ながひさありか
2026-01-04 05:00:34
3336文字
Public STR-Phaidei
 

もう怒りもしない

現パロっぽい。疲れるとうじうじして試し行為をしてしまうカスライナとそれになれっこでもう怒りも発生せず甘やかすだけのモーディスの話。

 また始まったか。
 そう胸中で呟き、モーディスは碌に口もつけられていない朝食に眉を寄せた。目の前では、憐れみを誘うように情けなく眉を寄せた男が、俯きがちにフォークとナイフを握ったままうだうだと喋り続けている。
「君には僕よりもっと相応しい人がいると思う……
 眼前の男が定期的に陥るネガティヴ思考には今更思うところはそれほどないが、朝食が冷めるのはいただけない。
「そんな奴はいないが、それでも話したいのなら食べ終わってからにしろ」
 モーディスは敢えてぴしゃりと冷たく言い放ち、眼前の男に今は付き合わない。一瞬顔を上げた男はそんなモーディスの態度に瞳を震わせながら、「そうだね、せっかく君が作ってくれたのにごめん」と力なく呟く。
 普通であれば居心地の悪さを感じるような沈黙が落ちるが、モーディスはそれに居心地の悪さも焦りも覚えない。不定期に発生するこのイベントに完全に慣れてしまったからだ。それはきっと、悪いことではないだろう。この男とこんなやりとりをするのが何百回目なのか、もう数えるのも面倒で忘れてしまった。
 今回の「イベント」のきっかけは恐らく、早朝ワークアウト前、ベッドで気持ち良さそうに眠っていたこの男に声をかけなかったからだろう、と予測している。いつもであればそっと肩を揺さぶって「お前も走りに行くか」と声をかけることが多いが、今朝のモーディスはそれを選択せず、そっと物音を立てないようにベッドを抜け出し、着替えも慎重に取り出して、リビングで着替えと身支度を済ませて家を出た。そうしたのは、眼前でのろのろと朝食を食べている男の目の下にうっすらとしたクマがあったからだ。
 ゆっくり眠れるようであれば寝かせてやろう、と思うのは恋人として当然の配慮だろう。
 素直にそう口にすればこのよくわからない「誤解」はすぐにでも解けるだろうことはわかっていたが、そもそも、そんなことに思い至らず、謎の誤解をしていること自体がモーディスには気に入らない。
(そう言う男だとわかってはいるが)
 わかってはいるが、それはそれとして気に入らない。
 近頃どうも疲れているようだ、と言うのは力のない笑みや声から察していた。仕事が忙しいと言うのは聞いてはいたし、それなら家事分担は気にするな、とこの男の好きな食事を多めに作ってやったり、残業終わりに駅まで迎えに行ってやったり、休日はソファやベッドで動けなくなっている男の髪や体を撫でながらぼんやり本を読んだり(電子書籍での読書は、片手が自由になりやすいと気づいた)と、モーディスなりに気を使っているつもりだった。恋人愛情深く優しい男だったが、淋しがり屋で疑い深い男でもあった。「いつでも君の手を離す覚悟はできてる」と悲壮感たっぷりに情けない顔で言うくせに、実際はモーディスの両手を握ったまま口にするような、めちゃくちゃな男だった。
「それで……その……
 朝食を食べ終えた男が、徐に口を開く。気まずそうな声をしているのは、食事を取って少し気分が落ち着いたからだろう、と感じた。
 モーディスは「皿を片付けるから、テーブルを拭いておけ」と口にして二人分の食器を回収すると、男に背を向けてキッチンへ向かう。
 シンクに皿を置くと、今すぐにやる必要もない皿洗いを始める。水が少し冷たかったが、なんとなくお湯で洗う気にはならなかった。
 背後から「クロスって新しいものを出していいのかい」、とおずおず、と言った口調で声をかけてくる男に振り返らず、「ああ」と短い応えを返した。
 真新しいクロスを棚から取り出した男がわざわざ洗面所に消えていく足音に小さくため息をつき、洗い終わった皿を水切り用のラックに置く。食器棚にしまうのは後でやらせるか、と思いつつ手を拭き、振り返って、大人しくテーブルを拭いている男を腕を組んで見つめる。
…………それで?」
 テーブルを拭き終わり、気まずそうに佇んでいる男に、モーディス自ら声をかけてやる。
 今度は一体どんな妄執に囚われているやら、と静かに見つめていると、眉を下げたまま、金色の瞳がモーディスを向く。真正面から改めて見つめると、寝癖を直しもせず、ぼさぼさで好き勝手に跳ねたままの髪が今更気になり、傍に寄る。
「髪ぐらい梳かしたらどうだ?」
 髪を撫で付けるように触れると、ビクッと大袈裟に肩を跳ねさせた男が、「別にいいだろ、休みの日なんだし、家の中でくらい……」と微かに頬を染め、恥ずかしそうにぼそぼそと口にして、モーディスの手首を掴む。
「『家の中ではだらしなくても構わない』って昔言ってくれたじゃないか」
 あれは嘘だったのかよ、とでも言いたそうに唇を尖らせる男に思わず笑うと、ムッと眉を寄せてから、すぐに情けなく下がる。
 まるで捨てられた犬のようだな、と思いながらモーディスは掴まれたままの手首をそのまま持ち上げ、頬に手を添える。
「確かに以前お前にはそう言った。それなら、お前が己を情けなく思う必要はないと何故わからない?」
…………………
「今度は何で落ち込んでいるのか知らないが、くだらん事を毎度のように言うのはやめろ。俺の言葉はそれほど信用に値しないか?」
「いやまさか、そうじゃない。君の言葉を疑ったことなんて、」
 ないよ、とは言えない態度を取っていることに気付いた男が、ぴたりと言葉を静止して口を閉ざす。
 こんなやりとりをするのは一体何度目だ? そう口にするのをやめて、モーディスは気付いたのであればいいか、と男の頬をぴたぴたと軽く数度たたく。
「俺と別れたいわけでもあるまい」
「別れたいと思ったことなんてないよ……
「その割には、他に相応しい奴がいると何度も言われているように思うが」
 ハ、と鼻で笑うモーディスに、「いやそれは」だの「だってそうだろ……」だの、しどろもどろに男が口にする。
「どうして君みたいに素敵な人が僕を選んでくれてるのか本当にわからないんだ」
「お前が俺を欲したからだろう」
 君が好きなんだ、と言われたのは果たしていつの話だったか、もう随分と昔のことで忘れてしまった。そう嘯きながら、モーディスは眼前の男の頬骨にキスをしてやる。告白された頃よりは少しくたびれた肌をしているか、と考えつつ頬を撫でて、目尻にもう一度唇を寄せる。
「何度も言ってやっていると思うが、何度俺を試そうとしても無駄だ。俺は今までお前以外の誰とも生涯を共にしようと思ったことはない。そろそろ諦めることだな」
 試しているわけではないのだろうが、とモーディスは瞳を揺らしながらじっと見つめ返してくる男と視線を合わせ、もう一度好き勝手に跳ねている髪を撫で付ける、ふりをしてぐしゃぐしゃと掻き回した。
「っ、やめてくれよ、そんな犬みたいな……
「犬の方が余程素直で愛らしい気もするがな。少なくともお前のように愛情を定期的に疑ったりはしないだろう」
……………………
 そうかな。
 小さく呟かれた言葉に、モーディスはわざとらしくため息をつき、「後は何が望みだ?」と手を掴み、ソファまで連れてきて座らせる。
「二度寝の添い寝が希望か? それともデートにでも行くか」
 モーディスは膝の上に無理やり恋人の頭を乗せさせ、そっと目許に残るクマを撫でる。
………………君って僕に甘すぎないか? 時々怖くなる」
 本心から怯えたような声を出す男に、ハ、と再び鼻で笑い、モーディスは男の鼻をきゅっと摘んですぐに離す。
「惚れた男を甘やかして何が悪い?」
「うわ、……そう言うこと言う時に笑うのはずるいだろ」
 ぐぅ、と観念したように唸る男の頬が紅潮していることに満足し、モーディスはその愛らしい頬を指先でつつく。
「俺の愛情深さを思い知ったのならもう少し寝ておけ。お前のその不安症は寝不足だ」
「そうかな。……そうでもないかも」
 再びうだうだ口にする男の髪や体を撫でて、「いいから寝ろ」と口にする。
 どうせ目が覚めれば、「さっきは本当に済まない……」と恥ずかしそうに謝罪をしてくるのは目に見えている。
 何しろ、今までに何百回もこんなやりとりをしているからだ。


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