やこ
2026-01-04 18:38:41
6875文字
Public dcst夢
 
1911606

花屋の証言/龍水夢

dcst夢アンソロジー「君との夢を石の世界で!」様に寄稿したお話のweb再録。
素敵な企画に参加させていだだきありがとうございました!

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□【1】花屋の証言

 まずはじめに一つ言っておきたいのは、オレはしがない花屋の店員だということだ。この物語の主人公はオレじゃない。
 男のくせに、と言われようとも花屋は小さい頃からの夢だった。あの日、あの緑色の閃光と共に潰えるはずだったオレの夢は、全てがリセットされたこの世界で、文字通り「花開く」事になったのだ。
 最近になって新しく開拓されたこの街はそれほど大きくはないが、復興政府がある街への定期船も出ていて利便性が高い。街への移住者募集の呼びかけに真っ先に飛びついたオレの勘はどうやら正しかったようで、こうして早々に自分の店を構える事ができた。
「そろそろ看板出すか……
 まあ、花屋とは言っても、生活雑貨の隣にひっそりと、花の入ったバケツを並べてる程度なのだが。……というか、売上的にはむしろ生活雑貨がメインだ。店員もオレ一人。
 ……いやいや、まだまだこれからだ。ここから少しずつ店を大きくしていけばいい。
 先人たちが品種改良してきた美しい植物の数々は、管理する人間がいなくなってとっくに絶滅してしまっていた。
 見栄えのいい大ぶりな花はほとんど手に入らない。山に咲いている野草を採取してきたり、名前もよく分からないような花を店の裏庭で育ててみたり、見よう見まねでドライフラワーを作ってみたり。まさにトライアンドエラー。花一つ準備するのも一苦労だ。
 観賞用の花にハウス栽培なんか使えない今では、店に並ぶラインナップは季節に大きく影響を受けている。もちろん海外産の花なんかは望むべくもない。流通網も、食料や鉱石などの、生活必需品が最優先だ。
 それでも、人類はようやく自然を愛する余裕を取り戻してきたようで、花を求める客は意外にも少なくない。
「いらっしゃいませ!」
 そんな事を考えていると、カランカランと入り口の扉のベルが鳴って、思わずそちらを振り向いた。店に入ってきたその人物の顔を見て、あっと出かかった声を、慌てて押し殺す。
 一度リセットされたこんな世界で、それでも世界中に名の知れた男……七海龍水が、この小さな店で小さな花をくれと言ってきて、そのあまりの似合わなさに、オレは思わず目を見開いた。

【2】□□の言い訳

「だから龍水、私はキッパリ断ったはずだよね」
「俺は納得しないと言ったはずだ」
 スタスタと早足で歩く私の後ろを龍水が大股でついてくる。ついに我慢できずに振り返って龍水に人差し指を突きつけたら、龍水が立ち止まって、小さなケースに入った指輪を私に突きつけてきた。いや、怖い怖い。いらないし着けないし。思わず手を引っ込める。
 そうしたら、龍水の後ろから服とかお菓子とか本とか雑貨とかの大量のプレゼントが現れて私の目の前に山のように積まれた。ちょっと、いや、だいぶ引いた。
「そんな高級品、受け取れないから」
 龍水は私の返事を無視してなおも食い下がる。差し出されたプレゼントをそのまま突き返しながらため息をついた。
 なんの変哲もない服もお菓子もちょっとしたアクセサリーも本も雑貨も全部、今となってはどれもこれも高級品だ。一体いくらするのか考えただけでゾッとする。そんな私の表情を気にも留めない龍水は、大量のプレゼントを引っ込めると改めて私に向き直った。
「じゃあ、何が望みだ」
「だから、そういうお金にモノを言わせるようなやり方が嫌だって言ってるの!」
「俺はこのやり方しか知らない」
「じゃあ、どうぞ諦めてください」
「諦めない。どうしたら良い、何をしたらお前は喜ぶ?」
「おっと、たった今断られた人の態度じゃないな……
 あまりの強引さに押し負けそうだ。なぜか私の方が間違っている気がして眩暈がする。
「言ってくれ、何でも用意する」
 もう全然聞いてない。もしくは聞こえた上で無視しているのかもしれない。
 往来でこんな押し問答をするのも気恥ずかしい。先ほどから道行く人が何人かこちらをチラチラと窺っていた。とにかく、この場を切り抜けないとどうしようもない。
……あ。じゃあ、薔薇が欲しい」
 どこかに逃げ道はないかと慌てて周りを見回す。ちょうど目の前にあった雑貨屋の、その店先に並ぶ小さな花を見つけて、咄嗟の思い付きでそう言った。
「あの、ほら、青い薔薇! 青い薔薇をくれたら、ちゃんと考える」
 何様のつもりだ、かぐや姫か私は。内心、自分で自分に突っ込みを入れた。
 でも、うん、結果オーライ。元からこの世にない物ならば、お金では手に入らない。さすがの龍水もこれで諦めるしかないでしょう。
「青い薔薇?」
「そう、青い薔薇」
「はっはー! 言ったな、待っていろ!」
「えー。自信満々だし」
 私の予想とは裏腹に、龍水がいつもの自信に溢れた声を出す。そして最初に渡された大量のプレゼントの代わりに、雑貨屋の店先から選んだ、赤い野薔薇の小さな花束をひとつ手渡された。すっぽりと手に収まるサイズのそれは、どうやらドライフラワーらしい。
「可愛い。なにこれ」
「今はそれしか用意できないからな」
 それから、私の口から出まかせを本気にした龍水は、大量のプレゼントの代わりに毎月毎月どこからか見つけ出した薔薇の花を贈ってくるようになったのだ。

「こんにちは」
「いらっしゃい!」
 ──その一件から半年ほど経った後。細々とした消耗品を買いにこの間の雑貨屋に顔を出すと、愛想の良い男性店員さんに出迎えられた。
 この店に来るとあまり考えたくない記憶が蘇るのだが……生憎とこの街には各種雑貨を取り扱う店がここくらいしかない。未だ世界は発展途上だ。小さくため息をついた後、記憶よりも店内が華やかになっている事に気が付いて首を傾げた。
「なんだか前より、花の種類が増えましたね……?」
「最近、花束の売り上げが良くて。そろそろ花屋を独立させようかと」
「へぇ、随分景気が良いですね」
 店員さんがそう言って道向かいを指差す。建設中の大きな建物が目に入って、その意味を理解して目を見開いた。先ほどは発展途上と言ったが、人々の努力の甲斐あって、文明は着実に歩みを進めているらしい。
……お姉さん、前にウチの前でプロポーズ断ってた人でしょう」
「うわ、覚えてるんですか」
 店内を物色していると、何やら物言いたげだった店員さんにそんな風に声を掛けられた。あの場面を見ていたのか、と思わず顔を顰める。
 この店の前で最初の花を手渡されたあの時も、そういえばレジの対応したのはこの店員さんだった。
「そりゃまあ、店先であれだけ大騒ぎされれば」
「その節は本当にすいませんでした……
「お相手の人、あの龍水財閥の社長でしょ? なんで断ったんですか?」
 まさに世界一のお金持ちじゃないですか! とオーバーリアクションをする店員さんに肩をすくめた。
「私は普通の生活が送りたいんです」
「既に世界の方が普通じゃないのに?」
「屁理屈言わないでください」
 カウンターにいくつかの雑貨と、ついでに目に入った美味しそうな焼き菓子を乗せながら店員さんに言った。財布からコインを引っ張り出すと見知った横顔が描かれているのが見えて少しだけ笑ってしまう。
……例えばこう、百人の子供たちにお菓子を配らなきゃいけないとするでしょう?」
「なんの話ですか?」
 カウンターに乗せた焼き菓子を弄びながら、ポツリと呟いた。私の言葉に店員さんが不思議そうな顔をする。
「普通は時間を掛けてひとりひとりに手渡ししていくと思うんだけど……
「まあ、大体はそうでしょうね」
「龍水は、ヘリで上から千個をばら撒くの。で、すぐ次の百人のとこに行っちゃうの」
「豪快ですねー」
「いやまあ、例えの話なんだけど」
「わかってますよ」
……私にはついていけません」
 スケールとスピード感が常人と違いすぎるのだ、と言うと店員さんは首を傾げた。
「じゃあ、例えばどんな人が良いんですか?」
 思ってもみなかった店員さんの言葉に困った顔をする。今度は私が首を傾げる番だった。
「考えた事ないけど……穏やかで真摯な人?」
「穏やか、じゃあなさそうですね」
「対極です」
「でもまあ、真摯ではあると思いますよ」
「はあ……?」
「千個のお菓子でしたっけ? 余った分は周りの大人も拾って良いんでしょう?」
 店員さんのその分かったような口ぶりに、私は怪訝な顔をする。
 何の話ですかと尋ねようとした時、背後でドアベルが鳴って、振り返るとちょうど話題にしていた人物がそこにいた。
 聞かれていなかっただろうかと少しだけ慌てて、いやいや、聞かれても良いじゃんと思い直す。
□□!」
「うわ、また持って来たの」
「当たり前だ、約束だぞ」
「毎月持って来いとは言ってないけど……
「受け取らないとも言っていないだろう」
「色、普通に赤いし……
 目の前に差し出された薔薇の花を、まじまじと見つめて言った。
 そのまま視線を上に向けると、少しだけ緊張した面持ちの龍水と目が合う。あら、この表情は珍しい。
「まだ研究途中だからな」
……まあ、花に罪はないから仕方なく受け取るけど」
……ああ!」
 手渡されたそれを渋々受け取ると龍水が嬉しそうな顔をする。少しだけ触れた指先が、妙に冷たくて驚いた。あれ、龍水も緊張とかするんだ。意外すぎる。
 思っていなかった龍水の反応がおかしくて、見つからないようにこっそりと笑った。
「フフン、受け取ったな」
「はー?」
 花束を受け取ったことに、深い意味はない。ほら、受け取らないのも花に悪いし。枯れちゃうし。
 それに、今まで断り続けたプレゼントで一体私はどれだけの資源を無駄にしてきたのか、考えるだけで恐ろしい。本当に、それだけの理由だ。

【3】龍水の言い分

……随分と大きい店になりましたね」
□□、来たか!」
 昼もとっくに過ぎて太陽が傾きかけた頃、新規開店したばかりの花屋で店員と話していると背後から聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると、ドアの隙間から□□がそっと顔をのぞかせている。俺と目が合って少しだけ困った顔をしたように見えたが、気にせず手招きした。
……今月もあるの?」
 店に足を踏み入れた□□は物珍しそうに店内を見回してから、俺に向かっておずおずと聞いてきた。
「当然だ。……あれを頼む」
「はーい、準備できてますよ龍水様」
……店員さん、やっぱり龍水とグルなのね」
 俺の言葉で店の奥に引っ込んだ店員に、□□が顔を引き攣らせた。ふたりして何を企んでるのかと訝しげな顔をする。
……最近ちょっと花が大きくなってきたね」
「形にもこだわりたいからな」
 店の奥から取り出された花束を手渡すと、□□の引き攣った表情が少しだけ緩んだようだった。
「色はまだ良くわからない感じだけど……
「そっちはまだ研究中だ」
 よく見ると淡い薄紫のような、どちらかというとピンク色の、まだら模様の薔薇をつつきながら□□が言う。
「龍水のそういう所が苦手だって言ってるのに……
「だが約束は約束だ」
「はいはい、頑張ってね」
 俺が念を押すと、□□は呆れたように肩をすくめた。
「ああ、待っていろ!」
「なんで嬉しそうなの」
「最近、□□が素直に花を受け取るからな」
「なにそれ、花が可哀想になっただけだから」
「はっはー! 最初はそれでも構わん!」
「龍水の! そういう所が苦手って言ったのになー! 話聞いてた⁉」
 こちらを見上げて困ったように言う彼女は、しかし少しだけおかしそうに笑った。ひとつため息をついて、改めて花屋の店内を見渡しながら□□が言う。
「薔薇だけでこんなに種類が……。どれだけ店員さんに迷惑かけてるの?」
「オレ、元々花屋になりたかったんで……ようやく夢が叶いました!」
「だったら良いですけど……
 店員が楽しそうに言って、それ以上何も言えなくなった□□が片眉を上げた。
 窓から見える昼下がりの街は、大勢の人で賑わっており、家族連れやカップルも多い。□□が街並みを眺めながらぼんやりと呟く。
……この辺も随分賑やかになったね」
「生活が豊かになるのは良い事だな」
「みんなの表情にも余裕が出てきた気がするし……
「それも良い事です、花が売れますからね」
「商売人ですねぇ」
 店員の抜け目ない言葉に、□□が呆れた声を出した。

【4】花屋の証言

 ある日の夕方頃、店の片付けを始めていたら例の彼女がひょっこりと顔を出した。
「あっ……店員さん! ……あの、龍水来てますか?」
「今日はまだお見えじゃないですよ」
「そうですか……
 オレの言葉に彼女は少しだけ安心したような残念そうな、なんとも微妙な顔をした。
「お姉さん、そろそろ諦めたらどうですか?」
「いやいや、まだこの前ピンク色だったじゃないですか」
 まだ当分は花が完成しないだろう、と言って笑う彼女は知らない。つい先日、研究所で、それはそれは立派なマリンブルーの薔薇が蕾をつけたのだ。
 文明が崩壊する前にもここまで立派な物はなかったであろう、吸い込まれるように青い薔薇。しかも着色じゃない天然物。その販売権をウチの店が独占だ。……まあ、咲いたのはたった一輪で、まだ商品化にはほど遠いが。
「この花屋も随分大きくなりましたね。……街の反対側に支店ができていました」
「おかげさまで、仕入れ先が増えまして」
 ただの花屋に無茶を言ってくる得意先……龍水様の計画に付き合わされて、薔薇の品種改良を重ねていったその結果。ふと気付いたらオレは世界有数の植物研究所を抱える事になっていた。今のオレの仕事は、雑貨屋兼、花屋兼、研究所の所長……。もうここまでくると自分の才能が怖い。
□□、いるか?」
「あ、龍水。遅かったね」
「いらっしゃいませ」
 龍水様が店に顔を出して、何も知らない彼女がのんびりと言った。いつの間にか、この店はふたりのお決まりの待ち合わせ場所になっていた。
「それで今日は……
「約束だ、今日はイエスと言ってもらう」
「は……
 龍水様がそう言って、完全に油断していたらしい彼女の目の前に、青い薔薇を一輪差し出した。
 彼女は一瞬言葉に詰まって、大きく目を見開く。遅れて状況を理解したらしく、小さく息を飲んだのが背後からでも分かった。
……は⁉ 本当に作ったの⁉」
「薔薇の開発のためにこの近くに研究所を作った」
「そこまでする⁉」
 そう叫んで、はっと何かに気付いたらしい彼女が顔を上げた。
「最近、この街が凄い勢いで発展してるのって……
「研究所を建てた余波だな」
「新しい品種の植物を探すために、世界中で土地の開拓も進んでるらしいですよ」
 無論、その為だけではないが、と龍水様が仰った。いつの間にかこの街は、ウチを中心とした研究所や染物工場が立ち並ぶ、一大工業地帯になっていた。
 そこで働く人が増えて、その家族が集まって、生活に必要な店が建って、結果的に街が発展する。
「おかげさまでオレも商売繁盛です」
「全て貴様のために用意した」
「えっ……
 これで断ったら彼女、とんでもない悪女として歴史に名を刻む事になるのではないだろうか。龍水様が、文字通り世界中の外堀を埋めてしまった。
 大きすぎると言っていた龍水様のスケールを、彼女はそれでも過小評価していた、ということらしい。
「なんですっけ? 真摯な人でしたっけ?」
「まさか店員さん告げ口した⁉」
そういう意味じゃない、とオレの言葉に彼女が叫んだ。
「それと、スケールとスピード感について行けないと言ったそうだな」
「全部バレてる!」
「だから俺は待ったぞ、薔薇が完成するまで長い時間」
 そう言って龍水様が彼女にたった一輪の花を押し付ける。本数で言ったら今までで一番少ないですよ、とオレがすかさず合いの手を入れた。
 ……いや、そういう問題か? その一本には随分とスケールのデカい執念が見えている気がするけれど。
 だから意味が違う、と彼女が困ったように呟いた。
「約束だ、俺と付き合ってもらう」
「っ──!」
 唖然としていた彼女の顔色が一度だけさっと青ざめて、側から見てもわかるほどに真っ赤に色付いた。手に持った青い薔薇とのコントラストがいっそチグハグで面白い。
 あ、そうだ。この店の花を、想いが伝わる花束として売り出そう。新しい商売の予感がする。
……は、い」
 随分と時間を掛けて、彼女はそれだけ絞り出した。薔薇を握りしめたまま、龍水様の腕の中で目を白黒させている。
「あれ? え、まだそこだったんですか?」
 プロポーズじゃなかったのか。告白でこれか。オレが思っていた以上の龍水様のスケールのデカさに、思わずカウンターから身を乗り出した。