紫よか
2026-01-04 01:03:33
1535文字
Public 刀剣乱舞
 

ぐるりと廻って

加州清光×花 大晦日を超えて

「遅くまで起きられないくせに」

 深夜、大晦日。
 加州清光は自身の膝の上に頭を乗せてむにゃむにゃと機嫌の良さそうに微睡んでいた審神者を背中にかついで、かれの部屋に向かっていた。審神者がいる時は酒を飲まないと決めている加州清光にとっては、夜はこれからである。
 蕎麦を食べて、オレンジジュースを飲んで、にこにことしていた審神者が、だんだん舟を漕いでいくのを見るのは、可愛らしいものがあった──と、本人に言ったら子ども扱い? と言われそうなことを、加州清光は思っている。

 廊下から外を見上げれば中途半端な形の月。この無菌室のような箱庭の本丸で、審神者の少年が唯一気にしていることは、月の形であった。暦と同じにしていたいらしい。

……そもそも、一日の昼夜をバランス良くできるようになったのが最近なんだよな」

 加州清光はひとりごちる。そう、身体の弱い審神者が治めるこの本丸は、かつてはおよそ常に夜の姿をしていて、かれは眠っている時の方が多かった。その中で、月を見ていることが多かったのだろう。きっと、月の形を気にするのはそこからだ。
 そっと審神者の部屋に入る。隅に畳まれた布団を取り出して片手で敷く。すると、ぐるりと後ろから腕を回された。先程までだらりと垂れ下がっていた審神者の腕だ。抱きしめるような形になって、そして楽しげなくすくす笑い。
 
「ねえ加州さん、月がきれいですね?」
「あんたがいるからね」
「すてきな返し」
「もー、寝るんでしょ?」
「寝るけれど……

 審神者は布団にそっと下ろされる。幼子のように横たわらされ、毛布と掛け布団を掛けられた。加州清光はぽんぽんふわふわと審神者の白い髪に触れる。

「ねえ。あんたの時代では誕生日ってものがあったらしいけど、俺の時代では新年が来たらみんなで一緒に歳を取ったんだよ、主」
「まあそうなの? じゃあ、このまま一緒にいれば加州さんに誕生を祝ってもらえるかしら」
「ん。だから俺が運んできたの」
「ふふ、じゃあまだ寝られないわ」
「だーめ。寝なきゃ」

 審神者の髪を撫で続ける加州清光の手は、慈愛に満ちていた。 加州清光の手は止まらない。眠りへ導くための、一定のリズム。額から髪へ、髪から耳の後ろへ。白い睫毛がゆっくりと伏せられていくのを、彼は静かに見守っていた。

……ねえ、加州さん」

 もう半分、夢の中の声。

「なあに」
「来年も……一緒に、いられる?」

 その問いは、あまりに小さくて、あまりに重かった。

 加州清光は一瞬だけ、息を止める。約束という言葉が、喉の奥に引っかかった。それでも、彼は笑う。いつもの、少しだけ軽やかな笑みで。

「いられるよ」
「ほんとう?」
「うん。俺がここにいる限りね」

 審神者は安心したように、ふっと力を抜いた。指先が、加州清光の袖をつかんだまま離れない。眠りに落ちる寸前の、無意識の仕草だ。

……じゃあ、祈るわ」
「祈り?」
「ええ。来年も、再来年も……ずっと」

 加州清光は返事の代わりに、そっと目を閉じた。箱庭の本丸に、年越しの鐘は鳴らない。それでも、時間は確かに巡っていく。ぐるり、ぐるりと。
 
(どうか、この子が目を覚ます朝が、また来ますように)

 胸の内で、誰にともなく祈る。歴史でも、神でもなく、ただ隣にいる存在のためだけに。

 規則正しい寝息が、やがて聞こえてきた。完全に眠ったのを確かめてから、加州清光は身をかがめる。起こさないように、触れるか触れないかの距離で──

 白い髪に、そっと口付けた。

……おやすみ、主。良い年を」

 窓の向こうで、月がゆっくりと形を変える。
 年が、静かに明けていった。