イト
2026-01-03 23:08:51
1956文字
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狐の年越し

武新
ショ田中君とそれを養う先生の話。
新年の狐の行列に参加する不満げな少年を見て田中君で見たくなりました

 田中新兵衛は立腹である。それはもうご機嫌ななめどころではない、ご機嫌は真下へ真っ逆さまだ。
 今まさに年が改まった。周りであけましておめでとうとかハッピーニューイヤーだとかを言い合っている。
「あけましておめでとうございます…………おい、新兵衛。あいさつをちゃあんとせい。なにぶすくれちょるか。」
 したくないからだ。そして以蔵のやつがおのれの手を握り、今まさに新年の行事が進行しようとしているからだ。
 年の改まる一月一日午前0時、子供と大人が狐の仮装に身を包み、稲荷神社まで笛と太鼓の音を鳴らして練り歩く。意味のわからない行事に参加させられている。
 どうして先生とお家で年越しを迎えられないのか。
 実に不満だ。大晦日のごちそうの余韻でうとうとしながら紅白歌合戦を観て、ゆく年くる年を観て、世界で一番最初に先生に新年の挨拶をする。それがみんな今年は出来ない。
 先生は今神社のほうで忙しいはずだ。の中では一番の若手で、仕事を頼まれるから忙しいと言っていたから、今隣には保護者代理の以蔵がいやがる。
 へんてこな化粧をされた以蔵を笑う気にもなれない。なぜなら自分も同じ面で、白くのっぺりとドーランを塗ったくられ、変な赤い化粧をされているからだ。
「うう、寒い、寒いのお新兵衛、今夜は冷えるきに、カイロはちゃんと貼ってきたか?」
 とんつくとんつくという太鼓の音にかき消されて聞こえなかったふりをする。カイロは出かける前に先生に背中とお腹に貼ってもらった。自分よりたくさんカイロを貼り付けてきたくせにガタガタ震えるマネをしている以蔵はなん弱だと思う。
 先生のことを考える。今ごろ寒くないだろうか、足元がタビにぞうりだから、ひんやりした足がもっと冷たくなってしもやけになったりしてないだろうか。周りに苦手なお酒をむりやり飲まされて、ウンウン言っていないだろうか。
 ビカッと光が当たって先生の事を考えられなくなる。まぶしい、目がチカチカしてくらっとした。
 以蔵ががなる。うじゃうじゃ居る観光客の一人が目の前でフラッシュを光らせたらしい。ごめんなさいと聞こえるが笑い含みの声だ。半分白い視界には入ってこなかったが、どうも女がやったようだ。
 観光客、特に女と外国人は嫌いだ。先生が着物を着て歩いていると、周りを取り囲んで写真を撮りたがるからだ。先生を困らせるし、知らないやつに先生を見せびらかすために写真を撮るのだ。たとえ写真とはいえ先生を自分のものみたいにすることに、新兵衛がいい気持ちになるわけがない。
 ごりっと狐のお面を顔の正面に付けられる。お面は頭の横に付け、顔を隠さないようにという決まりではなかったのか。面の穴越しに以蔵をにらむが、まだチカチカした視界では以蔵の顔がよく見えなかった。
 トン、トトン。トン、トトン。歩くのはゆっくりだ。太鼓の音に合わせて右に二歩、左に二歩。それを繰り返す。遅い、遅すぎる。走ればすぐの道をのたのた歩かされる。観光客はどんどん増えて沿道の人はみんなカメラをこちらに向けてくる。
 ここに見る必要があるものなんてない。手は以蔵に引かれているし、歩みは遅いし、狐面の裏の白をぼんやりと見て穴の外は見ないようにした。
 トン、トトン。トン、トトン、トン、トトン……
 ぼうっとした視界で音を聞く。太鼓、じゃりじゃりと地面をふむ音、お面からする紙と糊の匂い、観光客の声、前を歩く同級生とその親の声、光の残像、お面の白、以蔵の声、後ろの高学年の声、手が引っ張られる、笛の音、太鼓……
 ふっと体が宙に浮いた。面の外を確認しようとしたが浮いた拍子に穴がずれて真っ白のままだ。
「お役目ご苦労、田中君。ちゃんとやり遂げたかい?」
 邪魔な狐面を取るとそこには白に青い模様の狐が居る。白い着物に白い袴だ。
 青の狐面も邪魔だ。手を伸ばして取り上げる。
 先生だ。神社にもうたどり着いていた。トン、トトンという音はまだまだ続いている。
「はいっ! つっ、つつがなく行列を終わりました!」
 お化粧をした先生が笑っている。赤で額から鼻筋に線を、目尻にまつげのような線があって、鼻の頭をちょんと黒くして狐のおヒゲもついている。
 かっこいい。お写真をあとで撮らせてもらえないだろうか。
「そうか。よし、出店で何か買おうか。甘酒か、お汁粉か何かあっただろう?」
 先生が買ってくれるなら何でも食べる。うんうんとうなづいて、はっと思い出した。
「先生!」
「どうした、大判焼きも食べるか?」
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
「あけましておめでとう、こちらこそ来年もよろしくお願いします。」
 やっと言えた。今年もいい一年になりそうだ。