g_negigi
2026-01-04 00:08:43
3087文字
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光を消さない

五歌ワンドロワンライお題「帳」で書いてみました。短いし、お話として成立しているのかどうか…。とりあえず、読んでいただけたら幸いです。

——好きな奴を閉じ込めたいと思ったこと、ある?
親友が発したそんな言葉に、夏油は目を見開いた。
彼と対峙している親友——五条悟は、思いの外真剣な表情をしていた。
これは冗談という雰囲気ではないな、と思った夏油は、手にしていた缶コーヒーを一口飲んで、その質問に答えた。
「いや。私はないかな」
「そっか」
五条は俯いた。
そこで会話は途切れてしまった。夏油はやれやれ、と肩をすくめた。
今は授業の合間の休み時間。自販機で買ったコーヒー片手に、ベンチで二人並んで座っていた。
五条は今朝から何事か考えている様子だったのだが、ようやく口を開いたと思ったら出たのがこの質問だったというわけだ。
「好きな奴を閉じ込めたいと思ったことある?」なんて。五条が誰のことを考えているのかは大体わかっていたが、とりあえず質問を返してみることにした。
「悟は好きな人を閉じ込めたいなー、とか思ってるの?」
「んー……
五条は答えにくそうにしていた。まあ、確かに監禁願望なんて口には出しづらい話題だけど。

それからたっぷり間を置いて、五条はようやく説明し出した。
「夢見たんだよね。歌姫を帳の中に閉じ込める夢」
五条の話はこうだった。

夢の中で、五条は歌姫となぜか京都の五条本邸にいた。
五条邸の敷地の中でも奥まったところにある、離れの部屋。
そこで五条は歌姫と二人きりで暮らす夢を見たのだという。
確かに五条家の敷地内であるにもかかわらず、使用人たちも一切出入りすることがなく、五条と歌姫は完全に二人だけで生活を営んでいた。
五条はいつも通り任務に招集されて呪霊を祓いに出かけるが、歌姫は離れから出ることなく、五条の帰りをずっと待っていた。
五条が帰ってくると、温かい食事を用意して、お帰りなさい、と微笑みを浮かべて出迎えてくれる。そんな新婚のカップルのような生活を送る夢を見た、と五条は話してくれた。

可愛らしい夢だ。片想いをしている時なら、誰しもそんな、甘い夢を見たことがあるのではないかと夏油は思った。
「だけどそれだけじゃないんだ」
五条はそう言った。

五条はその歌姫との幸せな生活を送りながら、ふと不安になったのだという。
自分が留守にしている間に歌姫に何かあったらどうしたらいいのだろう。

俺がいない間に、厄介な呪詛師が歌姫を襲ったら。
五条家当主の自分を疎ましく思う誰かが、歌姫に危害を加えに来たら。

そんなことが起こらなくても、もし。
もし歌姫がこの生活に嫌気がさして、自分のもとを去ってしまったら。

そんなことを考えた五条は、怖くてたまらなくなった。
歌姫が誰かに傷つけられたら。いなくなってしまったら。
そう考えるとたまらなくなって、ある行動に出た。

「その離れの周りに、帳を下ろしたんだよ」
五条は夏油にそう語った。

夢の中の五条は、歌姫と一緒に暮らすその家屋の周りにだけ、特別な帳を下ろした。
「五条悟以外のものの出入りを防ぐ帳」を。
夢の中とはいえ、ずいぶん突飛な設定だった。実際にやろうとしてもそんな条件つきの帳を下ろせるのかとは思ったが、夢の中ではできたのだという。

そうして、五条は自分と歌姫以外は出入りできない、小さな二人だけの世界の中で平和に暮らし続けた。そんな夢だったのだと話した。

——それで、目が覚めてから、そんな夢を見た自分に対して自己嫌悪に陥ったと」
「いや、自己嫌悪っつうかさ」
五条はベンチの背に深くもたれかかり、天を仰いだ。
……それもいいかもな、って、ちょっと思っちゃって」
「先輩を監禁するのが?」
「いや、監禁っていうか」
「監禁だろ。部屋から出さないようにするんだから」
五条は夏油が言うのを聞いて、はあーとため息をついた。
……そんな変態くさい感じじゃないけど、歌姫が俺のそばにいて、どこにも行かないでいてくれるならいいかも、と思っちゃったんだよね」
「ふん」
……だってさあ、歌姫っていっつも無理するじゃん。後方支援のくせに咄嗟に前に出てきたりするし、弱っちいくせに等級上げたがってるし」
五条はさらに続ける。
……そういうの見てると、本当に俺の知らない間にいなくなっちゃいそうでさ」

なるほど。
夏油は話を聞いて一人納得した。
つまりは、女々しい願望だ。好きな人に自分の手の届くところにいて欲しい、自分の前からいなくならないでほしい、という。
それ自体は別におかしいことでもない。誰でも恋をしたらそれくらいのことを思ってしまうものだ。ただ五条悟がその夢を見て、本当に怖いと思ってしまったのは。

自分がそれを本当に実行してしまうのではないか、ということだろう。

何せ彼は、五条悟だから。
彼の家の権力を使えば歌姫を囲うことだって不可能ではないのだろうし、歌姫を閉じ込めてしまう帳だって、五条ならば本当に顕現させることができるかもしれない。

片想いの相手の自由を奪って、二人きりの世界に閉じ込めてしまうこと。
それが自分にはできるのだということを思い、その考えに惹かれてしまったこと。
そういう自分が一番恐ろしいということ。
五条悟が言いたいのは、そういうことだろう。

ベンチの背にもたれかかったまま考え込んでいる親友に、夏油は可哀想に、と思った。
妙な家に生まれて強大な力を持ってしまったために、健全な片想いすらままならないなんて。
人の恋路はその人のものだ。本来なら親友といえども自分が口を出すことでもないが、思い悩んでいる五条を放っておくのも忍びない。
そう思った夏油は、五条にこう話した。

「まあ、正直悟なら、歌姫先輩を囲うことも、監禁することもできるんじゃない?」
その言葉を聞いて、五条は驚いて夏油を見た。ある面では生真面目なこの男がそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。
「でもさ、悟はそうやって歌姫先輩を閉じ込めたとして、それで幸せになれると思う?」
夏油がそう尋ねると、五条は首を振った。
「だろ? 悟が好きになったのは、おとなしく囲われて、悟だけを見て、悟のことだけ考えて、悟のためだけに生きてる歌姫先輩じゃないんじゃない?」
……どうだろ」
「歌姫先輩が悟に対して従順に、あなたのためだけに生きるとか言い出したら、悟はきっと先輩のこと嫌いになるんじゃないかな」
……そーかな」
夏油はそんな五条の反応を聞いて苦笑する。夏油は知っていた。五条は歌姫の潔癖で、生真面目で、生命力に溢れている、溌剌とした姿が好きなのだと。
だからこそ彼女が、五条悟にとって眩しく温かい光なのだと。
「大体、悟が歌姫先輩を監禁したとして、現実の先輩ならその帳無理やり破って逃げ出すでしょ」
……それは、そうかも」
「それで、『私のこと甘く見ないでよね!』」とか、捨て台詞吐いて行っちゃうと思うよ」
「確かに」
五条はそこでやっと笑みを浮かべた。
そこで休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、二人は空になった缶を捨てた。

夏油は先ほどよりも表情の柔らかくなった五条の顔を見ながら、ふと五条と歌姫が並んで歩く光景を想像した。
もしその光景が現実のものになったとしたら、さっき自分が言ったとおり、きっと五条が心配したようなことは起こらない。
五条が彼女を欲しているのは、彼女の生命力のゆえなのだから。
その光を消してしまうようなことは、彼は決してしないだろうと夏油には思えた。
そしてそんな未来がやってきたら、その時は親友を思い切り祝ってやろう、とこっそり心に決めていた。