 川瀬が私へ伸ばした手を叩く。流されてたまるか。
「痛っ……
「わ、私にだけ触れられると言ったくせに……
 ほかの女性に触れた手でさわろうとするな……
「? 本当のことでしょ? 玉森くん、本当にどうしたの?」
 まだとぼけるのか。
「もう半月も触れてこないではないか! 私に飽きて、浮気をしているのだろう!? ほ、ほかに相手にしている女性が、いるのだろう……!? その恋文が証拠だ! やましいことがないのなら私に見せてみろ」
 喚く私に表情一つ変えずに川瀬が手紙を拾って私に差し出す。
「はい」
「!?」
「どうぞ。中、見たら?」
 ……どういうことだ……
 もしかして、川瀬にとってその相手はもう本気だから浮気ではないと……
「今、俺がなにを言っても聞いてくれないみたいだから。とりあえずこれを見ればわかるよ。読んでないけど書かれていることは察しがつく」
……
 川瀬から受け取った手紙の封を開ける。
 便箋いっぱいに書かれた『えいいちおにいちゃん、またきてね』の文字。
「??」
 これは一体……? どう見ても子どもの字だが……。それもかなり幼い子だろう。えいいちおにいちゃん……
「どう? わかってくれた?」
 私の理解を超えている。首を横に振る。
……なにがなんだか、さっぱりだ……
「仕方ないから説明してあげるけど、先にご飯にしてもいい?」
 静かに首を縦に振った。

 お互いに黙りこくった夕食の後、居間で向かい合って座り、川瀬から聞いた話は私の想像とは異なるものだった。

「世話になっている教授に卒業後の進路について相談したんだ」
 軍医ではなく帝大付属医院に勤めるつもりだというのは聞いたが。
「外科……ではないのか?」
「いや……。俺は小児科医になりたいと思ってる」
「小児科!?」
 他人に触れられない川瀬にそれが可能なのか……
 小児科医となれば患者に触れないわけにはいかないだろう……
 いや、以前に子どもを助けていたことはあったが。
「潔癖症については伏せたけど、話をした後、教授から一つ頼まれたんだよ。大学病院に入院している子の相手をしてくれないかって。半月ほどね」
 なるほど。
「それを引き受けたというわけか」
「週に数回、行けるときでいいとは言われたんだけど」
「毎日、通っていたのだな」
 川瀬らしいと言えば川瀬らしい。
……その手紙をくれたのは四歳の子だよ」
 視線を落として、記憶を辿るような顔をする。
 四歳、私たちが初めて出会った歳と同じ。
「君も、身体が弱かったでしょ。いつも呑気な顔で笑ってたけど。……君にはさ、俺たちがいたけど、その子は一人だったから。病室で一人、窓の外や部屋の入り口を見ていたから……。別に、親がいないとか、家族に愛されてない子じゃないよ。仕事が忙しいのか中々来られないんだってさ。長居はできないけど俺が行くとうれしそうに笑ってくれたから。触れることはできなかったけど、絵本を読んだり……、話し相手にくらいは、なれてたかな……。黙っててごめんね。まだこの先どうなるかわからないのに言いたくなかったんだよ」
「別にいいではないか」
「よくないよ。まあ、他にも色々考えてることがあってさ。……ところで玉森くん、『うわきもの』って怒ってたけど、なんで?」
 すっかり怒りが引いたところで話を戻された。
「ご、誤解していたのは悪かったと思うが……
「逢引、だっけ? 俺と君は『友人』なんじゃないの? 俺が女の人と会ってたって別にいいよね? なんであんなに怒ってたの?」
「!!」
「俺が君以外に触れるの、嫌なんだ?」
「!?」
「俺が君に隠れてなにかしてると思っちゃったんだ? まあ隠し事はしてたんだけど。あと……なんだっけ、半月も触れてこない、だっけ? 欲求不満になっちゃったの?」
「な、なって、ないっ!」
「オトモダチ、だもんね?」
「そ、そうだ……!」
「じゃあ俺がなにしてたって浮気じゃないよね? それに……、心当たりのないことで君に一方的にあんなに罵られて傷ついたなァ……
 私が叩いた手を態とらしく擦りながら悲しげな顔を作る川瀬。
 どこがだ、この野郎。そう思うのだが川瀬の言う通りではあるので言い返せない。
 ずっと、この関係を『友人』だと言い張ってきたのは私だから。
「ぅ……、す、すまない……
「謝り方があるでしょ、って言いたいところだけど、珍しいものが見られたから許してあげる」
「お、お前だって、……隠し事がバレたんだから、謝れよ……
「君が空回りしただけじゃないの? ……君がなにを想像したか知らないけど俺はちゃんと言ってるから」
「言ってるって、なにをだ?」
「大事な相手がいるから、どんな紹介も受けられませんって」
「は、」
 初耳、だが。
「君が『友人』と言い張っていても構わないよ。でも……このランプの灯りが点いている間は……俺の『恋人』になってくれる?」
 ランプを手に持ち、立ち上がる川瀬。そして私に向かってもう片方の手を伸ばす。
 返事の代わりに今度はその手をしっかりと掴んだ。川瀬が私の身体を引き寄せる。
「ひ、ひさしぶりなんだから……やさしく、してくれ」
「そうだね。ちゃんとゆっくり、玉森くんがわかるように、教えてあげるね」
 いや、会話が噛み合っていないぞ!?
「もう二度とおかしな勘違いしないように、ね」
 夜が明けるまでの恋人が、微笑みを浮かべる。
 ぞくりとするくらいに綺麗な顔で。
「にゃは、は、は……
 思わず冷や汗を浮かべながら笑うと蛙男の安堵と祝福の声が聞こえた気がした。
 いや、少しも落ち着けないが……!?

 その晩、私たちの間に新しい約束が増えることになった。