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夜明 奈央
2026-01-04 06:19:06
2031文字
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五い/久々綾 もっと早くに
駆け落ちの提案すらさせてくれない久々知の話(くくあや前提で五いが喋ってるだけ)
「兵助には恋人がいる」
これは同級生の間では周知の事実であった。しかし、その相手を知る者はおらず、やれ相手はくのたまだ、やれ豆腐屋の娘だと憶測だけが飛び交っていた。
勘右衛門も時折兵助の口から飛び出す“恋人”とやらに興味がないわけではなかったが、本人が隠したいのであれば無理に暴こうとするのも野暮というもので、深く突っ込むこともないまま卒業が近づいていた。
「兵助は、卒業したらどうするんだ? 実家継ぐのか?」
「ゆくゆくはそのつもりだけど、父上もまだ元気だし、しばらくはどこかで忍者やって経験積もうかと思ってる。勘右衛門は?」
「忍者のつもりだけど、雇われはしがらみが多そうだし、かといってフリーはフリーで大変そうだし、あんまり決まってない」
「どっちもそれなりに大変そうだよな。俺もその辺りはまだちゃんと考えてない」
湯浴みを済ませ、灯りを消し、布団に潜り込んでから、ぽつりぽつりと話をする。
どこそこの城がスカウトに来ただの、どこそこの殿様が忍者を募集しているだの、そういった情報は卒業が近づけば嫌でも耳に入ってくる。そうなれば自身の進路についても真剣に考えざるを得ず、当然そういった話題が出るのも自然なことだった。
「なあ、兵助はさ、卒業したら彼女とはどうするつもりなんだ?」
兵助の恋人は謎に包まれたままだ。一体いつ会っているのかもさっぱりわからない。それでも、兵助の口ぶりではそれなりの頻度で逢瀬を繰り返しているようなので、向こうもこの近くに住んでいるはずだ。
結婚か、別れか。「まだ早い」と言いたいところだったが、卒業すれば突きつけられるのはこの2択だ。
「別れるよ。向こうも納得してる。最初から卒業までって条件だった」
「
……
マジで?」
「マジだよ。大マジ」
「なんでそんなことになってるんだよ。仲良さそうだったじゃん」
「初めから結婚できないってわかってたからかな」
兵助の声が震えている気がした。
今夜は、奇しくも満月だった。窓から入る月明かりは隣同士で横たわる兵助の顔をしっかりと浮かび上がらせる。その横顔は感情を一切感じさせないまま、真っ直ぐに天井を見つめていた。
兵助だって、決して望んでいるわけじゃない。理解するには十分だった。そしてたぶん、そんな想いを勘右衛門には知られたくないと思っている。
「俺、結局相手知らないんだけど、誰なんだ? まさかどこかの城の姫様とか?」
「そういうんじゃないよ
……
」
気づかなかった振りをしてあえて茶化すように尋ねると、兵助も真面目な空気を霧散させて乗っかってくる。
「じゃあ誰だ? 兵助の家柄ならそこらの家の許嫁くらいひっくり返せそうだし、姫様以外でできないってなると既婚者とか?」
「違うってば」
「じゃあ、男!」
ほとんど当てずっぽうだったが、言った瞬間にひとりの後輩の姿がぱっと頭に浮かんだ。学園内を穴だらけにしては怒られている、いつだって太々しい態度のひとつ下の後輩。特別仲が良いようには見えないのに、時折人気のない場所からそれぞれが人目を忍ぶように出てくるのを目撃したことがある。お互い忍者を目指しているのだから、鍛錬していればそう珍しいことじゃない。今まで深く気にしたことはなかったのに、なぜ今それを思い出すのか。
「勘右衛門ってば、俺のことなんだと思ってるの?」
呆れ返ったような兵助の態度からは勘右衛門の予想は外れとしか思えないのに、どうしてかあの後輩の姿が頭から離れない。あの、わがままでマイペースで碌に謝ることさえできない後輩が、本当に納得しているのか?
「結婚はできなくても、一緒にいるくらいはできるんじゃねぇの?」
もし本当にあの後輩が兵助の相手なら、可哀想だと思った。そんなに聞き分けの良いタイプじゃない。兵助に「卒業したら終わり」と刷り込まれて、諦めさせられたとしか思えない。
「ダメだよ、そんなの。俺は一緒にいたら相手の全部が欲しくなっちゃうから。そんなんじゃ我慢できない。だから、卒業する時には全部手放すって決めたんだ」
「じゃあ、なんで付き合ったんだよ。付き合わなきゃ、もっと遠い関係なら、もっと楽に離れられたのに」
「言ったでしょ。俺は全部が欲しいと思っちゃうんだよ」
兵助はちっとも悪びれたようには見えない。
「お前、そういうの良くないと思うぞ。
……
あんまり俺が口出すことじゃないのかもしれないけど」
「そうだね。でも仕方ないじゃない。自分でも知らなかったんだから」
「
……
んなわけないだろ。お前の豆腐への執着は尋常じゃない」
「そうかも」
真面目で、頑固で、融通がきかない親友は、とっくに覚悟を決めているようだった。それを何の事情も知らない勘右衛門がひっくり返して覆させるべきではない。
だから、本人の意思を尊重するという名目で今の今まで知らないままでいたことを後悔した。もっと早くに、首を突っ込んでおくべきだったのだ。
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