haru_haru0704
2026-01-04 00:41:29
4947文字
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たぬきゅうえん

デキてる哥舒臨と仇遠、デキてるカカロと忌炎 全年齢

たぬきになっちゃった仇遠の話

突然だが、仇遠はたぬきになってしまった。
「ク-、ク-」
もちろん喋ることはできない。たぬきなので。
共鳴能力も使えず、剣も持てない。たぬきなので。
「ク-、ンン-•••」
たぬきの仇遠はぽてぽてと歩き出した。
その手足は丸っこくて短く、歩行速度も遅い。たぬきなので。
けれども、思考能力だけはたぬき化していなかった。それだけが唯一の救いだ。
もし思考能力までたぬきになっていたら、彼はあっさりと残像に殺されていたことだろう。もしくは、人間に捕まってたぬき鍋にされていたかもしれない。
仇遠は、たぬきにしては上手に人の視線を避けながら、今州城内のとある店へと向かった。
そこに、人を待たせているからだ。

✦✦✦
そもそも、なぜ仇遠はたぬきになってしまったのか?それには深〜〜い訳が・・・あるわけではない。
今州城のほど近くで不穏な気配のするソノラを見つけ、このまま放ってはおけぬと中に入り、残像を片付けて外に出てきたら、何故かたぬきになっていたのである。
仇遠が思うに、たぬき化は周波数異常による一時的な症状のはずだ。放っておけばその内治るだろうし、華胥研究院に助けを求めるほどでもない。
今はまず、仇遠を待っている人間──哥舒臨に会いに行かなければ。
仇遠は短い手足を目一杯動かし、今州城内の大通りを駆け抜けた。
たぬきの体ではデバイスで時間を確認することもできないが、おそらく哥舒臨との待ち合わせ時間はとっくに過ぎてしまっているだろう。
人間の体であれば多少の余裕をもって到着できるはずだったのだが、思わぬたぬき化によって予定が狂ってしまった。

「フ-、フ-、フ-•••」
店に到着する頃には、仇遠の息はすっかり上がっていた。ほんの数分しか走っていないはずなのだが、たぬきの体には負担が大きかったらしい。
仇遠は耳を澄ませ、クンクンと周囲の匂いを嗅いだ。
幸運なことに、哥舒臨はカフェの店内ではなくテラス席に座っているようだ。仇遠は哥舒臨の音と匂いのする方へ、とことこと歩いていった。
「ク-ク-」
「ん?」
足元で鳴くと、哥舒臨は下を覗き込んだ。仇遠は彼の脚に、短く丸っこい前足をかけて立ち上がる。
「何だお前。・・・間抜けな面した奴だな」
「ン-」
仇遠は、待ち合わせに遅れてすまぬ、と言おうとした。しかし当然、たぬきの口で言葉が喋れるはずもない。
ン-、ク-、としきりに鳴いていると、哥舒臨は「んー?」と柔らかい声を出した。それはまるで、仇遠のふとした呼びかけに応える時のように、甘さを帯びた声だった。
「ふっ、可愛いな。ほら、こっち来い」
哥舒臨は仇遠をひょいと持ち上げ、膝に座らせた。そして、彼の両手は仇遠のもふもふとした被毛を優しく撫でる。
「キュウ•••」
その手つきが心地よく、仇遠は目を細めた。
彼と恋人になってからしばらく経つが、こんな風に撫でられたのは初めてかもしれない。仇遠の短い尻尾は、喜びを示すようにぷりぷりと勝手に揺れた。
「哥舒臨?何だその・・・犬?は」
不意に、哥舒臨の背後から男の声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。
おそらく、彼は幽霊猟犬の──
「カカロか、奇遇だな。この・・・犬?に懐かれたんで、暇潰しがてら構ってやっていたところだ」
「ク-、ン-」
犬ではない。たぬきだ。仇遠はそう主張したが、当然ながら2人には伝わらない。
「可愛い鳴き声だな」
カカロは指を仇遠の鼻先に差し出した。特段嗅ぐ必要はないのだが、一応クンクンと嗅いでおく。
するとカカロはゆっくりと手を動かし、仇遠の首のあたりをわしわしと撫で始めた。
「ンン-」
こやつ、なかなか撫でるのが上手いな。さては動物好きか。
「ところで、お前こんなところで何してたんだ?」
「ただの通りすがりだ。この後、破陣基地に向かう」
「ああ、忌炎に会いに行くのか。仲良いな、お前ら」
「ン-」
カカロはわしゃわしゃと仇遠を撫でながら、哥舒臨と会話している。
そういえば、彼と忌炎は付き合っているのだったか。以前、哥舒臨がそう話していたような。
「忌炎に連絡してみるか。あいつなら、この妙な犬が本当に犬かどうか分かるかもしれん」
そう言うと、哥舒臨はデバイスを操作し始めた。
「分かるだろうか?あいつ、意外と雑なところがあるからな」
「たしかに」
ピピピピピ、という短いコール音の後、忌炎は応答した。デバイスが彼の姿を立体的に投影する。
『忌炎です。どうしました?』
「この犬っぽいやつが何だか分かるか?」
哥舒臨は仇遠を抱え上げ、忌炎がよく見えるようにした。投影の忌炎は仇遠を一瞥すると、自信ありげに頷く。
『これは犬ですね』
「自信ありそうだな」
「なら犬か」
「キュ•••」
こやつら、本気で言っておるのだろうか。某でも犬とたぬきの区別はつくというのに。
『ん?その声、カカロか?』
「ああ、そうだ。偶然、今州城で哥舒臨と会ってな。後でそっちに向かうから、もう少し待っていてくれ」
『分かった。気をつけて来いよ。・・・ええと、それで、哥舒臨さんの要件は犬の話だけですか?』
「犬の話だけだ」
「ン-•••」
犬ではない・・・のだが、いや、最早たぬきでも犬でも構わぬ。今更たぬきだと気づいてもらったところで、状況は何も変わらぬだろう。
「まあ、ちょっと聞いてみただけだ。丁度カカロもいたしな。じゃあ切るぞ」
『はい』
通話は終わり、忌炎の投影はふっと掻き消えた。一瞬、場に沈黙が落ちる。
「・・・さて、じゃあ俺はそろそろ行く」
カカロは最後に仇遠の頭をひと撫ですると、哥舒臨に別れを告げた。
「ああ。忌炎と仲良くやれよ」
「勿論だ」

1人になった哥舒臨は仇遠をもふもふと撫でた後、ふうと溜息を吐いた。
「あの野郎、遅いな・・・」
「キュウ、ン-」
哥舒臨の言う「あの野郎」とは、当然仇遠のことだろう。もうとっくに到着はしているのだが、たぬきの姿では仇遠と認識されるはずもない。
どうにかして哥舒臨と意思疎通する方法はないものか、と考えていると、哥舒臨はぶるりと大きく震えた。
「寒くなってきた・・・これでもたくさん着込んできたんだがな。冬にテラス席なんぞ、寒いと分かりきっていたから」
「キュ?」
そういえば、なぜ彼はテラス席を選んだのだろう。口ぶりからして、出発する前から既にテラス席に座ると決めていたようだが・・・
哥舒臨は仇遠を胸に抱き込み、軽く背を丸めた。彼の手は、氷のようとまでは行かずとも冷たくなっている。
「はは、お前あったかいな」
「ク-」
寒いのなら、店内の席に移動すればよい。けれども彼が頑なにそうしないのは、おそらく何か理由があるのだろう。
外で待つ理由、外でなければいけない理由──
まさか。
哥舒臨は、某が見つけやすいようにとテラス席を選んだのであろうか。
思い返せば、彼とこういった店で待ち合わせる際は、毎回テラス席であった。てっきり、それが彼の好みなのだろうと思っていた、のだが。
「はー・・・もう1時間経ったのか。・・・あとどれくらい待とうか・・・」
哥舒臨は呟くようにそう言った。
その声に怒りや呆れはない。ただ、少しの不安と諦めが滲んでいる。
仇遠はいてもたってもいられず、しきりに鳴き声を上げた。
「キュ、ク-ク-、キュウ、ン-」
某はここにいる、もう待たずともよい、待つならせめて暖かい店内に入れ。
しかし、やはり伝わらない。たぬきの口では。たぬきの鳴き声では。
仇遠はもどかしさに歯噛みした。
「どうした?そんなに鳴いて。年の瀬に待ち合わせをすっぽかされそうな男を憐れんでるのか?」
「ク、ヴ-、ン-ウゥ」
「まあ・・・あいつのことだから、約束を忘れてるとかうっかり遅刻とか、そういうのじゃないんだろう。途中で何か面倒なことに巻き込まれたか・・・人助けでもしてるのか」
「ン-、ン-」
哥舒臨の思いやりと信頼に、ずきりと仇遠の胸が痛む。
こんなに寒い場所で、長時間待たせてしまって申し訳ない。今まで哥舒臨の気遣いに気づかなかった己が情けない。
たぬきの体のなんと恨めしいことか。今すぐ人間の体に戻って、哥舒臨の冷えた体を抱きしめてやりたい。
「・・・ん?おいおい勘弁してくれ。雪がチラついてきた」
「キュ、ク-•••!」
今すぐ屋内に入れ!と仇遠は訴えた。哥舒臨は寒そうに細い息を吐き出す。
「・・・もう少しだけ、ここで待ってやるか。もう少しだけな。・・・別に、室内で待ってても大丈夫なのは分かってるんだ。俺が一個も連絡を寄越さなくとも、どこに居ようとも、あいつはどうにかして俺を見つけるだろう」
「ク-•••」
その通りだ。仇遠には、優れた周波数感知能力がある。多少のツテと情報網も持っている。
たとえ哥舒臨が逃げ回っても、隠れたとしても、仇遠は必ず彼を見つけ出すだろう。
「でもな・・・やっぱり、少しでも早く会いたいだろ。こんな年の瀬なら、余計に」
「ク-、キュウ」
某も、そうだ。お主に早く会いたかった。だからここまで駆けてきたのだ。
仇遠はもそりと哥舒臨の腕から抜け出し、彼の顔のあたりをじっと見つめる。そうすることで、何かが伝わるのではないかと期待して。
「・・・お前の瞳、色素が薄いな。あいつに似てる」
「キュ、ンン-」
「仇遠・・・?いや、まさかな・・・」
ふ、と哥舒臨の口から息が漏れた。おそらく笑っているのだろう。
仇遠はその音と空気の流れから、哥舒臨の顔のおおよその位置を掴んだ。その位置に向かって鼻先を近づける。
哥舒臨は、それを避けなかった。
──ぴとり、と。人間の鼻とたぬきの鼻が触れる。
その瞬間、ぽん!という軽妙な音が鳴り響いた。
「は、・・・重ッ!?」
仇遠の体は、人間のそれに戻っていた。たぬきの体とは比べようもないほど大きな図体の男に膝に乗られ、哥舒臨は悲鳴を上げる。
「む、戻ったか」
仇遠はサッと哥舒臨の上から降りると、自身の服や装備を軽く確認した。
・・・どうやら、ソノラに入った時と同じ服装のようだ。丸裸の姿で人間に戻らなくて、本当に良かった。
「え、あ、犬?仇遠?」
「犬ではなくたぬき・・・否、今はどうでもよい。それよりも、暖かい場所に行こう」
仇遠が手を差し出すと、哥舒臨はその手を掴んで立ち上がった。やはり、彼の手は冷えきっている。
ひとまず近場で暖を取ろうとカフェの店内へ向かいかけた仇遠を制し、哥舒臨は言った。
「結構いい宿を取ったんだ。ここからそう遠くないし、部屋に掛け流しの温泉もある。行くなら、そっちの方が・・・」
「ではそちらへ」
仇遠が頷くと、哥舒臨は宿の方向へと足を向けた。仇遠は彼の手を握ったままである。
哥舒臨はそれをちらりと見た後、仇遠の顔に視線を移す。
「・・・おい、このまま宿まで行くつもりか」
「お主の手が冷えておる」
「ちょっとくらい冷えてても大丈夫だ。そんなにヤワじゃない」
仕方なく歩を進めながら、哥舒臨は抗議を続ける。手を繋ぐのが嫌なわけでは勿論ないが、今州の民に見られるのはさすがに少し恥ずかしい。
「手は離さぬ。・・・長く待たせてしまい、申し訳ない」
「ん、いや、まあ・・・別に。なんでか知らんが、犬になってたんだろ。仕方ない」
「たぬきだ」
「ああ、たぬきな。間抜け面のたぬき野郎」
調子が乗ってきたのか、哥舒臨は流れるように悪態をついた。しかし怒っているわけではなく、むしろ上機嫌のようだ。
やはり、彼は多少生意気なくらいが丁度よい。魅力的、と言っても差し支えないだろう。
「哥舒臨。次回から、某を待つ時は店内に座るようにせよ」
「嫌だね」
「む・・・」
「俺を外に座らせたくないなら、俺より先に待ち合わせ場所に来い」
何とも強気な発言に、仇遠は思わず口角を上げた。だが、正論である。何も言い返せない。
「承知した。善処しよう」
「ははっ、どうなるか楽しみだな」
2人は手を繋いだまま、穏やかな歩調で歩んでいく。ちらりちらりと降る雪が顔にあたって冷たいが、あまり気にはならない。
それよりも、分け合った手の熱の方が、2人にとってはよほど重要だった。