ウッウ
2026-01-02 23:59:34
4155文字
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かわいいひと

全年齢ボツネタ
2025/12/20 廻あざWebオンリーにて公開

付き合ってない廻あざ
“可愛い”という感情が分からない廻を書きたかったんですが、🍊1話でトシカイくんのこと可愛いって言ってるじゃん……と思い出し、ボツになりました。



革張りのカウチソファに腰掛け、マグカップを持ち上げる。ミルクをたっぷり入れたカフェオレはほんのり甘く、温かさが身に染みいるようだ。
薄暗く埃っぽい地下四階の室内、あざみはスマホで動画を視聴していた。
先ほどまで書類整理をしていたが、くたびれてきたので小休止。PCと睨み合う廻屋にも休憩を促したが、あっさりと断られ、あざみは一人ソファで寛いでいる。
スワイプすれば次々と流れてくるショート動画。惰性でぼんやりと眺めながらカフェオレを啜っていると、ある動画で彼女の手が止まった。

……可愛い……!」

それは、生まれてまもない子猫が数匹、仲睦まじく身を寄せあって眠っている動画だった。
小さく、ふわふわとした毛並み。毛布の敷かれた寝床で安心したように寝息を立てている。庇護欲を掻き立てられるその光景に、思わず感嘆の声が漏れた。
あざみの独り言にふと、廻屋が顔を上げる。
このときめきを分かち合いたい。
あざみはソファから立ち上がり、廻屋の傍へと近づいた。

「センター長さん、この動画見てください!」

廻屋の前にスマホを差し出す。彼はちらりと画面を覗き込み、しばし動画を眺めていた。
やがて、ぽつりと一言だけ、呟く。

……猫ですね」

予想外の返事だった。
見たままの事実を口にされ、あざみは困惑の表情を浮かべる。
彼女としては、「可愛いですね」と一言共感してもらえるかと思ったのだ。
しばし悩んでから、思いつく。
もしかして センター長さんは 犬派なのかも!
再生回数が多い犬の動画を検索し、もう一度、彼の前にスマホを差し出す。
子犬が飼い主にじゃれつき、ちぎれんばかりに尻尾を振っている動画だった。

「じゃあ、これはどうですか?」

廻屋は真顔でじっとその動画を眺め、またしても一言。

「犬ですね」

先ほどと同じように、事実確認だけを述べた。
あざみは眉尻を下げ、悲しげな顔を浮かべる。廻屋に癒しを提供してあげたかったが、どうやら彼は動物に興味はないらしい。

……可愛くないですか?」
「可愛い、ですか」

廻屋は笑っているような、そうでないような表情を浮かべている。
その瞳はすでにPCに戻っていた。あざみはそっとスマホをしまい込む。

……私にはよく分からない感情ですね」
……ええ……?」

思わず、呆れたような声が出た。
あざみにとって、“可愛い”は心の健康に大切なものである。
毎日可愛いものに触れて、癒されるからこそ、大学の課題も怖い調査も頑張れるのだ。
けれど、廻屋にはそれが分からないと言う。

「動物以外だと……赤ちゃんとか!守りたい!愛おしい!ってなりませんか?」
「弱く、庇護すべき存在に抱く感情ですか?」
「んー……それ以外にもあるんですけどぉ……

淡々と返す廻屋を見るに、なかなかピンとはきていないようだ。
あざみは神妙な面持ちで、「なんて説明すればいいのかなぁ……」と首を捻る。

「きゅんってして、胸がぽかぽかして、えへへーってなるような!」
「擬音語が多いですね」
「そ、そういうの感じませんか!?」

廻屋は首を横に振る。
だが、あざみは負けじと例を連ね上げた。

「わたしは、レースやフリルが可愛くて、大好きです!わんちゃんも、ねこちゃんも可愛いですし。甘いお菓子や、ゆるキャラとかも……
「なんでも可愛いんですね」
「“可愛い”は褒め言葉なので、いくら言ってもいいんです!」

息荒く力説するあざみに、廻屋は肩を竦めた。
彼女の熱い想いはまるで伝わらないらしい。
どうにか廻屋に共感してほしいあざみは、必死に彼の立ち位置になって思考を重ねる。

「じゃあ都市伝説の生き物なんかはどうですか?小さくて、きゅるっとしたのいません?」
「小型UMAですか?ジャッカロープというシカの角が生えたウサギなどいかがでしょう。ウイスキーが好物とされ、人の声真似が得意です。有り得ない存在、ということで、日本では“とにかく”を“兎に角”と書く起源とされています。小型といえば、ネッシーやモスマンの幼体がいると噂がありますね。それから、エルフ・クリークは手のひらサイズのUMAで――
「あぁ、もういいです!分かりました!」

あざみは慌てて話を遮った。
こうなると、あと一時間は止まらないだろう。
廻屋は「おや、残念です」と、まだまだ話し足りなそうな表情を浮かべている。

「その小型UMA?は可愛いとは思いませんか?」
「魅惑的ですし、興味をそそられますが、この高揚感が“可愛い”なのかは分かりませんね」

暖簾に腕押しである。
あざみはもはや意地になっていた。
むむむ、と唇を固く結ぶと、腰に両手を当て、胸を張る。

……分かりました!私がセンター長さんの“可愛い”のツボ、探してきます!」

そして、慌ただしくエレベーターに乗り込んだ。
廻屋としては、何故そこまで?と不思議そうな顔を浮かべていたが、やがて興味を失ったように、再びPCへと視線を戻すのであった。



「戻りましたー!」

小一時間後。
あざみがほくほくした表情でセンターへ戻ると、廻屋は先ほどと全く変わらない姿勢でPCと向き合っていた。
彼はちらりと彼女の手のビニール袋を見やり、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「おかえりなさい、あざみさん。……また色々と買ってきたようですね」
「はい!これはセンター長さんのツボを押さえてると思いますよ!」

軽い足取りでデスクへ寄ると、あざみはPCの横に購入品を並べていく。
それはネッシーやツチノコ柄のボールペン、メモ帳、クリアファイル。
UMAが可愛らしくイラスト化された、文具類だった。

「おお!これは!」

廻屋は一転、目を輝かせてグッズを手に取る。

「いろいろと備品買っちゃいました!どうですか?」
「Excellent!実にいいデザインです!」
「えへへ、可愛いですか?」
「分かりません」

間髪入れぬ即答に、あざみは大袈裟に肩を落とした。

「ええー!?センター長さんの好きな柄じゃないですか!」
「センスはいいと思いますが、これが“可愛い”かと聞かれると分かりかねます」

なかなかに手強い。
あざみはぐぬぬ……と唸り、次の一手を取り出す。

「じゃ、じゃあ……これはどうですか!?」

次に取り出したのは、緑色の、二本足で立つぬいぐるみ。大きな爪と背中のトゲが特徴的である。
廻屋は楽しげに口角を吊り上げた。

「Brilliant!チュパカブラのぬいぐるみとは珍しい!プエルトリコで最初に目撃されたUMAですが、メキシコやチリ、アルゼンチンなど、中南米各地でも目撃情報が多発しました。家畜の血を吸うと言われていますが、その被害はやがて人間にも――
「あああ!解説はいいですから!可愛いですか!?」
「分かりません」

食い気味に返され、ついにあざみの心が折れた。
頭を項垂れた彼女を尻目に、廻屋はぬいぐるみを持ち上げ、上下左右、くるくると回しながら観察している。

「第一、これはあまりにもデフォルメ化されていますねぇ。実際のチュパカブラは2m弱あったとも言われ――

もう止める気力もなかった。
あざみはげんなりしながら、興奮気味に語る廻屋の横顔を眺める。

……はぁ……これならセンター長さんにも、“可愛い”が伝わると思ったのに……

ぽつりと零した落胆に、廻屋は小さく微笑む。
それは、どこか寂しげな影を落とした笑みだった。

……私には縁遠い感情なのですよ、きっと」

独り呟かれた低い声は、あざみの耳には届かない。
廻屋はぬいぐるみの頭を優しく撫で、そっとデスクへ戻した。
そこでふと視線をずらした先、隅に置かれた黄金色の髪留めが目に入る。
花のモチーフが繊細にあしらわれ、女性らしい気品が感じられる、クラシックなデザインだった。

「あざみさん、それは?」
「え?あぁ、これは備品を買うついでに見つけたんです!」

そう言うと、あざみは後ろ手に指を伸ばし、上半分の髪をすくい上げた。
黒髪がするりと流れ、指先で持ち上げられた束が柔らかく揺れる。
ぱちん、と髪留めを留める小さな音が、静かな室内に響いた。
くるりと身を翻したあざみの黒髪に、黄金色の花が咲く。
彼女はそっと振り返り、頬を薄紅色に染めてはにかんだ。

「えへへ、似合いますか?」

瞬間。廻屋の胸の奥で、弾けるように熱がぶわりと広がった。
心臓を直接掴まれたような息苦しさと、それを上回る高揚感。
都市伝説の研究に没頭するときに似ている。けれど、どこかまるで違う。
これまで一度も経験したことのない、未知の感情だった。

……あ、あの……?」

こちらを凝視したまま動かない廻屋に、あざみは不安げに眉を寄せる。
地下の空間を静けさが包み込み、時間だけがゆっくりと進んだ。
やがて廻屋は、丸く見開いていた瞳をすっと細める。
肩の力が抜け、どこか晴れやかな表情にも見えた。

……あぁ。私にも、ようやく理解できました」
「? なにがですか?」

こてんと首を傾げたあざみの手を、突如として廻屋が握る。
思わず「ひぇっ!?」と声が裏返るが、握られた手は温かく、力強い。

「あっ、あああああの……!?」

動揺しきったあざみが顔を上げた先。
見たこともない廻屋が、そこにいた。
頬がわずかに緩み、口元はほどけ、眦がゆるやかに下がっている。
冷たさを纏っていた瞳は驚くほど柔らかで、熱っぽい甘さを含んでいた。
それはまるで、“愛おしい”と言わんばかりの――

「あざみさん。可愛いですね」
………えっ」



この後なんやかんやあって廻の猛攻で付き合う廻あざ。
廻が「可愛い可愛い」と言いまくり、
「もう、やめてください!」と半泣きで恥じらうあざみに対し、
「おや。“可愛い”は褒め言葉なので、いくら言ってもいいのでは?」と揶揄うところまで妄想しました。