フリンズさんに抱きついてしまった話


 ――お腹、減ったな。

 すでに時刻はおやつの時間、お腹がきゅ〜となるのが聞こえた。冒険者協会の依頼をこなしていたら、今日のお昼ご飯を食べ損ねたのだ。
 この時間なら空いているであろうフラッグシップへ向かうことにして、ご飯は何を注文しようかなぁ。依頼報酬も出たし、こんな時間からカクテルでも飲んじゃう?それもいいかも!
 そして、最近自分の中で流行っていた悪い癖を考え事しながら実施した結果――事故った。

「わっ……ぷ」
「な……っ!」
 フラッグシップ前の坂道を勢いよくジャンプして下るのが最近楽しくてハマっていたのだが、いつも通り飛び降りた先には……人がいた。飛んだ瞬間に「やば」とは思ったけど人は急に止まれない。見事にぶつかりました。
 飛び込んでしまったのは、あの有名なフリンズさんの胸でした。人間って、目の前に飛んできたものをキャッチしてしまう反射行動があるらしいんだけど、なんとフリンズさんも例に漏れず、飛んできたもの(私)を正面からキャッチしてくれて……しまったのだ。
 
「「……」」
 ――数秒の沈黙。
…………大変申し訳ないのですが、離して下ろして貰えます?」
……はっ」
 私から声をかけたところフリンズさんは正気を取り戻したらしく、彼に抱え込まれていた私の体は地面に立つことができた。助かった。
「すみません、少々混乱してまして……少しお待ちいただけますか?」
 そりゃそうだよね。全部私が悪いので、コクリと頷いてからフリンズさんが落ち着くまで待つことにする。そうして待っている間に、無意識に彼を観察してしまう。
 彼は目をまん丸にして口元、というか顔の半分を手で隠して何か呟いている。外国の言葉?かな、ちょっと聞き取れなかったね。そのまま更に数秒待っていると、彼は小さめのため息を一つ吐いて手を顔から外し「お待たせしました」と言った。こんな状況を飲み込んで貰えたようで何より。
 
「ぶつかってしまって申し訳ないです、えと……フリンズさんですよね」
「こちらこそ、申し訳ありません。えぇそうですが……僕をご存知で?」
「えぇまぁ、はい」
 そりゃ彼は有名だからね。友人からも聞いたことあるし、ナシャタウンに居たら大抵の人は知ってますよ。それに、彼は目立つからね。
「何故……貴女は、空から飛んできたのでしょうか?」
「あぁ、それには深い……いやあまり深くない訳がありまして」
「ふふ、なんですかそれは」
 先ほどのように、今度は口元だけを隠すように手を置いて、彼はクスクス笑う。笑ってくれる方が気が楽で助かる。

「立ち話もなんだし、私がお詫びに一杯奢りますから、ひとまずフラッグシップに入りませんか?あ、時間があれば……ですが」
「おや、それは光栄ですね。僕も貴女に興味が湧きましたので、お誘い感謝します」
 ではどうぞ、と微笑みを浮かべながら、フラッグシップの扉を長い腕で開けて抑えてくれた。さらに背中をトンと押してエスコートしてくれた。こ、これが紳士……?!こんな人は私の周りに居ないので、少し緊張してしまう。お誘いして良かったのかな……いやいやご迷惑かけたのは私なんだからしっかりせねば。


 ***
 

……つまり、お腹が減りすぎて考え事しながら坂を飛んだ先に、僕が居たって事ですか?」
 口の中が一杯だったので、コクコクと首だけで頷く。店内に入ると同時にお腹の虫が鳴いたのがバレて、「食べながらお話しましょう」となったのだ。重ね重ね恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。でも背に腹は変えられず、カウンター席に着いたと同時にデミアンさんに超特急で「ベリーとお肉のソテー」を注文し、フリンズさんには好きなお酒を頼んでもらうことにした。
「すみません、また少し……お待ちいただけますか?」
 そういうと彼は、少し目線を下げてまた顔の半分を手で覆って隠している。ククっと抑えられなかった彼の笑い声が聞こえてくる。そりゃ笑いたくもなるよね、逆の立場なら私も大笑いしていると思う。いや、こんな状況を逆で経験することもないと思うけど。
 いきなり飛びかかってきた変な女に親切にしてくれるフリンズさん、良い人すぎないか?友人の旅人さんに聞いていた印象よりも、人柄が良さそうである。
 
 少し落ち着いたのかフリンズさんが顔を上げてくれた。まだ笑いが収まらないのか、クシャっと笑った顔が少し幼く見えて、ちょっと可愛いね。
「先ほどもお伝えしましたが、僕は貴女に興味が湧きました。よろしければ、またここで食事の席を設けて頂くことはできますか?」
「えぇ……こんな第一印象最悪な女を?フリンズさんって変わってますね」
「貴女にそう言われるのは、不本意ではありますが」
「それはたしかに。元凶ですからね」
 私がそういうと彼は堪えきれず、「ははっ!」と声を出して笑った。美人さんの笑顔はやっぱり可愛いね。

「それでは改めまして。貴女のお名前を伺っても?」
 ――そういえば名乗るの忘れていたな……と、そこで初めて気がついた。

 

『《小さくて、柔らかい、飛び付いてきた……これは、なんだ?》』