紺色歯車
2026-01-04 20:47:21
6459文字
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【プリクエル】

以前に投稿していたカーネル受けの前日譚的なもの。「一度打倒した相手に良いように弄ばれる構図」の補完的な意味で書き始めたものの、途中で諸事情によって筆が進まなくなり、でも年の瀬辺りに放置するのもなーと気持ちが動いたのでこの度再び書き進めた次第です。
「シェードマンを出し抜くカーネル」と「それを踏まえてやり返されるカーネル」の構図が見たかったんだなぁ
己のプレイングがベースにあったりなかったり…

 ダークロイドや闇の力によって染まりつつある者たちには翻って力の源となる闇エネルギーは、けれども一般的なナビにとっては身を蝕む毒素だ。
 だから闇の力によって汚染された電脳空間をリベレート浄化する場合には、適度なところで一旦身を引くと言う選択をせねばならない。
 まごつけば知らずの内に身体を蝕まれ、本命であるダークロイドとの戦いで満足な動きができなくなってしまう。
 このためウイルスの殲滅まであと一歩のところであっても、悪影響が発現する危険性が高まっていれば退いて体勢を整え直す必要があった。
 通常のウイルスバスティングやネットバトルには基本存在し得ない制約に、いきなり慣れろと言うのは難しい。況してその内容が「あと一体、あとバスター数発で倒せる――次で確実に倒せる――というところまで迫っていたとしても、攻め手を止めて下がる方を優先しろ」というのであれば尚のこと。
 相手に回復の隙を与えたくないと思う心理が戦闘へ臨む者として何ら不自然でない感覚であることを鑑みれば、最後の一押しを諦めろということが相当のもどかしさを伴う選択であることは想像に難くない。
 それを年端も行かない子供に求めるというのは――幾らその実績に大人顔負けの輝かしく無二のものを持っていたとしても――、俯瞰的な目で見れば酷な話だ。
 その点から見れば――流石というべきか――、光熱斗の働きと適応能力は賞賛に値するものと言えよう。
 類稀なネットバトルの才覚が為せる技か、二度目のリベレートミッションにして、彼はもう制約への順応を見せ始めていた。
 とは言え、それでもまだ全てを委ねるには危うい部分がある。
 だからミッションに当たってカーネルは、引き際のタイミングを見定めそれを熱斗へ伝える役割も担っていた。
 オペレーション下での戦闘のみならず、時に周囲の警戒を、時に露払いを買って出ながら闇エネルギーとの接触限界を見極めるという多彩な役回りをどれもこれも高水準の質で平然とやってのけてしまう様は、彼の有する性能と経験が並々ならぬものであることを示すには十分すぎるものだったと言えよう。
 そんな風に組織チームを率いる者として非の打ち所がない振舞いを見せ付けられれば、熱斗の信頼が深まるのもすぐだった。
――くっ……うぅっ!」
 ダークエネルギーを噴出する電脳空間の歪み――便宜上「闇の穴」と呼称が付けられたダークロイド側のエネルギー供給路を全て断ち、いよいよ最奥に陣取っていた幹部、シェードマンとの直接対決へとミッションの駒を進めて幾許か。
 過去に因縁のある相手ということもあり先鋒として敵将打破に臨んだロックマンが、シェードマンの攻撃を受け止めきれずに体勢を崩し、その隙を突いて繰り出された赤いコウモリ数匹への対応が間に合わず、そのまま纏わりつかれて小さな悲鳴をあげた。
 それでもそこは数々の戦いを潜り抜けて来た――それこそ、対峙しているのが既に交戦経験のある相手――ということもあり、青い少年型ナビはすぐに体勢を立て直そうとする。
 だがその間に生まれる新たな隙を、闇の中から蘇って来た彼のダークロイドが見逃すはずがない。
 カーネルが素早く視線を巡らせれば、案の定だ。
 目障りな邪魔者を無力化するべく、シェードマンが追撃体勢を取っている。
 それを認めるや否や、カーネルは――状況に気付いた熱斗が声を発するより早く――即座に地を蹴って飛び出した。
「カーネル殿――!?」
「その場と守備は任せたぞ、ナイトマン!」
 俄に持ち場を離れた指揮官に何事かと反応を示したナイトマンへ有無を言わせぬ口調で短く言い放ち、それとほとんど同時に右手の義手へエネルギーを集約する。
 展開されたサーベルが俄に輝きを増していき、そうして忽ちの内に刃全体から迸り始めた薄緑の閃光を、カーネルは一切の躊躇いなく敵手へ向けて解き放つ。
「させん――スクリーンディバイド!!」
『「カーネル!!」』
 高らかな声と共に飛ばされた斬撃に、微かながら苛立たしげな音で満ちた舌打ち混じりにシェードマンが身を翻す。
 すかさず両者の間へ割り込むように身を躍らせれば、背後と現実世界双方から切迫と安堵がない混ぜになった声が背に触れた。
「ここは一旦退け、ロックマン! 次は私が引き受ける!――オペレートを任せたぞ、光熱斗!」
 カーネルはそれらに応えるように一瞥を向け、続けて力強く言いすがらすぐさまサーベルを構え直して戦闘態勢を取る。
 ともすれば相手を萎縮させてしまいかねない凛然とした声音は、しかし歳不相応の危機的状況を乗り越えてきた彼らへ対しては切り替えを後押しする促進剤だ。
 ロックマンはカーネルに礼を言いながらその場を速やかに離れ、熱斗はバトルオペレーションを宣言する。
 およそ小学生であることが信じ難いほどに、熱斗のオペレーティングのセンスとテクニックには目を見張るものがあった。
 熱斗がカーネルへの信頼をあっという間に深めたように、実のところカーネルもまた、熱斗に身を預けることへの疑念や躊躇をほとんど手放していた。
 だから熱斗が〝それ〟をカーネルに託したのは、ある意味に於いて相互信頼の形だと言えよう。
――頼んだぜ、カーネル!』
(む、これは……!)
 幾度かの攻防を挟んだ後に、熱斗が送信してきたチップ。それを受けて、カーネルは僅かばかり目を見開く。
……なるほど。些か難度の高い要望ではあるが……応えねばなるまい)
 だがそれも一瞬。
 彼は僅かな間にヘルメットの内で表情を戻し、熱斗から託されたそれを成果へ繋げるべく思考を回す。
 戦闘における技能と経験に長けたカーネルと言えども、シェードマンを相手取るのは簡単なことではなかった。
 この場へ至るまでの過程の中で、カーネルが手強い存在であることを彼のダークロイドも見抜いているからだ。
 ロックマンに代わってこの黒衣のナビが戦闘の場へ躍り出てからと言うもの、シェードマンは白兵戦の間合い――即ちカーネルが最も得意とする距離――には、中々近付いて来ようとしない。
 鋭い鉤爪や尖った牙での物理的な接触を要する攻撃を避け、音波や蝙蝠を繰り出す遠隔的な攻撃を仕掛けてくる。
 カーネルには離れた相手への攻撃手段も備わっていたが、速射や連射が利かず後隙も決して小さくない以上は妄りに放つ訳にもいかず、故に戦闘は持久戦の様相を呈していた。
 だが闇の力が濃密に蔓延する中にあっての長期的な戦闘は、カーネル側に取っては不利益でしかない。
 そろそろカーネルも一旦身を引き、全身から身体の内側深くへ入り込もうとしてくる闇の力から離れなければ、やがて満足に動けなくなって一方的な蹂躙に晒されてしまうだろう。
 このフェーズに於いてシェードマンと対峙し続けられる時間は、もう残り僅か。
 詰まる所、熱斗から託されたチップを結果に繋げるためには悠長に好奇を待たず、多少の危険を冒してでも相手の隙へ切り込んで行く必要がある。
――上手くいくかは分からんが)
 シェードマンからの超音波攻撃クラッシュノイズを躱したカーネルは、チップを受け取ってからの数秒間で組み立てた作戦を形とすべく右腕にエネルギーを集中させた。
 それを見たシェードマンがすかさずレッドウィングを展開するが、それには構わず、カーネルは溜め込んだエネルギーを刃に集約して振りかぶる。
――スクリーンディバイド!!」
 そのまま弧を描いた腕の動きに合わせて斬撃を撃ち出せば、緑の閃光が赤い蝙蝠を瞬く間に薙ぎ払いながらダークロイド目掛けて飛んでいく。
 だが当然、予備動作も含めて分かりやすい動きは避けるに容易い。
 シェードマンは素早く飛翔して斬撃を飛び越えると、一気に加速してカーネルへ肉薄する。
 すぐさまサーベルを防御体勢に構えて備える黒衣のナビに、鋭い鉤爪を振り翳した幽鬼のようなダークロイドが突っ込む。
「!!」
 鍔迫り合いとなるかに思われた衝突は、けれども想定とは異なる展開へ至る。
 得物同士の激突が起こるや否や、サーベルを捉えた鉤爪を有する腕とは逆側の腕がカーネの目の前で大きく広げられ、シェードマンもまた相手を見据えながら牙の覗く口を大きく開いたのだ。
――クラッシュノイズ!!」
「ッ……!」
 長期戦に持ち込めば持ち込むほど有利を得られ、尚且つ戦闘の相手が切り替わってから終始そのように立ち回ってきた相手の突然の攻めの姿勢への転換に、カーネルの緑瞳が微かに揺れる。
 しかし彼が動揺を見せたのも一瞬のこと。
 カーネルは己の内に組み込まれた戦闘プログラムと染み付いた経験に突き動かされるまま、咄嗟に――且つ、遮二無二構わず身体を捩ってその場から飛び退いた。
 火急の行動としては恐らく最善手であっただろう回避動作は、けれども理想的な結果をもたらしてはくれなかった。
 衝撃派の発生とカーネルの回避行動の直後、黒衣のナビの相好が均衡を崩す。
 しまった。そう言わんばかりの歪み。
 その理由は、すぐさま形となって顕現した。
 形振り構わず跳躍した肢体が、もつれるようにつんのめって転倒する。
 ほんの僅かばかり取り残された足先が超音波ノイズの餌食となり、鈍い痛みが走ったかと思った次の瞬間、硬直したように痺れて動かせなくなったのだ。
 受け身を取りすぐさま転身して身体の向きを変えたカーネルと、身を捻ったシェードマンがそこへ飛び掛かって行くのはほぼ同時。
「さぁ……ロックマンを噛み損ねた代わりとして、キミの血を頂かせてもらおう!」
「くっ……!」
 相手が身を起こすよりも自身が獲物を捉える方が速い。
 そう確信したシェードマンが喜色を乗せた声を上げ、それを察したカーネルが踏み込んでくる脅威へ右手を向ける。
 瞬間、カーネルの義手はサーベルから形を変え、一つの砲筒を形成する。
 カーネルキャノンともネットナビの最も基本的な武装である小型のバスターとも異なる形状のそれは、即ち光熱斗から送られてきたバトルチップだ。
 発動に伴って姿を現した砲筒は、実体化するなり間髪入れずに筒口から眩い輝きを溢れさせ、そうして内包したエネルギー波を解き放つ。
 己が受けるダメージを少しでも低減し今後の戦況不利を僅かでも軽減するための牽制としては、恐らくこれまた最適解だったであろう一手。
 ただシェードマンの動きは、それすらをも読んでいたかのようだ。
 撃ち出された閃光が焼いたのは虚空だった。
 幽鬼のようなダークロイドは宙を滑るように痩身を翻し、火砲の射線を逸れたかと思うと更に距離を詰めて来た。
「っ……!」
「キキッ……! 生憎と、苦し紛れの一撃などというものは見飽きるほどに見ているのだよ!」
 想定を外した行動から狂わされたリズムを立て直せぬまま倒れ込み、足止めの手すらも看破された――もはや雌雄が決したと言っても過言ではない危機的状況。
 事実それを確信したのであろうシェードマンの口角は、裂けるように弧を描いて吊り上がった。

――あぁ。そうではないかと踏んでいた。むしろ、そうでなければ困るところだった」
 
 だがそこでカーネルが見せた反応は、八方塞がり同然のところまで追い込まれた者が示すそれにしては、およそ似つかわしくない冷静さで満ちていた。
 それだけではなく、澄んだ緑瞳には焦燥も悔恨もなかった。むしろそこには、強い意志の輝きがある。
「なに?」
 苦し紛れの虚勢にしては余りにも自信で溢れた態度に、シェードマンの相好が怪訝に歪む。
 置かれた立場から鑑みればひどく不自然なカーネルの振舞いの答えは、即座に事象となって現れた。
 カーネルの右腕が再び燐光を放ち、砲筒を形作る。
 しかしながらそれは、つい先程披露されたものよりもずっと重厚な威圧感を伴い、つい先程披露されたものよりもずっと莫大な熱で満ちていた。
「な……それは……ッ!」
「外す訳にはいかなかったのでな……ここまで近付いてくれて感謝するぞ、シェードマン!」
 そこへ至ってようやく何が起こったのかを理解したらしいシェードマンの顔色が変わり、無理矢理にでもその場から退こうとするも既に遅い。
 力強く発せられたカーネルの言下、筒口から迸った眩い閃光が、今度こそダークロイドの肢体を捉える。
 そうして炸裂した強大なエネルギーに身を焼かれたシェードマンが、不協和音のような絶叫をあげた。
「ギギーッ!! このワタシが! またしても!! またしても、このような屈辱を……ギギギギィィイィ!!!」
 せめて爪痕を残そうとしたか、或いは消滅デリートに抗おうとしたか――光に焼かれる中で震えながら伸ばされた鉤爪の先は、けれどもカーネルへ届くことなく塵のように崩れていく。
 諸共に響き渡っていた断末魔がやがて途絶え、溢れ返っていたエネルギーの波が終息すると、重苦しい空気が正常化していくのが感じられた。
……ミッションコンプリートだ」
 数秒の間を置いて、自身の眼前が見通し良くなったことを認めたカーネルは、まだ仄かに熱波の余韻が残る右腕を義手に戻すと静かに任務完了を宣言する。
「カーネル!」
「カーネル殿!」
 技の実行者が場から去ったことで痺れの取れた身体をゆっくりと起こして立ち上がれば、後方で控えていた仲間たちがカーネルの元へ駆け寄って来た。
「やったね、カーネル!」
「あの状況から覆して見せるとは……いやはや、お見事」
「うん、すごいよ、カーネル! 僕、思わず熱斗くんに『リカバリーチップを送って!』って言っちゃったもの」
「うむ。某も、熱斗殿から指示がなければ、飛び込んでいくところでしたぞ。まさか全て織り込み済みとは……熱斗殿のオペレーティングセンスは毎度目を見張るものがあるな」
「なに?」
 歓喜を露に口々に告げられた言葉を聞いて、カーネルの双眸が二度三度と瞬いた。
「光熱斗が?」
「うん。熱斗くんが、『カーネルならきっと大丈夫だ』って。『だから割って入るのはもう少し我慢だ』って」
 先に答えたのはロックマンだった。
「もちろん、助けに入る準備もしていたぞ」
 そこにナイトマンが続き、その言葉が終わるか否かのタイミングでカーネルのすぐそばにウィンドウが開く。
『ちょっとヒヤッとしたけど……でも、カーネルならやり遂げてくれるはずだって思ってたぜ!』
 屈託なく笑う顔には、打算や目論見が当たった者が見せるそれにはない眩しさがある。
……お前が送って来たチップがプログラムアドバンスでなければ、少しばかり危うかったがな。……しかし、お陰でシェードマンの打破に至ることができた。感謝するぞ、光熱斗。良い腕だ」
 どういう訳かそれを真正面から受け続けることに胸の奥が奇妙な騒めきを覚えて、カーネルは身形を整える振りをしながらそう返した。
 シェードマンを再び屠った業火の正体は、特定のバトルチップを特定の並びに組み合わせることで発動できる、プログラムアドバンスと呼ばれる特殊な効果だ。
 現時点での研究でギガキャノンの呼称を与えられている高火力砲。それはそこへ至るまでの戦闘でじわじわと削り取っていたシェードマンの残り体力を、その威力で以て文字通り跡形もなく粉砕したのだった。
 任務終了の締めにその旨も含めて彼はチームメンバーを労い、各々の動きを褒めて成果を祝勝する。
 斯くしてオラン島エリア奪還のリベレートミッションはチームオブカーネルの勝利で幕を閉じ、彼らはナイトマンという新たな仲間を迎え入れることとなった。
 だがこの時打倒デリートされたシェードマンによる毒牙が、後により悪辣な形となって復活を果たし、その身に深々と突き立てられる展開が訪れようとは、カーネルには知る由もなかった。