朝焼ケ小焼け、夕焼け小焼ケ、黒いクロい影法師、踏まレタらどウなる? 遊ビマしょ? 遊びまショ?
──影 踏 み 鬼 し テ 遊 び マ しょ
序章 いつもの不運と夕陰草
よく晴れたとある休日のこと。
委員会活動の一環として明け六つ頃から裏々山へと向かった忍術学園保健委員会の一同だったが、今日は
『薬草採取が上手く行ったかと思えば帰路は何故か倒木で道が塞がれおり、別の道を使えば獣道に迷い込み猪に追い回され、何とか猪を撒いたかと思えば一昨日の雨で地盤が弛んでいたのか全員
泥濘 に足を取られてぬかるんだ斜面を転がり落ちて行く』
……という不運に見舞われ気付けば日は沈みかけ次期に暮れ六つ、卯の刻から薬草摘みへ赴き早々に帰るつもりが七ツ刻も過ぎもう酉の刻間近である。
「
……よし、乱太郎の手当て完了!! 皆ももう歩けそうかい?」
度重なった不運により皆負傷した為保健委員会委員長の六年生、善法寺伊作を筆頭に滑落先で手当てをし合っていたのだ。
斜面を転げ落ちた際に両膝を擦り剥いた一年生の猪名寺乱太郎は伊作に手当てされ、その伊作は猪に追われた際に足元の小石に躓き転けて木にぶつけた額を三年生の三反田数馬に手当され、その数馬も迷い込んだ獣道を進んでる際に枝で切ってしまった右腕を二年生の川西左近に手当てされ、その左近は斜面を転げ落ちた際に擦り剥いた左腕を一年生の鶴町伏木蔵に手当てされ、その伏木蔵も斜面を転げ落ちた際に擦り剥いた右頬の手当てを乱太郎が担当していた。
取り敢えず各自手当ては済んだので各々片付けや周辺の確認へと動き始める。
「乱太郎、両膝盛大に擦り剥いたけども歩ける~?」
着物や身体に付着した泥やら木の葉やらを払いながら伏木蔵が訊ねる。怪我以前に獣道を駆けたり猪から逃げたり泥まみれになりながら転がり落ちたりとで衣服も荷物も薬草を入れた背負い籠も全てボロボロだ。
「まぁ擦り剥いただけだからわたしは大丈夫だよ伏木蔵。それよりも伊作先輩は額を打ってしまわれてるし数馬先輩は枝で腕を切ってしまわれてる
……早く忍術学園に帰らないと」
当の乱太郎は己の怪我よりも頭部の怪我と切り傷で重症度の高い先輩二人の事を心配しつつその場から立ち上がると日の暮れ始めた辺りをキョロキョロと見回す。斜面から落ちた先は鬱蒼とした木々と無造作に生い茂る
草筵 に囲まれ
迚 もじゃないが道とは言い難い。
「
……此処何処ですかね?」
「道に迷った挙げ句斜面から転げ落ちたんだから此処が何処だかわかる訳ないだろ」
乱太郎の問い掛けに呆れ混じりに答えたのは散らばった荷物を片付けていた左近だった。先輩の至極真っ当な返答に乱太郎は『ですよね』と申し訳無さそうに返す。
そんなやり取りをしている後輩を見つつ、保健委員会の中でも年長組である伊作と数馬がこれからどうするべきかの相談を開始する。
「うーん、滑落したとはいえ流石に裏々山の中腹辺りだろうね。この斜面を戻るのも危険だからこのまま進むしかないかな」
「そうですね、木が多いですが向こうの少し拓けてる場所からなら学園の
鐘楼 が見えるかもしれないですし」
「鐘楼かぁ、じゃあ移動する前に一度
耆著 で方角を確かめよう」
先輩達の話を左近と伏木蔵は横で大人しく聞いていたが、四人の様子を何処かぼんやりと眺める乱太郎の耳は話し声とは別の音を捉えていた。
ガサガサッ
「
……?」
それは、
叢 を揺らす様な音だった。
四人から離れて音の出所、斜面の小脇にある乱太郎よりも背高の
荊棘 の前に屈むと
夕陰草 を掻き分け隙間から覗き込んでみる。
すると大きな水溜まりに白い小さな獣脚が映っているのが見えた。
(小動物
……? それにあんなに大きな水溜まり、雨が降ったのは一昨日の筈なのにまだ残っているものなんだ)
一昨日は確かに一日中大雨だった。
甚雨 の痕跡は忍術学園内にも、学園の外にも、山道を歩いている最中にも見掛けた。
湿った岩や地面、
木 の
下露 、日陰に残る水溜まり
……それと先程足を取られた泥濘もあの雨が原因だろうと伊作が言っていたくらいだから大きな水溜まりくらいあってもおかしくは無いのかもしれない。
しかし乱太郎は草影から大きな水溜まりを不思議そうに只じっと眺める。
(まるで鏡みたいだ)
眼前に見える水溜まりは何故か一切濁っておらず、大きな鏡の様にその水面に白い獣の脚をハッキリと映しているのだ。
不思議と目を奪われる光景に魅入っていると水溜まりの向こう側が気になり行ってみたくなる。
そんな乱太郎の足が無意識に前へと進み出しそうになったのを止めたのは、先輩の焦燥した声だった。
「──って乱太郎どうしたんだい!!? 具合悪い? 他にも何処かに怪我
……あ! それともやっぱり両膝の怪我が痛くて歩けないんじゃ
……おぶろうか?」
いつの間にやら一人移動して自分達から少し離れた箇所に
蹲 る後輩の姿に、伊作は慌てて駆け寄る。
「へぁっ!? あ、あの、大丈夫ですよ伊作先輩! ちょっと物音が気になっただけで
……
──あれ?」
心配して駆け寄ってきた伊作に怪我が原因ではない旨を必死に伝えようとした乱太郎が立ち上がって振り向くと目に入ったのは
……鐘楼。
忍術学園でいつもヘムヘムが
半鐘 を鳴らすあの鐘楼がこの場所から見えるのだ。
「伊作先輩あれ! 学園の鐘楼です!」
「えぇ!? あ、本当だ!」
乱太郎と伊作のやり取りに気付いた数馬、左近、伏木蔵も急いで二人の側に行き鐘楼を確認すると皆
愁眉 を開く。
「よ、良かった~これで何とか帰り道はわかりそうだ」
「外出届に書いた帰還予定時刻は過ぎてしまいましたが門限までには間に合いそうですね数馬先輩!」
助かったと喜び合う数馬と左近の横で、伏木蔵はふと疑問を浮かべる。
「あれ、でも何でこの場所からは鐘楼が見えるのにさっきの場所からは見えなかったんだろう?」
先程まで居た保健委員が転がり落ちた現場をじぃっと眺め、次にいつの間にか乱太郎が移動していた現在地から鐘楼を確認すると滑落現場へと戻ってみる。
「この場所から向こう側を見ると
…………あ、大きな木が丁度被さってて鐘楼が見えないのかぁ~」
伏木蔵の現場検証で直ぐ疑問が解決してしまい、スリルとサスペンスな事件の予感が一瞬で過ぎ去った事に少し不服そうな顔を浮かべながら皆の元へとトボトボ帰る。
そんな後輩の様子を見て数馬と左近は顔を見合わせ『まさか
……』と
蒼褪 めた。
「落ちた場所からは丁度鐘楼が見えないって」
「こ、これも不運?」
「乱太郎よく鐘楼が見えるその場所見付けられたねぇ~」
未だ続いていた保健委員会もとい不運委員会の不運に戦慄する先輩二名を横目にあっけらかんと聞いて来た伏木蔵に乱太郎は苦笑を浮かべながら事の経緯を説明する。
「そこの茂みからガサガサ物音がしたのが気になって近付いただけなんだけどね」
乱太郎のその発言に四人は目を丸めて『え???』と疑問符を浮かべていた。
「乱太郎、さっきも『物音が気になった』って言ってたけど
……そんな物音なんてしたかな?」
「いえ、僕は聞いてないですね」
「僕も聞いてないです」
「同じく僕もで~す」
伊作、数馬、左近、伏木蔵は一様に首を傾げている。そんな委員会仲間を見て乱太郎は『ええ~?』っと驚く。
「つまり聞いたのわたしだけ? 結構大きな音だったと思うのですが
……」
ワタワタとする乱太郎をジトーっとした目で一瞥した左近が溜め息混じりに口を開く。
「それ、乱太郎が伊作先輩と数馬先輩の話聞かずに余所見してたからじゃないの?」
先程伊作と数馬がこれからの事を相談していた時、乱太郎は確かに先輩達の話し声よりも物音の方に意識が向いていた。だが余所見をしていたつもりは無いと頬を膨らませながら乱太郎は左近に食って掛かる。
「余所見なんてしてないですよ左近先輩!」
「してただろう? 現に一人で勝手に移動してたじゃないか。危ないだろ!」
左近も負けじと言い返すも実際の処、言い方こそ当たりがキツいがこれは心配から来る注意である。
先輩達の話を聞いていた時、隣に伏木蔵が居たのは確認出来ていたが乱太郎が一人でほっつき歩いていた事には気付けなかったのを何だかんだ少し気にしていたりするのだ。
お子様忍者二名が子供じみた言い争いを勃発させそうなのを伊作は『どうどう』と宥める。
「左近も乱太郎も言い合いしない! さぁ帰り道がわかったんだから早く学園に帰ろう」
そう笑顔で言うと左近と乱太郎の頭をそっと撫でて話を続ける。
「薬草は落としたりで減っちゃたけども全部おじゃんになった訳じゃないから仕分けないといけないし皆泥だらけだから早く風呂に入った方がいい、それに怪我も医務室でもう一度診るからね。日が完全に沈む前に急ぐよ!」
伊作の言葉に後輩達は『はい!』と元気よく返事をすると薬草の入った背負い籠を担ぎ直し鐘楼の見えた方角へと歩き出す。
ガサッ
「
……あ」
再び物音がして乱太郎は一人足を止めて振り返る。
(先輩方も伏木蔵も聞こえなかったって言ってたけど
……お陰で帰り道がわかったんだ、どうも有り難う御座いました)
乱太郎は物音がした茂みの方に軽くお辞儀をすると己の名を呼ぶ保健委員会の仲間達の元へと駆けて行く。
──ら、ンた
……ロう
……。
誰も居なくなった荊棘の側から、
声の様なもの が木霊した。
【以下、表紙とイメージイラスト】
テスト