みずあめ
2026-01-05 22:51:19
4277文字
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久々綾

現パロ。

年明け早々、滝夜叉丸に強引に連れてこられた神社。普段なら野良猫がうろちょろするだけの境内は簡単に歩けないほど人でごった返していて、僕はすぐに帰りたいしか考えられなくなっていた。
「これ、本当に並ぶつもり?」
「? 当たり前だろう。並ばなければお参りができないではないか」
……お参り、そんなにどうしてもしたいの?」
ぽつりと呟いた言葉に滝夜叉丸が目を丸くして、呆れたようにはぁと息を吐く。吐き出した息は真っ白だ。ほら、こんな寒い中並んでたら、風邪引いちゃうよ。
「帰りに汁粉を買ってやる。どうせ家でゴロゴロしているだけだろう、少しくらい付き合え」
……あったかいお団子も食べたい」
「それは自分で買え。近くに屋台が出ていたからきっとあるだろう」
「うん」
仕方ないから付き合ってあげる。ぐるぐる巻いたマフラーに口元を埋めたから、吐き出した息が白く霧散することはなかった。
ほんの少しずつ進む参拝の列を二人で話しながら(ほとんど滝夜叉丸の一人語りに僕が相槌を打っているだけ)、ようやく辿り着いた賽銭箱に小銭を入れて手を合わせる。ええと、お願いごと……とりあえず、健康に過ごせますように。隣を見れば滝夜叉丸はまだ目を瞑って手を合わせたままだったから、僕はもう一度前に向き直り、僕の好きな人も健康に過ごせますように、とさっきよりちょっと真面目にそう願った。
ようやく人混みから抜けたのに、おみくじと御守りを買いたいと言い出した滝夜叉丸に僕は顔を顰めた。だって同じように考える人が山のようにいて、そっちも行列ができているから。
「まだ並ぶつもり?」
「すぐに済む。おまえは何もいらないのか?」
「僕はお団子が食べたい」
「全く……。わかった、それでは入り口のところで落ち合おう」
「おっけー。じゃあ後で」
滝夜叉丸と分かれて、人の間をすいすいと抜けて屋台に向かう。お団子屋さんの前にも数人並んでいたけれどさっきまでの行列を思えば一瞬だ。
いそいそと列の最後尾に並んだ僕は、前の人を見て無意識のうちに「え」と声を溢してしまった。
「ん? あれ、喜八郎じゃん」
「え? ……本当だ。喜八郎も初詣に来てたんだね」
僕の声に振り向いたのは、高校の時の一学年上の先輩、尾浜勘右衛門さんと久々知兵助さんだった。どうやら二人もこの神社に初詣に来ていたらしい。
ほんのり赤くなっている久々知先輩の鼻先を見つめてから、僕はぺこりと頭を下げた。
……あけましておめでとうございます、尾浜先輩、久々知先輩」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくね」
「あけおめー。喜八郎、一人?」
「滝夜叉丸と一緒です。御守りを買うとかで、僕は先にこっちに」
「ああ、滝夜叉丸か。仲良いよなーおまえら」
「やめてください。先輩たちこそ、わざわざ一緒に来てるじゃないですか」
「俺たちはまあ、仲良いから?」
「あはは、そうだね。喜八郎、お団子は滝夜叉丸の分も一緒に買うの?」
「いえ、僕一人分です」
「じゃあ一緒に買ってあげる」
「え」
「みたらしとあんこ、どっちにする?」
「え、いや、自分で買いますよ」
「先輩が奢るって言ってるんだから奢られとけ。兵助、俺はあんこ」
「勘右衛門は自分で買えるだろ。喜八郎?」
……みたらしで」
「了解」
久々知先輩はにこっと笑い、ちょうど買う順番になったお団子の屋台で自分の分と僕の分のお金を払った。すぐにお団子が渡されて、受け取った二つのうち一つを僕に差し出す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。熱いから気をつけてね」
「はい。……先輩、お汁粉食べますか?」
「うん?」
「この後、滝夜叉丸と食べに行こうって話してて」
「まだ食べるんだ。ちょっと待ってて」
あははと優しく笑って、久々知先輩は自分の分のお団子を買ってきた尾浜先輩に声をかけた。
今日はもう特に予定ないよな?なに、喜八郎とデートにするの?違うよ、二人がこれからお汁粉食べに行くから一緒にどうって。なるほどね、行く行く。
「よし。喜八郎、俺たちも一緒に行っていい?」
……はい。ぜひ」
「あ、でも滝夜叉丸に驚かれちゃわない?」
「大丈夫だと思います。……あの、入り口のところで待ち合わせてるので」
「うん、じゃあ行こ」
歩き出した僕の隣に久々知先輩が並ぶ。ちらっと振り返って見たら尾浜先輩は何も気にする様子なく僕たちの後ろを着いてきていて、美味しそうにお団子を頬張っていた。ほっと息を吐いてから、すぐ隣を歩く人を見上げる。
「ん?」
……お邪魔じゃなかったかな、と」
「ええ? どうして?」
……いいならいいんですけど」
「喜八郎も初詣に来るんだったら誘えばよかったな。あんまりそういうの興味ないかと思ってた」
「興味はないですね。今日は滝夜叉丸に引っ張って来れられただけで……でも、久々知先輩が誘ってくださるなら、行きますよ」
……そっか。じゃあ来年は誘う」
久々知先輩の笑みを見て、僕はぐっとマフラーに口元を埋めた。陽が出てきたからかな、いつのまにかぽかぽかと暖かい。
神社の入り口に着いて、邪魔にならないよう端っこに寄ってからお団子に齧り付いた。寒い中参拝の列に並んだ後に食べるみたらし団子はとびきりおいしく、つい口角が緩む。おいしい?と聞かれて頷くと久々知先輩は嬉しそうに笑った。
「は……久々知先輩と尾浜先輩……!?」
「あ、滝夜叉丸」
「あけおめー」
「あけましておめでとう、滝夜叉丸」
「あけましておめでとうございます! 喜八郎、ちょっと来い!」
「え?」
ようやく買い物を終えてやって来た滝夜叉丸は先輩たちへの挨拶もそこそこに僕の服を引っ張り、久々知先輩たちから離れたところで立ち止まった。慌てたように目を丸くして「約束していたのか!?」とあまり小さくはない声で囁く。
「ううん、たまたま会っただけ。あ、先輩たちもお汁粉食べに行きたいって、いい?」
「はあ……!? それならおまえと久々知先輩と二人で行け……!」
「ええ? なんでよ、おまえが奢ってくれるんでしょ」
……喜八郎、おまえ、まだ久々知先輩と付き合っているよな?」
「うん、付き合ってるよ? それがなに?」
「デートをしろと言っている。おまえのことだ、自分からデートに誘うことなんてないのだろう。せっかく会えたのだから二人で過ごしたらいいではないか」
「たまたま会っただけで、僕も先輩もお互いに一緒に来てる人がいるんだから、二人で抜けるのは失礼じゃない? それに心配されなくたってちゃんとデートしてるし。僕から誘うことだって……何回かはあったよ」
高校の時に久々知先輩に告白されて付き合い始めてから、別々の大学に進学した今でも先輩との付き合いは続いている。お互いの誕生日を祝ったり、夏休みにちょっと遠出してみたり、それについこの間のクリスマスも二人でごはんを食べたし。滝夜叉丸の余計なお世話は全くもって不要だった。
「だったら年末年始も家でゴロゴロしているだけではなく誘え!」
「もー、うるさいな……。滝夜叉丸はお汁粉食べたくないの?」
「そんなことよりおまえと久々知先輩がだな」
ぺちゃくちゃと喋り続ける滝夜叉丸に呆れて視線を逸らしたら、むこうから久々知先輩が近付いてくることに気が付いた。口を開こうとするとしぃーっと唇の前で指を立てるので、そっと顎を引いて頷いて見せる。
まだ何か話している滝夜叉丸のすぐ後ろに立って、久々知先輩はとんとんと滝夜叉丸の肩を叩いた。
「滝夜叉丸」
「くくくく久々知先輩! すみません喜八郎は連れて行っていただいて構いませんので」
「くが多いよ」
「ふふ。どうして? 滝夜叉丸も一緒にお汁粉を食べに行くんだろう? 早く行かないと、混んでて入れないかもしれないから」
「ですから私のことは気にせず」
「滝夜叉丸、聞いて」
……はい」
優しい声音で、有無を言わせない。こういう時、やっぱりこの人に敵わないなぁと思わされて、悔しいけれど嬉しくなる。たった一つの歳の差でどうしてこんなに、かっこいいんだろう。
「気を遣ってくれてありがとう。でも喜八郎とはまた今度二人で出かけるから大丈夫だよ。きっとここで会えたのも何かの縁だから、今日は滝夜叉丸も勘右衛門も一緒がいいんだ。だめかな?」
……本当にいいのですか?」
「うん、喜八郎もいいよね?」
「また今度、二人で出かけるんですか?」
「そこ? うん、出かけようよ。デート、してくれるだろ?」
「ふふ、うん、いいですよ」
「てことで、決まり。勘右衛門がお腹空いたってうるさいから行こう」
「おーい、俺はなんも言ってないぞ。まあいいけど。話ついた?」
「うん。あ、ごめん滝夜叉丸、一個だけお願いしてもいい?」
「はい?」
「喜八郎の隣、俺でもいいかな?」
「は」
「ええ、もちろんです!」
「あはは、じゃあ俺は滝夜叉丸の隣に失礼しまーす。俺たちが先に歩いてやろうか? 見ないから、手でも繋いでどーぞ?」
「揶揄うなよ」
笑いながらそう答えた久々知先輩は僕のことを見ると一瞬えっと驚いた顔をして、それから幸せそうにふわりと笑みを浮かべた。ぷいっと顔を逸らせばくすくすと笑われてしまう。
「喜八郎、手繋ぎたい?」
「繋ぎません」
「あははっ。ごめんごめん。お汁粉奢ってあげるから許して?」
「お汁粉は滝夜叉丸の奢りです」
「あれ、そうなの? うーん、じゃあ次のデート、喜八郎の好きなもの買ってあげるよ」
……いい。いらないです。……次は、僕が誘いますから、大人しく待っていてください」
「え? ……喜八郎から、誘ってくれるの?」
「僕だっていつまでも子どもじゃないんですよ」
「子ども扱いしてるつもりじゃないんだけどな……
……
「本当に。ただ俺が好きな子のこと特別に甘やかしたいだけだから」
……タラシだ……
「ふ、喜八郎にだけだって。ほら、行こう?」
……はぁい」
差し出された手はぱしんと叩いて落とし、僕は上着のポケットに両手を入れ、首をすくめてマフラーに鼻先まで埋めた。久々知先輩の隣だから本当は全然寒くなんてないけれど、寒いからって言い訳をして手を繋ぐのも、顔を合わせるだけで笑っちゃうのも、先輩と二人だけの時がいい。僕らしくない僕でも笑ったりしない、久々知先輩にだけ見てほしい。
面倒臭くて仕方なかったけど、今日は強引に僕を家から連れ出した滝夜叉丸に感謝してあげてもいいかもね。