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2026-01-03 23:09:34
3910文字
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燭鶴「月面で踊る」

満月の下で二人で踊りながら、もし月面で踊るならこんな感じかな〜と想像している光忠くんと鶴さんの話。
1/3新年最初の満月ウルフムーンに寄せて書きました。
パン箱さんの同人誌「ダンシングオンザムーン」のファンアートとして書いていますが、本の内容のネタバレ要素はほぼなく(確認してもらってます)、かつ、その同人誌を読んでいなくても読めると思います。

 日が落ちるまでに薄く積もった軽い雪は、夜が深まるにつれてほとんど氷に近づいている。それらの凍った雪は歩く革靴の下で踏みしめられて、光忠の足元でサクサクとした感触で潰れた。

「鶴さん、!こんな寒いのに、どうしたの?」
 光忠は雪を踏みしめた先にたたずむ人の姿をやや離れたところから捉えて、名前を呼んだ。

 ここは本丸の離れにある小高い丘のような展望台だ。気候の良い時期は誰かが酒を持ち込んで月見をしていることもあるけれど、こんなに寒い時期は人の気配はまったくなく静まりかえっている。
 そんな展望台の中心にぽつんと独り立っている鶴丸は、どのくらいの時間ここにいたのだろうか。寒かったのだろう、彼は羽織のフードを被っていて、頬と鼻先は寒さで淡く色づいている。

 この人がここで待っているということだったので、光忠は今晩この展望台にやってきたのだった。

「おぉ、光坊、お疲れさん」
「ごめんね、来るのが遅くなっちゃって。伽羅ちゃんからは早めに伝言受け取ったんだけど、いろいろなことがちょっと片づかなくて」
「いやいや、気にするな。この時期のきみが忙しいのはよく分かっているからな」

 近づいた光忠に片手を挙げて応えた鶴丸は人懐っこそうな表情で笑って、肩をすくめた。

「あはは、……なんか忙しく過ごしちゃうんだよね、新年って」
「働き者のきみらしい」
「まぁ、そうだね、性分ってやつかも。……えっと、今日はどうしたの?こうやって夜に鶴さんと待ち合わせするの、なんだか新鮮だね」

 彼は恋人だから、もちろん二人きりの待ち合わせというものは日常に溢れているけれど、それが夜というのは少しだけめずらしかった。同室なので、夜は二人で部屋にいることが多いから。

「働き詰めの光坊に新鮮な空気を吸ってもらおうと思ったのさ。……なんてな。まぁそういう側面もあるが、今晩の月をきみと見ようと思ったんだ」
「月?」

 鶴丸が空を指差す先を追って光忠は上空を見上げた。そこには丸く冴えた月が明るく輝いている。どおりで明るい夜だと思った。

「あっ、今日、満月なんだね」
「あぁ、今年初めの満月さ。縁起が良いだろう?今日はよく晴れていて月が明るい上に、雪が積もって眺めもいい。だから忙しくしているきみに見せてやりたいと思った」
「そうだったんだ、ありがとう」

 年長者らしい――実際に年長者だが――余裕を湛えた表情で鶴丸が言うのを光忠は微笑んで聞いて、頷いた。再び満月を見上げる。普段の満月は淡い金の色をしているけれど、こういう寒い時期の月は白く冴えわたっているように見える。

「今日の月はひときわ白くて、なんだか鶴さんみたいだね」
「はは、何を言ってるんだ、光坊」

 鶴丸は呆れたように言って笑った。そんなにおかしなことを言っただろうか。とても澄んでいて、それがこの人に感じる印象と似ていると思ったのだけれど。

「感じるものは、ノスタルジー、じゃなかったのかい?」
……?あ、前に僕、そんなことを言ったね。鶴さん、よく覚えてるね」
「あぁ、きみと水族館に言った日だ。光坊と話したことだから当然覚えている」

 彼はちょっと得意げに言うと、その日のことを思い返すように少しだけ視線を遠くに外して、再び光忠を見た。

「あの時俺が話したことを覚えているかい」
「うん、戦が終わったら僕ら刀剣男士は元々居た場所に戻るのかなって。それと――
「それと、もしそうなったらきみと二人で月に逃げよう、と言った」

 光忠の言葉を引き取って鶴丸が続けたので、光忠はまた頷いた。

「二人で逃げる先の月は、ああいう白い月のような気がしたんだ。それもあって今夜の月をきみに見せたかった」

 ああいう月、と言って鶴丸は再び上空を指差すと、大きく頭を上げて月を見上げた。見上げた角度が大きくて、頭に被っていた羽織のフードが脱げ落ちる。顎を上げたことで夜の空気にさらされた白い喉仏がなんだか印象的だ。そんなふうに月を見上げる彼の様子が、光忠にはなんとなく遠吠えをする狼のようにも見えた。

「なぁ、光坊」
「うん」
「もし二人で月にたどり着けたとして、きみは何がしたい?」
「月で?うーん、なんだろう……、せっかくだから、何か雰囲気の良いことがしたいよね」
「そうだな。俺としては……、踊ってみるのも一興なんじゃないかと思ってな」
「月の上でダンス、か……。へぇ、ロマンチックでいいね」

 光忠は見たことがない月面を想像しながら答えた。そこではどんな音楽がかかるのだろう。重力は地球よりも小さいと聞く。きっと、身体は驚くほど軽いに違いない。

「だろう?あいにく、江のやつらのように歌って踊ることも普段なけりゃ社交場でのダンスの素養もないが……、光坊はどう思う?踊れると思うかい?」
「鶴さんと僕でってことだよね」
「あぁ」

 鶴丸が軽く頷く。二人で踊るということは、彼が想定しているのは江の者たちのようなアイドル的なものというよりは社交の場でのペアダンスのほうなのだろう。

「そうだね、……
 光忠は少し腕を組んで想像を巡らせた。たとえば、月の上で、互いが一張羅を着てリズムを合わせる様子を。

「僕は踊れると思うな。だって――
 脳内でもう少し鮮明に彼と踊る場面を想像する。徐々に一つになっていくお互いのリズムと呼吸、交差する視線。

「二人で踊るって、つまり、心を通わせるってことでしょう?そうだとするならきっと、僕と鶴さんは踊れるよ。もちろん、僕にも社交場のダンスの知識はないけどね。でも、」
「きみと俺の心は通っているから踊れる、と」
「うん。違うかな?」
「光坊のそういう自信に満ちたところ、好きだぜ。俺も同じように思う。きみとならどこへだって行けるし、自由に踊ることだってできる」

 鶴丸は歌うような軽やかさで言ってから、ふと何かを思いついた様子で楽しそうに笑った。

「そうだ、光坊。今夜はここで、月で踊る予行演習といこう」
「ここで?ふふ、いいね。……じゃあ、鶴さん、お手を拝借。あなたの心のおもむくままに」
「きみのリードに身を任せるぜ、光坊」

 かしこまった調子で光忠が恭しく差し出した手を鶴丸が取る。流麗な所作だった。重ねられた手の指先に光忠は軽く口づけて、彼の腰に腕を回した。

「足を踏むなよ?」
「僕が踏むと思う?」
「はは、そうだな、そんなわけはない。きみは格好良い男だ」
「ありがとう、鶴さんに言われると自信が持てるよ」

 はにかんだ光忠を茶化すような、しかしそれでいて愛おしむような視線で鶴丸は見て、微笑んでいる。

「俺は踊りも音楽のことも詳しくないが、何かしら情熱的なものを頼むぜ」
「あはは……、僕も全然分かんないけど、でも、オーケー、期待に応えるよ」

 互いに見つめ合って、同時に一歩踏み出す。その歩幅はぴったり同じだった。作法も何も分からないままの、無音のダンスだったけれど、二人のあいだには共通の呼吸があって、それに合わせて二人は舞った。
 光忠のリードに身を任せると言ったわりに鶴丸は自由にくるくると踊って、光忠はリードするというよりはそれを包容している。

「楽しいな!光坊!」

 自由に伸びやかに踊った鶴丸が最後の表現を決めたのを光忠は腕の中に受け止めた。言葉のとおり彼はとても楽しそうで、身体があたたまっているのか、吐く息がわずかに白い。

「ふふ、僕も楽しいよ、鶴さん」

 光忠の吐く息もわずかに白くて、それを指摘した鶴丸が続けて言う。

「月ってのは酸素がないらしいからな。もし月で踊るってときには、光坊、きみの酸素を口移ししてくれ」
「もちろん、任せて」

 鶴丸のふざけた言葉に光忠は真剣に笑って頷いて――酸素がないのだから光忠の肺にも酸素がないのは当然なのだが――、彼の腰を引き寄せた。

「ちなみに――、ここには酸素があるけど、今もキスをしてもいい?」
「そりゃもちろん」

 鶴丸が誘うように目を細めたので、光忠は彼の言葉に甘えてそっと唇を重ねた。一瞬だけ表面が冷たかった唇の温度は、すぐに互いの温度に融和していく。しばし光忠は鶴丸とそうして酸素を分けあった。一つになっていくそれぞれの呼吸。

 二人が踏みしめた雪は半透明に透けて、この場所は地上の月面のように輝いていた。


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恋人といるときの「なんだってできる」「どこにでも行ける」という全能感を描いたとパン箱さんが言われていて、それを考えながら同人誌を読んだときに、
その「どこにでも行ける」という感覚は、二人が二人一緒でいる限りすべての場所が「(夢想する先の)どこでも」になりうる、つまり「anywhere」は「everywhere」になりうるんじゃないか、だから月にも行けると感じるいうことは二人がいる場所はすでにロマンの上での常に「月」なのではないか、そんなことを考えたファンアートでした。


オマージュというほどでもないささやかさですが、参考文献として『幻惑の死と使途』(森博嗣、講談社文庫、2000年11月)中のpp.560-564を上げておきます。


ちなみに……、yama「MoonWalker」のサビの締めフレーズがあまりにもダンシングオンザムーンの鶴さんだったのでこの曲を聞いてくれ〜〜〜の気持ちの説明したさもあって私なりのダンシングオンザムーンを書いてみたのでした。この曲はよかったら聞いてください、ほんとに↓