イヌノカニ
2026-01-05 20:06:27
14557文字
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創作BL・誕生日に祝ってもらえなかった子

ポスノベ風

施設育ちの主人公は、一つ年上の攻め君が唯一の甘えられる人。でも彼の1番は僕じゃない。
本を読む彼に寄りかかって、甘えるように肩に頭を預けていても、入ったばかりの幼い子が泣けば、彼はその子の元へ行ってしまう。



年に一度だけ、自分の好きなケーキが食べられる日。自分のためだけに用意された物。
そんな自分の誕生日が祝ってもらえなくなったのはいつだっただろうか。下の子達のインフルエンザ感染によって僕の誕生日がなくなってしまった。それから毎年、ずっと、僕の誕生日は無くなってしまった。



唯一、この攻めだけが毎年コッソリと祝ってくれた。でも僕は、やっぱり自分だけのケーキが食べたい。アルバイトで一生懸命貯めたお金で、カフェに行って自分のためのチョレートケーキを食べる。小声で「お誕生日おめでとう」と呟いた。ほろ苦い、大人の味がした。



帰りの電車が事故かなんかで、大幅に遅れてしまった。施設に着く頃には、門限を過ぎてしまった。攻めが駆け寄って来て「こんな時間まで何をしていたんだ。」と怒鳴る。「今日は何の日か分かってんのか。」今日は僕の、誕生「朝、✳︎が賞を取ったから、みんなでお祝いしようって約束しただろ。」



この時の気持ちは、なんと表したらいいんだろうか。ただ、僕は透明になった。すっと透明になって、何もかもなくなった、ただの透明な物体となった。
「分かった。」ごめんとは言いたくなくて、それだけ返して何か言いたそうな彼の横を通り過ぎて自分の部屋へ行った。といっても彼と同室だから結局僕は一人になれないんだけれど。
ベッドのカーテンを閉めて、部屋の明かりも落として眠れもしないけれも、目を閉じた。



この日から僕は、彼にどう接して良いのか分からなくなった。話したくない。というのが正直な気持ちだった。彼が何か言いたそうにコチラを見ているのは知っているけれど、すぐに幼い子達に注意が向く。夜、カーテン越しに僕に声を掛けた時も、僕は寝たふりをして無視をした。



施設にいたくなくて、バイトをほぼ毎日入れて、心配そうに僕に声を掛けようとする彼も無視して、そんな毎日を過ごしていたら、彼が高校を卒業して就職し、施設を出る日になった。



皆んな泣きながら彼を見送るのに、僕は後ろの方でそんな様子を傍観していた。
僕の時はきっと、みんなこんな風に泣いてくれないだろう。



彼が僕の方へ気付いて駆け寄って来た。
するとギュッと抱きしめて「久しぶり」と声をかける。毎日、同じ部屋にいたのに変なの。あぁ、僕のせいか。すぐに彼は、また幼い子達に引っ張られてあっちの方へ行ってしまった。



僕の部屋は一人部屋となった。
歳の近い中学生になったばかりの子が文句を言うが、あと一年だけ我慢したらお前の部屋なんだぞ。と施設長が言うと、文句を言いながら大人言うことを聞いていた。



彼のいない部屋で一人。
寂しいとか、そんな気持ちもわかずに、僕は一人で窓を見るだけだった。
むしろ少しだけ、自由が手に入った。



そして迎える、僕のここでの最後の誕生日。
誰にも祝ってもらえない、誕生日。
最後だから「おめでとう」って言ってもらいたくなった。
ネットで検索かけて、レンタル〇〇というのを探す。恋人としても、友人としてもーー家族としても、好きに過ごして良いと書かれていた。



どこか彼に雰囲気が似ている人を選び、誕生日に一緒にカフェに来た。
「これ、どうぞ。」
今日のお金が入った封筒を渡す。

……ありがとう。その、君いくつ?」
「高校三年生です。貴方には今から1時間だけ、僕のお兄さんになってもらいたいです。」
「それは、いいんだけど、その、お兄さんは、、いや、なんでもない。」
「兄はいません。兄どころか、家族もいません。でも、兄みたいな人がいました。僕にとって兄かどうかは分かりませんが、施設のみんなにとっては良い兄でした。」
「俺はその人になればいいの?」
……いえ、ただ、一緒にケーキを食べて、……おめでとうって言ってくれませんか?僕はそれだけで満足です。」
「誕生日なんだね。」

頷くと、彼はメニューを開いた。
「なんでも好きなの選んで良いよ。今日はお兄ちゃんが、好きなの奢ってあげるから。」
もちろん、お金を払うのは僕だ。
変なの。でも、お兄ちゃんってこうなのかな。

「やった。ありがとう、お兄ちゃん。」
お兄ちゃん。の目を見て言うと、彼は目を細めて笑って僕の頭をワシワシと掴んで撫でる。

お兄ちゃん。あのね。
自然と学校の話とか、どうでも良い話とかが口から出てきた。目の前にいるお兄ちゃんが、うんとか、そうなんだ、とか相槌を打ちながら笑う。

そんな談笑をしているとケーキが届いた。
去年と同じケーキの上には、ウサギの砂糖菓子が乗っていた。驚いてお兄ちゃんの顔を見ると「サプライズ。さっき、こっそりお願いしてみたんだ。良かったね。お誕生日おめでとう。」
「うん。ありがとう」
そうお礼を告げると、なぜか彼は照れたように顔を赤らめてボソッと「懐かない猫が懐いてくれた気分。」と呟いた。



これは形式だから聞くんだけど、延長する?
と目の前の彼が聞く。あと5分だけ、僕のお兄ちゃんだ。
「延長はしないけれど、オプション追加しても良いですか。」
「えっ!?」
大袈裟に驚いたように言う彼。

「最後に、僕を抱きしめてくれませんか。」
両手を広げて言う。
彼は僕の方へ近付いてきて、優しく抱きしめた。
「お誕生日、おめでとう。こんな素敵な日に俺を選んでくれてありがとう。」

なぜだか、涙が出てきた。
「ありがとうございます。こんなに嬉しい誕生日、初めてです。」

僕から体を離すと、持っていたハンカチで涙を拭いてくれる。
「今のはハグは、俺がしたかったからお金は要らないよ。ケーキ代も本当は奢りたかったんだけど、どうしてもルールでダメなんだ。ごめんね。代わりに、今度会えないかな。」
驚いて彼を見つめると、「俺と友達になってよ。」と言われる。



その日は彼と連絡先を交換して、門限前に帰った。
帰ると、施設が賑やかだった。
笑い声に混じって聞こえる、攻めの声。どうやら彼が遊びに来ているらしい。邪魔をしたくなくて、コッソリと自分の部屋に戻った。



賑やかな声を聞きながらベッドに潜り込むと、スマホに通知が表示された。あの人だった。
どうやらまた会ってくれるらしい。嬉しい。こんな誕生日、初めてだった。
あぁ、今日はあの時間の続きの夢が見れますように。



朝目が覚めると、枕元にプレゼントが置いてあってそのリボンにはカードが一緒に付いていた。
「お誕生日おめでとう。」それと後から付け加えたように「今度、ゆっくり話そう。」と電話番号が書かれていた。文字で分かる。攻めだ。
もしかしたら、施設長から僕がスマホを買ったことを聞いたのかもしれない。でも、なんだか、攻めに連絡先を教えたくなくて、溜息をついた。
だって、何を話せば良いのか、何を連絡すれば良いのか分からない。



袋の中から、小さな箱を取り出す。蓋を開けると腕時計が入っていた。
「こんな高そうな物……。」今まで僕がもらったのは文房具とか、ハンカチとか、そういった物だった。去年は何も、言葉すらもらえなかったけれど。僕の誕生日、覚えていたんだ。あぁ、僕はたった1日で性格が悪くなってしまったらしい。攻めに苛立ちをぶつけるなんて間違えているのに。



もらった時計を手につける。重たくて、僕には不釣り合いに見えた。すぐに外して言い訳みたいに「これを付けていたら、みんなズルいって欲しがるかも知らないから。」と独り言を言った。



朝は忙しいだろうし、お昼休みになったら。
いや、やっぱり学校が終わってから。
ううん、仕事忙しいだろうしバイトが終わってからにしよう。
そうやって先延ばしにして、ついに最後の言い訳に使ったバイトまで終わってしまった。プレゼントもらったから、ちゃんとお礼は言わないと。ドキドキしながら公衆電話に入って攻めの番号にかける。自分のスマホを使う勇気はなかった。



呼び出し音が鳴る。それが長引く度に緊張が増していく。ついに、出る音が聞こえた。「も、もひ、も」「ただいま留守にしております。」その機械音声にホッとして肩をおろす。すぐに留守番サービスに繋がった。「あっ、た、誕生日プレゼントありがとう。えっと、あっ、受けです。……、その、えーと、……じゃあ。」受話器を切ると一つ不安が解消されたような気持ちになった。



レンタル兄目線

小学生の頃、学校の近くで猫が捨てられていた。可哀想だけれどほっとけなくて、でもウチは母親が猫アレルギーだから飼えなくて、その捨てられているダンボールに餌だけを運んでいた。大切にしていた、つもりだった。

ある日、学校へ行く途中で皆んなが噂していた。「あの猫、死んじゃったんだって。」「車に轢かれたらしいよ。」「人間慣れしちゃったからだって。」「誰、餌あげたの。あげちゃいけなかったんだよ。」

噂話を聞いて、走ってあの猫の家まで行く。そこは空っぽだった。呆れたように近くを歩いていたおじいさんが「その猫はもういないよ。早く学校に行きなさい。」と言う。

そのとき、自分がやってしまったことを理解した。助けてあげたつもりで、助けてあげられなかった。それが悪いことだった。

俺はきっと、あの日の後悔をいつまでも引きずっている。
そして、彼を見た瞬間。あの猫を思い出した。



「おはようございまーす。」
「おはよう。朝から元気だね〜。」
「俺と二つしか変わらないくせに、何言ってるんですか。大学生ってそんなに大変なんですか。」
「そうなんだよ。レポートに、バイトに、でも最近は悩み事があってね。」

今年になってこのアパートに引っ越してきた、攻めくん。高校を卒業して働いているのに、きちんとしていて毎朝会うと大きな声で、ゴミ袋を持っている姿を見る。きっと溜めずに、しっかり出しているんだろうな。



「悩み事?どうしたんですか。」
「いや〜高校生くらいの友達ができたんだけど、最近の流行りとか疎くてさー、どんな所で遊べば喜んでくれると思う?」
「う〜ん……俺の育った施設に一人だけ一つしたの子がいたんですけれど、彼はちょっと特殊で参考にならないかも。」
「本当!?参考にならなくても、参考になるんだよ。教えて。」
「よく窓辺に座って二人で過ごしていたんです。俺は本を読んでいて、彼は何もせず、俺にくっついてぼうとしてるんです。そんな彼ですが、シャチの挿絵が出てくる本はくいるように横から見ていて。読むスピードとか分からないから、ものすごくゆっくりページめくって……懐かしいなあ。」

そう嬉しそうに笑う攻めくんは、どこか寂しそうだった。

「彼と何かあったの。」
……俺が、酷いことしちゃったんです。彼の誕生日に彼の帰りが遅いときがあったんです。……誰かと過ごしたのかと思って、苛立ってしまって、つい怒鳴ってしまったんです。おめでとうも言わなかった。」

だけれど、あの後。と言い教えてくた。
翌朝、床にレシートが落ちていたらしい。一人分のケーキが注文されていた。そのレシートに書かれているお店を調べて訪ねたところ、どうやら彼は一人でケーキを食べていたらしい。

「うちの施設貧乏で、年長組の俺と彼だけ誕生日お祝いしないことになっているんです。でもやっぱり、ケーキ食べたかったんですね。今年こそはって思って会いに行ったらいなくて、きっと彼は今年も一人でケーキを食べたんだと思うんですって、えぇ!?」

俺はその話を聞きながら、滝のような涙を流していた。

「うん、うん。そんな子が世の中にはいっぱい溢れているんだな。よし、決めた。俺は、あの子と水族館に行ってくる。俺があの子を幸せにする。アドバイスありがとう!仕事頑張れよ!」

ちょっと、と戸惑っている攻めくんを置いて、俺は部屋に戻って水族館について調べまくった。



受け目線に戻る

今日は、あの人が水族館に誘ってくれた。
中学生の遠足で行った以来だった。楽しみ過ぎて、この日のために入った単発のバイトでも褒めてもらえたくらいだ。



「おーい受けくん!」
「あっ、お兄……、さん。」

お兄ちゃんと呼びかけて、なんて呼んだら良いのか分からなくなった。どうしたら良いのか分からなくて、帽子を深くかぶり直す。
すると上から帽子を外されて顔を上に向かされた。

「今日、君は客じゃないから。好き勝手やらせてもらうよ。顔をよく見せて。」

無理矢理目を合わせられる。こんなに誰かと目が合ったのは、いつ以来だろうか。

「うん、可愛い。」

ブワッと顔が赤くなる。顔を思いっきり背けて、帽子を奪い返して深く被り直した。距離を置いて見えているか分からないけれど、ちょっとお兄さんを睨む。

「うわぁ!ごめん、ごめん。会えて嬉しくて距離感間違えた。ほら、おいで。」

両手を広げて、そう言ってくるから、少しだけ近づいた。

「俺、〇〇。ほら、あそこに登録してあるの偽名だからさ。好きなように呼んで。」

〇〇さん。
太陽のように温かい名前だと思った。お金も発生しないのに、会いたいって言ってくれる。俺におめでとうと言ってくれた、〇〇さん。心の中で何度も名前を覚えられるように名前を呼ぶ。

「じゃあ、行こうか。ここね、シャチがいるんだよ。」
「シャチ?」
「そう、シャチ。受けくんシャチ好き?」
……分かんない、です。」
「敬語、使わなくてもいいよ。」

そう〇〇さんは言って、笑ってくれた。



水族館の中は不思議だった。
青くて、穏やかで、でも人が多くて、ちぐはぐな世界だと思った。
珍しい魚に驚いていると隣から「すごいね。」と聞こえてくる。魚を指さすと「あれは、あったこれだよ。へぇ、不思議な魚だね。」とディスプレイの説明を教えてくれる。
淡い水面から反射するまばらな光が、〇〇さんと僕を照らす。その世界を歩くとき、僕はまるで本の主人公になったような、別世界に来たような感覚になった。



大きなシャチに驚いていると、人に押されて〇〇さんと離れてしまった。
急にこの世界が怖く思えて、必死に〇〇さんを探す。右へ、左へ、必死にキョロキョロと〇〇さんを探すと「受けくん、こっちこっち。」と声が聞こえた。

彼の姿を見るとホッとして、勢いよく彼の元へ走り出す。手を伸ばして、彼の手を握りしめた。

それは自然な動作で、あまりにも自然に手を掴んでしまい、〇〇さんだと分かっていたのに、一瞬だけ、誰の手を掴んだのか、彼の顔に白いモヤが掛かったように分からなくなった。



「受けくん。」
声を掛けられて、顔をあげると〇〇さんがいた。
「ごめんね、はぐれちゃった。ビックリしたよね。」
頭を横に振る。
「そろそろお腹空かない?ここのレストラン美味しんだって、行こう。」
そう言いながら、手をほどこうとするから、僕は強く手を握り返した。

「あっ、……、えっと、人が多いから、はぐれないように、」

ーー人が多いから、はぐれないように手を繋ごうね。
頭の中で幼い頃、誰かに言われたセリフと重なった。

「うん。そうだね。じゃ、このまま行こうか。」
〇〇さんは優しく笑うと僕の手をひいて歩く。
俯いて一歩後ろを歩く僕は、〇〇さんが赤くした顔を隠すように歩いているなんて気が付かなかった。



この日から、僕と〇〇さんはよく会うようになった。
僕は特にどこかに出掛けるよりも、静かな二人だけの空間でピッタリとくっついて穏やかな時間を過ごすのが好きだった。

〇〇さんと二人で過ごす時間は誰にも奪われない。二人だけの時間だった。

同時にズキリと胸が痛む。

施設長からつけてあげなさいと言われて付けている、左腕につけた時計が重くて、辛かった。時計の針が進む度、薄れていくはずの彼との記憶が、思い起こされる。



「攻めくんが、今度の日曜日会いたいんだって。バイト入ってなかったよね。」
施設長に言われる。
「その日は、友達と遊ぶ予定があって。」
「じゃいつなら会えるの?寂しがってたよ。会ってあげなさいよ。」

僕は上手く返事ができなかった。



「俺の近所に、高校卒業してすぐに働いている子がいるんだけどね。しっかりした子でさ〜いや〜俺来年就活とか信じられない。」
……。」
「なにかあった?」
「いや、僕も来年から働くから。」
「そっか、そうだよな。偉いな〜頑張れよ。」

そう言いながら頭をくしゃくしゃに撫でる〇〇さんに気持ちが温かくなる。

「施設出て行かなきゃいけないんだっけ?」
頷くと、〇〇さんは何か考える素振りをした。
……一緒に、住む?」
目を大きく見開いて〇〇さんのことを見る。

「あっ、いや待って、いきなりそんなの嫌だよな。あっそうだ、とりあえず、一回ウチに泊まりに来ない?その近所に住む子が知り合いの高校生が好きそうな映画を教えてくれたんだ。だから、その一緒に夜遅くまで起きてさ、ポップコーン食べながら、とか、見ない?」

「うん。でも、ここ遠いから。」
「えっ、あ、そうか、そうだよな、ごめん忘れて。」
「僕、嘘つく。」
「えっ!?」



どこかに泊まる場合は、外泊届けというのを施設側に提出しなければいけない。そこには誰の家に泊まるのかと、住所が必要だった。
よく攻めは自分の誕生日になると、誰か友人の家に泊まりに行って行った。
その様子をよく見ていたから分かる。

学区近くの友人だと、すんなり受理されるが、それ以外の場所や遠いところだと、根掘り葉掘り聞かれる。

レンタル兄を利用して知り合った人と遠い場所で会うなんて言ったらどうなることやら。

だから僕は嘘をつくことにした。



翌朝、学校に行くと目星の同級生に視線を向ける。
クラスの中心にいて、地味で目立たない僕にも優しい彼だ。
授業中に分からないから教えてーと声を掛けてくれた事がある。すぐに友人たちの輪の中に行ってしまったが、分け隔てなく誰とでも接する彼は優しい人だろう。



昼休み、購買に一人で向かった彼を待ち伏せした。
「あ、あの、◇くん。」
「うわっ、びっくりした、受けか。」
「きゅ、急にごめん。その、二人で話したい事があるんだけど、ちょっと、いいかな。」
「えっ、あっうん。全然いいけど。」
なぜか彼は照れくさそうに頬をかいていた。



日陰になっている空き教室で二人きり。
ソワソワした様子で僕の言葉を待つ彼に、僕は思いっきって言ってみた。
「住所と名前貸してくれない!!?」

声量を間違えて大きな声で叫んでしまった僕に、◇くんはキョトンとして「えっ?」とだけ返した。

「あ、あの、僕友達の家に泊まりに行きたいんだと、ちょっと遠くて、だから申請するときに住所と名前を借りたいんだ。」
「ま、待って、なんか危ない事とかじゃなかて?」
「うん。」

そう言ってポケットから、申請書の紙を取り出す。
「これに書いてもらって、提出するだけだから。」
……なんで、その友達のことは書けないの。」
「そ、それは、」

言い訳みたいに、彼は遠くに住んでいること、そうすると申請が大変だということを説明した。

「おかしいじゃん。なんで、そんな遠くに住んでいる人と友達になったの。普通ならないよね。」

問い詰められるように言われてしまい、言い訳も思いつかなくて、僕は思わず、レンタル兄として知り合ったと言ってしまった。

「ダメだよ。そんな人の家に泊まりに行くなんて。名前も住所も貸せない。」
「いい人なんだ。悪い人じゃない。ただ映画を観るだけって、お願い。僕、どうしても行きたいんだ。」

はあ、とため息を吐いて、頭の後ろをかきながら◇くんは言った「じゃあ俺も行く。」



高校の同級生に、一緒に泊まることを条件に申請時に名前と住所を借りられることになったと、〇〇さんに説明すると「まあ、そうだよな。俺あやしいよな……。」落ち込んだ様子で言っていた。



〇〇さんは「せっかくだから、近所に住む前話した子も招待したよ。四人で朝までワイワイ楽しもう。」と笑顔で言ってくれた。



当日、〇〇さんの近所に住む人は夜遅くまで仕事らしく、後から合流するとのことだった。
僕らは近所のスーパーに行き、お惣菜やお菓子を買って行く。
奢るよと優しく言う〇〇さんに、◇君は「いえ、大丈夫です。」「あまり受けくんに近寄らないでください。」とずっと警戒した様子だった。



前に話していたシャチの映画は、近所に住む人が来てから観ようという話になって、三人でたわいのない話をしながら過ごしているうちに夜が更けていって、気が付いたら◇くんは眠っていた。
僕は、眠っている◇をチラリと見て起きる様子がないのを確認すると、音を立てずに静かに、〇〇さんの隣に行った。



優しく僕の頭を撫でながら「どうしたの?」と聞く。僕はこの優しい目が好きだった。その手を頬にもってきて、頬を擦り付ける。「甘えん坊さん。」そう子供に言うように言われると、少し不貞腐れてしまう。でも、僕は彼の前では自分でも否定できないほど、子供だった。

撫でられると嬉しくて、一緒にいてくれて、僕の我儘を聞いてくれる、優しい人。

ーー優しい人。

〇〇さんは、〇〇さんなのに、僕は酷い。



「この前の、一緒に暮らさないかって言ってくれた話だけど」
「う、うん!」

〇〇さんは緊張と期待を込めて言った。

「ごめんなさい。」
……そっ、か、うん。いいよ。急だったし、気にしないで。」
「僕、ずっと〇〇さんを、代わりしていた。」

今にも飛び出して行ってしまいそうな涙を必死に堪えながら言う。泣く資格なんてないのに。

〇〇さんは「うん。」と優しく返事をした後に、僕を抱きしめて背中をそっと撫でる。
僕は懺悔するように、話を続けた。



施設で育った僕には親がいない。
施設長は皆んなに平等に愛を与える人だけれど、他の子達みたいに自分だけに愛を与えてくれないのは、幼い頃にはもう分かっていた。

だから僕らは、皆んな攻めに愛を求める。
親じゃなくて、僕らに優しさをくれる攻めが皆んな大好きだった。

大人に近付くにつれて、だんだんと分かっていく。攻めも一番の愛をくれないことに。
それでも僕は、攻めの愛を求めて、近くにいた。皆んなに与える愛からこぼれ落ちた一欠片を求めて、彼の隣にいた。

その一欠片の愛ですら、温かくて、それが僕が知る愛というものの全てだった。

ある日、それが崩れ去ってしまった。
与えられると信じていた愛が、僕には与えられなかった。彼からもらっていた愛を求めて、あの誕生日にお金を払って手に入れようとした。



「そうして出会ったのが、〇〇さん、あなたでした。」

泣くのを堪えて、声を詰まらせながら言うのを背中を撫でながら優しく聞いてくれる。

「手を繋いだのも、肩にもたれて一緒に過ごすのも、添えられた手に頬を寄せるのも、全部、あの人と過ごした時間を追ったものでした。」

ごめんなさい。ごめんなさい。
何度も繰り返し謝りながら言う僕に「いいんだよ。」と〇〇さんは言う。

「代わりでもいいんだよ。謝らないで。本当は気付いてた。でもね、俺はそれでも良いって思ったんだ。」

力をさらに込めて、僕を抱きしめる。

「受け君と過ごす時間は温かくて、幸せなんだ。こうやって受け君が近くにいて笑ってくれる時間が、とても大切で、手放したくないって思ったんだよ。」

堪えていた涙がついに落ちてしまって、〇〇さんの肩を濡らす。

「今は代わりでも良いよ。……でも、俺負けないから!」
「え?」

訳が分からずキョトンとしてしまう。

「もし、受け君にとって俺が代わりじゃなくなったとき、伝えたい事があるんだ。聞いてくれる?」

頷くと、〇〇さんは僕を体に寄せて寝そべり、背中を撫でてくれた。その手が心地よくて、僕はウトウトと眠ってしまった。



部屋にピンポーンとチャイムが鳴る。
しばらく経ってもう一度、ピンポーンと鳴ると、苛立ったように◇君が「はいはい、今開けますよ!」と言った。

家主は、愛おしそうに自分の気になっている子を抱いて二人で寝息を立てている。

ガチャリと部屋の鍵を開けると、そこには優しそうな男の人がいた。
「えぇーと、攻めさんですか。」
「うん。君はもしかして、〇〇さんが言っていた子かな?」
「あー、多分ちがいます。その友人です。あの人、今寝ちゃってて、とりあえずどうぞ。」

そう部屋の中に案内する。
コンビニで買ってきたという大パックの小さなシュークリームがたくさん入った物を二つ買ってきていた。この人もなんだかズレているのかも知れない。

あそこで寝ちゃってて、そう言って指をさす前に攻めさんは低い声で「は?」と呟いた。

シュークリームが入った袋を、その場に落として勢いよく彼らの元へ行き、受けを無理矢理引き剥がした。

驚いて見ている間に、受けも、〇〇さんも目を覚ましたようで、何が起きたのか分からないといった様子で攻めさんを見ている。

攻めさんは受けの腕をまくると、何もついていない手首を見て苛立って舌打ちをし「荷物は後で取りにきます。」と恐ろしいくらい冷たく冷静な声で言って、受けを連れて部屋から飛び出して行ってしまった。



なんでここに攻め君が。
戸惑っている僕をよそに、攻め君の家だと思われる場所まで連れてこられた。そこは〇〇さんの家から二つ隣のくらいの部屋だった。

部屋に着くと、さっき〇〇さんと眠っていたときみたいに抱きしめられるように、でも〇〇さんとは違って痛いくらいに、強く抱きしめられた。

「攻め、く、痛い。」
そう言うと、攻め君は僕から体を離して、スマホをポケットから取り出した。

「もしもし、攻めだけど。」
「急にごめんね、あの受けなんだけど。」
「あぁ、そうそう。それでその友達の家で熱出ちゃったみたいで、うん、施設長も看病大変でしょう。インフルの時みたいに移って大変なことになったらいけないし、しばらく俺のところで預かろうと思って。うん。平気。任せて。じゃ。」

攻めはスマホを切ると、そのまま遠くへ放り投げた。

「酷いよ。〇〇さんが話してた子、受けの事だったんだね。水族館楽しかった?二人で一緒に過ごしたんでしょ。俺がっ、俺が教えたことで、教えなきゃ良かった……!」

掴まれている腕が痛む。
「攻め君、」
「なんで、時計してないの!??」

「ご、ごめん。」
とってつけたように、あの時と同じ言い訳を言う。
「みんなが欲しがったら困るから。」
「そんなの放っておけば良いでしょう。」

なんだか、その言葉に違和感があった。
みんなに愛を与える攻めくんから出てくる言葉だとは思えなかった。



「受けは良いね、みんなから愛される。」
「何言ってんの……。それは攻め君でしょ。」
「親に捨てられた俺と、事故で両親を失った受けとは全然違う!だから、俺は、良い子にならなきゃいけなかった。」


攻め目線

親から言われた最後の言葉は「やっと解放される」だった。「お前さえいなければ、」「どうしてこんなこともできないの。」「悪い子。」それが次に覚えている言葉。

施設に入って、施設長から優しく抱きしめられたことを今でも覚えている。
同時に思った、今度こそ捨てられないようにしないと。

その日から俺は、積極的に手伝いをした。
失敗しないように、褒めてもらえるように、良い子であるように。

あっという間に兄としての立場を手に入れて、これですぐに捨てられる心配はないだろうと思った頃だった。受けが来たのは。

ボロボロになったウサギのぬいぐるみを片手に、毎日泣いていた。
「ママはどこ?パパはどこ?」
施設長は「お星様になっちゃったんだよ。」とか子供騙しのことを言う。施設長は他のこともやらないといけないのに、あの子が泣いているから何も出来ない。だから、俺は受けに近づいた。

気休めの励ましを言い、施設長の真似をして抱きしめる。耳が痛くなるほど大きな声で泣く声にうんざりする。
「このウサギのぬいぐるみはママが作ってくれたんだよ。」
ーーあぁ、今すぐにでも、このぬいぐるみをぐちゃぐちゃに裂いてしまおうか。

それから数ヶ月も経つ頃には、両親が亡くなったと言う事実を受け止めたのか、泣かなくなった。
泣かなくなった受けは、悪い子だった。

一人でボタンをきちんとしめられない。
箸を正しく持てない。
俺を走って追いかけて来て転ぶ。

世話がかかる。

そんな時だった、俺に対して妙な噂が流れたのは。



施設に視察という名目で市の偉い人たちが来ることになった。俺はもちろんその代表として施設を案内することとなった。

そんな様子を見ていた誰かが「攻めがいいとこの家に引き取られる。」と言ったらしい。
それが噂として広まった。

「ねぇ、ねぇ本当!?」「すごい、すごい!!」と周りの声に、俺は本当は違うのに否定したくなかった。俺なんかが選ばれる訳ないだろ。選ばれるような存在になりたい。そんな二つの気持ちが対立する。

ふと、受けを見ると目にいっぱい涙を溜めていた。どうしたの?と近寄ると、ついに大きな声で泣き出してしまった。
また、あの時に逆戻りだなとうんざりしながらも抱きしめて宥める。

「やっ、」
「なにが、嫌なの?」
「攻め君、いなくなっちゃ、いや。」

その言葉が衝撃的だった。
だって、俺は受けの前では良い子でいられない時があった。泣き虫な彼に苛立って強く言ってしまったことも、ボタンを閉められない彼に苛立ったことも、そして、食器を洗っている時に落として割ってしまったところも彼に見られていた事があった。内緒と手でジェスチャーすると嬉しそうに笑ってジェスチャーを返した。あの時、俺は無理に笑顔作って笑っていたが心の中では絶望に染まっていた。

だから俺はきっと、この子は俺のことを嫌いだと思っていた。

「な、なんで。」
「だって、僕、攻め君のこと世界で一番大好きだから。」

あれー、攻め君も泣いている。どうしたのー?周りの子達がガヤガヤと集まって言う。そんな声にも構わずに、俺は受けのことを強く抱きしめた。



手が掛かる、何も出来ない、ダメな子。
そんな子でずっといて欲しくて、この可愛さも、愛おしさも、誰にも知られたくなかった。
だって彼は愛されていた子。当然のように、愛される子。

この世界に沢山いる、俺よりも良い子たちに簡単に奪われてしまうかも知れなかった。

だから俺は、子供を引き取りに見学に来た人がいれば受けを隠したし、他の子が近寄ってくる前に俺がその子の元へ行った。

幸い、この施設の子供であることで、上手く立ち回れなかった受けは、傷付き、人付き合いが苦手な子へ育って行った。

施設長から資金の遣り繰りが難しいと話を聞いた時は、俺と受けの誕生日は祝わなくても良いよと提案した。「受けには俺が言っておく。わかってくれると思うよ。」そう言って、言わなかったのは、俺だけが受けの誕生日を祝う人になりたかったからだ。

同時に、受けが苦しんでいるのが分かったから、俺は自分の誕生日に適当な友人の名前と住所を書いて、一人で過ごした。罪滅ぼしのつもりだった。

そうやって独り占めして、彼から好かれる事が俺の生きる意味だったのに、たった一度の嫉妬による失敗で、簡単に横から奪われてしまった。

だって受けは、誰からも愛される子だから……



「攻め君、ごめんね。」

彼の頬に手を伸ばして、涙をそっと拭う。

「ごめん、僕、ずっと攻め君は完璧な人だと思い込んでいた。」

手で拭っても間に合わなくて、僕の頬にも攻めくんの涙がこぼれ落ちる。

「誰からも愛される、完璧な人。違うんだね、攻め君も寂しかったんだね。」

攻め君は僕の背中に手を回して、力強く抱きしめる。
僕もその背中にそっと手を回した。

「ごめん。僕もらってばかりだった。攻め君から愛をもらってばかりで、それがもらえないと悲しくなって、なんて我儘だったんだろう。」

暗がりの中で、部屋を見渡す。
入った時から感じていた違和感。片付いた部屋、いや片付き過ぎている部屋。
不自然なくらい、ちょうど半分が空っぽだった。

「俺は、受けがいない部屋で過ごすのが、耐えられないくらい辛かったのに、受けはそうじゃない。」

「ごめん。」

「この部屋、あとは窓辺に二人で座れるソファを買って、……受けがいれば完璧なんだ。」

「攻め君が本を読んでいて、僕が隣で体を寄り添って座るんだね。」

頷く攻め君の頭を優しく撫でる。

「僕はあの誕生日から、いろいろな事を経験したんだ。1日の出来事を思い出して、寂しい夜も、悲しい夜も、幸せな夜も、暖かな夜も過ごして来た。そうやって、また一年、大人に近づいていく。僕たちはきっと、あの日の延長線上にはいられない。」

「嫌だ。」

「代わりに新しい毎日を過ごしていこう。攻め君が、僕にもたれかかっても良いんだ。僕の一番は攻めくんだよ。」

嗚咽を上げながら、攻め君は泣いて、僕を抱きしめる。
その時、ドアをドンドンと激しく叩く音が聞こえた。



「攻め君。」
声をかけても、攻め君は無視をして、代わりに僕を抱きしめる力をさらに強めた。
「攻め君、みんな心配しているよ。」

ドンドンと激しく叩かれるドアを気にしながら言う。

「もう、行くよ。」

無理矢理起きあがろうとすると、攻め君は意外にも大人しく一緒に立ち上がった。
ドアの鍵を開けると、〇〇さんと◇くんがいて、心配そうにこちらを見ていた。

「えぇ、と、よく分かってないんだけど、どういうこと。」

暗い明かりのついていない部屋の明かりをつけて、僕は二人に事情を説明した。



「つまり攻め君と受け君は同じ施設で育った子で、あの話はお互いのことだったってこと!?」
「あぁ通りで。」

〇〇さんは驚いた感じで、◇くんは納得したように言った。

「最悪っ、わずかにあった希望が絶望的になっじゃん……!」と〇〇さんは叫び、「俺は同じクラスっていうのがあるんで。」と◇君は言うと、攻め君は僕を後ろから抱きしめた。

「本当やだ。隠しておきたい。」と僕の肩に頭を擦り寄せて弱々しく言う。

「聞いていたのと、この人だいぶ違くありません?」
「俺もこんな姿初めて見る。」
「僕も今日はじめてみました。」

みんなでクスッと笑い合う。

「あの、これから多分いろいろと話さなきゃいけない話があると思うんスけど、今日はとりあえず、最初の予定通り映画みませんか?」

◇君が提案してくれたことに、賛同するように頷く。
〇〇さんの部屋へもう一度移動しようとなった時に、振り向いて攻めのことを見る。

「僕ら二人だけの世界だけで良いと思っていたけれど、こうやって賑やかなのも楽しいね。」

そう笑って言うと、攻めは先を行く二人の方を見たあと、もう一度僕のことを見て笑った。

これから先の時間、僕は彼と一緒に迷いながら時間を刻むであろう。
毎秒刻まれる、その時々の感情も、僕らは毎年訪れる誕生日のような幸せを探して、一緒に生きていく。