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かなざわ
2026-01-04 13:19:37
2358文字
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コッペリアは恋を噛み締める
SNSにて出題されていたよだつか試験問題があまりにも可愛らしすぎて書いた話。(出題者:たととた様)
問題文↓
問1.「じゅんくん、いまなにしてるの?」って親友にたずねたら、ひとこと「恋」って答えられた時のしんいちろうくんの心境を140~5,000文字程度でTwitter(自称X)もしくは支部等に投稿せよ
『恋』
端的に、一言。
携帯の向こうから返ってきた言葉に、慎一郎はぱちりと瞬きをした。
今、彼は何と言ったか。
否、そもそも何と聞いたのだったか。
慎一郎の今の状況はといえば、携帯で純と通話をしているところだ。
いつものように電話をして次の予定を伝え、純に必要なものはないか聞き、そうして、ふと問いかけたのだった。「純くん、今何してるの?」と。
その問いかけに深い意味があったわけではない。ただ何となく、聞いてみたくなったのだ。強いて言うなら電話の向こうから聞こえてくる純の声が、普段に比べてどことなく穏やかに感じられたから、というのが理由かもしれない。
所謂雑談めいたその言葉に返ってきたのが、冒頭の発言である。
慎一郎は携帯を耳元に押しあてたまま、ぱち、ぱち、と瞬きをした。それから目蓋を伏せ、空いた手で目元を揉んだ。一拍置いてから目を開ける。視界は良好だった。
こい、と。純は確かにそう答えた。単語一言の、聞く人によってはそっけなくも聞こえる答え方だ。
しかし慎一郎は、純の声が僅かに弾んでいたことに気づいてしまった。
これは浮かれている、と判断してもいいのだろうか。四回転を成功させても、五輪で金メダルを獲得しても、表情筋どころか眉一つ動かさなかった、そんな彼が。
親友からの唐突な告白に驚きはしたものの、これは嬉しい報告だった。全ての執着を氷の上へと向けて生きていた純に、心を傾ける相手が現れたというのだ。親友に訪れた春に祝いの言葉を告げようとして。
ふと、慎一郎は思い止まった。
恋、ということはお相手がいるのだろう。だがそれが片想いなのか、想いが実っているのかまでは分からない。
現役の頃から、純に秋波を送る相手なら数えきれないほどに見てきた。老若男女を心酔させた、とまで言ってしまうと大袈裟かもしれないが、スポンサーやパトロンなども考えるとあながち間違った表現でもない気がする。
そう、純「に」恋をする人間ならそれこそ山ほどいた。彼の演技に、金メダリストという地位に、人目を引く顔立ちに、理由は様々ながら純は良くも悪くも誰かの心に漣を立てることが多かった。
けれど純「が」恋をした、というのは今まで聞いたことがなかった。
現役の頃に「恋人が出来た」という話をされたことならある。驚きながらもお祝いの言葉を告げた慎一郎に対し、純は「演技に使えるかなと思って」と何事もないような調子で告げたのだ。眉一つ動かさないまま、淡々とした報告だった。
さすがに恋とはそういうものでしたっけ、と思った慎一郎が苦言を呈すと、相手も納得した上での擬似的な契約恋人なのだと判明した。それもどうかと思う、と頭を抱えた慎一郎に、純はよく分からなさそうな様子だったのをひどく鮮明に覚えている。
その純が、恋をしている、と言ったのだ。それも電話越しに声が弾んでいると分かるほどに、浮かれた調子で。
驚いた、なんてものじゃない。青天の霹靂、というのはこういうことなのだろうな、と妙な納得をするにまで至ってしまった。
しかし、あの純に『恋』とまで言わせるのがどんなお相手なのかが、全く想像がつかなかった。演技の為に契約恋人を作り、歌劇や映画を観ても「どんな表情をすればいいのかは分かった」と宣う彼が、想いを寄せる相手とは。
「純くん、念のため聞くけど、お相手はちゃんと人間なんだよね?」
恐る恐る、聞く。今なお氷に執着している純だ。芸術品とかそういう類いが出てきても、どこか納得出来てしまいそうだった。
親友の恋の相手が無機物だとしても、応援が出来るだろうか。
慎一郎が自問していると、電話の向こうからふっと呆れたような息が聞こえてきた。
『コッペリアに恋をするほど、愚かでも純朴でもないよ』
コッペリア。それは幼い頃に観劇に行ったバレエの演目だった。
慎一郎が初めて観たバレエで、感激したあまりに純にも感想をかなりの熱量で語ってしまった。その語りに動かされたのか慎一郎の勢いに押されたのか、翌週に純もバレエを観劇したと話してくれて、幼心にとても嬉しかったのを覚えている。
後に、純が観劇したのはコッペリアではなく白鳥の湖だったらしいと判明したのだが。
幼い頃の思い出話を、彼も覚えてくれている。その事実は、慎一郎の胸中を暖めた。
「そう。純くんとコイバナが出来るの、楽しみにしてるよ」
『
……
いつかね』
僅かな間の後、了承の言葉が返ってきた。純は意に沿わない時にはきっぱりと拒否をするタイプだ。つまり、そのうちコイバナをするのは構わないとの返答だった。
恋とは素晴らしいものだ、と一括りにまとめてしまうのは些か乱暴だ。相手との駆け引きは、時に人を苦しめもするし混乱させることもある。
慎一郎だって恋に散々翻弄させられた過去があるから、分かってしまった。自分だけでは抱え込みきれない想いを、誰かに語りたくなるその気持ちを。
氷上で数多のフランツを傾倒させてきたコッペリアは、今や一人の相手に焦がれているらしい。
素敵だね、とも。良かったね、とも考えはしたが、敢えて言葉にして告げることはしなかった。
「じゃあ、純くんまたね」
『うん、慎一郎くん』
通話を切る直前、向こうからガタンと大きな音が聞こえてきた。その音に紛れるようにして、人の声が混ざっていた気がした。
慎一郎はしばし通話を終えた画面を見つめる。
どこかで、聞いた声だった、ような。
記憶の糸を辿りかけたその時、携帯の画面が再び光った。表示されているのは愛しい妻の名前だ。
恋、なんて甘酸っぱい言葉を聞いてしまったからか、無償に彼女に会いたい。
「もしもし、エイヴァ?」
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