小話倉庫(深上)
2026-01-06 00:07:27
3444文字
Public 悠アキ/haruwise
 

だから気付かない(悠アキ/haruwise)

今年の初夢を悠アキに変換した感じのもの。蒼角の信頼イベを少し含みます。
遅刻する夢はいつだって恐ろしい……。

 ジリリ、と目覚ましの音がする。耳に飛び込んできたそれは脳を刺激して、悠真に覚醒を促す。見上げた天井と、天窓から覗く青空に、ここがアキラの部屋だということを思い出す。
 んー、と唸りながら目覚ましを手探りで見つけ、ようやく静寂を取り戻す。静まり返る室内で起き上がってふわぁと欠伸をすると、すぐ横で寝息を立てるアキラが見えてふっと口角を上げた。
 目覚ましが鳴ったということはもう起きる時間なのだろう――そんな軽い気持ちで改めて時計を見た悠真はそこで動きを止めた。
「あっ、アキラくん!」
 慌てて隣で安眠を貪る相手の肩を揺さぶり、無理矢理覚醒させる。うぅん、と寝ぼけながらも起きたアキラに、悠真は詰め寄った。
「時計、セットしたの六時って言ってなかった!?」
「六時だよ……おはよう、悠真」
「はい、おはよう! なんかもう七時半なんだけど!」
 そう言って人差し指を突きつけたのは、アキラが愛用しているボンプを象った時計だ。一人焦る悠真に対し、アキラはうーん、と呑気に顎を指で擦った。
「スヌーズ機能があるから、起きないと少し遅れてもう一度鳴るようになっていて……
「ってことは、あの時計は正確な時間を示してるんだよね」
「最近電池を変えたばかりだから、しばらくは遅れることもないね」
 さぁ、と血の気が引く。今日は面倒でも必ず会議に出席しろと柳から強く言い渡されている。六課のメンバーの会議に対する欠席率があまりにも悪いと、上層部からちくちくと指摘が入ったらしい。一度出ればしばらくは落ち着くだろう、と珍しく柳が困った顔をしていたので、これはさすがにサボるわけにもいかない、と他のメンバーで目配せをして頷いたことは悠真の記憶にもしっかりと刻まれている。
……やっば」
「H.A.N.D.なら、ここから直接行けば間に合うだろう」
 ベッドから起き上がって伸びをしたアキラの楽観的な口調に、悠真はこれ見よがしにはぁと深い息を吐く。
「さすがに会議の日に、これはね……
 ベッドの端に転がったワイシャツをつまんで持ち上げる。昨日まではまだ綺麗だった白い生地は、今や汗の匂いに加えて皺だらけで見るに堪えない状態だ。だから一度家に戻ろうと寝る前に固く誓ったはずなのに、うっかりしてしまった。
「今から雑貨屋寄るのもなぁ」
「六分街の141に、ワイシャツのラインナップはなかったと思うけれど」
 アキラの冷静な指摘にがっくりとうなだれたところで、ふと名案が浮かぶ。
「じゃあ、アキラくん。あんたの服を貸してよ」
 さらりと口から出たのは、特に何の気はなしに「現時点における最適解」として出した悠真なりの答えだ。しかしこの言葉に対し、アキラはこれまでの悠長さを消してどこか戸惑うような素振りを見せた。
「ぼ、僕の?」
「うん。ワイシャツ、あんまり着てるところ見ないけど、一枚くらいない?」
「それはまぁ、あるけどね」
「じゃあそれ貸して。ちゃんと洗って返すから」
「H.A.N.D.の制服じゃなくてもいいのかい?」
「シャツは別に規定はないよ」
 言いながら、悠真はシャツ以外の支度を始める。一分一秒が惜しい。すぐにでも出られるようにしておかなければ、と目の前で着替え始める悠真を見て観念したのか、アキラは部屋の端にあるクローゼットを開けて中を物色し始めた。
「真っ白なのはこれしかないけれど」
 しばらくして差し出されたのはオーソドックスな白のワイシャツだ。受け取って袖を通してみると、やはり背格好が近いからか綺麗に身体にフィットした。
「うん、ぴったり」
「そうかい? 良かった……君は僕より筋肉質だから、僕のだと少しキツイかな、って」
「なんだ、そんな心配してたんだ。全然。ちょうどいいよ」
「心配してたのはそれだけじゃないけどね……
 歯切れの悪いアキラの顔を覗き込む。何故か顔を赤くした彼は、ぼそぼそとか細い声で心境を吐露し始める。
……君の職場に、僕の服を着て君が行く、という状況がなんだか恥ずかしくて」
「? そう? 別に気にしないのに」
「君がいいならそれでいいよ」
 どこか諦めたように苦笑するアキラに首を傾げつつ、時計を再度確認して、悠真は急いで服を整える。
「恥ずかしいっていうなら、ジャケットも着ようか? そしたらいつもと違うとは誰も分からないよ」
「そう、だね」
「あ。服はあとで洗って返すから!」
「いいよ。そのまま夜に返しに来てくれたら」
 それはつまり、また夜も会えるということだ。絶対に仕事を定時で終わらせようと心に誓い、電車の時間を検索しながら悠真は慌ただしくビデオ屋を後にした。


 いつもと違うね、と指摘してきたのは蒼角だった。
 どきりと跳ねる心臓を悟らせないように、悠真はにっこりと笑みを作る。
「あー、ジャケット着てるから? 久しぶりの会議だしね、ちゃんとしないと」
「見た目もそうなんだけどぉ……うーん、なんだろ?」
 会議室に向かう道すがら、蒼角はうんうんと悠真の隣で唸っている。先に向かっていた柳と雅が待機している場所に辿り着いたところで、蒼角は「あっ!」と明るい声を上げた。
「ハルマサからプロキシの家の匂いがする!」
 三つの視線が悠真に突き刺さる。答えが出せて満足そうな蒼角、無表情でじっと見つめてくる雅、キラリと光らせた眼鏡の向こうでどんな目をしているかわからない柳。その場で硬直してしまった悠真は、動けるようになってすぐに自分の腕を持ち上げて、すん、と嗅いでみた。
……しないよ?」
「えー、するよー。プロキシのお部屋のベッドがね、そんな匂いだったもん」
 ほう、と雅が感心したような声を上げる。それが蒼角の嗅覚に対するものなのか、今の発言に対するものなのかは分からない。だが悠真の心には感心などという優しい感情は湧かず、雅の意味ありげな反応も気にならないほどの焦りが生まれていた。
「ちょっと待って蒼角ちゃん、その言葉はちょっと聞き捨てならないな。どういう状況? 蒼角ちゃん、アキラくんの部屋に泊まったことあるの? ベッドで寝たの?」
「え、えっとぉ……それは……ぷ、プロキシとわたしの秘密!」
 よほど言いづらいのか、柳の方をちらちらと見ながら蒼角は誤魔化す。柳の方は何故か静観ムードで、これはおそらく何か事情を知っているからこその見て見ぬふりだ。
 アキラに関して自分はすべてを知っているわけではなく、もちろん知らなくて良いこともたくさんあるとわかってはいる――しかしそれはそれ、これはこれ。
 好きで堪らなくて、どうにか恋人という立場を手に入れたばかりの自分からすると、やはりどうしても気になってしまうことで。ずい、とさらに蒼角との距離を詰める。
「蒼角ちゃん、ちょっと僕ときっちりお話を……
「浅羽隊員。もう会議の時間です。あと、蒼角に余計なことを吹き込んだら、どうなるか分かってますよね?」
 凛とした声で保護者ストップが入ってしまい、ちっと内心で舌打ちをする。しかし冷静になってみれば、目の前であわあわと視線を彷徨わせる蒼角にアキラとのあれそれを想像するのは無理な話だ。恐らく何か事情があって、弱った蒼角を部屋に招いたらそのまま寝てしまった、といったところだろう。
 となるとやはり、問い質すべきはアキラの方だ。友人を部屋に招いては二人きりのビデオ鑑賞会を開いている彼を問い詰める権利は、恋人である自分にはあるはずだ。
 ふふ……と暗い笑みを浮かべる悠真を見て怯える蒼角の前に柳が立つ。
「勤務時間の後に何をするかは問いませんので、今は会議に集中してくださいね」
 開かれた会議室の扉を指し示されて、一気に現実を叩きつけられた悠真は深く息を吐くと、ジャケットを整えて彼らの後に続いた。
 同時に、アキラが懸念していたのはこのやりとりだということに気付き、にんまりと笑みを浮かべてしまい、隣に座った柳にテーブルの下で小突かれてしまった。


「私も最近、悠真からアキラの匂いをはっきりと感じるのだが。これは言った方がいいのか?」
「匂いというのはですね、慣れてしまえば違いに気付かなくなるものなんですよ。野暮はよしましょうね、課長」
……そうか。それはなんとも、羨ましいことだな」
 悠真が定時で帰宅した六課のオフィスの端で、課長と副課長がそんな会話をしていたことなど、当人たちは知る由もないのだった。