ぢうぢうと焼ける焼き鳥の匂い。酒の入った客の歓声。賑やかしい店内のテーブルで村椿は山野とビールジョッキを軽くぶつけ合っていた。
「いやー、年末年始ってなんでこんなに忙しいんでしょうね。村椿さんはどうでした?」
「旅先で年越ししたい方向けのプランは幾つかありましたが、ぼくは同行スタッフではなかったので比較的落ち着いていましたね」
「へえ。俺も旅行したいなあ。温泉に入りながらカウントダウン迎えるとか良くないですか?」
「ふふ、そういう方が結構多いので助かっています」
ごく、と喉を鳴らしながら飲んだビールは喉越しが美味い。ビールなど基本的に喉越しで味わうものだが、それにしたって慌ただしい年末年始を乗り越えてのアルコールは五臓六腑に染み渡る美味さである。向かいでぐっとジョッキを傾けていた山野も同じなのか、とん、とテーブルにジョッキを戻すと「くうう」と歯を食いしばりながら至福の唸り声を上げている。
「あー……命の味がする」
「獣医さんが言うとなんだか意味深に聞こえますね……」
「あはは。うん……今年……去年か。去年も駆け込みの患畜が多かったですよ」
「でしょうねえ。どんなペットが多いんですか?」
村椿が訊ねると山野は「色々いますけど……」と店員が運んできたねぎまを咥え、宙へ視線を向ける。
話してくれたのは長い舌を持つ四つ足の舐め犬という生き物や、粒々の核を複数持ったスライム。尿道へ入り込む習性のある水銀のような見た目の生き物など多種多様のペットたち。散歩のために外へ連れ出すのでなければ見たこともない生き物の話も多く、村椿は唇についた甘辛いタレを拭いながら感心して数度頷く。人間という種族に限っても様々な症状があるというのに、それが多様な種族を診るとなればどれだけ大変なことか。
「セックスの手伝いをするペットもいるじゃないですか」
「そう聞きますね」
「それで直前にどんなことをしていたか聞くと恥ずかしがっちゃう飼い主さんもいてですね。それを聞き出すのがちょっと大変なんですよね」
「まあ……確かに話し難くはありますよね……」
基本的な人付き合いであるとはいえ、自身の性行事情を他者に話すのは気恥ずかしい。お医者様が相手であれば気にしないひともいるだろうが、気にするひとは気にするのだ。村椿もしっかり話さなくてはならないとなれば気にする人間である。
「村椿さんはペットとか気にならないんですか?」
ねぎまから香ばしく焼けた葱を食べて「うま」と呟いた山野が、ふと気になったというように訊いてくるので、村椿は難しい顔になって腕を組む。
ペット。考えたことがないわけではないが、村椿の生活環境はペットを飼うのに向かない。
「ぼくはツアーの同行などで家を留守にすることが少なくありませんから……」
「ああ……生き物の世話をするには向かないですね」
「はい。ペットを飼う以上、その命には責任を持たなくてはいけませんから」
「そこがしっかりしていて安心したなあ。最近はその辺りを疎かにする飼い主もいて……」
ぎゅっときつく眉を寄せた山野に、村椿はそっとジョッキを押しやる。新年早々嫌なことを思い出すべきではない。
「あ、すみません。なんか愚痴になっちゃいましたね……」
「構いませんよ。まあ、飲んでください」
「ん……あー、美味い……」
しみじみと言う山野の唇の上には泡の髭ができていて。村椿はくすくす笑いながら紙ナプキンを渡す。山野は端々で愛嬌のある男だ。毎週のように呑みに行ってはいるが、期間としての付き合いはまだ長いというほどではない。それでも村椿は山野と買い物に行ったり、こうして食事を共にしているとその様子をよく目にするのだ。
やべ、と言いながら受け取った紙ナプキンで慌てながら口周りを拭うところなど、年上だというのに可愛らしいとすら思った。山野のもっと身近な、例えば恋人などがいれば彼のそういう部分をもっと深く知っているのだろう。
微笑ましそうにしている村椿に気づいたか、山野が少しきまり悪そうに「あんまり見ないでください……」と言うので、村椿は簡素に「失礼」と返して自分もビールを飲んだ。ひと口があまり大きくない所為か、山野のように髭を作ることはなかった。
「お忙しかったとのことですが、それでも以前より元気に見えますね」
「そうですか? そうかな」
「ええ。なんというか……明るい顔をしていらっしゃいますよ」
「生活はそんなにかわ……変わったわ」
「おや、どんな変化が?」
じわっと赤くなった山野の顔。口元を片手で覆い、ふいっと横を向いた彼はもう少し水を向ければきっと素敵な話を聞かせてくれるだろう。
村椿は両腕をテーブルの上に置き、身を乗り出すように「聞かせてくださいよ」と言い募る。山野は「ええ……っと」と視線を彷徨わせていたけれど、時期に口を開いてくれるだろう。愚痴のときは影っていた目元がいまは星を落としたように煌めいている。
村椿はにこにことしながら山野が話してくれるのを待つ。友人の幸福な話は楽しみだ。たんとたんと惚気てくれればいいと思う。
「えっとですね──」
おずおずと村椿を見ながら口を開いた山野。
きっと、このあとおかわりするビールは格別な味のすることだろう。
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