悲しみの連鎖から生まれた復讐は終わりを告げて、殺してやると誓った黒き竜との別れも済ませた。まだこの身に力としてそれの片鱗は残っていはしても、それを憎んだり、憂いたりする気持ちもない。
目的をなくした俺をただの一人の男として受け入れくれた、掛け替えのない女もできた。
その女は二度と手に入らないと思っていた感情や、家族という形を俺に与えようとしてくれいる。
そう。俺は油断していたのだ。
あの時の悪夢をまた見ることになろうとは。
「――っ!! っ、は……あ」
目を見開くとぼやけた視界がゆっくりと定まっていく。
天井は崩れておらず木製のまだ築数年の若い梁が見える。
燃えた木々の臭いも、人の脂の臭いも、咽返るほどの血の臭いもしない。
ここには二人で作ったスープの匂いと、甘い惚れた女の香りしかしない。
喉の奥がひりついて、酷く乾いている。
父と母と、弟を。ファーンデールがなくなった日の夢を久々に見てしまった。
「……っ」
喉が痛むということは、うなされていたのだろう。横で寝ているルカを起こしてしまったのではないかと恐る恐る視線を向ければ、案の定、心配そうに眉を寄せたルカがこちらを見つめていた。
「……大丈夫か?」
小さな優しい声。柔らかくて小さな手か俺の腕に触れていた。
「……悪い、起こしたか」
「ううん。平気だよ」
「最近は、見ないと思っていたが……駄目だな」
もう二十年は過ぎて気持ちも暗澹として凪のようになり、俺も克服できたのだと思い込んでいただけなのか。
ルカの手が伸び、パジャマの袖で俺の額の汗を拭う。拭われて、自分が酷く汗をかいていたのをやっと気づいた。
耳鳴りしそうなほどにうるさい心臓も落ち着いて、息もゆっくりと吸えるようになる。
ルカはただ黙って、俺が落ち着くまで何も聞かずに傍にいてくれた。
「……情けないところを見せた」
あの時の夢を見ると、あの頃の幼い自分に戻ってしまう。恐怖から逃げるために叫び、絶望の淵から這い上がるためにあげた声を。
あの時に、自分の声は全部なくなってしまったのではないかと思うほど叫んだ。
今の低くなった声で、あの頃のように叫んでしまっていたらどれだけ情けないことになるか……。
もう一度ルカへと謝るために視線を向けると、不安げだった瞳は少し釣り上がり、唇は怒ったようにへの字になっている。
「ルカ?」
「情けなくなんてない、謝って欲しくない」
伸びた両手に頭を抱かれ、ルカの胸に抱き締められる。
ふわりと控えめで柔らかな胸が鼻先に触れて、鼻腔にルカの甘い香りが広がる。
汗が引いて冷えた身体に、ルカの体温が心地良い。
「それに、エスティニアンが怖い夢を見ていたのは前から知っている……。あの時は言わなかったけれど、何回か見ちゃったんだ」
「……隠し通せていたと、思っていた」
「他の人は、気づいてなかったと思うぞ。たぶんだけど……」
一定の、俺より少し速い心音が聞こえる。生きている証がここにある。
「だから、私の前で怖い夢を見ても謝ったり、情けないって思わなくていい」
頭を抱き締める腕の強さが増していく。
「いいんだ。全部、エスティニアンだから」
俺の髪の毛を小さくて細い指が撫でるように梳いて。なぜか懐かしい香りがした気がした。
「っわ、あ」
ルカの腰に手を回し自分の胸の上に乗せてしまう。
「俺が乗っていると、お前を潰してしまいそうで安心できない。それに、余計に縮みそうだ」
俺の胸と合わさり潰れることで、小さな谷間を覗かせるルカの胸を指で突く。
「うわ、酷いぞ!」
「まだ成長するだろ? 大事にしてくれ」
からかい半分に言うと、丸い頬をさらに膨らませるものの「もう」と、呆れたように笑ってくれるだけで俺の胸に頬を寄せる。
「じゃあ、エスティニアンのおっぱい枕で寝るからな」
スリスリと子猫のように擦り寄り、小さく欠伸を漏らす。
落ちないように腰に手を回して支えていると、次第に寝息が聞こえてくる。
「……わるかった……じゃないな。ありがとう、か」
胸の上で眠ってしまったルカを起こさないように囁く。
ちっぽけな俺のプライドを傷つけないように、気づかない振りをしてくれていたことに。
悪夢にうなされるいい歳をした男を、そのまま受け止めてくれたことに。
今まで悪夢を見た直後は今まで眠ることができなかったが、ルカの規則正しい寝息と、抱き締めた温かな体温がゆっくりと二度目の眠りへと誘っていった。
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