ortensia
2026-01-04 17:04:47
2738文字
Public 傭リ
 

見世物で働くリとたった一人の観客傭


 孤児院への慈善活動の一環で何処かの金持ちがおれ達を見世物の一団へと招いた。ありとあらゆる団員が奇術師だ。
 正しく子供騙し。いや、大人だって歓声を上げる子供騙しだ。仕組みを解く迄は興味深いが、種と仕掛けが分かって仕舞えば、みんなを残して一人他へ移った。
 そうして人気の演目は一通り寄って回った。全て見たいわけでもないし、人気のものが見たいというわけでもない。奇術師共とその観客の喧騒にも食傷気味だ。逆に正しい意味で腹が減ったが。
 そうやってふらふらしていると、騒音を避けていたせいでひと気のない辺りにやって来た。それでも見世物の小屋は置かれている。またふらりとその小屋に入る。
 中は最小限の灯りはあるので、演目が何かしらはあるらしい。しかしそのささやかな明かりはその演目の人気が下層にあることを物語っているようだった。
 そこには他の小屋のように舞台があった。しかし客席はない。全て立ち見で、それは観客を出来るだけ多く取り入れるためなどではなく、椅子に割く資金をケチったと思われる。
 しかしそんな小さくささやかな舞台で、ひとり、演者がいた。
 微動だにしないで姿勢を保っている姿は黙劇の一種なのか、不十分な灯りに照らされ尚輝くそのひとは、長身でその自身が落とした陰も影も美しく明暗の中に立っていた。ぴくりとも動かないせいでまるで精巧な人形のようだ。
「きれいだ……。」
 思ったより声が響いた。
 彫像のように美しく静止していたその男は、こちらの声に振り向いた。
 驚いたが、その仕草すら美しい演目の一部のようだった。
「おや、まあ!お客さま?」
 大仰な仕草で男もこちらに驚いたように近寄って来た。今の今迄舞台上にいたひとに一気に距離を縮められて、肺が縮み上がる心地がした。代わりに心臓がよく働いた。
「さあさ!そんな出入り口の方じゃなくて、もっと舞台のそばで見て行って!」
 大きな背を屈ませた男の大きな手に両手を取られて滑るように舞台前迄連れられる。椅子が置かれていないせいでなんの抵抗もなく辿り着いてしまう。あるいはおれが相手に夢中になってしまったせい。
「わたしの演目はあまり大衆向けではないようでして。」
 ひらりと再び舞台に舞い上がった男はこちらに振り向いて照れ臭そうに言った。
 そういうもんかと男を見上げていると、そのひとはてきぱきと演目の準備に取り掛かった。
 そしてさっと出て来たのは六体の人形。直立したそれらは人間と等身大のもので、女の衣装を着せられていた。
「ではご覧あれ。」
 そう笑って言ったひとに釘付けになった。他に観客はいない。今そのひとはおれだけに微笑んで、おれだけに演目を披露してくれようとしているのだ。胸が高鳴った。もう種と仕掛けを暴いてやろうなどと言う話ではない。このひとのことが全部知りたい。そのために先ず、彼の演目を注視する。
 しかしそう言えば、この見世物小屋の看板を見ていなかった。いったいどんな演目なのだろう。
 そして意識をぼんやりとしている間に、男の左手によってずたずたと切り刻まれて行く六体の女の人形達。
 釘付けになっていたせいでその凄惨な光景を瞬きもなく全て目に収めることになった。寧ろ始めより目を見開いている自覚がある。なんだこれは。こんな狂ったことが演目だと言うのか。
 人形の衣装は散り散りに、四肢からは綿が飛び出し、四方八方可笑しな方向へ向いている。そして目が。
「如何です?」
 その左手に人形の目の役割をしていた釦を全て乗せ、演者は恍惚としてさえいる。戦利品のように灯りに掲げる釦の光沢がぬらりとこちらを睥睨しているようで吐き気がした。急いで釦から男に目を向けると、そのひとは待っていた。
 拍手。
「あゝ、鳴呼、アア!ありがとうございます!」
 そのひとはたった一人の、おれの、拍手にそれ以上の声量で以って喜びを表し、その勢いの儘釦を宙に放り投げた。十二の釦がからからと音を立てて舞台下に散らばる。それがやけにゆっくりとばらばらになって行くのを、何処かぼんやりと見ていた。
「まだ!まだやれますからわたし!もっと、もっと見て!」
 そのひとは拍手の興奮が冷めない様子で、またどんどん人形を引き摺り出して来て、滅茶苦茶にして行った。最後の方にはもう既に滅多刺しにしてぐちゃぐちゃにした人形を、まだ足りないと言わんばかりに細切れにした。
「見てました?わたしのこと、見てましたよね!」
 そうしながらも何度も何度もこちらを振り向いて、見ているかを繰り返し気にして、拍手をねだった。乞われる儘に、残虐な演目を熱を入れて見詰め、大きく拍手を送る。もう何を見せられ、何に対して手を叩いているのか、段々分からなくなって行く。
 それでも遂には、人形はもう完璧に使い物にならなくなって、男が壊すものはなくなった。
「ああ……、終わっちゃいます……。」
 男はそれを大層に嘆いた。しかし、そろりとこちらを向いた演者の左手は、その儘こちらに向けられていた。
 声も上がらず半歩後退る。次の人形は、まさか。
「ああ待って!だめだめ行っちゃだめです!」
 男は動きが追えないような早さで目の前に現れ、しかしその勢いに反して控えめに手に縋り付かれる。
「行かないで、ね……。」
……けど、もう演目は終わりだろう?」
 事実の前に子供のようにいやいやとする男のにそれを突き付けると、一層悲壮感を漂わせ、先程までの暴虐を朧げにさせるように罪悪感をこちらに抱かせる。
「でも行ってほしくないです。」
 ただ自分だけを一心に見詰めて来る演者に、それ以上足が下がらない。
「ねえお願い。もっともっと見てほしいんです。見せてあげます。幾らでも、何でも。わたしがお見せ出来るものなら、全部!」
「ぜんぶ……?」
 全部暴きたい。全部知りたい、何故こんな残酷な演目をしているのか、何を考えているのか、何が好きなのか、その、種と仕掛けを。ぜんぶ。
 その時全部の灯りが消えた。全ての演目が終わって、店仕舞いとなったようだ。
 それでもそこから動けなかった。今ここはまだ見世物の外れの小屋の筈だ。孤児院のみんなももう帰った筈だ、自分も行かなければならない。
 まだ自分の手が冷たい手に包まれている感触がある。そしてそれが全身に回った。
 抱き締められているのか。あの美しい演者が自分だけを。
 耳元に満足そうな笑い声が囁かれる。頬に擦り寄られたそれが辺りにどんどん響いて、自分の今いる場所が朧げになって行く感覚になってゆく。
 その後は、孤児院で一人の子供が行方不明になったらしいが、俺にはもう関わりのないことのように思えた。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。