萌音
2026-01-05 19:22:31
3142文字
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いつか桜の木の下で

稲妻の花を愛でるリオヌヴィ。
自家通販のおまけとしてつけさせていただいていた、御礼小噺です。
2025年5月発行の「愛を込めて花束を」の内容を踏まえたものになっていますが、こちらを読んでいなくとも十分お楽しみいただけます。

「リオセスリ殿は、桜の花を見たことがあるだろうか?」
リオセスリが書類提出のために最高審判官の執務室を訪ねると、徐にヌヴィレットが訊ねてきた。
「いや?ないな。なにせ人生の半分以上を水の下で過ごして来たもんでね」
……リオセスリ」
リオセスリの発言にヌヴィレットは不愉快そうに顔を顰めると、語気を強め、嗜めるようにリオセスリの名を呼ぶ。
敬称を付けずに呼び捨てにするのは、ヌヴィレットにとって看過できない事柄であったときだ、とリオセスリは心得ていた。それはリオセスリが自身を卑下するような物言いをした時によく見受けられる。確かに恋人(ヌヴィレット曰く番だが)関係にある相手がが自身を卑下するような言い方をすれば、心地の良いものではないだろう。
しかし今回ばかりは、あくまで訊ねられたから事実を述べただけなのだが、とリオセスリは肩を竦める。
「桜は稲妻を象徴する花だろう?知っての通り、俺はフォンテーヌから出たことがない。本や写真では見たことがあるが、さすがに本物はないさ」
「ふむ」
「そもそも稲妻はつい最近まで鎖国令を敷いていたんだ。むしろ本物の桜を見たことがあるっていうフォンテーヌ人を探す方が難しいんじゃないか?」
「確かに、それもそうだな」
リオセスリの返答に、ヌヴィレットは納得したように頷いた。
「しかし、なんでまた桜の話題なんて?稲妻との文化交流の一環か何かかい?」
鎖国を解いたばかりの稲妻との文化交流は、すこぶる好調であった。まだあまり数は多くないが、両国を行き来する観光客の数は右肩上がり。ヌヴィレットと社奉行家当主とのやり取りも定期的に行われているらしかった。
今回のヌヴィレットの発言もそれに関係しているものかとリオセスリが問えば、ヌヴィレットはそのことなのだが、と続けた。
「実はこの度、神里殿から桜の木を賜る算段となったのだ」
「ほう。そいつは良い」
両国の友好の証としてその地を象徴する樹木や花を贈り合うのは、国際交流の最もポピュラーな手段だ。稲妻の桜が植樹されるとなれば、新たな名所ともなり得るだろう。
「それで?どこに植える予定なんだい?フォンテーヌ廷なら観光客もアクセスしやすいだろうが、土地の広さを考えるとなぁ」
マシナリー工場の面を持つ要塞として何かこの事業に一枚噛むことはできないか、とリオセスリは思いを馳せる。土地の整備や桜の警備に使えるものはないだろうか。
とはいえ、遠い異国の美しい花を見ることができるというのは、単純に好奇心をくすぐられた。リオセスリ自身の半生を思えば、要塞の外、ましてフォンテーヌ国外の広い世界に触れるということは、夢のまた夢の話だった。そんなリオセスリに、ヌヴィレットはふふ、とどこか楽しげに笑う。
「すでにここで見れられるようになっている」
「ここで?」
今後の話かと思えば、すでに贈られた後だったらしい。ここで見られるということは窓から見られる範囲、パレメルモニアを囲む生垣の一角にでも植えられたのだろうか。それにしてはここに訪れたときは誰も気に留めていなかったように思うが、確かにお知らせも出ていなかったか、とリオセスリは数十分前のことを振り返る。
「こちらだ、リオセスリ殿」
ヌヴィレットは執務机の後ろにあるステンドグラスの窓辺へ移動すると、あれこれと思考を巡らせるリオセスリを手招きで呼び寄せた。そのヌヴィレットの仕草がどこか愛らしく、別の意味でも逸る思いを抑えながら、リオセスリはヌヴィレットの隣まで足を進めた。
「ほら」
リオセスリが自身の隣にやって来ると、ヌヴィレットは窓の外ーーではなく、窓台を指し示した。
「桜の木っていうのは随分と小ぶりなんだな……いや、小さすぎないか?」
ヌヴィレットがリオセスリに示したのは、窓台に置かれた鉢植えだった。そこに苔と、20㎝程の高さの小さな木が植えられており、枝には美しい薄紅色の花が綻んでいる。それは確かに以前リオセスリが写真で見た桜の花と相違なかった。
「これは盆栽というものらしい」
「盆栽……ああ、箱庭みたいなやつか。へぇ、結構本格的なんだな」
フォンテーヌにもドールハウスや箱庭等の文化はあるが、どちらかといえば子供が楽しむものである。
「確かに稲妻の文化を知るには良いが……これじゃあちょっとばかしインパクトに欠けるな」
桜という稲妻を象徴する花、そして実際の景色を鉢の中に忠実に再現するという盆栽は、稲妻独時の美的センスや文化を知るには良いものだが、両国間の友好関係を示すにはやや心許ない。するとヌヴィレットは、そうではない、とリオセスリの考えを否定した。
「これは私宛に、神里殿から個人的に贈られたものなのだ」
「そうなのかい?」
そう言われ、リオセスリはヌヴィレットとのやり取りを振り返る。ヌヴィレットは〝神里殿〟から桜の木を賜ると言っていたが、それは彼の人の役職ではなく、個人を指していたようだった。確かに、国家間の正式なやり取りであれば〝稲妻幕府〟や〝社奉行〟と表現することだろう。とんだ勘違いだったな、とリオセスリは苦笑する。
「いや、私の言い方も誤解を招くものだったな。もちろん、稲妻幕府の意向で社奉行所から桜の木が贈呈される話も出ている。ただ、輸送の面や管理面でまだ課題も多く、実現に至っていないのだ」
「なるほどな。しかし、いつの間にか神里サンとこんな贈り物をする仲になってるんだな?少し妬けるよ」
「何を巫山戯たことを。これは、君と……あ、いや、その……
何かを言いかけて、ヌヴィレットは口を噤んだ。しかし相手は鋭い観察眼と巧みな話術で相手を籠絡することに長けたリオセスリである。まして自分が関連していそうな事柄を見逃すはずもなく、ヌヴィレットは当然ながらリオセスリの追求を受ける。
「俺と、なんだって?」
「いや、それは、あの……
「ヌヴィレットさん?」
「あー……その……
「俺には言えないことなのかい?俺のことなのに?」
……
「悲しいなあ。ヌヴィレットさんは恋人の俺にすら話せないことをしてるんだなあ」
……人聞きの悪いことを言うものではない」
「じゃあ教えてくれるかい?」
そう詰め寄ると、ヌヴィレットは観念したように、少し躊躇いながらもこう答えた。
「これは……君と、稲妻の桜の花を見たいと思い、神里殿に無理を強いて依頼したのだ」
「俺と……
「このテイワット中の美しい景色をリオセスリ殿と共に見てみたい、といつか話したことを君は覚えているだろうか?あの時はまだ君と番ではなかった故、冗談だと言ったが……私としては決して冗談のつもりはなかった」
「ヌヴィレットさん……
「君と番った今でも、互いの状況がなかなか許さないが……こうした形なら、叶えられると思ったのだ」
そう言ったヌヴィレットの頬は桜のような薄紅色に染まっていた。
……っ」
リオセスリは込み上げてくる思いで胸が詰まる。喉元まで出かけた言葉を、一度飲み込む。伝えてしまって良いものか、けれど逡巡は一瞬だった。あの時とは違う。互いの想いを知らず、やり取りの中にたった一滴の本音を混ぜていた、あの時とは。
リオセスリはふ、と息を吐くと努めて穏やかに、言葉を紡ぐ。
「いつか、二人で稲妻に桜を見に行こう。稲妻だけじゃない。モンドの蒲公英も、璃月の山々も、スメールの雨林も砂漠も、ナタの火山も。このテイワット中を、二人で旅しよう」
リオセスリの言葉に、ヌヴィレットは花が綻ぶように嬉しそうに笑った。
きっと二人で見る稲妻の桜は、この笑顔のように美しいことだろうと思いながら、リオセスリはヌヴィレットの肩をそっと抱き寄せた。

END.